特別に憧れる少女が阿良々木暦と出会った物語   作:波岡 蓮

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風物語
なわかウィーズル 其ノ起


001

 

 七五三掛(しめかけ) 苗花(なわか)という女子生徒を語るのに、そう多くの言葉は必要ないだろう。本来ならばここで長々と彼女についての説明じみた文章を垂れ流すのだろうが、ところがどっこい、今回は極めて短いから安心して欲しい。決してこの章ナンバーだけでやたらと多くのページを使ったりはしない、安心してくれ。

 

 ともかく。

 僕や羽川、戦場ヶ原がいい意味でも悪い意味でもクラスで目立っている人物だとしたら、七五三掛はその反対、全くと言っていいほど目立たない生徒だった。

 友達がいない、という訳では無い。

 一般的な高校生として十分社交的だが、それでも彼女のパーソナリティや振る舞いに際立った点は無かった、ということである。

 

 月並、凡庸、尋常、常並。

 

 これといった特徴の無い、極めて一般的などこにでもいる女子高校生。良くも悪くも凡俗で、普通な少女。

 身長174センチ、体重は最重要機密。私立直江津高校の三年生で陸上部所属、誕生日は10月31日、血液型はA型、好きな食べ物はシチュー、嫌いな食べ物は辛いもの全般。中学の頃から陸上をやっていて、当時は副部長を務めてもいたという。家族構成は母と本人の2人だけで、幼い頃に両親が離婚し、母親の方に引き取られたらしい。

 どうにかこうにか彼女の情報を思いつく限り書きつらねてみたが、こうして見てもいまいちキャラ立ちのしない女子である。言える特徴とすれば、せいぜい身長が高いくらいだろうか。僕からすればこの上なく羨ましいものではあるが。

 

 凄惨に笑いもしない、完全無欠の委員長でもない、全身に文房具を装備してもいない。

 語ることの無いありきたりな少女。

 

 だから、今回の話もすぐに語り終わってしまうだろう。

 

 まるで風が吹くように、あっという間に。

 

 

002

 

「阿良々木さん……で、いいんですよね?」

 

 蟹に行き遭った少女・戦場ヶ原の一件が終わった、5月10日、水曜日の放課後のことである。今日は我らの委員長・羽川翼が珍しく学校を休んでいたため、もはや日課となっていた文化祭に向けての計画を一人で行っていた。

 いや、一人とは言っても『この辺考えておいて』というメールを羽川から受け取っていたから、その点で言えばいつも通りの二人作業だったとも言えるだろう。仲睦まじい共同作業だ。実質ケーキ入刀だ。

 僕がそんな崇高なる思想と戯れていたところ、

 

「……あの、その。ちょっと聞きたい事があるんですけど、いいですか?」

 

 おずおずと、何者かに話しかけられた。

 何事かとそちらの方を向くと、声の主は見知らぬ女子生徒━━━━訂正、見知らぬ、ではない。確か、同じクラスの、

 

「はい。七五三掛(しめかけ) 苗花(なわか)といいます」

 

 よろしくお願いします、と七五三掛は頭を下げた。同じクラスの中で今更自己紹介というのもなかなか間抜けだが、それは僕がこれまでクラスでの人付き合いを怠ってきたのが悪い。

 

「お、おう。よろしく……」

 

 僕はぎこちない笑顔を浮かべてそう返した。すると七五三掛もどこか安堵したようで、緊張に強張っていた表情が解れる。

 どうやら僕に━━というよりもよく知らない相手に声をかけるのに相当勇気を出していたようで、そういう内気さはなんとも少女チックで可愛げがある。これが戦場ヶ原あたりだったら『気安く答えないでくれるかしら、低俗な人間と話すと私まで同類に見られるのだから』くらいの毒は吐いたかもしれない━━いや、それは言い過ぎか。いくら何でも、あいつだってそこまで理不尽では無いだろう。

 

「ファーストコンタクトがこんなに無難に終わるなんて、何て平和なんだろうな……」

「こんな事で平和を感じる程、阿良々木さんって荒んでるんですか……?」

 

 しみじみと感じ入っていると、隣に立っていたはずの七五三掛が僅かに身を引きながら慄いている。

 待ってくれ、誤解なんだ。話せばわかる。

 

「それ、分かって貰えなかった人の言葉でしたよね?」 

「まあ、それはそうなんだけど。それで、七五三掛。僕に何か用があるのか?」

「は、はい。ええと……」

 

 少し逡巡するような素振りを見せる七五三掛だったけれど、しかしやがて意を決したように僕を見て、質問を口にした。

 それはある意味において予想された質問で、ある意味において全く予想の外からの質問だった。

 

「阿良々木さんは、忍野(おしの)さんってご存知ですか?」 

「……え?」

「忍野さんです。ちょっと前にこの町に来たっていう、アロハ服の方」

 

 僕本人ではなく僕を介した誰かに用事があるのだろう、という予想(わざわざ自分から僕を頼るような酔狂な輩が存在するとは思えないから)は当たったが、その相手が忍野であるという事は予想していなかった。

 ご存知ですよね?と、確認するように続ける彼女。

 いや、ここで僕が聞き返したのはそいつを知らないからではなく知っているからこそなのだが。

 

 忍野。

 忍野メメ。

 小汚い浮浪者であり、怪異の専門家であり、春休みに僕の身に起こった吸血鬼関係のゴタゴタの解決を手助けしてくれた人。

 七五三掛はなおも続けた。

 

「ちょっと、その方に相談したい事がありまして。阿良々木さんに仲介を頼めないかなーと思ってるんですけど……」

「仲介?それは別にいいけど、一体どうしてアイツを頼ろうとしてるんだ?」

 

 忍野を頼りたいというのなら、それはすなわち、相談というのも怪異関係の事になるのだろうか?そもそも、どういう流れで七五三掛はアイツの存在を知ったのだろうか?

 見る限り、特に異常な感じはしないのだが━━━━

 

「……あの、すみません。恥ずかしいのであんまりジロジロ見ないでください……」

「おっと、これは失礼。危うくクラスメイトをいやらしい目で見るところだった」

「そういうの、結構マジで引かれるのであんまり言わない方がいいですよ」

 

 引かれた。胸をガードしつつ、まあまあな冷たさで言い捨てられた。

 そうだよな、これが普通の反応だよな……パンツを見られてもあの反応だった羽川や僕の目の前で堂々と着替えていた戦場ヶ原がちょっとおかしいだけで。

 

「ともかく、忍野との仲介だっけか。ていうか、アイツのこと知ってるなら自分で行けばいいんじゃないか?」

「ええ、はい。ですが、ちょっとその……」

「?どうしたんだ?」

「……私、あの方に嫌われてるみたいで。あんまり、一人では行きたくないんです」

 

 嫌われてる?いつだったか、『女の子を嫌いになったりしない』とか言っていたあいつに?

 あの飄々とした、軽薄な忍野があからさまに分かるほどそんな態度を取るとは思えないのだが、まあ、彼女がそう思うのならそうなのだろう。

 

「ん、まあいいぜ。一緒に行ってやるよ」

「ありがとうございます、助かります!」

 

 了承の返事をすると、パァ、と分かりやすく表情が明るくなった。この辺りも基本的に鉄面皮の戦場ヶ原とは違うところで、しみじみと平和を感じられた。

 

「じゃあ、すぐに行こう、と言いたいところなんだけど……」

「?何かあるんですか?」

 

 言いながら、机の上のルーズリーフを指さす。

 

「まだ仕事残ってたから、ちょっとだけ待っててくれないか?」




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