「……決めた。オレ、学校の先生になるよ」
「アンタが? どういう風の吹き回し?」
「お前に言われて気づいたんだ。オレ、お前が分からないところ教えて、お前が嬉しそうにしてくれるのが好きなんだって」
「す……好き……っ?」
「勉強もそうだし、運動も……オレだって何でもできるわけじゃないけど、オレが教えられることで誰かを喜ばせられるなら、先生って仕事も悪くないのかもなって」
「……へ、へえ? でも、いいんじゃない? ……アンタが先生やってるとこ、想像できるし」
「そうか? お前にそうやって言われると、自信になるよ」
「あ、アタシの応援とか……そんな、いいもんじゃ、ないでしょ」
「いや、そんないいもんだよ。他の人に褒められるとか、応援されるのとは全然違う。やっぱ昔から仲いいお前だと、同じ言葉でも力がこもってる、っていうか」
「……そんなの、言われたら。こっちがやりにくいって」
「ん? なんか言った?」
「えっ! ……ううん、なんでもない」
「はい、カット! いい感じだったよ」
「あ、ありがとうございます」
「次はメリハリもっとつける感じで行こう。肩の力抜いてね」
毎年行われるファン感謝祭のブースの一つ、「ドラマ収録体験」。ラジオやテレビ用のドラマを制作している会社が主催で、学園卒業後の進路として芸能界、特に俳優の道を考えているウマ娘を対象に、プチ収録を体験してみようというものだ。この体験をきっかけに実際にテレビや映画で活躍している卒業生もおり、年々人気が増している。事前に申し込みをしても倍率が高く抽選漏れするほどで、ここ数年は面接で対象者が選ばれている。俺の担当しているドーベルも、その壁を乗り越えたうちの一人だ。
「……なに」
「いや、やっぱり面接通っただけあって、本気なんだなって」
「アタシは最初から本気なんだけど」
「ドーベルはどういうメディアで俳優として活躍したいとか、そういうビジョンはあるのか?」
「急に面接みたいなこと聞いてくるわね……ま、アタシは、テレビドラマの俳優志望。演技の道でもメジロ家ここにありっていうのを、アタシが示したいから」
「……立派になったな」
「おばあさまみたいなこと言わないで」
同期であり、同じメジロ家の一員でもあるブライトは、そのおっとりとした口ぶりや声質を評価され、声優の道に進むことが決まっている。名前のないモブキャラであるものの、すでにいくつか出演作もあるようで、ドーベルは先を越された形になる。ともにトゥインクルシリーズはすでに卒業した身、焦っているわけではないだろうが、ドーベルの意思の強さを確かに感じた。
「ねえ」
「うん?」
「さっきのシーン、そんなに緊張してるように見えた?」
「んー……まあちょっと、声が上ずってたかもしれないな。ただ、そんなに違和感はなかったと思う」
「そっか。……ありがと」
合格した段階で、台本をどちらが用意するか尋ねられるようだ。もちろん演技力を要求されるウマ娘の側に脚本のセンスまで求められることはまれで、台本を用意してほしいと希望すればプロの脚本家監修のもと、主演を引き立てたドラマにも劣らないものを用意してもらえる。一方で自分で作る場合も、制作サイドとの打ち合わせを重ねた末にどこへ出しても恥ずかしくない台本を作り上げてもらえる。本気で卒業後の道を考えているウマ娘を対象にしている、と言われるゆえんはそこにあるのだ。
水分補給を含め小休憩を済ませたドーベルがカメラの前に戻り、撮影が再開される。高校生を主人公に据えたラブコメで、先ほど撮影していたのは主人公役のドーベルが幼馴染の男の子への好意を自覚するシーン。ベタな場面ではあるが、ドーベルの原案がかなり尊重されているというから驚きだ。俺が台本の内容を知ったのはさっき、撮影開始直前のこと。ここまでストレートな恋愛ものを選ぶとは思っていなかった。
「(ドーベルもドーベルなりに……考えてるんだろうな)」
ドーベルはきっと、俺以外の男性の前でも緊張せず、ありのままの自分を出すための練習をしている。視聴者が求めるラブコメや青春もののドラマに出演するなら、同世代の男性俳優とやり取りをするのは避けられない。それだけ覚悟を決めている証でもある。
「あのさ」
「ん?」
「前にアタシに勉強教えるの、好きって言ってたでしょ」
「あぁ、それは……」
「アタシ、アンタに一回くらいは勝ちたい。走るのとか力比べとか、そういうので勝ってもあんまり嬉しくないし、あんまり勝った気がしない。だってアンタは人間で、アタシはウマ娘だから。だから、アンタに勉強で勝ちたい。そういう動機があっても、いいでしょ」
「……なるほどな」
「……なに、その態度?」
「いいぜ。お前がいつまでも勉強できないままじゃ、オレだって競いがいがないし」
「……ッ! べ、勉強できないとは言ってないでしょ!」
「オレから見たら、できないみたいなもんなんだよ。いいから、分かんねえ問題持ってこいって」
「……こんな態度で、教えるの上手いのが腹立つ……」
「なんか言ったか」
「何も! 言ってないっ!」
指示を聞いて、自分の弱点や課題を見つけ出し、即座に修正する。それはドーベルが昔、トゥインクルシリーズに籍を置いていた頃から得意だったことだ。そういう意味では、出演作を積み重ねることを通じて「演技が上手くなったかどうか」を評価され、たくさんいる視聴者がある意味正直に批評してくるドラマという舞台はドーベルに合っているのかもしれない。次のシーンの撮影の時には、肩の力が少し抜け、感情の起伏が分かりやすくなっていた。ドラマを見ていてもそこまで考えを巡らせられない俺はただ感心するばかりだ。
「……ど、どうだった?」
「上手くなってた」
「そう?」
「明らかに。やっぱりすごいな、ドーベルは」
「そ、そんなに褒めても何も出ないって……!」
「いいや、褒めて伸ばすのが俺のトレーナーとしての方針だから」
「アンタはアタシのトレーナー、もう卒業したじゃない……」
男性の中でもアンタの前でだけは自然に振る舞える、と言われた時はちょっと嬉しかった。ウマ娘に信頼され、親身に接する必要があるトレーナーとして、腹を割って話し合えるというのは何より大事だと言っていい。大きなケガにつながりかねない小さな違和感も、何の気なしに報告してくれるようになったりする。ドーベルも実際そうで、大事に至る前に対処できたことが何度あったか。
それでも、俺にだけ心を許せる状態がよくないということは、昔から思っていた。いずれ俺から提案するつもりだったが、自分からこうして一歩を踏み出してくれたドーベルには感謝している。
「ドラマに出るようになったら、出演作教えてくれよ」
「気が早いって、まだアタシのことなんて知らない事務所ばっかりなんだから」
「ウマ娘として、強力すぎる実績があるじゃないか」
「それはナシで。今までのことはいったんまっさらにして、キャリアを積みたいの」
過去の栄光には頼らない。それもまた、俳優の道で生きていくという覚悟あってのことだろう。今度はドーベルの方から告白するシーンの撮影に臨む彼女を見送りながら、俺は台本にもう一度目線を落とした。