「……ん……んんっ……今日は天気良いな。そろそろ寒くなってきたというのに」
山本勘助の朝は平均的である。6時起きという傍から見れば早そうに見えるが、同好会の中では4時だの5時だのに起きて鎌倉から通う人もいるので平均より早いと言った方が正しいかもしれない。
「米がこの3合でもう無いから米でいいか」
洗顔とうがいをしてから、朝食の準備に取り掛かる。
勘助は朝ごはんを臨機応変に食べる。基本は米を食べるが、米が無ければパン。パンが無ければそばやうどんを食べる。
今日は開けた米が3合分しかなかったので普通に米と適当に作った卵焼きなどのおかずを作り、食べている。一人暮らしの学生にとってはなれたものだ。
今日は恋人である璃奈の分の弁当を作る必要はないので、重箱に余った米と、おかずを敷き詰めておく。勘助は朝と夜はあまり食べないが、昼は爆食いするので弁当だけはしっかりと詰めておくのだ。
食べ終えたら歯を磨き、手にしたミニアンプで軽くギターを弾く。指運びの訓練をした後、今日の授業と忘れ物の確認をして学校へ行く。
「父さん、母さん。俺は……行くよ」
仏壇なんて大層なものはないが、母親が死ぬ前に撮った家族写真に行ってきますと言う意味の言葉を込めて、そのまま家を後にした。
そんないつもの日常。そして、下の階に降りれば、恋人の璃奈か、幼馴染の中川菜々のどちらかが、勘助におはようとあいさつをしてくれるはず……
「カンスケクン、オハヨウ、タスケテ……アソボ?」
「え?」
勘助が見たのは誰かのピンクより少し赤みがかっている髪の毛で作られたお団子のような丸い球。それが浮きながら勘助に挨拶をした。
そして、朝っぱらから勘助の悲鳴が轟いたのだった。
☆
「カンスケクン、ゴメンネ」
「い、いや、私も急に驚いて悪かった……歩夢さん?」
勘助が悲鳴を上げて気絶を免れた後に、この奇妙な物体に名前を聞いた。
どうやらこの子は上原歩夢自身だと言う。勘助が事務所で仕事中に、部室に置いてあった璃奈の発明品をみんなが興味本位で飲んでしまったらしく、翌日こんな姿になったのだとか。
「ちょっと待ってくれ、みんな飲んだってことは璃奈以外みんな歩夢さんみたいに?」
「ウウン。タブンコレハ、ワタシダケカモ」
「リナチャン、コジンサガアル、イッテタ」
「ありすぎだろ個人差。どうすんだこれ直るのか?」
「24ジカンダカラ、ドウコウカイノジカンニ、モトニモドルハズダヨ……ワタシハガッコウ、ケッセキシテルカラ、アソボ?」
「ポム玉、俺は朝は授業あるから遊べないよ。休み時間になら少しは遊んであげられるけど……」
歩夢のお団子……勘助は歩夢の漢字をぽむと読んでポム玉と名付けた。歩夢は可愛いと気にいってくれたようなので、ポム玉と呼ぶことにした。
そうこうしてたら音楽科の教室に入ったので、少し我慢して。と言い、ポム玉を鞄にしまいこんだ。
「そう言えば侑さんとミアさんも薬飲んだって言ってたけど……」
勘助は驚かないように席に座っている侑とミアに声をかけた。どうやらこの二人は原形をとどめてるようだ。振り返って勘助を見た瞬間、侑とミアは挨拶を交わして……勘助の両腕に抱き着いた。
「勘助君、おはよう! 今日も勘助君の顔が見れるなんて私幸せだな!」
「ベイビーちゃんずるい! 勘助、ベイビーちゃんよりも僕を見てよ。なんて言ったって勘助は僕の一番弟子なんだから!」
「俺教室間違えた?」
素が出てしまった勘助、璃奈の薬の効果だとわかるが距離が近すぎる。
特にミアに関しては断りまくった挙句勘助も本当にふざけた場面でしか言わなくなった弟子入りを許可している挙句、勘助に抱き着いてきたのだ。音楽科から驚きの声が聞こえる。
また、カバンの中からユウチャン。と呪詛のような声が聞こえるがそれどころじゃない。
「二人ともどうしたんだ? 急に抱き着いてくるなんて」
「え? 大好きな人に抱き着いちゃダメなの?」
「へ?」
「だって、勘助君いっつも同好会のマネージャーだとか言いながらスクールアイドルだけじゃなく私の事も見ててくれるんだもん」
「ピアノが弾けなかったとき、自分だって弾けないのに二人三脚でって言って教材を買って勘助君なりに覚えてピアノのいろはを私に伝えてくれたり、私の演奏が拙かった時も励ましてくれたりしたんだからそんな男の子を好きにならないほうがおかしいって」
「だから、もう隠すことはやめたの。勘助君大好き!」
「ベイビーちゃんずるい! 僕だって最初は勘助の演奏しか興味なかったけど、勘助と話してくうちに勘助の自由さとか演奏にひたむきな姿勢に心を奪われたんだ。僕が偶に作曲で悩んでるときも手作りのハンバーガーを食べさせてくれたし、手伝ってくれたりしたんだ」
「勘助はGentleman……本当にいい男だ。そんな男をこのテイラー家の僕が逃すわけないだろう。一緒に音楽家夫婦として、伝説を作ろうよ!」
「とりあえず落ち着いてください気絶しそうです。俺が」
勘助には幼馴染がいる中川菜々。幼馴染が女の子だからこそ、話題には気を付けている。
直球で言おう。菜々は比較的胸が大きい巨乳のくくりに入る。だからこそ勘助も胸を見たり、その手の話題を一切しないようにして、菜々と交流していた。
それが今この話に関係があるのかと言われればめちゃくちゃある。なぜならせつ菜よりはなくても、侑とミアの胸が当たってるから。もう、形が変わるくらい押し付けられているから。
どんなに紳士的考えを思っていても男子高校生なのに変わりはない。こうして女の子から体を寄せられたらドキドキするし、顔も赤くなる。
もっと言わせてもらうとだ。気絶しそうなのである。
「ユウチャン、ミアチャン、ヤメテアゲテ?」
そんな時勘助の鞄に入ってたポム玉が少し顔を出して侑とミアに鋭い牙を向けた。
「え?」
二人の声が重なり数秒。急なホラーの特級呪物を見たミアは悲鳴を上げて気絶し、侑も侑で腰を抜かしていた。
「ジュギョウ、ハジマルヨ、セキニツイテ、ユウチャン」
「は、はい!?」
こうして侑とミアは何とか席の戻り勘助はポカンとしながら、落ち着いたことを再確認してポム玉に礼を言った。
☆
「おはよう勘助君! ごめんね? 今日迎えに行けなくて」
「今度は菜々か」
中川菜々が敬語じゃなかったのは璃奈の薬のせいだろう。菜々は勘助の腕に体を押し付けてる。幼馴染だから普通のように聞こえるが、菜々は癖で栞子のように敬語が抜けないのだ。そんな敬語系キャラが急にタメ口で話して来たら……
「なんか、そっちの方が可愛いよな」
「な!?」
ギャップ萌えした。
「まぁ、忙しいなら仕方ないだろう、構わないよ」
「ううん、私が決めたことだもん。璃奈ちゃんと付き合ってるのはわかるけど、幼馴染である私の事も大事にしてくれないと困るなぁ」
「大丈夫だ、璃奈と付き合っても菜々の事も大事にするって」
そう言ったはずだ。と勘助は言う。それでも菜々は不安なのか勘助にギュっと抱き着いたまま離さない。
「菜々……少しいいか?」
「勘助君? どうし……」
最後まで言葉を発する前に勘助は菜々にキスをしたもちろん口ではなく額に。
驚きフリーズする菜々に勘助は言う。
「璃奈がいるから口は無理だが、幼馴染のためなら手か額くらいにはキスしてやる。お前がここまで私の事を好きでいてくれるなら、その期待にこたえなければ男じゃない」
「うぅ……恥ずかしいよぉ」
「腕にくっつくの辞めたらどうだ?」
「ヤダ! それに、こうして胸をあてて色仕掛けすればコロッとイッテくれないかなって」
「璃奈の体しか興味ないんだ」
嘘である。恥ずかしいから言わなかったが、侑もミアも菜々も魅力的すぎてコロッと行きそうである。でも、男勘助、璃奈と言う恋人のためならそんな地獄も耐えて見せる。
「ナナチャン、ソロソロヤメヨウ?」
「ひっ!? あ、歩夢……ちゃん?」
「璃奈の薬でこいつだけこうなったんだとよ。ほら、ポム玉ごはんだぞ」
「モグモグ……ギィィ、ギギィ……オイシイ」
「絶対食事の声じゃないよね!?」
「喜んでくれたか。卵焼きは歩夢さんに負けるが、喜んでくれるなら嬉しいよ」
その後、特級呪物に驚いた菜々は勘助と一緒にいるのをためらい、そのまま別れた。
☆
「ほらかすみ、私の足をなめて。私の事好きなんでしょ?」
「はい! しずく様! 私がしずく様の足をなめさせていただきます!」
「ランジュもかすみの足舐めるわ! とっても頭がふわふわして気持ちがいいのよ!」
「行け、ポム玉」
「サンニントモ、ナニシテルノ?」
少しやばい3人組が見えたのでポム玉を投げた。ポム玉を見た3人は少し沈黙した後、ポム玉の口から見えた牙を見て恐怖のあまり全力で逃げた。
「ふぅ、また学校の風紀を救ってしまいました! なんてな」
「ソレ、セツナチャンノマネ?」
「おう、声は当然似てないけど、それっぽいだろ?」
「ナカイインダネ」
「歩夢さんと侑さんだって仲いいじゃん」
「イマノユウチャンハ、カンスケクンニホレテルカラ」
「薬のせいだろ。気にすんなよ歩夢さん……いや、ポム玉」
「ホントウニクスリノセイダッタラ、イインダケドネ……」
ポム玉の言葉に感心していると、勘助の声を呼ぶ人がいた。勘助さんと呼ぶのは菜々以外もう一人いる。しずくはさっき去って行ったので残ったのは……
「おう、栞子さんお疲れ」
「お疲れ様です勘助様」
「……ん?」
「勘助様、少々お疲れではないですか? こちらの椅子に腰かけてください。今飲み物をお持ちいたします」
「んん?」
三船栞子、現生徒会長にして虹ヶ咲学園の模範となる人物。そんな彼女は勘助を様と呼び、奉仕をしようとしている。
勘助も薬の影響を視野に入れながら、栞子の様子を見る。
「お待たせしました、粗茶ですが」
「え? 点てたの!?」
「ええ、そこのお湯をお借りしましたよ。勘助様専用の高級抹茶粉末でございます」
「あ、ありがとう栞子さん……」
「ふふ、変な勘助様ですね。いつものようにしおにゃんとお呼びください」
「……俺そんな呼び方したことなくね?」
「そうでしたね、夜のベッドでよく言っていましたから勘違いしました」
「そんな話もないけどね」
「シオリコチャント、カンスケクンッテ、ソンナカンケイナノ?」
「違うよ」
「そんなはずはありません。見てください、こちらのノートを」
ノートに対して疑問に思った勘助だが、栞子のノートを手に取るそのタイトルは……
『山本勘助様が猫耳奴隷少女栞子を愛するランデブーノート』
中身を見ると、勘助らしき男が猫耳の栞子に似た少女に対してお仕置きと言う名の温かいご飯をあげたりお風呂に入れたり、家族同然の扱いをする物語。
クオリティはしずく並みに高く、最終的に主人に恋心を持った奴隷少女はご主人様にわがままを言って身体を重ねて結婚すると言うハッピーエンド。
とてもいい話に感動した勘助だが、
「それは未来の私と勘助様です」
「さぁ、勘助様。婚約者の璃奈さんよりも私の事を愛してください」
感動が栞子の言葉で全部吹き飛んだ。念のため。と勘助は聞いてみる。
「栞子さんって……私の事どう思っているんだ?」
「大好きです。こんなモブみたいな顔をしていて適性を中心にしか考えることのできないただのガリ勉セメント頭の私を警戒せず友達だと、親友だと言ってくれました。君の八重歯に嚙まれたいくらい魅力的だと言ってくれた勘助様に惚れないわけがありません」
「八重歯の件は知らねぇな」
「噛んであげてもいいですよ? 私に噛まれないと溜まり切った性的な欲を吐き出せないくらい調教してあげ……」
「ポム玉ぁぁぁぁぁ!!」
「グギャァァァァァ!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
勘助の出したポム玉が栞子の目の前まで迫り、威嚇する。あまりにも特級呪物、非科学的な化け物が出てきたのでそのまま悲鳴を上げて気絶してしまった。
勘助は栞子をお姫様抱っこして保健室に行くことにした。
「ダイジョウブ? シオリコチャンメヲサマシタラ、カンスケクンガ……」
「このままにしておくわけにもいかんだろう。これくらいはしてあげないとな」
「ヤッパリヤサシイ。ユウチャンタチガ、カンスケクンヲスキナリユウ、ワカッタ」
☆
「ねぇ、果林ちゃん。誰もいないよダメなの?」
「エマ、落ち着きなさい」
「果林ちゃん彼方ちゃんも我慢できないよぉ」
「彼方、ここ保健室よ」
「保健室ってジャパニーズではヤリ部屋なんだよね? 問題ないんじゃないかな?」
「エマ!?」
「それじゃあ、エマちゃん、ヤろうか」
「え? 冗談よね? え? なんで服を脱がして……」
途中保健室で果林と思われる声が聞こえたがスルーした。栞子に手を合わせて、こっそり帰ることにした。
☆
「やっと部室か……ポム玉、元に戻るのはいつくらいだ?」
「アイマイダケド……モウスコシダヨ……アソボ?」
「解決したら遊んでやるよ。ほら、カロリーの友達。腹減ってるだろ。食っとけ」
「アリガトウ、トモダチ」
そして勘助は部室に入る。まだ会っていないのは璃奈と愛。あの二人ならおそらく百合の花を咲かせている可能性がある。勘助は少し深呼吸をして扉を開けた。そこにいたのは……
「りなりー、どうして愛さんの言うこと聞けないの? 愛さんはりなりーの事こんなに好きなのに」
「ごめん愛さん、私は愛さんより勘助さんが大好き。思いには答えられない」
「そう、なら……そんなりなりーいらない」
「ポム玉ぁぁぁぁぁぁ!!」
愛がヤンデレ化して璃奈を刺そうとしていたので全力でポム玉をなげた。愛に命中して、愛は体勢を崩して包丁を落とす。
「璃奈!」
「勘助さん!」
そう言って璃奈は勘助の下に行くがそうはさせないと落とした包丁を璃奈に向かって投げた。それを勘助がユニコーンギターを投げて相殺する。
何とか勘助のもとについた璃奈、勘助は璃奈をかばうように愛に声をかける。
「愛さん、冗談にしちゃ笑えんぞ。何が望みだ」
「愛さんは……りなりーが大好きなの! それをカンスケが取った……カンスケのせいでぇぇぇぇぇ!!」
愛は包丁を拾い勘助に刺そうとする、勘助はそれを見切り親指と人差し指でつまんで掴み取る。
(これは……おもちゃか)
そしてそのまま包丁をへし折った。愛は勘助のバカ力に膝をつく。ポム玉が愛の首筋に歯を突き立て試合は終わった。
「愛、お前が璃奈を好いているのはよく分かった。だからこそこのおもちゃの包丁で脅そうとしていたことも」
「あ、ああ……」
「本物なら考えたが……愛さんの性格はやはり優しかったんだな。……今度、スポーツでケリをつけよう。どちらが璃奈にふさわしいかを。負ける気はない。だが、納得いかないならいつでも相手になろう」
「ポム玉……いや、もう歩夢さんか愛さんを許して、その手を放してやれ。薬の効果は切れたはずだ」
「……うん」
歯を突き立てていたポム玉はいつの間にか歩夢に代わり、歩夢が愛を両腕で羽交い絞めにしていた。勘助はそれを離すように指示し、璃奈に向かって声をかける。
「いつもやりすぎだよお前は」
「ごめんなさい……私もこうなるとは思わなかった」
「全く。今回はどんな薬なんだ?」
「理性を破壊して思ったことを暴露したり、なりたいものになれる薬」
「……そうか」
それなら、みんなへの罰はこの後存分に罪悪感と恥ずかしさで悶えればいいという話で終わったのだった。