火山が噴煙を上げるとセルリアンの他にフレンズもよく生まれる。ここサバンナでもたびたひセルリアンが見られるようになり、この辺りを縄張りにしているカラカルとサーバルはセルリアンを退治しつつ新しく生まれたフレンズがいないかを調査していた。
そんなわけで、ともえの生まれた建物にカラカルとサーバルがやって来ていた。
「ここにいたのは間違いなさそうね」
カラカルはともえの寝ていた台座を調べていた。台座は硬質の繭のような形をしていて、中にはキューブ状のサンドスターが溢れている。けれど繭から生まれるフレンズなど聞いたことがないのでカラカルは不思議がっていた。
「あはは! ねえねえカラカルー! これおもしろいよ!」
サーバルはカプセル状の台座の蓋をぱかぱかと開けたり閉めたりして笑っていた。
「うるさいわねサーバル。遊びに来たんじゃないのよ」
「ほら、みてみてー。あれなんだろう」
サーバルはカラカルの苦言を聞き流して床を指差した。指差す先にはスケッチブックが落ちている。
「ここで生まれたコの忘れ物かしら」
警戒するカラカルとは対照的に好奇心の強いサーバルは早速飛びついてパラパラとページをめくりはじめた。カラカルはそれを少し後ろの方から覗き込む。
「ちょっと待ってサーバル。その絵の景色どこかで見たことがあるわ」
「へえ、そうなんだ」
サーバルはカラカルが思い出すのを黙って待った。記憶の闇の穴に沈み込んでいくカラカルの瞳孔をサーバルはまばたきもせずに見つめた。
「あっ、カルガモの縄張り!」
「やったぁ!」
「とりあえずカルガモのところに行ってみましょう。何か見てるかもしれないし」
「うん、きっと見てるよ」
「でも何か嫌な予感がするわね……。セルリアンがいるような」
「へーきへーき」
サーバルはカラカルを待たずに「おうち! おっうちー!」と歌いながら弾むように歩き出した。
「ちょっと! スケッチブック忘れてるわよ!」
カラカルはスケッチブックを拾い上げ、慌ててサーバルの後を追った。
◇
「ストーーーーップ! 見てください」
叫び声を上げたカルガモは数歩先を指さした。
「危険極まりない溝ができています!」
カルガモの後ろに一列になって歩いていたイエイヌとともえは、カルガモの肩越しに指さす先を見た。幅2メートルほどの裂け目が左右にずばーっと伸びている。まるであっち側とこっち側を隔てているかのようだった。裂け目の奥は暗く、底は計り知れない。
「いいですか? みなさん、私の真似をしてジャンプしてください! 行きますよ!」
カルガモは数歩下がって立つと、精神統一をするように目を閉じた。数秒後にカッと目を見開き、助走をつけて走りだす。
「は──────────────っ!」
カルガモは頭の羽をはばたかせて飛び上がり、溝をしっかりと越えてこちら側からあちら側へと飛び移った。
「ふう」
カルガモはあちら側の大地を踏みしめ、どや顔で振り返った。
「さあ、どうぞ!」
「どうぞって……」
ともえは裂け目の淵に立って闇の奧を覗き込んだ。くらくらとめまいを覚え、足元が急に頼りなくなって、たまらずその場にへたり込んだ。じっとりと汗ばんでいるのになんだか寒い。こんな溝、とてもじゃないけど飛び越えられない。
ともえがすくんでいる脇をイエイヌが駆け抜けてピョンと飛び、シュタッと向こう側に着地した。
「すごい!」
ともえは思わず感嘆の声を漏らした。イエイヌは無表情で振り返った。その瞳は特に何も期待していないようだった。
「さあ、次はともえさんですよ!」
カルガモが手に持った旗をパタパタと振って応援した。
ともえが泣きたい気持ちでうずくまっていると、
「おーーーーーい」
ともえの背後から呼びかける声がした。カラカルとサーバルだ。
「カルガモー! 聞きたいことがあるんだけど!」
二人はテクテクと歩きながら大声で叫んでいる。
「はーい! なんですかー?」
カルガモも笑顔で叫び返した。サーバルが良いことを考えたというような顔を浮かべ、仁王立ちになって、
「このあたりでー! めずらしい! フレンズ! 見なかったー?」
大声で叫んだ。声のボリュームで勝負するつもりらしい。
「フレンズは! みなさん! たいへん珍しい! 存在ですから!」
カルガモも受けて立つことにしたようだ。
「たしかに」
カラカルはカルガモの含蓄ある言葉に感銘を受けた。そんなカラカルの姿にサーバルはぷーっとふくれてカルガモに言い返した。
「わたしは! アムールトラの! 友達!」
「ちょっ……サーバル! わたしは?」
サーバルの思いがけない告白にカラカルは驚いて口を挟んだ。
「カラカルは……友達!」
「珍しくはないってわけね……」
苦笑いを浮かべるサーバルにカラカルはため息を返した。
「アムールトラさんは! とっても珍しいですね! サーバルさん! すっごーい!」
ともえはサーバルとカルガモのラリーをキョロキョロと見守っていた。いつの間にかあまり怖くなくなっていた。
「いくわよサーバル」
カラカルが歩き出すとサーバルも後を着いていく。
「お二人とも気をつけてください! そこに危険極まりない溝ができています!」
「うわ、すごいわね……」
カラカルは裂け目の奥を覗いて言った。その脇をサーバルがひゅんと駆け抜けて、裂け目の手前で大きく飛び上がった。金色のしなやかな毛並みが雲間から落ちた一瞬の光を受けて煌めいて、全身の筋肉が力強く躍動し、風の中を泳ぐようにして向こう側へ着地する美しいサーバルの姿をともえの瞳が見た。
「素晴らしいジャンプですね。合格です!」
「やったー!」
カルガモに褒められてサーバルは喜んでいる。
「ところで」
カラカルは座り込んでいるともえに向かって言った。
「あんたはそこで何してるわけ?」
「なにって……」
怖くて足がすくんでいるとは言いにくい。困ったともえはイエイヌのほうを見たが、イエイヌは相変わらず無表情で、事の顛末を見守っているようだ。
「困ってるみたいね。ほら、わたしにつかまって」
カラカルはともえの腕を掴んで自分の首に回し、あっという間にともえを抱きかかえてしまった。
「じゃあ飛ぶわよ! じっとしていなさいよね!」
カラカルはタッタッタッと軽やかに助走をつけて一気に飛び上がる。時が止まったような一瞬の浮遊感。衝撃のないやさしい着地。カラカルの瞳が金色に光っていたような気がした。
カラカルはカルガモの頭を越えてずっと先に着地していた。
「ブーッ! 不合格です! 団体行動は規律が大事なんです! 私より前に出ちゃダメ!」
カルガモはカラカルにダメ出しをするが、
「と言いたいところですが、今回は大目に見ましょう。合格です!」
「なんか納得いかないわね……」
カラカルはともえを降ろしながら言う。
――あれ?
カラカルは胸の内になにか引っかかるものを感じて溝を振り返った。けれどそこには当然誰もいない。カラカルは腕を組んでうーんと唸った。
「どうしたの?」
サーバルがたずねる。
「何か忘れているような気がして……なんだっけかな?」
「大丈夫! 忘れていなければ思い出せないよ」
「え?」
「思い出そうとしているんだからみつかるよきっと」
カラカルはハテナの形をした視線をサーバルに向けた。サーバルは満足気だ。
「さあみなさん、先へ行きますよ」
カルガモはピッピッピと口で笛の真似をして行進に誘った。
「じゃあみなさん、わたしたちはここで」
そう言ってイエイヌは深々と頭を下げた。
ジャパリラインに乗車する駅舎の前で、イエイヌとともえはみんなに別れを告げた。
「バイバーイ!」
「さようなら! お元気で!」
サーバルとカルガモは元気よく手を振った。カラカルも腕を組んだまま手のひらを向けて別れの合図をした。
「おもしろい人たちだったね」
ともえは改札を抜けながらイエイヌにそう言った。
「おもしろい“フレンズ”たち、でしたね」
イエイヌは目を合わせずに返事した。ともえは違和感に「うん?」と思ったが、それ以上なにも言わなかった。
ホームで待っているとやがてジャパリラインがやってきて、ふたりの前で止まった。
ジャパリラインの乗車口には生体認証のセンサー嵌め込まれている。ともえがイエイヌに促されるままセンサーに手をかざすと、扉が開いてアナウンスが流れた。
「でさ、カルガモ。この場所なんだけど」
カラカルはカルガモにスケッチブックを開いてみせた。
「ええ、ええ。これはきっとあの公園ですね! 案内しましょう!」
「やっぱりね。道は知ってるから大丈夫。ところでこのあたりで珍しいフレンズを見なかった? 実は私たち、このスケッチブックの持ち主を探しているのよ。どうやら忘れ物みたいなんだけど」
「珍しいフレンズですか。はて、会ったような……」
カルガモは目を閉じて指で顎を支えて考えにふけった。
「思い出しました! ともえさんです!」
「ともえって……」
「ええ、ともえさんです。イエイヌさんと一緒にいた」
カラカルとサーバルは駅舎の方を振り返った。駅舎では2階から線路が伸びていて「シュッパツシマース!」のアナウンスとともに発車したところだった。