これで終わりです。
山本勘助は学校に行く準備をしていた。今日はテストなどのイベントはないが、学校がある以上は準備をしなければならない。
教科書や筆記具は鞄にあるとして、ギターや幼馴染である菜々が火薬を多く使うスクールアイドルのパフォーマンスがあるため、持ち運べる最新の換気扇(2万と少し)を鞄に入れて、準備をすます。
そして寮から出るときには亡くなった父と母に一曲弾いて行ってくると言葉をかけていざ出発。
別に富士の樹海を突破するとかそんなことはないが、それでも準備は怠らず、寮を出た。
「勘助さん待ってた」
「勘助さん! おはようございます!」
寮から出た瞬間、璃奈と菜々が勘助の両腕に抱き着いてきた。いや、璃奈が抱き着いてくるのは別にいい。勘助と璃奈は付き合っている。だから、璃奈が抱き着いてくるのは想定内であったが、せつ菜が勘助のもう一つの腕に抱き着いていた。
「なんか変じゃないか? 二人とも?」
「別に全然変じゃないよ」
「そうですよ勘助さんが私の事が大好きって言ってくれたじゃないですか!」
そんな事実はなかった。いや、あったかもしれないが恋愛的な意味ではない。そもそも勘助が付き合っているのは璃奈である。そんな一夫多妻制は認めてもいないし了承してない。ふと恋人の璃奈を見ると、眼をそらす。
小声で璃奈に軽く声をかける。
「今度は何飲ませたんだ?」
「……なんのこと?」
「その顔は嘘をついている味だな」
観念した璃奈は勘助に謝って言う。どうやら、勘助の好感度が爆上がりする薬を一服盛ったのが運の着き。勘助にメロメロになったらしい。
「もしかして菜々もその影響か?」
「菜々さんは平常運転。菜々さんの手料理を一滴入れて作った薬だから」
「もはや劇薬」
「大丈夫、飲んでない人もいるから」
「じゃあこれは菜々の素でいいのか?」
「勘助さん好き好き! 大好き!」
「うん、だから大丈夫」
「璃奈全然大丈夫じゃない」
幼馴染の手料理には口にしないようにしようと改めて思ったのだった。
☆
「勘助君! 大好き!」
「うおっと、侑さん急にくっついたら危ないぞ」
「えへへ……勘助君の匂いだ、ときめいちゃう!」
「ずるいぞベイビーちゃん! 、勘助は僕のものだ、誰にも渡すものか!」
ほら。と勘助の手を引いて侑から引きはがすミアと、嫌だと勘助の袖を引っ張る侑。音楽科では修羅場だとか璃奈がいながらも色男だのなんだの聞こえてくるので居心地は悪かった。
同時に、良くも悪くも女の子に抱き着かれたことが多くなったからか鼻血が少し出るくらいで気絶はしなかったのが運がよかった。
「お前ら落ち着け、璃奈の発明のせいだ。気にするな」
「違うもん! たしかに璃奈ちゃんの発明を飲んだのはみんなだけど、私たちは飲みたかったから飲んだんだもん」
「あんな菜々の劇薬をか!?」
「勘助君が好きだから!」
「僕は……こうでもしないと勘助に上手く言葉を言えないから……」
「本当は勘助の曲も、人柄も認めているんだ。僕はこんな性格だから、つい強く言ってしまって……でもね、勘助。僕はテイラー家とかじゃなくて、ミア・テイラーとして、君の事が好きなのさ」
「ミアさん……ありがとう」
璃奈がいるのは分かっているといいながらミアは笑った。
菜々の液体……と言えばなんかいやらしい感じがするが劇薬なのは間違いない。とりあえず二人を引きはがして授業を受けようと思うが、勘助は珍しく教科書を忘れたのでミアと侑がどちらが机をくっつけるかで喧嘩したのは別の話。
☆
「カンスケ、りなりーよりも愛さんたちと付き合わない?」
「勘助、私たちと付き合ってくれたら苦労しないわよ?」
「璃奈ちゃんにないもので私たちの虜にしてあげる」
「私はロリとは言わなくても貧乳が好きなんだ。璃奈には悪いけど、璃奈みたいに小っちゃくて貧乳で可愛い子が大好きなんだ」
果林と愛は1万のダメージを負った。まさか薬を飲んでいるとはいえ飲まなくても信頼して、心から好いている男性から自分の魅力の体を否定されるとは思わなかったからだ。一方で勘助は申し訳なさそうにしながら、
(悪いな果林さん愛さん、身体なんてなくても俺は璃奈しか愛してないんだ)
「ねぇ、愛。私ってなんでモデルなのかしらね」
「ねぇ、カリン愛さんってなんでギャルなんだろうね」
アイデンティティをぶち壊された二人は、曲がりなりにも勘助を振り向かせようとこれから決意した。
☆
「勘助先輩、かすみんの魅力でメロメロになってください!」
「先輩、私と一緒にあの地平線まで船に乗って夜逃げしませんか? もちろん二人きりでで……」
「うん、ごめん無理」
「即答!? もっと悩むとか無いんですか?」
「だってしずくとかすみは飲んでないだろ?」
どうしてとかすみとしずくは驚いた表情をした。勘助は言う。
「お前たちが相思相愛なのはわかっている。だからこそこんな薬には頼らないとわかっている」
「もちろん私と仲良くなりたいというなら話は別だが、今回の薬は私への好意を底上げする薬に近いと璃奈から聞いたのだ。お前たちが、曲がりなりにも誓い合った仲だろう。こんな薬に手を出すわけない」
「かすみさんのしずくさんもとてもいい子で、可愛いし、絶対に人の嫌がることはしない。かすみさんはいたずらが過ぎるが、それでも人を裏切ることはせん」
勘助はだからこそかすみもしずくも演技をしていると思った。その予想は当たったみたいで、二人は少し俯いた顔で勘助に謝った。
「どうせかすみの入れ知恵だろう。少し経てば元に戻ると言っていた。落ち着いたらまた同好会で会おう」
「待ってください」
勘助が去ろうとした瞬間、かすみとしずくが声を出した。勘助が振り返ると二人は勘助に抱き着く。
「確かにかすみんがしず子とからかって勘助さんに抱き着きましたけど、それでもかすみんは勘助さんが大好きです。恋愛とはいかなくても、しず子とかすみんを繋げたのは勘助さんです」
「私も、そうです。かすみさんと私を繋いでくれたのも、同好会を繋げたのも勘助さんです。だから、ありがとうございました」
「そう思っているからこそ、勘助さんには少しばかり、感謝の気持ちとして私たちからお礼をさせてください」
そう言ってかすみとしずくは背が低いなりにも勘助の頬にキスをしたのだった。
☆
「勘助様!」
「栞子今度はお前か。嵐珠さんはどうしたんだ?」
「ランジュは孤高ですから薬は飲んでませんよ。後、歩夢さんも遠慮してました。私は自分の意思です」
「なんで飲んだ、璃奈と付き合っている俺なら分かるだろ?」
「だからこそです」
栞子は言った。勘助の事が大好きであること。それは菜々も侑もミアも同じだということ、心の中にも頭の中にも璃奈が勘助のそばにいるのは分かっていた。それでも理性は勘助を求めていたのだ。
「悪い女と思ってください。どうしようもない女だと思ってください。それでも私は貴方の事が大好きなのです。お慕いしているんです。だからこそもっとあなたと仲良くしたかったんです」
「こんな醜い私を許してください」
栞子は涙を流す。勘助は何も答えることが出来なかった。
「貴方だけなんです、私の事に関わってくれた挙句、私の本当にやりたいことを無理行って叶えてくれたこと、生徒会としても手伝ったり、何度も助けてくれました。そんな男性を、好むなという残酷な言葉で片付けないでください」
「栞子……」
さん。とは言えなかった。ここまで真剣な栞子だ、薬の効果とは言え薬のせいだと終わりにするわけにもいかない。
勘助は言葉を濁していると、栞子は突然笑い出した。
「何がおかしい?」
「いえ、あまりにも真剣に考えてくださったものですから、私にもチャンスがあるということですね」
「どういうことだ」
「私は薬を飲んでいるという証拠はありませんよ」
栞子の言葉に少し安堵した。勘助は栞子がてっきり薬を飲んだと思ったが、そうではなかったのかと一言言った。
栞子は謝りながら勘助に言う。
「すみません、からかうつもりはなかったのですが。楽しくなってしまって」
「からかったのか?」
「璃奈さんから作った薬を見せていただいたもので、少し調子に乗りました……」
「今回の事は忘れてください」
そう言って、栞子は笑顔を見せる。勘助はふと一枚ピックを取り出して、栞子に渡す。
「これは? ピックですか?」
「今度、璃奈に内緒で髪飾りでも見に行こう。浮気まではいかんと思うが……まぁ、俺のあれと犠牲にすれば。お前への記念の品くらい造作もない」
「記念?」
栞子の言葉に勘助は頭を下げて言った。
「俺を好きになってくれてありがとう」
その言葉に栞子は眼を見開く。気づいていたのかと、一言言うと勘助は、
「気づいたというかお前が冗談でも男に愛してますって、言うわけないからな。誠心誠意で答えただけだよ」
「だから、璃奈がいなければ、俺は栞子を愛していた。はずだ……あいまいで申し訳ないがな」
「いえ、……その言葉で十分です」
そう言った栞子の涙を勘助が拭く。
「璃奈からもらったものだが許してくれ、後で璃奈にも謝ろうと思う」
「貴方の心には、すでに璃奈さんいらっしゃるのですね。道理でここまで乙女が告白してもなびかないはずです」
そして栞子はごめんなさい。と謝ると、勘助の唇にキスをした。
「璃奈さんが猫のようにどこかに行ったら、私が尽くしてあげます」
「しおにゃんも猫なのでは?」
「いいえ、この場合は貴方のような自由奔放な猫のような狼の飼い主になりますから」
「髪飾り楽しみにしてます」
そう言って栞子は勘助にもう一度キスをした。
☆
「勘助さん覚悟はいい?」
「どうにでもなれ!」
「璃奈さん私が原因ですからあまり勘助さんを虐めないでください!」
「璃奈ちゃんボード『黙れ小娘』」
その後勘助は宙ずりにされたが、栞子が光らせた髪飾りは勘助をあざ笑うかのようにきらりと光っていたらしい。