「着きましたあ」
「まさかもう一回ここに来るとはねえ」
「お酒、飲むぞーっ♪」
「こらこら、未成年の前」
グランドライブも大団円、関係したウマ娘たちを全員集めて、タイキシャトルの提案で大バーベキュー大会を開いたのち、ハローさんの提案で温泉旅行に行くことになった。これまで何人もウマ娘を担当してきた私からすると、もう何度も来たところではあるのだけれど、結局「いつもの場所」が一番落ち着くのかもしれない。私とハローさんと、昔担当していた
「トレーナーさんも、ほら♪」
「いや、ちょっと飛ばし過ぎだって……」
「うーっ、私のお酒が飲めないのかー?」
運転していた私も、助手席で私の話し相手をしてくれた担当もなんのその、後部座席でワンカップをお供に体を温めていたハローさんは、到着した頃にはすでにあらかたできあがってしまっていた。グランドライブを復活させ、多くのウマ娘に希望を与えた立役者。普段の姿を見ていても優秀な社会人そのものなのだが、なぜ酒が絡むとこうもだらしなくなってしまうのか。後部座席で酒をあおられても、元来の緩い性格が災いして何も注意できない私も私だが、それにかまけて鬼ころしのパックにまで手を伸ばしたハローさんもハローさんだ。ここまで来ると「カニ食べたいですー、フルコースで」とせがんでくる担当が可愛く思えてくる。それにしたって全部私のおごりだから、財布がすっからかんになるというのに。
「飲めませんっ」
「うぇー?」
「もう、だから車の中で酒は飲むなって言ったのに……」
「大丈夫ですよ、トレーナー。ハローさんがつぶれても、あたしが介抱しますから」
「いやいや、それはさすがに申し訳ないから」
担当も大学に通うかたわら、バイトとしてグランドライブの運営委員に入ってもらっている。彼女もハローさんと同じく、現役時代は決してたくさん勝てたウマ娘ではない。バイトをやりたいと言って私のところに来た時から、当時のことを思い出して辛くはならないかと尋ねたのだが、他のウマ娘が必死に汗を流して走り、その結果必然的に生まれるドラマを見届けるのがいいし、やりがいがあるんだと言って引かなかった。本当に強くて明るくて、私にはもったいないくらいの子だ。担当してくれと頭を下げたのが私じゃなければ、もっと勝たせてやれたんじゃないかと、今でも思ってしまう。
「(……ダメだ。もっと私がちゃんとしてやらないと)」
「どうします? トレーナーとあたしで、先にお風呂いただいちゃいますか?」
「えっ? あぁ、じゃあそうしよっか」
すっかりダメウマ娘になってしまったハローさんを部屋に置いて、私は担当と二人で先に大浴場へ向かう。三人で泊まる部屋も、そこから大浴場までつながっている階段や廊下も、全部懐かしさすら感じる場所。けれど「学生と自分」ではなく、「大人三人」という関係性に変わるだけで、そんな体験が不思議と特別なものになる。
担当の彼女は、卒業した中で一番最近まで私がトレーナーをやっていた子で、大学のスポーツ推薦をもらって今は元気に大学生をやっている。脱衣所で身支度をしている途中、彼女の口から社会人アスリートとしての道を歩むこともやぶさかではない、と聞いて私は嬉しくなった。それから、二人でお風呂に入るのはいつだって楽しい、とも言ってくれた。
「いいですねー、やっぱりトレーナーが女性でよかったなって思います」
「そう? 話し相手になるから?」
「ですです、あたし、トレーナーからいつも元気もらってたんで。今もですけど」
「今は一人にしてほしいとか、そういうのはなかった?」
「んー……そりゃまあ、負けた直後とかはさすがにそうですけど……でも負けて悔しくて、落ち込んだって、しばらくしたらトレーナーの顔を見たくなりますし。そういうタイミングでトレーナーが声をかけてくれるんで、いつも助かってました」
「まあ、担当のメンタルケアも立派な仕事だからさ。むしろ顔見せるだけでそこまで喜んでくれるなら、いつでも何回でもするよ」
背中を洗いっこして、一緒にお湯に浸かって。こんなになってから、大人どうしでそんな純粋で楽しいことができるなんて、思ってもみなかった。そして私の身近なところで、担当していた子が元気にやっているのを見られるだけでも、すごく嬉しい。
青春の三年間、あるいはそれ以上を預けてもらったウマ娘たちが今どこで何をしているか、分からない子も多いのが実情。トレセン学園を卒業した後の進路は本当に人それぞれで、実はレース界に何らかの形で携わり続ける子の方が少数派だったりする。田舎の中学校で国語の先生をしているウマ娘が、その昔中央のトレセン学園に通っていた、なんてこともざらにある。だから担当もハローさんも、珍しいウマ娘なのだ。
「トレーナーがグランドライブを盛り上げようって頑張るキャラだったなんて。あたし、知らなかったです」
「そう? 私、そんな薄情だって思われてる?」
「いやいや、そういうわけじゃなくて。なんて言うんだろ……ストイックっていうか、どこまでもあたしたちのレースのことを考えてくれてるっていうか。言っちゃえば、グランドライブってトゥインクルシリーズの本質にはまだまだなれてないわけで。そこに力を注いでくれてるあたり、トレーナーも変わったのかな、なんて」
「あぁ……なるほどね」
「何か、あったんですか?」
キミのおかげだ、と言おうとして、口ごもってしまった。そういうことは言葉に出さないと意味がないんだと分かっていつつも。キミを担当していなければ、ハローさんの話を聞いてみようとすら思わなかったはずなのに。
「……なんてね。分かってますよ。あたしのおかげなんじゃないですか?」
「……そういうのは、自分で言うことじゃないんじゃない?」
「でもトレーナー、あたしが言わなかったら恥ずかしがって、なんにもそれらしいこと言ってくれないじゃないですか」
「うっ……」
「いいんですよ。トレーナーの思ってることは、だいだいいつも分かってますから」
彼女のことは、2勝させてやるのがやっとだった。何度目かも分からないくらいの未勝利戦と、OP戦ひとつ。レース名と着順を並べてみたら、どこに1着の文字があるのかも分からなくなるくらい、負けを重ねた。それでも彼女はへこたれなかった。「やっぱりトレーナーとどうやって走ったら勝てるんだとか、次はここを意識して走ってみるんだとか、そういう話をしている時が一番楽しい」だなんて、面と向かって言われたら。実績が足りなくて、重賞に出られなかった彼女を見ていた私ができることと言えば、その日のメインでウイニングライブがあるレースにひたすら出走申込をしてあげるくらいだった。
「いつもありがとうって、思ってます。卒業して、自分の走りたい欲と上手く付き合っていかなきゃってなった時に、トレーナーってすごかったんだなって、実感したから」
「キミ、走りたそうな時とトレーニングしたそうな時、それから休みたそうな時も、全部顔に出て分かりやすかったから。でしょ?」
「あっ、それ悪口?」
「ううん、全然?」
「ウソだー」
ウイニングライブを一度はセンターでやりたい。そんな彼女の願いに応えるために、ひたすらメインレースに出走登録をしたのが一度だけ実った。正直テレビで放送されるような、G1レースのウイニングライブに比べたら、会場の規模はずっと小さく、ファンのみんなの数もずっと少なかった。それでも彼女は一生懸命踊った。一丁前にうまぴょい伝説を歌ったりなんかして。声を上げて一緒に歌ってくれる人なんて数えられるくらいだったけれど、きっと私の記憶には一生残るだろうなと思っていた。
「じゃあ、あたしがグランドライブの話をしに来た時、あたしの顔ってどうなってたんですか」
「そりゃもう、ほころんでたよ。やる気に満ちてたし、自分のやりたいことはこれなんだって、もうありありと伝わってきた。だから、嬉しかったよ」
レース界や学園に携わり続けるということは、それだけいい思い出があるということ。いい思い出があるということは、たくさん勝ったり、大きなレースを勝ったり、たくさんのファンを目の前にした経験があるということ。大人のウマ娘で携わっているのは、ほとんどそういうひとだ。けれど、ハローさんや彼女のようなひとがもっとレースを、ライブを盛り上げることだって同じくらい、あるいはそれ以上に大事だと思う。
「……あたしもいつか、こういう名前の残し方ができるウマ娘になりたいな、なんて」
「ハローさんの後継になったら、残せるよ」
「そう思ったら、ハローさんってやっぱりすごいウマ娘なのかもですね。酒癖は悪いですけど」
「酒癖は悪いけどね」
「でも、トレーナーみたいな人をいっぱい惹きつけて、大昔の遺産だったグランドライブをここまでの規模にできたのは、間違いなくハローさんのおかげですもんね」
「それはね。間違いない」
のぼせるくらい長い間話をして部屋に戻ると、酔いつぶれたハローさんが座布団の上で横になっていた。気持ちよさそうにすうすうと寝息を立てて、まるで何も心配事がないかのような顔だった。本当はこの一年、自分が立ち上げたグランドライブ復活計画が上手くいくのか不安で、夜に何度も目が覚めるくらいだったはずなのに。
「んう〜とれーなーさーん……」
「……夢の中でもグランドライブやってます?」
「かもねえ」
酒臭いなと思いつつ、ハローさんの横に寝転んでみる。座布団は薄めで正直腰が痛い。でもこのまま晩ご飯の時間まで惰眠を貪ってもいいかな、と思った。
「お昼寝ですか?」
「まあね」
「あたしもー」
三人で川の字に寝るなんて、親子でもないのに不思議な感覚だ。正直なところ、これからどんな子を担当して、どんなライブをさせてあげられるか、まだプランらしいプランはないけれど。こんなふうに、ふっと息を抜いてささやかな幸せを感じられる時間が、これからもあればいいなと思う。