「ただいまぁ」
「おか……えり……」
「オグリ……ってちょい! なんで干からびてんねん!!」
「タマが……すぐ帰ってくると思って……待っていた」
「アホか! 今日は一日出かけるって言うとったやろ? ちゃんと冷蔵庫の余りモン
「そうだったのか……」
「アンタ天然にもほどがあるやろ!」
オグリの元担当トレーナーに懇願され、大学進学と同時にオグリとルームシェアを始めてはや半年。寮の同室の頃からいつも腹を空かせた食いしん坊だったが、それはトレセン学園を卒業しようと同じことだった。一に食べる、二に食べる、三四も食べるで五に食い尽くすのがオグリだが、もしかして成長すれば少しは落ち着くんじゃないか、とちょっとでも思ったのは甘かった。
「一応確認やけど、メモとレシピ印刷した紙あったら、多少食べもんは作れるやんな……?」
「ああ。勉強はしているし、作って食べたんだが……」
直後に地鳴りと聞き間違えるほどにうるさい腹の鳴る音がする。要はたんまりと冷蔵庫やあちこちに食材を詰めていたつもりが、それでは足りなかったということ。もしかすると、料理を作る過程で腹が空いて永久機関になってしまったのかもしれない。散々一緒にいて、だいぶ食料事情は把握したつもりだったが、まだまだ修行が必要かもしれない。
「分かった、ちょうどいろいろ買うてきたとこやし、作ってまおか?」
「いいのか!?」
「……食べたんやんな?」
正直に言って、トレセン学園を卒業する時は少し寂しいと思っていた。お互いアスリートの道に進むのは同じだったとはいえ、ついてくれたスポンサーも違うし、活躍の場所も少し違う。卒業したら、もうめったなことでは会わなくなるんだろうなと思っていた。それがオグリのトレーナーの泣き一つで、プライベートまで一緒の生活が続くことが決まってしまったのだから、世の中何が起こるか分かったものではない。
「ウチが作るのはかまへんけど、ちゃんと手伝ってもらうからな?」
「分かっている。食材の準備は任せてほしい。まずは……にんじんは何十人前だ?」
「まだそんな食べれるんかいな……」
ルームシェアを始めて、財布は二人で一緒にした。オグリが一人で財布を持つと際限なく食費に使ってしまうので、学園にいた頃からお金はトレーナーが管理していたらしい。そしてオグリの分のお金まで管理するようになってから、気づいたことがある。オグリは自分とは比べ物にならないほど、アスリートとしての給料をもらっている。専ら食にしか興味がないオグリがどれだけ気づいているかは分からないが。
つまり、こっちの給料がかすんでしまうほど、オグリはアスリートとしての価値が高いと見られているのだ。さすがに学園にいた頃から、アイドルウマ娘として何かともてはやされてきただけのことはある。こっちは何をしても「でも小柄なのが~」といちゃもんをつけられるというのに。ちょっと前までこんな化け物としのぎを削ってきたのか、と自分で自分のことがおそろしくなる。
「あんなあ、にんじんからそんな用意しとったらホンマに日ぃ暮れてまうで?」
「そうか……」
「あぁもうそんな残念そうな顔すんなや……」
オグリの困った顔にはつくづく弱い。甘やかすのはよくないと思いつつ、やっぱりオグリには腹一杯食べて喜んでほしい。照れくさいが、それが今も一緒にいる意味だと思うから。
「なぁ、オグリ」
「む?」
「こら、つまみ食いすんな……って、ちゃうちゃう。……どうでもええんやけどな、オグリみたいに強うなろうと思ったら、どうしたらええと思う?」
「それは……もちろん、よく食べてよく眠り、よくトレーニングを重ねることだ。タマはもっと、食べた方がいい」
「説得力しかないわ……ウチそんな食べれへんのよなぁ……」
「たくさん走れば、それだけお腹が空くぞ。私は、前よりも少し動くだけでお腹が空くようになった」
「アホか、それ以上大食いになってどないすんねん」
「タマもそう思わないか? 現役でレースを走っていた頃より、何というか……やっぱり、すぐお腹が空くようになったんだ」
「……まぁ、確かにちょっと燃費が悪なったような気はするわなあ」
それこそオグリとバチバチに競い合っていた頃は、ちょっと疲れても握り飯一つ頬張れば、また走れるようになっていた。レース勝利のご褒美にトレーナーに焼肉に連れて行ってもらった次の日は、何万メートルでも走れる気がした。ほんの少し前までそんなだったのが懐かしい。学園卒業後もアスリートを続けるウマ娘のピークアウトは、人間よりもずっと早く引退も早いことが多い。これは体調が悪いとかではなくて、そういうものなのだろうと自分の体で実感している。
「でも、お腹が空いたらその分食べればいい。そうしたら、また走って動けるから」
「簡単そうに言うてくれるわ、ホンマ……」
「タマはお腹が空いていないのか?」
「……まあ。横でそんな本気食いされたら、ちょっと引っ張られるわな」
それなりに食事をとらないと体の回復が追いつかなくなってしまったとはいえ、悲しいこととは思わない。食事の時間も、前より心なしか楽しくなった気がする。それは、だいたい隣に食いっぷりのいいオグリがいるからかもしれない。
「あ、こら! つまみ食いにも限度があるやろ! ウチの分も残しといてや」
「すまない、早く食べないとお皿から溢れてしまうと思って……」
「そんな速度で作ってないわ! ホンマもう……」
本当に皿が空っぽになってしまいそうだったので、新しい皿を用意して揚げ物や何やらを移し、オグリに持たせてテーブルの方へ行くよう合図する。
「いいのか、こんなにもらって?」
「どうせ大半オグリが食うんやし、気にせんでええよ」
「分かった、なくなったらまた来る」
「はいはい」
とはいえ、今日はせっかくだから腹一杯からもう少し食べて、久しぶりにもう限界というところまで食べてみようかと、オグリの速度を目の当たりにして思うのだった。