「お疲れ様です」
山本勘助はスクールアイドル同好会のマネージャーである。いつものようにノックをして部室に入ったが、今回は部屋に誰もいなかった。
まだ誰も来ていないとわかった勘助は部屋にギターを2つ置いて部室のソファーに横たわる。
「今日の課題はどうするかな」
勘助は音楽科に所属している。その課題は主に作曲課題などだが、今回のテーマは恋愛。勘助には天王寺璃奈という恋人がいるが、自身の心で考える。
そこまでイチャイチャと、ラブラブはしていない気がすると(弁当交換やデート、ハグやキスは当たり前とする)勘助は思った。
璃奈は表情にあまり出ない。勘助だからこそだいぶ気持ちが分かるようになってきたが、璃奈本人はそれに対して悩んでいる。
だからこそ勘助は気が付いた。璃奈への、恋人に対しての応援のようなラブソングにしようと。そうこう考えているうちに、勘助はソファーで眼を閉じて寝てしまったのである。
☆
「……ん、ここは……どこだ?」
勘助が目を覚ますと、とても静かな、良くも悪くも無機質。つまり何もなくただ白い道や、黒い鉄塔のようなものが広がる世界にいた。
冷静に考える。
ここは夢の中だと、確か自分は音楽の課題を考えているうちに眠ってしまったと結論付けた。
頭の中で状況を整理していると、不意に透き通るような声で一言、
「……誰?」
勘助が振り向くとそこにいたのは、白く美しい長髪のジャージを着た女の子が透き通るような声で自身を呼んでいた。
勘助も誰かはわからない、だからこそ冷静に怪しいものじゃない。と一言言って話をする。
「私は山本勘助。学校の部室で眠っていたらここにいたんだ。君は、誰だ?」
「眠ってたらここに? 珍しいこともあるんだね。わたしは……
「え? ミクって……」
「違うよ」
また別の女の子の声、そこには宵崎と名乗った人のように白い髪をツインテールにした少女。
眼は勘助と同じオッドアイなのか。勘助側から見て左が青色と右が紫色の眼をしていた。
ミクと呼ばれた少女は奏の言葉を否定しながら言う。
「彼がどうやってここに来たかわたしには分からないけど……悪い人じゃない気がする」
「そう、不思議だね。ねぇ、山本……さんかな? ギター背負っているけど歌うの?」
勘助が奏の言葉に反応して後ろを見ると部室に置いていたはずのレフティーギターを背中に担いでいた。
「いつの間に……これも夢の力か? なぁ、宵崎さん……あぁ、私の事は勘助でいい。学校がマンモス校でな。山本なんて言ったら数十人は振り向くから下の名前で呼ばれるのが主流だったんだ。ところで、ここはどこなんだ?」
「そうなんだ、じゃあ勘助……でいいかな? ここはセカイだよ」
「セカイ?」
奏はミクと共にセカイの説明をする。勘助からするとオカルトじみた、非科学的な現象であったが、パラレルワールドのようなものだなと勝手にそう言って納得せざるを得なかった。
夢とはいえ、妙に現実味がありすぎるし、奏の言うニーゴとやらのサークル名もなんだか現実的な話に聞こえた。
それよりも勘助が気になったのは、奏の声だった。どうにも冷静になったクールバージョン、つまり元生徒会長をしていた幼馴染、中川菜々に似ていたのだ。
「なんか君の声、私の幼馴染に似てるな」
「幼馴染いるんだ、そんなに似てるのかな? ……貴方は、勘助のセカイはどんな感じなの?」
「私の?」
奏のいる場所はセカイだと言う。つまり奏側からすれば勘助の場所もセカイのような感じだと思ったのだろう。勘助はそこに違うとは言わず、自分の世界線の話をした。
スクールアイドルのことや、話に紛らわせて、自分の幼馴染と声が似ていることももう一度話す。
奏は静かに聞いて、時に質問した。どうしてかわからないが、二人ともお互いが他人じゃないような感じがした。
「へぇ、部活動でアイドル。なんだか楽しそうだね」
「奏さんもやってみるか? スクールアイドル」
「私は……いいかな。体力ないし」
「最初はみんなそんなものさ……そういえば私のギターの話してなかったな。これは私の親父が守ってくれたオーダーメイドのレフティーギターなんだ」
「……お父さん」
親父という言葉に少し顔を歪めた奏だが、勘助の話を聞く。勘助の父が日本を代表するシンガーソングライターであることや、独りよがりで孤独になって勘助に謝ってきたこと、そしてもうすでに勘助の両親がいないことも包み隠さず伝え、いつか自分は父を超えるシンガーソングライターになると宣言する。
「これが私の話だ。だから、作詞作曲も出来るぞ。奏さんは? 作曲ノート持ってるけど、曲を作るのか?」
「うん。誰かを救うための曲を作っているんだ」
誰かを救う曲という言葉に勘助は壮大だと声を出す。奏の母はすでに亡くなっているが父親はいるらしい。
ただ、奏の才能を目の当たりにした作曲家の父が自分の実力と照らし合わせすぎた結果、精神的な問題などもあり、意識をなくして入院しているそうだ。
「逆だな」
「逆?」
「ああ、私には才能がないからいろんな人間から話やコツを聞いてモノにしないといけない。いわば貰う側だ。奏さんは、すでに才能があるからみんなを救う曲を作る。いわば与える側だ」
「それでも、同じ作曲、作詞側としては最終的に形はどうであれ、みんなのために曲を作っていることに変わりはない」
「つまり、勘助と私は似てるってこと?」
「持論だがな」
勘助の言葉に少しだけ肯定の意を示す奏。目的は違えど他者のために曲を作ることは同じだったからである。
ふいに、勘助が奏にお願いをする。作曲のノート見せてほしいと。奏は少し戸惑うが、勘助は学校の課題の事情を話した。すると少し考えながらも奏はそのノートを見せてくれる。
「これは……見事なもんだな」
本当にすごい技術だった。勘助はあのミア・テイラーすらも凌駕する可能性があると本気で思うくらい完成された曲の旋律がノートに記録されていた。ふいに、ある曲に目をあてる。タイトルはないがワンフレーズだけ書かれた曲があった。
「これは?」
「作曲中の曲なんだ。まだ始めたばかりだけどね」
そう奏が言うと勘助はレフティーギターを出す。何をする気かと奏は問うが、勘助は気にせずギターを弾いて歌いだす。
「あぁ、少し君に伝えたい何かがあったんだ。二人真逆の踊るベール逆さまだと知って……」
奏は驚く。自分が作ったのは一部分のフレーズだけ。そこから勘助という男は一目見ただけでその続きを、さらには言葉選びこそ拙いが、歌詞を付け出した。とんでもない人がこのセカイに来たと、今まで口を挟まずぼうっとして見ていたミクが口をはさむ。
「ミクさん……だっけ、歌ってみてくれよ。私が歌詞をつけるから奏さんは曲な」
「え?」
二人の言葉のハモリに勘助は笑って、せっかく同じ人間がいるなら一曲記念に作りたいと言った。
奏も最初は戸惑ったが、ミクが楽しそうだと言ったおかげで、3人で曲を作ることにした。奏は曲を作りながら勘助の言葉選びにアドバイスをして、勘助は作詞しながら奏の詰まったところをギターで曲を続けるように弾いた。
少し完成したらミクがきれいな声で歌うということを繰り返して完成する。
あ ちょっと君に伝えたい何かがあったような
けったい真逆の踊るベール 逆さまだと知って
「出来たな」
「うん、こんなに早くできるなんてびっくり。ありがとう勘助」
「礼ならこの曲、俺にもくれよ。課題で使いたいんだ」
そっちでも使っていいからと勘助が言うと奏も了承した。そこからどれくらい時間がたったか、奏やミクと話していた勘助の体が急に光りだした。
「お別れみたいだよ、奏、勘助」
「そうか……なぁ、奏さん。もしまたどこかであったら、今度は本当に1から曲作ろうぜ」
「うん。今日はありがとう。わたしも楽しかったから、また作りたいな」
奏の言葉にまかせろ。と言って勘助は消えていった。
「不思議な子だったね奏」
「うん、でもなんだかどこかであってる気がするんだよね……」
そう言って奏はまた会いたいなと呟いたのだった。
☆
勘助は目を覚ます。やはり夢だったのかと自分に言い聞かせようとした瞬間、自分の頭が柔らかいものに当たっているのに気づく。
見ると、ソファーに顔をつけているのではなく、誰かの膝。ふと見ると、そこにいたのは……
「あ、勘助さんやっと起きましたか」
「せつ菜? どうして?」
勘助の言葉にせつ菜が説明した。どうやらみんなが部室に入った時に勘助が寝ているのを見たらしい。
起こしても起きなかったため、最初は璃奈とせつ菜に任せてみんなは先に練習に行ったのだ。
璃奈がソファーだと寝違えると言って膝枕をしようとしたが、練習中に機材トラブルが出たのでせつ菜に任せて出て言ってしまい、せつ菜が結果的に膝枕をすることになったらしい。
「ごめん、完全に寝てた」
「いえ、お疲れのようでしたので仕方ありませんよ」
「ところで、一つお聞きしたいのですが……」
「なんだ? 練習の時間を奪ったことは謝ろう」
「いえ、そうではなく」
そしてせつ菜は聞いた。
「奏って誰ですか?」
「……さぁ?」
目が笑っていないせつ菜に対して勘助はごまかす以外の方法しかなかった。
そのせいで後から璃奈や同好会メンバーに奏という人に対しての質問で詰められるのだが、勘助はまだ知らない。
☆
「それじゃあ山本勘助さん。課題の曲をお願いします」
「はい。それじゃあ、聞いてくださいこの曲は……夢の中で二人の少女と作詞作曲した睡眠学習曲です」
「恋人への想いを他の女性二人と考えるなんてどうかと思いますし、夢の中と言っていることに対してふざけてると思うかもしれませんが、聞いてください」
アイデンティティ
そういって、勘助は音楽科でギターをかき鳴らすのであった。