ウマ娘二次創作SS集<奈良ひさぎ版>   作:奈良ひさぎ

15 / 30
かつての担当・トウカイテイオーと結婚し、娘をもうけた俺。妻がトレセン学園の生徒会長だった時の一番の実績は、「トレセン学園初等部の創立」だった。将来有望なウマ娘に、レースの楽しさを教え、厳しくも充実した世界へ飛び込むための準備をする。そんな場所に娘を連れて行くため、面接試験の日を迎えていた。娘より緊張する俺に対して、妻は楽観的に捉えているように見えて。


そのバトンを、娘へつなぐ【トウカイテイオー】

「なに、キンチョーしてるの? 本人より緊張しちゃって、どうするのさ?」

「そうは言ってもな」

「ボクのレースの時はいつだって、どんと構えて背中押してくれたのにさ。娘のことになった瞬間、急に縮こまっちゃって」

「自分でメンタルの調整が上手くできる子と、まだこれから小学校に行こうとしてる子じゃ、訳が違うんだよ」

 

 普段はボーイッシュな格好の方が似合ううちの妻だが、こうして娘の面接試験の日を迎えて、レディースのスーツに身を包み、お化粧をした彼女にドキッとさせられる。改めて、今日が家族全員にとって重要な日なんだということを実感した。

 

「大丈夫だって、なんたって、キミとボクの娘なんだよ? こんなとこでつまづくわけないよ」

「背負ってるものの重みが違うんだよ、俺たちだからこそ……な」

 

 俺はトレセン学園の一トレーナー、妻は幾度もGI制覇を成し遂げた名ウマ娘・トウカイテイオー。かつての関係から惹かれ合い、夫婦となり、間に生まれた娘がまたトレセン学園を目指すという例は、もはや珍しくもなんともない。しかし妻がトウカイテイオーとなれば、話は違ってくる。「あの」シンボリルドルフの跡を継いで生徒会長となり、トレセン学園の常識を様々打ち破ってきた伝説なのだ。どちらかといえば可憐という言葉が似合うその顔からはとても想像できないほど、重い責任を背負った中で数々の革命を起こしてきた。そのうちの一つが、「トレセン学園初等部の設立」だ。

 

「そんなに気負うこと?」

「心配性なんだよ。ちょっとしたことで、すぐ胃が痛くなるし」

「ボクがご飯作ってあげるよ。胃が痛いのなんてどうでもよくなるような、スタミナがつくものを、ね」

「そういう問題じゃないんだ……」

「大丈夫だって、絶対ね」

 

 そもそもシンボリルドルフが生徒会長をやっていた頃から、中等部に入る前の段階でレースの世界に飛び込むための準備をする機関が必要だ、という声は多かった。本格化の前にトレーニングを施すなど言語道断、という反対の声もまた多く、実現に至っていなかったというだけ。現行のトレセン学園が関与すれば、反対の声が多少あろうと理事長権限で初等部設立などどうにでもなってしまうことは、みな分かっていた。

 しかし、中等部と高等部を擁するトレセン学園の関与が強くなればなるほど、初等部のカリキュラムに縛りが生まれる。エスカレーター式に中等部に進むのであれば、知識面、体力面で「次」につながる教育をする必要がある。そうなれば、本格化後に活躍するはずだった子たちまで、将来をつぶしかねない。結局、しばらくの間「トレセン学園初等部」は構想段階のままだった。

 

「おかーさんもおとーさんも、いるよね?」

「いるよ、大丈夫♪ 何か分からないことを聞かれたら、お父さんが答えてくれるからね」

「こら、それはダメだろ」

「がんばるよ、わたし」

 

 妻によく似た、肝心な時のきりっとした娘の表情を見て、こちらの緊張も少しだけほぐれる。それでもやっぱり、事の重大さは変わらない。もし不合格になりでもしたらと、普段トレーナーとして仕事をする時のくせで、物事を深刻な方向に考えてしまう。担当がケガをしたらレース人生を絶たれるかもしれないと、リスクを重く見るのは当然のことだろう。

 会場に到着し控室に入ると、すでに何組かがそこで待機していた。ウマ娘は姉妹であっても容姿がかなり違うので、娘と同じ受験生を見ても、トレセン学園に在籍中の誰かと似ているなどと判別はできない。これからのレース界を背負う、将来有望な存在として、その目が輝いていることに変わりはないが。

 

「18番の方、どうぞ」

 

 順番が来て、妻にアイコンタクトを送り、娘と一緒に立ち上がる。受験生の方に知り合いがいるかどうかは分からなかったが、面接室へ案内する職員は顔見知りだった。初等部は中等部・高等部から独立した機関であるとはいえ、元々働いていたなど関係のある人も多い。しかし顔見知りで、こちらがトレーナーであるからこそ、厳しく接される可能性もあると考えて、緊張感を持ったまま面接室に入る。まるで自分が面接を受けるかのようだったが、あくまで受け答えをするのは娘。あまりに返答に詰まるようであれば、多少のアシストは許されているが、過度に干渉しているようでは親が答えるも同然。娘がそこまで追い詰められる心配はないだろう――と、そこは自信を持つことができた。

 

「住所と電話番号を教えてください」

「お母さんに叱られるのはどんなときですか」

「では、お母さんに褒められるのはどんなときですか」

「好きな本はありますか」

「トレセン学園に入ったら、何をしたいですか」

 

 娘には普通の小学校受験によくある質問のほか、いずれ中等部、高等部で本格化を迎えて活躍できるウマ娘を育てる機関であることを意識して聞かれることもある。娘はまだトウカイテイオーというウマ娘がどれほどすごいのか、よく分かっていない節があるが、それは中等部以降に同世代のライバルたちと競い合うようになれば、体で理解できることだろう。それよりも今は、走りたい、誰かに勝ちたいというウマ娘としての本能を、もっと純粋な気持ちで楽しんでもらうことに重きを置くべきだ。走ることを心の底から楽しいと思えなければ、厳しい環境で踏ん張り続けることはできない。負けても、この子には勝てないかもしれないという挫折を味わっても、それでもやっぱり競い合いたい本能を大事にしたい。そう思えるきっかけを作るというのが、初等部を新設した意味なのだから。

 

「休日はどのように過ごされていますか」

「中等部からではなく、初等部を志望された理由を教えてください」

「娘さんの育児で気をつけたことをお聞かせください」

「娘さんの食べ物の好き嫌いはありますか」

「初等部ではレースに向けての本格的な訓練はせず、あくまで走ることの楽しさを教えるにとどめます。あなた方が初等部の教員になったとして、指導するべきと考えることを教えてください」

 

 一方両親への質問も飛んでくる。そちらも一般的に聞かれうることのほか、トレセン学園初等部という学校の特殊性あっての質問も用意されている。特に初等部は設立されてまだ日が浅いがゆえに、教員であればどのようなカリキュラムを提案するか、軽いプレゼンをせよという質問は有名だ。

 トレーナー、あるいは学園の教官であれば答えるのにそう苦労はしない問題だが、そうでなければよほどウマ娘について知識が深くないと難しい。ヒトとは似ているようで種族が異なり、ヒトの常識を大きく超える走りをするからこそ、正しい知識を持って接さなければ、その子のレース人生を狂わせかねない。そういった難しい質問も面接に必要だと提案したのは、他ならぬ生徒会長時代のテイオーだった。俺が娘を合格させられるか不安だった理由の一つはこれだ。

 

「質問は以上です、お疲れ様でした」

 

 トレーナーとして、あるいはかつてテイオーのレース人生を預かった者として。最低限の受け答えはできたという自信はあった。しかしそれでも、上手く言語化できない不安はある。

 

「結構厳しいこと言うんだね? キミ」

「初等部に通わせるなら、そういう現実もいずれ教えなきゃいけない。レースに出続けられる、名前を覚えていてもらえるウマ娘は、ほんの一握りなんだってことをな」

「……間違いは、ないんだけどね」

 

 レースの世界を目指すのがどれほど厳しいことかを教える機会を作る、と俺は面接で答えた。もちろん初等部の時点で、その子がどれほど化けるかなんて分かるはずもない。本格化を迎えてからずっと後になって、爆発的な活躍を見せた子だって今まで何人もいたのだから。だが仮に、レースとは違う場所の方が輝けるウマ娘がいたとして、それに一年、いや一ヶ月早く気づけるかどうかでその後は大きく変わるだろう。レースの世界では生き残れないと気づいてしまうのは悲しいことではあるが、嘘をつかれ無理に走るよりははるかにましだ。本当のことを正しく、言うべき時に伝えられる。そういうトレーナーになりたいと、昔も今もずっと思い続けている。

 

「がんばるよ。……わたし」

 

 もう一度、娘がそう言った。俺が面接で言ったことが、全て伝わっているかのような表情だった。

 

「大丈夫。ママがついてるからね、なんたって」

「ママ、じゃあかけっこして?」

「ようし、じゃあ行くよ?」

 

 もちろん面接官の先生も言っていた通り、走ることそのものの楽しさを教えることもまた、初等部の大事な役割だ。そして妻は、小学校での生活と並行して、これからレースの世界に飛び込むことになる娘を母親として上手く励ませられると思う。なんたって、俺の自慢の担当だったのだから。

 

「じゃ、先行ってるね?」

「ああ」

「ゼッタイ、合格するぞー! よーい、ドン!」

 

 俺には到底追いつけないスピードで帰り道を走ってゆく、妻と娘。合格かどうかはもう面接官の中では決まってるはずなんだけどな、と思ってから、そんな野暮な考えを慌てて打ち消す。

 まだフォームも何も分からず懸命に走る娘の姿に、少しだけ”トウカイテイオー”を重ねて、俺は自信を持ち直したのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。