特別に憧れる少女が阿良々木暦と出会った物語   作:波岡 蓮

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なわかウィーズル 其ノ転

 005

 

 七五三掛(しめかけ)は語り終えると、持っていたシャツとブレザーをいそいそと着はじめた。どうやら裸はもう見納めらしい。

 

「頻繁にって……親御さんとかに迎えに来てもらう、とかは無理なのか?」

「無理ですよ。うちは母子家庭ですし、お母さんは毎日夜遅くまで働いてます。私を迎えに来る余裕なんてありません」

「だからって……」

 

 子供がここまで酷い目に遭っているのだから、親としては助けるのが普通なんじゃないのだろうか。

 

「……ええ、そうですね」

 

 そんな事を言うと、何故か七五三掛は少し悲しそうに答えた。何かあるのだろう、とは思ったが━━━━

 

「とにかく、私は鎌鼬を退治して欲しいってだけです。……幸い、今のこんな体じゃ部活にも出れなくて時間は有り余ってるので。明日もここに来てみますね」

「……じゃあ、せめて送ってくぜ。もう遅いしさ」

「おや。送り狼ですか?」

「誰がするか、そんな事!人の厚意は素直に受け取っておけ!」

 

 そう言うと、七五三掛は少し驚いたような顔をして。

 

「……ふふ。ありがとうございます。阿良々木さんって優しいんですね」

「…………優しいとか、やめてくれ。そういうんじゃないから」

 

 さっきは厚意と言ったが、正直なところ、今の僕では七五三掛を助ける方法が思いつかないというだけだ。それに、一人で帰すよりかは僕と二人で歩いた方が多少は安全かもしれないという、考えとも言えないような浅い考えなだけである。

 

「……それじゃあ、ちょっと遠いんですけど。行きますか」 

 

 

 006

 

「……あの、ちょっと聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「阿良々木さんって、『特別な人間』についてどう思いますか?」

 

 七五三掛を送っていく道中、出し抜けにそんな事を聞かれた。

 自転車を押しながら考えるが、特別な人間と言われても咄嗟に思いつかなかった。何せ僕自身が吸血鬼もどきで人間もどきという普通ではない立ち位置にいるために、即答はできなかった。

 

「わたしは、ずるいなって思っちゃうんです」

「羨ましいとかじゃなくてか?」

「ええ。だってそうじゃないですか?彼ら彼女らはずっと、そうある事を━━普通じゃない、ありふれていない、ありきたりじゃない事を、許されてきたんですよ?」

 

 吐き出すように七五三掛はそう言った。

 別に、特別な人達とてそれを許されていたかどうかは分からないし、特別だからこそ困った事も山ほどあるのだと思うのだが。

 

「いいえ。許されてるんですよ」

「それはまた……やけにはっきり言い切るな」

「……それでいて、そういう人は得てして自分のずるさに気付かないものなんです。周りが特別なその人を潰さないでいた事を、まるで当たり前のように享受してるんですよ?」

 

 そんなの、ずるい以外に言いようがないじゃないですか。

 

 ふむ。まあ、一理あると言えば一理ある……のか?

 よく聞けばおかしな点は山ほどあるとは思うが、そう言う七五三掛の表情はどこか鬼気迫る様相で、迂闊に否定が出来なかった。同級生の女子の愚痴にビビる男子高校生が僕である。

 

「……ごめんなさい、急にこんな事言って。困っちゃいましたよね」

「いや、困ってはないけど……まあ、何か悩んでるんなら相談に乗るぜ?力になれるかは分かんねえけど」

 

 急に穏やかになった七五三掛に、僕はせいぜいその程度しか言えなかった。

 

「……はい、ありがとうございます。何かあればまた相談しますね……と、もう着きましたよ」

 

 どうやら、もう七五三掛の住むアパートに着いたらしい。見ると、これまた普通の集合住宅といった感じであった。いつか見た戦場ヶ原の住むアパートよりかは大きいものの、ちんまりとした、という表現の良く似合う家である。

 

 

「お袋さんに連絡とかはいいのか?もうだいぶ遅くなっちゃったけど」

「それは大丈夫です。お母さんは━━━━あの人は、私が遅くなっても心配しないでしょうから」

「いや、そうは言っても……」

「いえ、良いんです。これが普通ですから━━ああ、そうでしたね」

 

 七五三掛はそう言いかけて、ふと何かに気付いたように続けた。

 

「あなたは戦場ヶ原さんと同じで『特別』の側ですもんね。では、送ってくれてありがとうございました」

 

 そう言い残して、七五三掛は薄く開けたドアにするりと入り込んだ。

 それこそ、まるで隙間風のように。

 

 

 007

 

 七五三掛を送り届けた後、自転車で少し走った先の信号で、僕は先程の会話の意味を考えていた。

 『特別』と、許される/許されない事。

 

「あーもう、わっかんねぇ……」

 

 先ほどから、魚の小骨が喉に引っかかったような違和感がずっと残っていた。その正体に分からないまま、それでも考えていた、その時。

 

 後ろから、一陣の風が吹いた。

 

 振り返ると果たしてそこに居たのは、フードを目深に被ったパーカー姿の人影だった。フードの影で顔はよく見えないが、それでも、こちらに意識を向けていることは気配で分かる。

 

「……あー……」

 

 よく分かる、この気配。

 春休みに嫌という程味わったそれとよく似ている……が、何か違うような?どこか薄いというか、物足りないような……?

 僕の方もあの頃とは違って吸血鬼性は極めて低くなっているのだから、その辺りの気配に鈍感になりつつあるというのはあるのだろう。それ自体は、まあ、喜ばしい事ではあると思うのだが、今回のような事態においてはそうも言っていられない。

 

「……多分無理だと思うけど、一つ言わせてくれ。このまま素直に帰らせてくれたりしないか?」

 

 ゆっくりと言い、ペダルを踏む足に力を込める。

 取るべき手段は━━━━━━逃げ切り。

 ちょうど青に変わった信号を渡り、僕に残る吸血鬼としての身体能力を遺憾なく発揮して最初からトップスピードで駆け抜けた。

 

「……るい……」

 

 その時。

 ぼそりと、風に乗って何か言葉が聞こえたような気がした。

 

 反射的に額を自転車のハンドルに押し付けるようにして上半身を屈め、その直後、ついさっきまで僕の頭があった辺りの空間を何かが凄まじい勢いで通り抜けていった。

 その風圧で姿勢を崩し、自転車ごと横に倒れる。幸いにも自転車は壊れておらず、しかし地面に倒れた為にそれに乗って逃げるのは難しそうだった。

 

「……ずるい……」

 

 前方では先程駆け抜けていった人影が、こちらにゆっくりと振り返るところだった。右手でキラリと金属が光って見えた。

 コイツが、七五三掛の言っていた鎌鼬だろう。

 

「ずるい、ずるい……」

 

 鎌鼬はボソボソと呟きながら、クラウチングスタートの体勢を取り再び走り出そうとしている。カバディみたいだな、と呑気に考えていると━━━━前屈(セット)起こせ(レディ)加速(スタート)

 

「っうぉわっ!?」

 

 鎌鼬は初速からトップスピードでこちらへ飛んできた。

 慌てて横に転がって避け、やっとの思いで立ち上がる。一連の予備動作があったからなんとか避けられた(そうは言っても顔に少し切り傷がついた)ものの、そのスピードはとんでもないものだった。鎌鼬はそのまま先程まで僕が横たわっていたところを手で撫でるようにして、その先のブロック塀へと凄まじい勢いで駆け抜けて行った。

 ひょっとしたらそのままブロック塀にぶつかってダウンしてくれないかと考えたが、呆気なくその目論見は外れた。塀に近づいた鎌鼬は飛び上がると両足で塀に飛び蹴りをするようにしてぶつかり、さながら水泳選手のようにターンして再びこちらへと向かってきたのだ。

 今度は避けきれず、すれ違いざまにいくつもの刃で右半身を切り裂かれる。

 くそ、急にこんなバトル展開とか聞いてないぞ……。ていうか、そういうのは春休みでやりきったんじゃないのかよ。いくらすぐに治るからといって、痛いものは痛いんだからな。

 

「ずるい、ずるい、ずるい……」

 

 まるでうわ言のようにそいつは同じ言葉を繰り返している。

 困ったな、このままではお互いに埒が明かない。

 傷がすぐに治るから向こうは僕に致命傷を与えられないし、僕は僕であのスピードから逃げられない。じゅくじゅくと傷が塞がっていくのを確認して、改めてため息をつく。

 

「ずるい、ずるい」

 

 相変わらず、鎌鼬はボソボソと呟き続けている。

 

「ずるい」

「ずるいずるいずるい」

「ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい」

「ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい!」

 

 今度は真正面から、真っ直ぐに僕の方へと向かってきた。

 大丈夫だ、落ち着け━━━━ヴァンパイアハンターとやり合ったあの時と同じだ。冷静に相手の動きを見定めろ。

 足のピッチは、加速度は、得物のリーチは、踏み込みの力は。

 持てる知識を総動員して鎌鼬を迎え撃とうとした━━━━━━━━その時。

 

「はっはー。どうやら絶体絶命のピンチみたいだね、阿良々木くん」

 

 飄々とした声が僕たちの間に割り込んだ。

 

「お、忍野……?」

「うん。忍野メメだよ」

 

 問うと、アロハシャツを着た薄汚れた中年男━━忍野はヒラヒラと手を振りながら、僕の方へと歩いてくる。鎌鼬は何故かその間、微動だにしていなかった。

 

「まったく君は、忍ちゃんの件といい委員長ちゃんの猫といい、定期的にボロボロにならないと気が済まないのかい?」

「んなわけ()えだろ……!」

「そりゃあそうだよね、ごめんごめん……それじゃ、そこの君」

 

 言いつつ、忍野は鎌鼬に向き直る。

 

「君も。台無しにされたくなきゃ、早く逃げた方がいいぜ?」

 

 ぎろり、と、それでも覇気のない目で忍野は睨みつけた。

 すると何故か、鎌鼬は怯えるように一度身を震わせたあと、どこかへと走り去っていった。

 

「お、おい!忍野、お前、アレはどういう事だよ!」

「どうしたんだい、阿良々木くん。さっきのアレといい、そんなにいきり立ったって少年ジャンプに移籍はできないぜ?」

「違う、そんな事は考えてない……学園異能ものはもう御免なんだ。それよりも、さっきのは何かを説明しろ!」

「ああ、それの事かい。まあ、特にこれといって特別な事はないんだけど……まあ、いいか」

 

 問うと、さも面倒くさそうに忍野は言った。相変わらず適当なやつだ。

 

「とりあえず、一旦廃ビル(うち)に帰ろうか。諸々の説明はそこでするからさ」

 

 勝手に住み着いてるのを家と呼んでいいのかはなはだ疑問だったが、その後の忍野の言葉が意外であったためにその考えは消えてしまった。

 

「僕も、アレの居た近くにはできるだけ居たくないからさ」




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