特別に憧れる少女が阿良々木暦と出会った物語   作:波岡 蓮

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最終話です。


なわかウィーズル 其ノ結・後

「…………お願いします。私が完全に鎌鼬になってしまう前に、どうか私を終わらせてください」

「し、七五三掛(しめかけ)?終わらせるってお前、どういう……」

 

 喉から絞り出したような、悲痛な声。続けて聞こうとしたが━━━━━━━━━その返答は言葉では返ってこなかった。

 

「ずるい」

「ずるいずるいずるいずるいずるいずるい」

「ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい!」

 

 至近距離で七五三掛(かまいたち)の右手が振り抜かれ、すんでのところで上体を逸らして刃を回避する。その手にはいつの間にか大振りな刃物が握られていた。

 めちゃくちゃに振り回される刃からバックステップで距離を取り、学習塾跡内部に逃げ込む。念の為に昨日の夜、忍に血を吸わせて吸血鬼性を高めておいて良かった……!じゃなきゃ今頃は到底アニメ化できないようなスプラッタなシーンが展開されていた事だろう。……いや、昨今のアニメはそこまで規制も厳しくないんだっけか?

 

「っとぅわぁ!?」

 

 なんて下らないことを考えていると、鎌鼬はもう既にすぐ近くまで接近していた。ギリギリでなんとかその刃を避ける。よく見知ったこの建物の中で地の利があるからこそこうして無傷でいられているが、もしもそうでなかったならば既に軽く十回はコマ切れにされていそうであった。

 くそ、二日連続でバトル展開とかちょっとないぞ……!

 

 必死に刃を避けながら、昨日交わした忍野との会話を思い出す。

 

 

「……でも、じゃああの身体能力はなんだったんだ?いくら劣化しているとはいえ、吸血鬼の反射神経でも追い切れないほどのスピードを人間に出せるとは思えないんだが」

 

 言うと、忍野はいつもの薄笑いとは違って珍しく渋い顔をして答えた。

 

「そう、そこなんだよね。僕が思うに、怪異の存在を知る長身ちゃんが怪異を騙った事で、本来は嘘に過ぎないはずの『鎌鼬』という怪異が現実になりつつあるんじゃないかな、と」

「それはつまり……どういう事だ?」

「分かりやすく言えば、『嘘から出たまこと』だね。『噂をすれば影がさす』でもいいけど」

 

 火のついていないタバコを手で弄びながら忍野は続ける。

 

「長身ちゃんは『怪異』を気軽に扱いすぎた。自分の好きなように、手軽に使えるものとして捉えてしまった。……だから、こうなったんだと思うよ」

「……でも、忍野。障り猫の被害者ってだけなら七五三掛以外にもいたんだろう?それがどうして、七五三掛だけこんな風になったんだ?」

「まあ、その辺は何となく予想はつくけれど……今回、その話はメインじゃあない。目下問題とすべきは『どうして(why)』じゃなくて『どうやって(how)』。どうすれば長身ちゃんを治せるのかだろう?」

「じゃ、じゃあ!何か手はある……のか?」

「……まあ、手段はないでもない。けど、これは個人的にあんまりオススメしたくない方法だ」

「オススメしたくないって、なんでだよ?」

「これを言っちゃうと、心優しい阿良々木くんは是が非でも実行しようとするだろうからね。それに、その手を使わなくても放っておけばその内長身ちゃんは()()()()()安定するだろうし、わざわざやりたいとは思わないんだよ」

 

 その場合、長身ちゃんは本物の怪異になっちゃうだろうけどね。

 

 あくまでも飄々と言う忍野の態度に絶句し、そして、間髪入れずに食いつくように詰め寄った。

 

「安定って……お前、何でそんな事が軽々しく言えるんだよ!だってそうしたら、七五三掛は人間じゃあなくなっちまうんだろ!?」

「いいんじゃない?そうすれば願ってた『特別』にはなれる訳だし、ルールに縛られる怪異になっちゃえば、そう易々と誰かを傷つける事もできないだろうし」

「……ッ、それは!」

 

 それは、違うだろう。

 だって七五三掛は、人間で。

 どこにでもいる、普通の女子高生で。何か悪いことをしたわけでもなくて。

 

「こんな、自らを痛めつけて良しとされるような存在じゃあ無いはずだろ!」

「…………まあ、阿良々木くんならそう言うと思ったよ」

 

 忍野は無表情のまま、一度深く呼吸をした。

 そして、ひょい、と。それまで腰掛けていた机から飛び降りると、スタスタと外に向かって歩いていった。

 

「お、おい、忍野!どこに行くつもりだよ!?」

「嫌だなあ、そんなの決まってるだろう?準備をするんだよ」

 

 思わず呼び止めた僕を振り返ると、忍野は今度こそ、いつも通りのあの胡散臭いくらいに爽やかな笑顔で僕に言った。

 

「阿良々木くん。君、痛いのは我慢できるかい?」

 

 

 011

 

 刃を避けながら、駆けるように階段を登っていく。

 忍野の提案した策を実行するには、一階(ここ)じゃあまだダメだ。二階、三階と抜けていき、四階に辿り着いたところで足を緩め、手前にある部屋へと飛び込む。

 

 僕を追いかけて部屋に飛び込んだ鎌鼬は、そこで部屋の奥にいる僕に向けて走り出━━━━━━━せなかった。

 

「…………ッ!?」

「ッ(いて)て……よくもまあ、遠慮なく散々切ってくれたな……まあ、治るからいいけどよ」

 

 体勢を整えながらヨロヨロと立ち上がる。

 鎌鼬の前にはいくつもの大きなガラス片や金属の破片が撒かれており、それを視認して踏み出すのを躊躇ったようだった。もちろん、その程度なら鎌鼬にとって障害にすらならないだろう。一瞬、足を止められるかどうかといったところか。

 ━━━━━だが、今回はその一瞬が重要だった。

 

「ッらぁ!」

 

 僕は足の止まった鎌鼬に向かって飛びかかり、そのまま後ろへと押し倒す。走り寄る途中で踏みつけた破片が靴底を貫通していくつも足の裏に突き刺さり、鋭い痛みが走る。僕の体の下では鎌鼬がどうにか抜け出そうと身を捩っていた。そのうちに正攻法では逃げられないと悟ったのか、右手に持った刃物で僕の腕が繰り返し切りつけられ、その度にまた痛みが脳に訴えかけてくる。

 きっと七五三掛はこの痛みを、何度も何度も自分自身に与えてきたのだろう。『特別な何者かになりたい』というただそれだけの願いを叶えるために、自分を痛めつけてきた。

 

 このまま放っておけば、七五三掛はそのうち怪異に━━━━━普通ではない、特別なものになれる。

 それは七五三掛が望んでいたことの、確かに一部ではあったはずだ。本人がそう望んで、確かにそれは叶いかけていたんだろう。

 

 でも。

 

 願いを叶える方法が怪異を騙ることだというのは、違うだろう?

 

「そんなの、逃げてるだけだろうがよ!」

 

 自分を痛めつけて、不幸になりきって。

 

 私はこんなに可哀想な人間です。

 私はこんなに苦しんでるんです。

 だから、私を見てください。構ってください。哀れんでください。

 私はこんなに憐れで、普通じゃないんです。

 

 そうしているだけならば確かに楽だろう。

 いつだって受け身の被害者でいれば、たとえ『特別』であってもやっかみを受けることはない。傷ついた誰かをずるいと言う人なんてそうそういないだろうから。

 

 ━━━━━━━━でも、そんなのは。

 

「そんなのは気に食わねえんだよ」

 

 いくらすぐに治るとはいえ、それでも血を流しすぎたのか意識が朦朧としてきた。だがそれでも、鎌鼬を抑える腕の力は緩めない。

 

「そうやって楽になるのが、僕には気に食わないんだよ!」

 

 そう。

 結局は、僕が気に入らないだけだ。

 

「お前一人が苦しんで、痛い思いをして!それで済まそうとしてるのが気に入らないんだよ!」

 

 組み付いたままほとんど怒鳴るようにして声をかけ続ける。

 

「特別だのなんだの、どうだっていいんだよ!」

 

 『特別な誰か』になりたいからと言って、自分の体を切り裂いてまで『鎌鼬』という偽物の怪異を騙り、『怪異と関わる人』に成りきった。

 平凡な自分が嫌いだから、怪異を騙り、その身を切った。

 

「お前は、七五三掛苗花は!一人だけだろうがよ!どんなに自分を痛めつけたって、お前はお前にしかなれないんだから!」

「…………そんなの、酷いじゃないですか」

 

 そこでようやく、鎌鼬が━━━━七五三掛が口を開いた。

 

「私だって、こんな風になりたくないのに。こんな自分、嫌いで仕方がないのに。これまでの事は、全部無意味だって言うんですか?」

「……ああ、そうだよ。こんなの、全部無駄だ。無駄で無為だ」

「……ふふ。笑っちゃいますね、そんなの。結局、凡な私じゃ阿良々木さんみたいに特別な人には勝てないってことですか」

「……なあ、七五三掛。ずっと思ってたんだけど、聞いていいか?」

 

 諦めたように七五三掛が笑う。それを見てつい僕は、ずっと疑問に思っていたことを聞いた。聞いてしまった。

 

「お前は特別って言うけどさ、それは()()()()()()特別なんだ?」

「………………は?」

 

 素っ頓狂な声、とはまさにこの事を言うのだろう。

 ポカンと口を開けて、少しの間七五三掛の動きが固まる。

 

「お前、自分しか見てないだろ」

 

 たとえどんな優れた人でも、そいつ一人だけじゃあ特別も何も無い。

 そいつを見る誰か他の人がいて初めて特別って言えるんじゃないのか?

 

「それ、は……」

「お前は結局、一人でやってるだけだよ。━━━━━━━『特別な誰か』なんていうフワフワしたモノに縋ってんじゃねえよ」

 

 突き放すように言うと、目に見えて七五三掛が動揺しだした。

 

「……でも、でも!私は特別にならなきゃいけないんです!だって、だって、だって……!」

「ッ!?」

 

 言いながら、七五三掛がより一層激しく抵抗をはじめた。ロデオマシーンめいて激しく揺れる体を何とか押さえつけるが、いい加減に血を流しすぎたのか力が入りにくい。

 マズい、このままだと抑えが効かなくなる。

 

「離してください!……離せ!」

「ッ、嫌だね!この、大人しくしろ……!」

 

 男子高校生が同級生の女子を組み伏せているという傍から見たら犯罪じみた光景だったが、見た目に反してその中身は極めて真剣そのものだ。

 吸血鬼の力で押さえつける僕と、鎌鼬の敏捷性でそこから逃げ出そうとする七五三掛。今はまだ釣り合いが取れているが、その内に僕が力尽きて振り落とされるのは目に見えていた。

 

 早く、早く。

 

 焦る気持ちで()()()を待っていると━━━━━━━━━━━━その均衡は唐突に破られた。

 

「お疲れ様、阿良々木くん。よくやった」

 

 まるで風のようにするりと予兆を見せず現れた忍野が、七五三掛の額に一枚のお札を貼り付けていった。

 

 

 012

 

「鎌鼬━━━━主に雪深い地域で伝わる怪異だね。『(かま)太刀(たち)』が由来ともされている。地域によって神様だったり妖怪だったりするけど、その本質は変わらない。

「人を転ばせて切り裂く、ただそれだけの怪異さ。

「本来なら切られても痛みは無いし血も出ないはずなんだけど……そこは長身ちゃんの詰めが甘かったんだろうね。完全な鎌鼬になるには、いかんせん経験も知識も足りなかった。まあ、そのおかげでこうして手の施しようがあるわけだけど。

「鎌鼬はメジャーな怪異であるだけに、対処法も数多く残されている。その中の一つを、今回は使おうと思う。

「簡単なことだよ。

 

(こよみ)を懐に入れるのさ」

 

 

 013

 

「心の隙間、とでも言うべきかな」

 

 忍野が七五三掛の額にお札を貼ると、白かった札が黒く染まってゆく。じわじわと端から黒が侵食していき、最後には中央まで真っ黒い一枚の紙になった。それに合わせるようにして七五三掛から力が抜けていき、最後には目を閉じて眠ってしまった。

 

「昨日の段階では(これ)を使っても大して効果は無かっただろうね。だから、阿良々木くん━━━━━━━『暦』を懐に入れて貰って僕の入り込む余地を作って、それで五分五分ってところだったんだけど……まあ、阿良々木くんの説得のおかげかな」

 

 七五三掛が動かなくなったのを確認して、僕もバタリとその横に倒れ込む。さすがに七五三掛の上に伸し掛るのだけは回避した形だ。

 

「……忍野、お前……この期に及んでまだ蘊蓄(うんちく)かよ……」

「いやいや、褒めてるんだよ。本来なら失敗してもそれはそれ、ダメで元々の作戦だったんだから」

「お前、それは無いだろ……」

 

 疲れからか反論にも力が入らない。というか失敗と成功が五分五分って、よくもまあそれで堂々と僕に作戦を持ちかけられたものだ。

 

「…………でもどうせお前の事だから、他の策もあったんだろ」

「……さあ、どうだろうね。案外、阿良々木くんに痛い思いをして欲しいだけだったかもしれないよ?」

「この性悪中年がよ……」

 

 言い合っている内に体力が回復してきたのか、心持ち体が軽くなった。とはいえ、まだまだ寝転がっている方が楽なくらいである。

 

「さて、それじゃあ僕はもう行くよ。これを使ってまだまだやらなきゃいけないことがあるからね」

「使うって……それ目当てかよ、お前……」

 

 言うと、そのまま忍野はどこかに歩き去って行った。後に残されたのは地面に横たわる僕と七五三掛の2人だけである。

 

「……んぅ……」

 

 少しして、悩ましげな声と共に七五三掛が目を覚ました。妙にドギマギしてしまう僕がなんか嫌だ。

 

「おう、起きたか。どっか痛いとこないか?」

「……阿良々木さん、私……」

 

 キョロキョロと辺りを見回して、そして段々と状況が飲み込めてきたらしい。

 

「……私、また失敗したんですね」

「僕が失敗させたんだよ。僕には人の足を引っ張るしか能が無いからな」

「そんな事言わないでくださいよ、もう」

 

 クスリと笑ってから、呆れたように七五三掛が言った。

 

「誰にとっての特別か、でしたっけ」

「ん……まあ、そうだな……」

 

 今にして思い返すと、なかなかに恥ずかしい事を言っていた気がする。

 

「いえ、恥ずかしくなんかないですよ。ああ言ってくれてよかったです」

 

 そして、七五三掛は寝転がったままでこちらに顔を向けて続けた。

 

「色々と迷惑かけてごめんなさい。」

「迷惑って、そんなの気にしてねえよ」

「気にしてないって……だって、私のせいで阿良々木さんはたくさん怪我して、服まで破れてしまったんですよ?」

 

 七五三掛は恐る恐る言ってきたが、僕はもう既にもっと酷い怪我を何度も経験しているのだ。たかが切り傷程度、どうってことない。

 

「……その割には、かなり痛がってるように見えましたけど」

 

 前言撤回。それなりに痛い。

 

「まあとにかく、何が言いたいかというと」

 

 ふにゃりと、気の抜けた笑顔で七五三掛が言う。

 

「…………阿良々木さん。こんな私を助けてくれて、本当にありがとうございました」

「いや、僕は助けてなんかいねえよ。あくまでもただ、お前が勝手に助かっただけだ」

 

 何かスマートな風を装っているが、実際は全身ズタボロで床に寝転がりながらのセリフである。こういうところで格好つかないのが僕だ。

 

「……そう、ですか」

 

 窓から月光が斜めに入り込む。

 まあ、ともかく。

 

「無事で何よりだよ」

「……ほんと、そういうとこですよ」

 

 恨みがましい視線で睨まれた。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか?

 

「怒ってませんし。それに、今は分からなくてもいいですよ」

 

 言うと、ふん、と鼻をひとつ鳴らして七五三掛はそっぽを向いた。

 

「……ところで阿良々木さんは、自分が言った事に責任を持てる人ですか?」

「なんだよ藪から棒に。まあ、絶対と断言はできないけど……少なくとも、やった事の責任は取りたいと思ってるよ」

 

 答えながら、脳裏に金髪の幼女の姿がよぎった。

 元吸血鬼の、互いに傷をつけあった彼女の姿が。

 

「……そうですか。ならいいです」

「?おう」

 

 なんだか分からないが、七五三掛は納得したようで黙り込んだ。

 

「……すみません、少しだけ寝ます。阿良々木さんが帰る時に起こしてください」

 

 その宣言の後、七五三掛はものの数秒で規則正しい寝息を立て始めた。さっきの今で随分と神経の太い奴である。

 

 苦笑してから何気なく扉に目をやると、そこには金髪の小さな人影があった。

 忍である。

 相変わらず何も言わず、僕のことを睨んでいる。

 かと思えば、少しすると興味を失ったかのようにクルリと踵を返してどこかへ歩き去っていった。

 

 緩い夜風が頬を撫でて行く。

 

 微かに虫の声と、家族団欒の部屋の光が流れてくる。一度だけ猫の鳴き声がして、車のエンジン音にかき消された。

 

 特別なことなんて何一つ無い。

 どこにでもある、ごく普通の夜だった。

 

 

 014

 

 後日談というか、今回のオチ。

 翌日、いつものように二人の妹、火憐(かれん)月火(つきひ)に叩き起こされた。

 縫い跡だらけの制服に腕を通し、そういえばこれも買い換えないとなぁと考えたけれど、どうせあと一年で用済みになるのだからまあいいだろうと考え直す。とはいえ、もしも留年でもしたらその限りでは無いが。

 

 家を出てしばらく自転車を漕いでいると、見覚えのある長身が赤信号で立ち止まっていた。

 七五三掛である。

 

「……あっ!阿良々木さん、おはようございます!」

「おう、おはよう。大丈夫だったか?」

「ええ、おかげさまで。元気溌剌、順風満帆、焼肉定食です」

「それは焼肉を腹いっぱい食えるくらいには回復したと捉えていいんだよな?」

「いえ、何となく言っただけですけど」

「さては貴様アホの子だな?」

「失礼な。これでも成績はいい方なんですよ。部内では智将との呼び声高い私です」

「……ちなみに、所属部活は?」

「陸上部です」

「おおよそ、将軍とは縁遠そうな競技なんだが」

 

 僕の勝手なイメージだけど、陸上ってあんまりそういう称号は付かなくないか?

 

「……まあ、もう引退しましたけどね。ちょっと早いですけど、元々そのつもりでしたし、そろそろ陸上にも飽きてきたので」

 

 まあ、あの傷だらけの体で陸上なんてやっていたら激しく目立つだろう。その点は仕方ないと言えばそうかもしれないが。

 

「お前……飽きたとかそんな事言って大丈夫なのか?僕が言えた義理じゃないかもだけど、周りからの好感度とか気にしないのか?」

「いいですよ、そんなの。別に皆に認められたい訳じゃないですから」

「ん、ならいいけどよ」

「そうですよ。ほら、誰にでも体を許す人なんてそうそういないじゃないですか。それと同じです」

「それは違う、断固として違う。誰もそんな話はしてない!」

「またまたー、さっきの言葉で私のせくすぃーな肢体を思い出しちゃったんですよね?このこのー、このスケベさんがー」

「うっわめんどくせぇ……お前ってそんなキャラだったっけ?」

「ええ、もう吹っ切れましたからね。これからは今までの私とはひと味もふた味も違いますよ!」

「……まあ、元気なら元気でいいんだけどよ」

「おや、なんです?まるで『ひと味もふた味も違うのなら、ぜひとも味見をしてみたいなあぐへへ』とでも言いたそうな顔ですよ?」

「待て、僕はそんな顔していない!そんな小悪党みたいな事も言わない!」

 

 やっぱりこいつキャラ変わりすぎだろ。次回以降の登場シーンとかどうするつもりなんだろうか。

 信号が青に変わり、向かいの歩道へと渡る。

 

「まあ、これからは緩めの変態キャラとしてキャラを確立していこうかなと思いまして。まだこの枠はいませんよね?」

「枠とか言うなよ……。ていうか、将来的に別の奴がそのキャラを使うと僕の勘が告げている。未来に向けたキャラ被りはやめるんだ」

 

 なんなら敬語で話す奴も若干立場が危うそうなんだよな。未来に向けたネタ潰しはやめた方がいいと思う。切にそう思う。

 

「ふむ、なるほど。……まあ、とりあえずはいいです」

 

 言うと、七五三掛は縁石に飛び乗って軽快にステップを踏みながら先へ行く。よくもまあそんな器用な事をするものだと眺めていたら、片足を軸にくるりと回転してこちらを振り向いた。

 

「私は誰かと同じでもいい。私は誰かに埋没していてもいい。特別な誰かでなくていい。━━━━━━━━━ただ、どこかの誰かの特別でありたい」

 

 静かに語り、そして。

  

「いつか誰かにとっての特別になれるように、私、頑張りますから!……だから、その時まで待っててくださいね!」

 

 振り返った七五三掛はロングヘアを靡かせて。

 清々しい笑顔で、大きく手を振っていた。




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