昔担当していたドゥラメンテが、このたびトレーナーとしてトレセン学園に着任した。つまり、私の後輩になった、ということだ。
「そうだな……食事会や祝賀会も悪くないが、せっかく君と二人なら、特別なことをしたい」
彼女からそう言われ、提案されたのはピクニックだった。そういえばピクニックやら遠足なんて、小学校が中学校の時以来だなと思いつつ、なぜその選択なのか聞いてみると。
「なぜ? そうだな、これなら君と競いがいがあると思ったからだ」
ドゥラが名高いアスリート一族の出身であることを、改めて思い出した。誰かと競い、勝ち、自身が最強であると証明すること。ウマ娘の本能に刻まれていると言ってもいいそれが、彼女の一族にとっては使命そのものなのだ。
「それはそうかもしれないけど……山登りは走れないって言っても、ウマ娘の心肺能力には勝てっこないよ」
「分かっている。だから、差がつきにくい山とコースにした」
「配慮されてるのか……されてないのか……」
山登りは上級者向けになればなるほど、経験値や心肺能力の差が出る。富士山なんかに手を出そうものなら、ドゥラがちょっと力めば私はあっという間に置いていかれて遭難、なんてことになりかねない。一方簡単なコースであれば、お互い本気を出しても大した差がつかないから、ドゥラが手加減することを意識さえしてくれれば、一緒に登ることもできる。ドゥラが選んでくれたのは、都内にあって片道一時間半くらいで登れる、本当に初心者向けの場所だった。
「君と一緒に何かをできるのは、こんなに嬉しいことなんだな」
「そうだね。確かに……」
「私も担当ウマ娘を持てば、君のように上手く寄り添えるだろうか」
「できるよ、ドゥラならね。あの時、そう信じて送り出したつもりだし」
実はトレーナーになることも選択肢としてあると、ドゥラの進路相談の場で打ち明けられていた。シーザリオが名トレーナーとしてその実力を花咲かせて以来、トレセン学園を出ていくウマ娘の中に「トレーナー」という進路の可能性が生まれ、その道を選ぶ子が加速度的に増えていることを、私は肌で感じていた。もちろん中央のトレーナーになるにはとてつもなく高いハードルが待ち受けているが、それに次ぐ地方トレセンのトレーナーも志望者が後を絶たない状況。競争率が上がり、より高い質の指導ができるトレーナーが増えるのはいいことだと思う。未来のトレーナーにとっても、指導を受けるウマ娘にとっても、メリットになるはずだ。
「どうした? もう限界なのか?」
「ちょ、ちょっと待って……」
初心者向けと聞いていたし、ウェブサイトやパンフレットを見てそこまで大変ではなさそうと感じていたのだが、実際歩いてみると足腰が全くついてこなかった。結構な時間ドゥラを足止めさせることになり、登頂して一番初めにドゥラにかけた言葉は「ごめん」だった。
「いいんだ。君と一緒に汗を流すことこそが、私が今日やりたかったことだから」
「そうなの? それがあんまりお祝いになってる気はしないんだけど」
「私が良い指導者になれるよう、君が道を示してくれた時点で、十分に恩は受けている。あとは君に勝つことで、その恩を返せる」
「言うね、一応ドゥラより何年も先にトレーナーやってるんだけど?」
二人で無事にたどり着いたらお昼ご飯ということで、お互いのために作ってきたお弁当を開ける。ドゥラから受け取ったお弁当は、アスリート一家らしく一目見て栄養バランスがきちんと考えられていそうなラインナップと色合いだった。私もドゥラのためにいろいろ考えてお弁当を作ったつもりだったが、早速一敗と言わざるを得なかった。
「ウマ娘の指導者として、この程度は当然だ」
「これはお父さんのご指導?」
「いや。……グル姉が、トレーナーに弁当を作るならこれくらいの用意をしろ、と」
「ここまで気合い入れられちゃうと、ちょっと申し訳ないかも」
「そうか? 君が私のために作ってくれたというだけで、十分だと私は思うが」
「意外とそういうこと、平気で言うよね。ドゥラって」
私がドゥラのために指導したことは、正直に言って少ない。私がトレーナーとしてドゥラについた時点で、ドゥラは家の教育を糧にしてトレーニングメニューや食事メニュー、レースプランをほとんど自分で立てられていた。自分の体にかけるべき負荷の量も、適切な食事量も理解しているようだったから、私はわずかなアドバイスや最終チェックをするのが主な仕事だった。それでプライドが傷つけられたという感じはあまりなかった。トレーナーになるにあたって猛勉強した時に、ウマ娘に寄り添うことはできても、真にウマ娘の体のことを理解するのは不可能に近いと、いい意味で諦めていたからだ。
「……ダメか?」
「ううん、むしろ歓迎。ドゥラとはこれからも、いい関係でいたいし」
「だが、これからはライバルだ。ウマ娘の身体構造や負荷量が自らの体で理解できるトレーナーについてもらうほど、心強いことはない。私はそのために、ここでトレーナーになったんだ」
「分かってるよ。でも、ドゥラが自分を基準にして担当の子に必要以上の負荷をかけたりしないか、心配ではあるけどね」
「……君は、少し意地悪だな」
「そう?」
「……それは君と一緒にいて、分かったことだが」
ドゥラはきっとすぐにでも、G1レースを何勝もできるような将来有望なウマ娘を担当することになるだろう。有名なウマ娘だからこそついて回る期待。その重圧は私とは比べ物にならないはずだ。これからはライバルだと言ってはっきり対立するばかりでなく、うまく協力し合える同僚の関係でありたい。
「ごちそうさま。おいしかったよ、ドゥラ」
「私もだ。人に作ってもらった弁当を食べるのは、久しぶりな気がする」
食べ終わってから少し休憩し、帰りは下りなことを理由に、今度こそ競争しようとドゥラが言ってきた。今度こそ手加減してくれないと大差で負けるよ、という私の言葉は届かず、いそいそとドゥラが先に言ってしまう。苦笑いしつつ、私はドゥラがきれいに平らげてくれたお弁当箱を持って、小走りで帰り道を急いだのだった。