天王寺璃奈は表情が上手く顔に出せない少女である。
しかし、スクールアイドル同好会の仲間や、恋人である山本勘助との出会いによりほんの少しだけ表情は柔らかくなった。
普段の感情も考え方もほんの少し表情で伝われば、これほどまでに嬉しいものはない。
そして現在……
「君が、璃奈ちゃんか」
天王寺璃奈は表情よりも大切な、命の危機を迎えていた。
それもこれも恋人である山本勘助のせいだ。
☆
そもそもの話は少し前に勘助からお願いがあったことから始まる。
「璃奈と付き合ってることを叔父さんに言ったら会いたいって言われたんだが、会ってくれないか?」
そんな一言にかなり嬉しくなって頷いたのが運の尽き。勘助はバイトで先に行かなければならないと言って、叔父である山本信繫に迎えをさせたのだが、信繫という男はあろうことか大事な甥の彼女と会うことに嬉しく思い暴走した。
奮発して黒の車をピカピカに洗車してまるで黒塗りの高級車のように、スーツも靴もサングラスもかっこよく決めるために新品を買いそろえ、髭と髪の毛の手入れを美容室でこの日のためにセットしてもらった。
それが彼の罪状になるのは知る由もない。
そして出来上がったのは、白髪のオールバックに目にはサングラスと整った顎の白い髭。黒塗りの高級車に新品のスーツや靴を羽織った信繫。つまり簡単に言うと……ヤクザが完成したのだった。
叔父と言っても50歳はとうに超えている。声も威圧感がまし、男性特有の低音ボイスは璃奈どころか虹ヶ咲学園の玄関前の生徒を恐怖させた。
「乗りなさい」
「は……はい」
正直に言おう、璃奈はライブハウスに着くまで本気で殺されると思った。
☆
「かっこよく決めようとしてビビらせるとは何事だよ」
「正直申し訳ない」
ライブハウスで璃奈を歓迎する準備をしていた勘助が見たのは、黒塗りの高級車から出てくるヤクザと拉致されて顔が青ざめていた恋人だった。
勘助は直ちに璃奈を抱きしめ、怖くないぞと叔父の格好の経緯を丁寧に説明しながら、どうした。と何も知らずに発言する元凶に鏡を見てこいと突っぱねた。
その後、自分の格好に対してヤクザじゃねぇか。と突っ込みを入れた彼はようやく罪を認めた信繫だった。
「申し訳ない、勘助から大人しい子だと聞いていたから話すのが得意じゃないのかと思って運転に集中してたが、まさか俺が怖くて話しかけられなかったとは……」
「こちらこそ、ごめんなさい。璃奈ちゃんボード『誤解』」
「絵上手いんだな、勘助とは大違いだ」
「うるさいな」
結局誤解は解けて、信繫も璃奈もお互いに自己紹介をすました。勘助から見るとやっぱりコンプライアンス違反にしか見えないが、打ち解けてくれるよう祈るしかない。
勘助が飲み物と作ったご飯(本格フレンチ並みのカルボナーラ)を食べながら3人で会話をした。
「へぇ、勘助が菜々ちゃんのために最初そんなことしてたのか。そんで、璃奈ちゃんが勘助に惚れて第2回のスクールアイドルフェスティバルの時に勘助も告白したと」
「うん。勘助さんいつも頼りになって、カッコいい……ので」
「無理して敬語使わなくていいぞ、苦手だろ?」
「勘助さんが就活や面接の為に私って言ってるのと同じで、私も敬語を使って練習しなきゃ」
「ははっ、律儀な子だ」
一方で信繫も自分の過去の話を璃奈にした。もともと山本家の人間じゃなかったことや両親が死んで養子としてここに来たこと、勘助の両親が死んでからの勘助への想いとどんなふうに育てたかを、細かくそれでもわかりやすく伝えた。
璃奈も真剣に聞いていたが、勘助も叔父から初めて聞かされる話もあって真剣に聞いた。
「まぁ、ここまでが俺の話だ。聞いてくれてありがとう」
「叔父さんの波瀾万丈すげえな」
「勘助さんが結構ヤンチャ。せつ菜さんが……菜々さんが走るダンプカーとか何か言われてる理由がわかる気がする」
「さらっと私の影響だって言わないでね」
そんな話をして、3人は食事を終えて、勘助はライブ場所の掃除、信繫と璃奈が勘助たちの食べ終わった皿を洗っていた。
「……璃奈ちゃん、勘助は脆い」
「え?」
「あいつは両親を失って、俺が育てたが、まだ常識知らずなところもあるし、心も子供みたいなところがある」
「シンガーソングライターなんて言ってるが、収入も安定しない一か八かの職業だ」
「でも、そんな子供みたいな夢を本気であいつは実現しようとしてるんだ」
「苦労するかもしれないが、勘助をよろしく頼む。君の両親のように」
肯定しようとしたが璃奈は自分の両親という言葉に疑問を持ち信繫に聞くと彼は璃奈が知らない話をした。
「勘助のレフティーを治したのは俺と知り合いのギター修理の人。そして天王寺家だ」
勘助のレフティーギターはオーダーメイドの特注品であった。生まれたとき勘助は生粋の左利きだったという。
ギターを教える際に、レフティーギターの少なさから、勘助の父信玄と信繫は勘助のためにどんなに扱っても壊れず左手で弾きやすい最高のギターをつてのギター業者に頼んだ。
そんなとき耐久性や防水性などを科学的な面で補佐してくれたのが天王寺家、璃奈の両親だったらしい。
事故で破壊されたギターの時も、天王寺家の科学力と、ギター知識を持つ信繁、そして知り合いの修理業者が結託した。
修復まで2年かかったが、それでも完璧に元に戻した。それが今の勘助のユニコーン……レフティーのエレキギターだった。
「だからお父さんたち帰ってこない日が増えたんだ」
「そりゃ申し訳ないことをしたな、今度お詫びに電話で言っておく」
「それでも、そのギターが無かったら同好会も勘助さんとも会えなかったから。ありがとう……ございます」
「いやいいさ。そんなわけで璃奈ちゃん。勘助をよろしく頼む」
信繫の言葉に璃奈は頷いた。そこで勘助がライブ部屋から出てきた。
「叔父さん終わったよ……何話してたんだ?」
「いや、璃奈ちゃんに託そうかと思ってな。為すべきと思ったことを」
「勘助さん、私、一生幸せにする」
「はい?」
「ははっ、大きく出たもんだな」
こうして、初めての顔合わせは平和的に解決したのだった。
「これで1件落着だな。後は俺が璃奈の両親に……ん? パトカー? なんでこっちに止まって……」
☆
「勘助さん! 大変です! 昨日璃奈さんがヤクザに連れていかれたと通報が……」
「うん知ってる、マジあの野郎」
その翌日、菜々が勘助に璃奈がヤクザのような人間に誘拐されたと虹ヶ咲学園の生徒が通報した話を勘助は疲れた顔して聞いていた。
あの後突撃してきた警察から話を聞くと、菜々と全く同じ話を聞かされたので璃奈と2人で協力してあのヤクザを庇いつくした。
代償として、勘助の疲れがかなり溜まったらしい。
「まさか勘助さんの叔父の信繫さんだったとは……」
「気合入れすぎてヤクザ化したんだ、とりあえず新聞部に校内掲示板として情報提供したから誤解は解かれるはずだぜ」
「それならまぁ……よかったんでしょうか?」
「よくなってくれないと困る」
ちなみに、警察から少年少女が一人の男に拉致監禁されてると誤解を受けた信繫は、少しばかり髭と髪型にこだわり、サングラスも誰かと会ったら外すことを徹底したそうだ。
勘助もついでに栞子や教師に事のあらましを説明して、特例で叔父のライブハウスの宣伝がてら、ヤクザじゃないという掲示物や資料を虹ヶ咲学園に配布した。
「勘助、なんか俺のライブハウスに虹ヶ咲学園の生徒がめっちゃ来てくれてんだけどなんかしたか? 売り上げがバカほど上がってんだけど」
「貴方の尊厳を守っただけだよ」
「は?」
勘助の言葉に信繁は疑問を返したのだった。
ストーリーはこれで終わりです。ここまで見てくれてありがとうございました。
ただ、番外編と、少し書きたかった話も更新します。歩夢のロンドンの話とこれからやる映画の話は一旦省略して、違う形のストーリーになってますのでお楽しみにして下さい。
ありがとうユニコーン。