学校の最寄り駅から三駅先の、さびれたベッドタウン。
よく言えばレトロな下町の一角。
古い木造二階建てアパートの一室が我が佐藤家だ。
昨日の夜に、父親から連絡が来た。なんでも再婚してその義母の連れ子・・・俺と同い年の妹が出来るとか。
かなり衝撃的な内容だったが、某国では突然爆撃されて殺される民間人もいる。
それと比べれば、大した事は無い。そう教えられもした。
不幸どころか家族が増えるのはむしろ喜ばしい事だ。
とはいえ、流石にこのアパート1DKでは再婚相手の二人と俺、父含めた4人では狭い。
そう思って、父に尋ねると父と義母はアメリカに行き、直ぐには同居出来ない、大体1年後だと。
だから、それまで義妹と二人で狭いが仲よく暮らしてほしいとの事だ・・・。
これにはさすがの俺も驚いて声を荒げた。
部屋は防音性が無いので、隣の人に壁を叩かれる。
すみませんと謝りはして俺も悪いとは思うが、もう少し寛容な心でいてほしい。お隣さんも結構テレビの音大きくしてるのだから。
彼女がいるのに、同い年の女子と同居は色々不味い。弱った・・・。
晴香と会って楽しいひと時の間は忘れられていたが、改めて義妹が来る時間が迫ってきている。
夕方頃に来るとの事だが、もし部屋にいなかったら俺のスマホに電話がかかってくる手筈だったから、まだ来ていない。
せめて数日前に知らしてほしかった。女性に見られて恥ずかしいものはとりあえず、片付けたが、まだやり残しは無いか・・・。そう思っている時に運命のチャイムが鳴った。
・・・来たか・・・。
初めて会う義妹にやはり緊張は抑えられない。
今まで一人っ子だったんだ。
話は合うだろうか?とんでもなく生意気な女だったら、どう教育すべきか?
もしくは初めに強気に出て、どちらが上かはっきりさせて従わせるべきか・・・
いや、ひょっとしたらただの別の人が来ただけかもしれない。それならそれで、この緊張の時間が先延ばしになるだけなのだが・・・。
そう思って、俺は扉の覗き窓を見ると、
「ーーーーーーーー・・・ん?」
絶句した。
ドアの向こうの光景は、俺の脳内に混沌を巻き起こした。
何故なら、さっき駅で別れた俺の恋人、才川晴香だったから。
な、なぜ晴香が俺の家の前にいるんだ?なななな、なぜだ、ばかなばかなばかな!!
晴香にはまだ俺の家を教えていない。
まさか俺の後を尾けてきた?
それはない、先に彼女は電車に乗ったはず・・・乗ったふりして実は降りて俺をやはり尾けた、いやまさか、彼女がそんな事・・・いや、やっぱり何かの罠で、晴香は実は・・・。
声を掛けて、まずは晴香の様子を探るか・・・?
そうこうしている内に、小さい窓の中の晴香が困ったようにおろおろし始め、スマホと周囲を交互にキョロキョロ見まわしたり、表札を確認するような仕草をしたり、落ち着きなく動き回る。
その表情からはいつもの活発さが消え、心細げだ。
俺を騙している?ばかばかしい、そんな奴が、こんな表情見せるわけない。
もうどうだって良い、騙してようが騙してなかろうが、俺が晴香から得られた幸福は嘘ではない。
とにかく、俺は玄関ドアを開けた。
「ご、ごめん。すぐ開けるから!は、ーーーーー?」
そこで俺は晴香を前にして、もう一度言葉を失う。
「あ!いらっしゃったんですね。よかったぁ。もしかしたら部屋を間違えたんじゃないかって、焦っちゃいました」
「・・・・・・」
違う、覗き窓越しではわからなかったけど直に見ると雰囲気の違いに気付けた。
目の前の彼女と晴香が俺を見る時の目が違う。
目鼻立ちが瓜二つだが、着ている服装も違う。
それに、背後に大きなキャリーケースと片手に下げたスーパーの袋。
これは、もう、誰かかというのは・・・。
「あの、どうしたんですか?私の顔になにかついてますか?」
「・・・ああ・・・、もしかして、あんたシグレさん?」
「はいっ!はじめまして。私は大江山時雨。あ、今はもう佐藤時雨ですね。佐藤月子の娘で今日からはおにーさんの義妹です。よろしくお願いします。おにーさん」
俺の義妹は恋人と容姿が瓜二つだった。
こうしてみると、確かに恋人と同じ容姿でも雰囲気が違う。
これなら、別にさほど心配しなくて良さそうだ、だが俺で無ければ危なかっただろう。
「あの、私が今日来る話は聞いてます、よね?」
「ん?ああ・・・、うん。聞いてる、聞いた、・・・昨日の深夜」
「え?昨日の夜ですか?それは、ちょっと急な話ですよね。でも伝わっているならよかったです。あのー、おにーさんの名前も聞いていいですか?母から聞いたはずなんですが、忘れちゃって」
「・・・佐藤博道、だ」
「はくどー、くん?」
「あんまりそういう名前呼びしないよな、親父変わってるから、ははは」
「そうなんですね、はくどーくん♪」
「うっ・・・、その呼び方はやめてもらえると、嬉しい」
幾ら別人でも恋人と同じ容姿の女子にそう呼ばれるのは、錯覚しそうになる。
俺が注文付けると彼女は不思議そうな表情をしながら「じゃあ、おにーさんで。私もこっちのほうが呼びやすいですし」と受け入れてくれた。
互いの挨拶を終え、部屋へと通し荷ほどきや彼女の部屋の為、父親部屋を片付け、確保。
「では、私はその間御夕飯の準備をします。おにーさんも御夕飯まだですよね?」
「ああ・・・ありがとう」
「私、けっこー料理得意なんで期待してくれていいですよー」
そういうと、彼女はキャリーケースからフリルのついたピンクと白のチェック柄のエプロンを取り出し、それを身に着けて板張りのキッチンに立った。
その後、お互いの距離感を近づけるために、彼女は自分の事を呼び捨てで良いとし、妹として扱って欲しいとの事だった。
「御夕飯も出来たので、ちゃぶ台を出してもらっていいですか?おにーさん」
「わかったよ、時雨」
「ふふふ、私を呼ぶの板についてきましたね~その調子で早く身も心も私のおにーさんになって可愛い妹をた~っぷり甘やかしてくださいね~」
「そうだな・・・だが断る!」
それで時雨にポカポカ殴られながらも、俺は考えていた。
晴香では考えられない小悪魔的な笑みを時折浮かべる時雨に。
間違っても、時雨に異性として意識はしないだろうと。
俺達は、夕飯もひと段落し、風呂に入ろうとした時だった。
「おにーさんおにーさん。たいへんです」
「なんだ事件かね?ワトソン君」
「はい、今きづいたんですが、この家、脱衣所がありません!」
「・・・・・・」
確かにうちの風呂場はキッチンの板張りの所と直結している。
キッチンと居間には敷居がなく、居間は俺の寝床でもあるので、これは実質俺の部屋に直結しているのと同じだ。
まずいな・・・そうだ。
「風呂前の天井にカーテンレールは付いてたよな?」
俺は捨てるつもりで玄関にもってきたカーテンを手に取る。
試しに合わせてみるが、微妙に短い。
横幅は問題ないが、裾が床から40㎝程浮いている。今は仕方ない。
「とりあえず今日の所はこれで我慢してくれ。色も濃いから大丈夫だろ」
「はい、私は構いませんけどホームズおにーさんは大丈夫なんですか?」
「ん?俺は男だからそこまで気にせんぞ」
「ほほ~う?」
途端に、ワトソン君・・・時雨の表情が小悪魔な笑み顔になる。
この義妹さては只者じゃないな。
「変な顔してないでさっさと入れ」
「うふふ、無問題なんですね?では先にお風呂頂きますね」
「はいはい」
俺は居間で横になり本を読みながら、今日一日の激動が終わったと安堵した。
そうしていると、視界の端にある風呂場前、カーテンの下の隙間から覗く細い足が靴下を脱いで素足になった瞬間が見えた。
そういえば、冬の時、女子の中に寒い中でもスカート短く素足で歩いているのがいたが、寒くないのか?保健の女先生が、お腹を冷やすと良くないとボヤいていたが、何故彼女達はそこまでして、足を出すのだろう?実は肌色の薄いタイツでも履いているか?どちらにせよ寒いだろうに、耐寒の為に鍛えるのか?気合入ってるなぁ~と感心したのを思い出した。
「あのーすみません、おにーさん」
「どうした?」
「お休みのところ申し訳ありませんけど、私のキャリーからシャンプーとリンスを持ってきてもらっていいですか?持ってはいるの忘れちゃってて」
二つ返事で、時雨にその物を取ってきて渡した。
「んふ~。ありがとうございます。おにーさん♡」
「ああ」
「・・・・・・おにーさん?やせ我慢しなくて良いんですよ?」
「ん?なにがだ?」
時雨はそういうと、物を渡した時に見せた小悪魔的な含みのある笑みから、怪訝な顔に変わった。
情緒が不安定なのだろうか?悩み事でもあるのかもしれない。
さて、俺も風呂に入るまでに勉強と少し動きの反復練習でもしておくか。
そうこうしている内に、風呂からあがった時雨が居間に戻って来る。
「はぁ~。今日は移動でたくさん汗をかいたのでさっぱりしました~。お風呂、もう入って大丈夫ですよ」
そう言われて振り返ると、時雨がバスタオル一枚で立っていた。
さすがに驚いて目を見開いていると。
「きゃっ♪おにーさん、そんなまじまじ見ないでください。エッチですね~」
「あ、ああ・・・すまん。ちょっと驚いただけだ」
時雨が再び嫌な笑みをこちら向けて少し近づいて来た。
「おにーさんも男の人だったんですね、時雨はちょっと安心しました、ふふふ」
「当たり前だろ、俺は男だろ。お前はさっきから何を言っているんだ?」
「怒らないでくださいよ~。どうです?私のこの姿?」
「はぁ~さっさと服着ろ」
俺は時雨の額に小牙突を喰らわせて、風呂に入った。
程なくして、風呂から出た俺は、下半身は着たが、上半身は別に良いだろとそのままで居間に来た。
「・・・!?おにーさん、なんで裸なんですか!」
「ん!?」
俺はそう言われてぎょっとなる。まさか・・・いや、トランクスとパンツも履いている。
さすがにトランクス一丁だけじゃ、女子の手前恥ずかしい。
「いや、ちゃんと履いてるだろ」
「違いますよ、上!」
「上?ああ、まぁ良いだろこれくらい?」
「かまいます!せめてシャツくらい着てください!」
「もう~わがままだな~かぁちゃんは~」
「しんちゃんは良いですから!」
シャツを着て戻ると時雨の頬が若干紅潮している。熱風呂だったろうか?
それに、体育の着替えや運動中に、男も上半身脱いで暴れている事がある。女子にとっては見慣れた光景だと思ったが、時雨の所はそうではなかったのだろうか?
「おにーさん・・・、私へのさっきの仕返しですか?」
「なんのだ?」
時雨とよくわからない沈黙が続く。
「・・・おにーさん・・・天然って言われた事ありません?」
「なんだそれ、特にないぞ」
時雨なぜか盛大にため息をつき、「私の負けです。すみませんでした」
俺は一体何に勝ったのかよくわからず、曖昧に頷いた。
「とりあえず、おにーさん。あまり私の前で裸にならないでくださいね。間違って襲っちゃうかもしれませんよ」
「いや、無理だろ」
小腹が空いてきたから、俺はちゃぶ台にあったバナナに手を伸ばした。
「ふふふ、おっしゃいましたね」
時雨はちゃぶ台の上に置いていたチラシを一枚摘まみ上げ、宙に放つ。
瞬間、彼女はひらひらと宙に舞うチラシを、正確無比な鋭い回し蹴りでまっ二つにした。
「ふご~ふごふごごご!ごくん、俺にも教えてくれ」
「おわかり頂けましたか?ですので、あまり私を誘惑するような事は・・・え?バナナ、今いりませんよ・・・もぐもぐ」
なんだかんだ言っても受け取ってくれた。根は良い奴なのかもしれない。
「もぐもぐ、ん?・・・なんですか?」
「じゃあ、早速教えてくれ」
俺はそう言って、時雨の前に立った。なるほど、並の相手では無さそうだ。
「さっきと同じように蹴ってきてくれ、いや、別の技でも良いぞ」
「もぐもぐ、ごくん。・・・良いんですか?手加減はしますけど、痛い思いしてもしりませんよ」
臨戦態勢に入った時雨は邪魔なバナナの皮を後ろへ放り投げた。・・・行儀悪いな、無意識にやってしまったか。
「ああ、良いぞ?さっき見せてくれたからな」
ローが来るか?それとも、上段回し蹴り?それとも、パンチか?ああ、ワクワクしてきた。
次の瞬間、ローが来たので、半身でかわしたと同時に俺は時雨の額を突いた。
おお、はやいな時雨。ギリギリだったぞ。
「くっ・・・」
態勢を崩した時雨は、立て直すために後ろへ飛んだ。
「!?待て、時雨!」
「やりますね、今度は本気で・・・へぶっ!!」
だから待てと、丁度よくバナナの皮を踏んで滑り、大きく態勢崩してすっ転んで、中の下着まで見えてしまった。
「いたたた・・・誰ですか!?こんな所に!」
「さっき時雨が投げた奴だ・・・」
「っ~~~~~~~~~!!!」
声にならない声を叫びながら時雨は父の部屋、今は彼女の部屋になった所に帰っていった。
晴香と時雨、恥ずかしがる所は二人とも似ているなと感じた。
人はこうして、恥を乗り越えて成長していくんだ。頑張るんだ時雨。
そのまま、朝まで部屋に籠るかと思っていたら、時雨が改めて何かを意識した面持ちでちゃぶ台の前に座った。
「おにーさん・・・私はこう見えて優等生な小悪魔キャラなんです」
自分で言うのか・・・と思ったが黙って置こう。
「私も初めて来る環境・・・いわゆるア、ウェーな環境に普段の自分を発揮出来ずにいるだけです」
「・・・・・・」
「そうなんです!・・・暖かいのかそうでないのか、何考えているかよく分からない顔で見ない下さい」
「あ、ああ。そ、そうだな」
「そこ!大人な対応で受け止めないでください!本当に普段の私はこんなドジっ子ではないんです!それはもう、学校の私はそつなく色々こなし、クラスカーストでも確固たる地位を築けるんです。ですので、おにーさんは私のそんな貴重なドジっ子面が見れたレアな人なんです、わかりましたね?」
「・・・わかった」
時雨は俺の顔をじっーと見た後、表情が緩み何かを認めたような顔となった。
「・・・私、ずっと年上の兄弟が欲しかったんです。可愛い妹のわがままを受け止めてくれる兄や姉が。だから、私のこといっぱいあまやかしてくださいね。おにーさん♪」
「だから、断る!」
再び時雨にポカポカ殴られ、今日一日の激動の日に思いを馳せていた。晴香にこの状況をなんて言おうか・・・きっと、時雨のようなあざとい女子と違い、菩薩のような広い心で認めてくれるだろう。ああ、もう11時か、本当に今日は色々あったな。
・・・おい、時雨いい加減にしろ!