カラカルとサーバルはジャパリラインの線路沿いを歩いていた。特に急ぐこともなく、鼻歌まじりのピクニック気分だ。ふたりの耳に届くのは風の音の他には水の流れる川の音ばかりで、辺りにフレンズがいないのはわかりきっていたからだ。
サーバルが言った。
「縄張りから出るの久しぶりだね」
カラカルが言った。
「わたしは初めてだけど?」
「そうだっけ。そうだったね」
サーバルは嬉しい気分のままにペパプの曲を歌い始めた。カラカルはスケッチブックをめくって、絵と目の前の風景を見比べた。絵には竹林と公園とふたりのパンダが描かれている。行先には駅舎の前に竹林が広がっている。
「ちょうどいいわ、竹林で誰かに聞いてみましょ」
サーバルは片足でぴょんぴょんと弾みながら「ちっくりん♪ ちっくり〜ん♪」とジャンプのリズムで歌った。
駅舎の前に着いたカラカルは周囲を注意深く観察した。足跡が駅舎から竹林へと伸びているが、竹林からおかしな気配はしない。ともえとイエイヌはもう立ち去ってしまったようだ。
「もうこの辺りにはいないみたいね。行くわよサーバル」
「まかせとけ!」
サーバルは助走をつけて竹を一気に駆け登り、先端を掴んでブラブラとぶら下がって遊んだ。
「たっのし〜い! カラカルもやろうよ!」
「そんなこと、やらないからね!」
カラカルは竹林の中のかすかな気配を探った。
「あっちのほうに誰かいるみたい」
カラカルはそう言って見上げたが、サーバルは既に竹から竹へ俊敏に渡って気配のほうへ向かっていた。カラカルはフンとため息をついて跡を追った。
竹林の中にある給餌場でおやつのジャパリまんをかじっていたレッサーパンダは、先刻からの不穏な気配を察知していた。不穏といってもなんだか落ち着かないといった予感のようなものに過ぎず、その原因がなににあるのかまではわからなかった。ぬるい風がレッサーパンダの頬を舌で舐めるように抜けていく。
「も、もう帰ろうかな……」
食べかけのジャパリまんをマフラーにしまい、給餌場から新たに二つジャパリまんを手に取ってその場を離れようとしたそのときだった。
――パキッ……。
すぐ後ろで木の枝の折れる音がした。レッサーパンダは驚いて音の方へ振り返った。目を見開いて辺りを見回したけれど誰もいない。
急いでここから立ち去ろうと前を向いたとき。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
カラカルがレッサーパンダの目の前に、ぬっと顔を出した。
「うわああああ!」
身を翻して駆け出したレッサーパンダだったが、サーバルが竹の上からジャンプして目の前に舞い降りた。
もうおしまいだとレッサーパンダは思った。
「た……た、た、食べないでください!」
レッサーパンダは尻もちをついて涙目で言った。
「食べちゃうぞー」
「食べないわよ」
カラカルはサーバルに手の甲でパシッと突っ込んだ。
そのとき、カラカルの視界がぼやけ、レッサーパンダの姿は帽子を被った子どもの姿に重なる。その子どもが怯えながらカラカルの後ろを指さした。
――しまった、セルリアンだ!
カラカルは撃たれたようにその場を飛びのいて、全身の毛を逆立てて戦闘体制をとった。
けれど背後には誰もいない。
振り返ると先ほどの子どもは影も形もなく、同じ場所にはレッサーパンダがぽかんとした顔でカラカルを見つめていた。視界が滲んで涙がひとつぶカラカルの頬をつたった。
「えっ、なによこれ!」
カラカルは慌てて涙を拭った。
「聞きたいことがあるんだよね?」
サーバルはにこにこしながらカラカルに促した。カラカルは大きく息を吸って呼吸を整えた。
「そうそう、それよ。さっきまでここにいたフレンズについて聞きたいことがあるのよ」
カラカルは今の不思議な幻覚はひとまず置いておき、尻もちをついたままのレッサーパンダに手を差し伸べて言った。レッサーパンダはその手を掴んで立ち上がり、お尻の汚れをパタパタと払い落とした。
「さっきまでいた……。ともえちゃんとイエイヌちゃんのこと?」
「そう、そのふたり。実はともえってコがこれを忘れていったみたいで届けてあげたいのよね」
カラカルはスケッチブックをレッサーパンダに見せた。レッサーパンダはページを掴んで器用にめくっていく。
「あれ、ここ……」
レッサーパンダは竹林のページで手を止めた。そこには竹林の中で遊具で遊ぶジャイアントパンダとレッサーパンダが描かれている。
「ここに描いてあるのわたしたち? でも、ともえちゃんに会ったのは今日が初めてだけどなあ」
「不思議なこともあるものね。じゃあそこまで連れて行ってよ」
いいですよ、と言ってレッサーパンダは広場へ向かって歩き出し、カラカルとサーバルはその後ろを着いて行く。
少し歩くとひらけた広場に出た。先ほど、ともえとイエイヌがいた広場だ。様々な遊具が立ち並び、石の台座では相変わらずジャイアントパンダがぐーぐーと気持ち良さそうに眠っている。
「ここでともえちゃんと遊んだんです。楽しかったなあ。そして――」
レッサーパンダはご覧あれと言いたげに腕を広げて言った。
「あそこに寝ているのがジャイアントパンダちゃん!」
「う、うん。寝てるわね」
「でも起こさないでね。寝てるのを起こすととっても怖いんだから!」
ふうん、と言ってカラカルはタイヤのブランコに腰を下ろした。タイヤは使い込まれた跡があり、輪がCの字に割れている。スケッチブックの中の景色はこの広場を描いたものに間違いなかった。
「さて」
どうしようかなと、カラカルはスケッチブックを脇に置き、頬杖をついてぼんやりと広場を眺めた。どこかで見たような景色なのに、どこで見たのか思い出せずにもどかしい。
まあまあと、カラカルをなだめるように風が柔らかく吹き抜けていく。
カラカルは広場から出ていく二つの足跡を見つけた。耳の房毛で風を撫で回して戯れる。背後からサーバルが房毛にちょっかいを出す。それを身じろぎもせず耳の動きだけでひらりと躱す。みゃあ。サッ。うみゃ。サッ。うみゃみゃみゃ! スイッスイッピシャ!
カラカルはサーバルの隙を突いて房毛で一撃お見舞いする。
その間、レッサーパンダは小さな花をたくさん摘んで器用に編み込んでいた。カラカルの視線に気付くと手元を見せるようにして、チラチラと得意げな視線をカラカルに返した。
「さっきから何してるの?」
カラカルがレッサーパンダの手元を覗くと、花冠の輪が編み上がっていた。色とりどりの花が鮮やかに編み込まれている。
「なにこれなにこれ!」
「すごいわね、やるじゃない!」
カラカルとサーバルは驚きの声を上げた。
「ふふん。わたしは手先が器用なのだー! これならジャイアントパンダちゃんにも引けを取らないでしょ?」
「まあ寝てるだけのあのコよりはいいんじゃない?」
カラカルが言うとレッサーパンダは不満そうに顔をしかめた。
「そんなことないよ。ジャイアントパンダちゃんはすごいんだから。それに比べたらわたしなんて役立たずだし地味だし全然ダメ」
レッサーパンダはやれやれとため息をついた。
「なによそれ。まあ自分でそう思うなら役立たずで地味で全然ダメなのがアンタの個性なんでしょうね」
「わたしって役立たず……。カラカルもそう思うの?」
「いや、別にわたしは……」
「やっぱりわたしって何の役にも立たないんだああああ! うわあああん!」
体をのけぞらせて泣くレッサーパンダを見て、
「もう。また泣く」
「だね」
「よっ」
カラカルは泣いているレッサーパンダのアゴの先っちょを指でプニッとつまんだ。
「うわあああん! やめてよ!」
ひらり! 払おうとするレッサーパンダの手をカラカルは素早くかわす。
その隙にサーバルが反対側からレッサーパンダのアゴ先にちょいっと仕掛ける。
「やめてってば! もう!」
レッサーパンダの手をひらり! そしてカラカルがアゴ先をプニ。
「いいかげんにして!」
ひらり! 再びサーバルがちょいっ。
「うわあああああ!」
ついに怒ったレッサーパンダは、両腕を大きく掲げて威嚇のポーズを取った。
「あははは、怖い!」
「食べないで!」
「食べないよ!」
レッサーパンダは次に手を出してきたら引っかいてやると息巻いた。もう泣いていたことは頭から消えていた。
「でもさ、器用だからアンタが友達でいられるってことは、裏を返すとジャイアントパンダはアンタの器用さを利用してるってことになるわよね」
カラカルはレッサーパンダの考え方の引っかかる部分を指摘した。
「わたしが利用されてる?」
「うん」
「そんなことないよ! ジャイアントパンダちゃんはいいコなんだから!」
レッサーパンダは声を張って言い返した。
「いいコかはわからないけど、まあ」
カラカルはいまだに台座でいびきをかいているジャイアントパンダを見た。むにゃむにゃと幸せそうな表情だ。
「そんなコではないことくらい、さすがにわかるわ」
「レッサーパンダもいいコだよ!」
サーバルがにこにこしながら言った。
「ほんとう?」
「うん。友達!」
「友達!」
レッサーパンダとサーバルは手を取り合って笑った。
「ねえねえ、わたしは?」
「カラカルは友達じゃない!」
「あら」
レッサーパンダはフンとそっぽを向いた。
「わたしもジャイアントパンダと友達になってもいいかな?」
サーバルがレッサーパンダに問いかける。
「うーん、いいでしょう。友達になることを許します」
レッサーパンダはちょっと考えるふりをして答えた。
「やったあ!」
「ちょっと、わたしは?」
「だめ! べー!」
レッサーパンダはカラカルにあっかんべーをした。
「なによ、もう」
カラカルは顔を耳の房毛をシュンとさせてうなだれた。
「まあ、ジャイアントパンダちゃんがいいっていったら、友達かもね」
「呼んだ〜?」
口をとがらせてつぶやくレッサーパンダの後ろから、寝起きのジャイアントパンダが間延びした声で言った。
「ジャイアントパンダちゃん!」
「レッサーパンダちゃん、お腹すいたよぉ〜」
ジャイアントパンダはのそのそとやってきて、カラカルとサーバルの2人に交互に視線をやった。
「あなたたち、だぁれ〜?」
「こちらがサーバルちゃんで、こっちがカラカルさん。お友達を探してるんだって」
レッサーパンダがジャイアントパンダに紹介した。
「そうなんだぁ。見つかるといいねぇ」
「いや、友達ではないけど……」
と、カラカルが口ごもる。
「ところでレッサーパンダちゃん」
ジャイアントパンダはふふっと笑って何かを促すようにレッサーパンダを見た。
「そうそう。ジャパリまんあるから一緒に食べよう」
「ありがとう〜。うれしいなぁ〜」
ジャイアントパンダとレッサーパンダは並んでベンチに座った。レッサーパンダからジャパリまんを受け取ったジャイアントパンダはパクッと半分だけかじった。レッサーパンダはジャパリまんを器用に半分に割った。そして2人は半分ずつ分け合った。
「あのね、ジャイアントパンダちゃん。わたし、ジャイアントパンダちゃんが友達でいてくれる理由わかったよ。ズバリ、わたしの手が器用だからでしょ!」
レッサーパンダは自信満々に言った。ジャイアントパンダはもぐもぐと噛みながら続く言葉を待ったが、自分の話す番だと判断して口の中のジャパリまんを飲み込んだ。
「うーん。レッサーパンダちゃん、手先が器用なの?」
「う、うん……」
「そうなんだ。知らなかったぁ〜」
「ジャイアントパンダちゃん!?」
レッサーパンダは思わず立ち上がってツッコんだ。推理が外れただけでなく、自分の個性が気付かれていなかったからだ。おどろき過ぎて、ジャイアントパンダの「わたしが不器用なだけだと思ってた」という呟きを聞いていなかった。
「じゃあレッサーパンダちゃんはなんでわたしと友達でいてくれるの?」
ジャイアントパンダが問いかけた。
「それは、ジャイアントパンダちゃんはすごくかわいいし、どこででも寝れてすごいし、それに比べてわたしなんて地味で全然ダメだし……」
「そっかぁ。じゃあわたしが地味でかわいくなくなっちゃったら、レッサーパンダちゃんと友達じゃなくなっちゃうんだねぇ」
「えっ」
レッサーパンダは言葉を詰まらせた。自分が捨てられることは考えても、自分がジャイアントパンダを捨てるだなんて考えたことすらなかったからだ。
「お腹いっぱいだぁ。眠くなっちゃったぁ〜」
ジャイアントパンダは立ち上がり、ふらふらとタイヤブランコへたどり着くと、タイヤの輪にお尻をスポッと嵌め込んで、あっという間に眠りに落ちた。
「ほんとよく寝るコね」
カラカルがレッサーパンダに花冠を渡しながら言った。
「これ、あのコにあげるために作ったんでしょ。いいの?」
レッサーパンダは花冠を受け取ったまま立ち尽くした。カラカルは腕を組み、サーバルは手を後ろで組んで楽しそうに揺れながら、レッサーパンダの反応を待った。
しばらく考えてから、レッサーパンダは作った花冠を自分の頭に飾ってカラカルとサーバルに向き直った。
「どうでしょう。わたし、変じゃないですか?」
自信なさそうに照れ笑いを浮かべてレッサーパンダが言った。
「ああ、それ被るものだったのね」
「レッサーパンダ、かっわいいー!」
「うん、いいじゃない。似合ってるわよ」
レッサーパンダは少し迷ってから意を決して言った。
「おふたりともごめんなさい。わたし、これから花冠をもういっこ作らなくちゃいけないので、案内できなくなりました」
「わかったわ。がんばってね」
カラカルはうんうんと頷いて言った。
「じゃあわたしたちは行くね」
「バイバーイ!」
お辞儀をするレッサーパンダにふたりは手を振って別れを告げた。少し歩いてから振り返ると、レッサーパンダはもう花を集め始めていた。
けれど、スケッチブックをタイヤブランコの下の、寝ているジャイアントパンダでちょうど影になる場所に置き忘れていることに、カラカルも、サーバルも、レッサーパンダも気が付かないのだった。