山本勘助は普通の家系で生まれた、父親はシンガーソングライターであり、母は専業主婦という特例な職種だが、母もたまに作詞も手伝っていたし勘助をしっかりと育ててきた。
勘助は昔からギターを弾くのは好きであった。父親からギターのテクを学びながら順風満帆に過ごしてきたと思っている。幼馴染の菜々とも出会い、ギター演奏をしながら一緒に歌うなど本当に音楽が好きだった。
しかし、小学6年生の時、母を肺ガンで亡くした。その時から勘助の父親の態度が一変した。
「俺のせいで母さんが死んだ」
その父のセリフを聞きながら勘助はギターを教えてもらえず、家事もすべて自分が行った。
何度かむしゃくしゃしてギターをやめたりしたが、結局弾いてしまっていた。自分にはもうこのレフティーと菜々しか味方はいなかったのだ。
そして勘助が中学3年のころ、父親も死んだ。仕事ついでに珍しく勘助のギターを治すと言って叔父の家に向かったときに事故に巻き込まれたらしい。
勘助が病院に行ったとき父は息が絶えかけていた。
「おい親父! しっかりしろよ!」
「俺はお前に教えることは何もない……勘助……お前は俺のようになるなよ」
勘助は父からすべて聞いた、曰く、母さんの肺がんは父が仕事のストレスで勘助にバレないようにタバコを吸っていたことが原因にあると。
それを自分のせいだとずっと言っていたこと、それを理由に罪悪感から仕事を全力でやって勘助に目を合わさなかった(合わせる顔がなかったほうが正しいかもしれないが)こと。
そしてわずか一年で音楽の賞を総なめした『1年の伝説』という伝説を作っても、結局虚しさしかなかったこと。
そして虚しさから勘助へのせめてものお詫びとしてあげたレフティーギターのメンテナンスをしに叔父の家に向かっていた時事故にあったこと。全て語られた。
そして父は一言、
「俺のように独りよがりになるなよ。お前のギターはまだ生きてる……俺がかばったからな」
「そんなの今更勝手だろ!」
「許して欲しい。勘助……俺は、お前を本当は愛していた」
そう言い残して父はこの世を去った。ここまで息子を振り回して守りたいものも守れず後悔しか残さなかった父を許せなかった。
「さんざん迷惑かけて残したのが、このボロボロのギターかよ……ふざけんな!」
勘助は未だ父との約束にとらわれている。
☆
「俺は独りよがりのライブをしないと、そう考えすぎてたら出来るライブも舞台もなかったんです。怖くて舞台に立てない。だから、俺はこの二つのギターで、でみんなのために曲を作ることしかできない……だから、果林さんの事笑えないんです」
「このエレキギターは2年前に叔父に修理をお願いしてようやく治ったギターです」
「……どうりで不思議だと思ったわ、そこまでの実力で舞台に出たことがないなんて」
もったいないと果林は言った。だが勘助は果林に別の言葉を投げた。
「俺の代わりとは言いません。それでも! 果林さんの後ろには俺や同好会のみんなが付いているって信じてください」
「そうですよ、ソロアイドルでも独りぼっちじゃないんです」
ふと、勘助のいる場所以外から声がかかる。二人が見ると同好会のメンバーが集結していた。
「なんでそんなに優しいのよ……」
「わかるでしょ、そんなの聞かなくたってさ!」
果林の疑問に愛が簡潔に答えて勘助も
「みんな果林さんが好きなんですよ。ほら、俺がここまで行ったんですから早く決めてきてください。出番ですよ」
「……全く勘助は本当に生意気ね」
そう言ってかすみの合図からハイタッチをつなぐ。勘助とハイタッチをする前に果林は聞いた。
「そういえばあなたのお父さんってもしかして……」
「
「そう、聞いたことあるわ。1年で新人賞だけでなく最優秀音楽賞とかを総取りした人間。でも、あなたはあなたよ。いつか、絶対舞台に出なさい」
果林の言葉に勘助は困惑しながらも果林の真剣な目から逃げられないでいた。
「これはお姉さんから生意気な後輩のエールよ。勘助はステージに上がるべき人間。それ以上は言わないわ」
「いつか、上がりなさい。私と同じ舞台に」
「……ははっ、考えときます」
勘助はそう言って少し笑顔で、全力でハイタッチを果林としたのだった。
その後、綾小路姫乃が朝香果林の大ファンだと勘助が知って、果林の写真を定期的に渡したりする関係になったのは別の話。