「……終わり、ましたね」
「なぜ、そんなに悲しい目をしているんだい?」
「……えっ」
シニア級二度目の有マ記念。テイエムオペラオーの引退レースでの敗北、そしてクラシック級のマンハッタンカフェの勝利。先のジャパンカップでのジャングルポケットとの勝負と合わせ、時代は「次」へと移ったということを、見る者に強く印象づけた。
「覇道は
「でも、オペラオーさんは二度も……っ」
「一度であれば偶然かもしれない。けれど同じことが二度起これば、それは必然。ボクの絶対王政は永遠ではなかった。下剋上し、打ち破る騎士たちがいた。それだけで、絶望から救われた者たちもいたことだろう」
「……私、だった」
そこはレース後の地下道、それぞれに思いを抱えたウマ娘たちが控室に戻ってゆく中、オペラオーとドトウだけがたたずんでいた。引退レースが終わったというのに、一抹の寂しさすら感じさせない高らかな声で、なおも幕が上がる。そこに悲痛な、しかし決して大きくはない叫びが響いた。
「おや」
「勝つなら、私だったはずなのに……っ」
「君はボクに勝っていたよ、確かにね。ボクの記憶が正しければ、二度目の先着だ」
「あなたに先着するなら、もう一度勝ちたかったんです……っ。追いついて、勝ちたかった……!」
「ドトウ、君は確かに強かったよ。世紀末覇王となり、ボクかボク以外かと言われていた時代において、ボクに追いつかんとしていたのだから」
テイエムオペラオーに追いつくか、追い越すか。惜敗続きと評されたメイショウドトウは、確かにレース結果だけ並べればそういう評価にもなるだろう。しかしオペラオー、ドトウのワンツーフィニッシュで終わったレースの三着以下は、いつだって大きく離されていた。オペラオーに勝てない善戦ウマ娘という評価はもはや正しくなく、オペラオーとドトウの二強時代だった。ゆえに、ドトウの「あなたに追いつけるのは、自分しかいなかった」という認識は正しい。たとえ普段の彼女に、そう公言するほどの自信がなかったとしても。
「……でも、あなたに勝てずに引退、なんて。堕ちてゆくところまで、同じなんて……」
「覇王とは」
「……?」
オペラオーの表情は晴れやかだった。有終の美を飾れず、悔しい結果に終わった者とは思えない。いつだって自分が主役であることを信じて疑わないその姿勢を体現しているかのようだった。
「覇王とは、ただ一人、世界を統一しその頂点に君臨した絶対的な存在なんだ。しかし絶対的頂点ゆえの孤独。ボクは君がいたおかげで、邪知暴虐の限りを尽くさずに済んだ」
「私が、いたから……」
「ボクは常に求めていた、ボクを打ち倒さんとする騎士団長の台頭を……そうでなければ、ボクはただ絶望的な敗北を周りに与え、勝利を積み重ねるだけの圧制者になってしまう。ボクはそんな世界は望んでいなかったんだよ」
「私が、あなたにほとんど勝てなかったとしても……ですか?」
「自分を過小評価するのはやめたまえ。常に覇王の影に迫り、その首をとろうとした、いやとれる位置にあった君は、紛れもなくボクの好敵手だったんだよ。君がいなければ、ボクは『もはやボクに勝つべきレースはない』なんて、退屈な理由で引退を決意するところだった」
強すぎる故の孤独。オペラオーにも、確かにそれはあった。しかしウマ娘の歴史の中で同じような思いをしてきた者たちに比べれば、いくらかましだったのかもしれない。それは、同世代に好敵手がたくさんおり、下の世代からの突き上げも常にあったから。
「……そんな理由で引退が許されるのは、本当に自分に及びうる存在がいない時だけだ。ボクは覇王として絶対的な振る舞いができなくなったうえで、本当にそうだったのか確かめるための機会を持ち、そして引退することができた。ドトウ、君はボクを孤独な玉座から引きずり下ろした、最初のウマ娘なんだよ」
「オペラオーさん……」
「下剋上を成そうと奮起する騎士たちを、玉座から見下ろすその光景は美しい。この景色を共有できる者に、その座を禅譲し明け渡せたんだと、ボクは思うよ」
そこまで言い終えて、オペラオーがようやく控室の方向へ向けて歩き出した。ドトウがそれについてゆく。地下道を潜り抜ければ、いよいよ本当にオペラオーとドトウの時代は終わる。それがまだほんの少しだけ名残惜しかったのか、数歩歩いたところで再びオペラオーが立ち止まった。
「……?」
「それに、だ。ドトウ、君とボクとの勝負という点においては、まだ決着がついていないよ。勝利と先着を一度ずつ、君に譲っただけでは、まだ認められないからね」
「そ、それって……」
「無論、これまではボクが主演の群像劇の、第一幕に過ぎなかったというわけさ。ウマ娘がウマ娘である限り、レースで勝ちたいという本能を諦めない限り、この劇は続く。今日この日から、第二部が幕を開ける。そこにドトウの姿がないなんて……それではアリアなき常夜の世界のようだ。そうだろう?」
ドトウが、次の舞台に出走登録をしていないはずはなかった。今度こそ、完膚なきまでに覇王を打ち負かすために。誰が真の覇王か、伝説を刻んだ者たちとしのぎを削ることになる。それすら自身が主人公であり、第二幕と言ってはばからない様子に、良い意味でこれまでと何も変わらないのだと、ドトウは思い知らされた。再び歩み始めたオペラオーに、今度は並び歩く。一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐに愉快そうに高らかに笑ってみせた。
「さて……今度はどうやって、覇王としての名声を確立しようか?」