『ここのお店にキミと一緒に行きたいんだけど、どうかな?』
やけに仰々しく、元担当のコパノリッキーからそんな連絡が来た。
「いいよ、行こう」
『ありがとう! お店はこっちで予約しておくね!』
将来有望なちびっ子ウマ娘、特にダート適性のありそうな子と、トレセン学園との関係づくりを専門にするエージェントをやっているリッキーとは、いつも仲良くさせてもらっている。元トレーナーと受け持ちのウマ娘という関係のおかげでかなり円滑に仕事を進められており、俺も学園側の窓口として全幅の信頼を置かれている。
「ところで、今度のお店は風水的には?」
『トレセン学園から見て、吉の方角にあるの。それと、観葉植物とか鏡とか、お店の出入口がよく風水を分かってるひとの飾りつけになってて』
少し、リッキーにしては返信が遅いのが気になったが、わざわざ気に留める必要もないほどのことだった。
リッキーとはこうしてたびたび、二人きりで食事をしている。もちろん、中身はリッキーが新しく目をつけたウマ娘についての情報共有会であることがほとんどだ。それ以外にも、エージェントという仕事は孤独で他人にヘルプを求めにくいところがあるのか、相談に乗ってほしいという目的でご飯に行くこともある。いずれにしろ、かつてトレーナーと担当だったこの関係は、今ではすっかりかけがえのないビジネスパートナーになっている。
「確かここ集合って言ってたよな……」
「お待たせ! ちょっと、待たせちゃったかな?」
「いいや、俺も今来たとこだ」
無事にリッキーと落ち合い、予約していたお店に向かう。しかし二人で歩くだけのその道中から、なんだか違和感があった。その正体はすぐに分かった。
「リッキー、危ない」
「へ? あっ!」
こういう二人での食事の時、普段は風水の素晴らしさをこんこんと説いてくるか、あるいは先走って最近目をつけているウマ娘の紹介をしてくれたりするのだが、今日のリッキーはなんだかぼうっとしていて、危うくすぐ目の前の電柱に正面衝突するところだった。こういう時のリッキーが何を考えているか、俺は知っている。風水抜きで俺と接しようと、意気込んでいるのだ。
「あはは、ごめんごめん……おおっとぉっ!?」
「……大丈夫か、リッキー?」
「えっ! 大丈夫大丈夫!」
こんなに何かを隠しているふうなのも珍しい。何か言いたいふうだ――そう勘づいた次の瞬間には、俺とリッキーが今後どういう仲になるかを想像していた。俺がリッキーのおかげですっかり風水の造詣が深くなったのを分かった上で、風水抜きでも自分のことを見てほしい、と思っているに違いない。リッキーの専門知識に渡り合える俺に、わざわざ得意分野以外で突撃するメリットなんて、ありのままの自分を見てほしいと思っているから以外にない。そんなことをしなくても、風水について嬉々として語っている姿こそ、ありのままのリッキーだというのに。
「や、やっと着いたね……」
「……ああ」
あまりにも分かりやすく、次々にドジを働いてくれるので、俺がリッキーの思惑に気づいたと悟られないようにしつつ、カバーに入るのはなかなか骨が折れた。店に着く頃には二人してへとへとになっていた。
「さ、さて。今日キミに紹介しておきたい
二人向かい合って座れる個室に通され、食前酒と料理を注文してからいつも通りの話し合いが始まる。リッキーのコミュニティで有望なウマ娘を中央に引き抜くためで、彼女の情報は確かなので正直かなり重宝している。
中央がダート界ももっと盛り上げようと動いている中で、ダート適性のあるウマ娘にパイプがあるリッキーの存在は大きい。彼女自身がダートで活躍したことがきっかけで、基本的にダートしかない地方のレース場やトレセン学園からスカウトするというコンセプトによく合致していると思う。
「この娘はなかなかいい足してるな。そうだな、あいつに任せれば……」
「でしょ? この娘はね、特にオススメ。おそらく適性距離はちょっと短めだけど、中央でも十分戦えるレベルだと思ってて……」
模擬レースや併走練習の映像を見せてもらいながら、全国を飛び回りスカウトに勤しむリッキーの成果を吟味する。リッキーはまだ実績が少ないうちから将来有望なウマ娘を見出すことにも優れていて、いち早くスカウトの情報をもらえる。俺たちトレーナーにとってダート適性のウマ娘を指導するいい機会になるし、中央という恵まれた環境の方がその実力を遺憾なく発揮できる娘もいる。実際に中央で活躍できるだけの素質や適性があるかどうか見極めるのは、トレーナーの仕事だし腕の見せ所だ。
「で、……今日の食事会の本当の目的は?」
「へっ!?」
「いつもの会ならここまでおしゃれな店じゃないだろうし、リッキーもなんだか緊張してそうだったから。気のせいだったらスルーしてほしいんだけど」
「えっと……それは」
彼女が卒業してから数年後、ダートウマ娘のエージェントとして俺の前に現れた時は、本当にびっくりした。学生の頃から妙な大人っぽさと、特に風水を抜きにした時に見え隠れする、どこか危なげな子どもっぽさが共存しているとは思っていたが、名実ともに大人になったリッキーは端的に言って「いい女」になっていた。それでいて、肝心なところで思いもよらないドジをするのは相変わらずで、俺が彼女を担当していた頃の思い出話になると嬉々として饒舌になり、止まらなくなる。元担当ウマ娘というしがらみがなければ、あるいはもっと早くに、と思っていたのだが。
「……その、たまにはこういう雰囲気あるところでっていうのもいいかな、なんて? ……あっ」
思わず彼女の手を取ると、驚きどぎまぎする様子を見せた後、うつむいて上目遣いでこちらを見てきた。学生時代はどこまで本気でやっているのか分かりかねたそのまなざしも、今だからこそあえてやっているのだと気づける。
「……いいよな、これからはそういうことだって意識しても」
「…………うん」
その言葉だけで、俺たちの間で認識が共有された。やっぱりもともと教え子だったという事実が違和感を覚えさせるが、今までのビジネスだけの関係より、こっちの方がしっくりくる。気がする。
それからはスカウト云々の話は抜きにして、プライベートの話に花を咲かせた。これまではあくまで仕事の打ち合わせの場という意識のもと、プライベートの話は最低限にとどめていたが、最近どうしているだとか、日常のこんなところに風水の要素を取り入れてみたとか、そういう話をリッキーとする方がなんだかんだ楽しいことに気づけた。トレーナーと担当ウマ娘の関係だった頃はそっちの話の方が当たり前だっただろうに、大人どうし、ビジネスパートナーという関係を意識して、いつしか堅苦しい話ばかりするようになっていた。やはり風水の話に目を輝かせるリッキーの方が、自然体だと思った。
「今日はありがとねっ」
「いやいや、こちらこそ」
「それで、私今○○駅の近くに住んでるんだけど。……こっちに引っ越して、一緒に暮らす……なんて気は、ない?」
「えっ、どうして」
「えっ!?」
「……付き合おうって話、まだリッキーから一言も聞いてないけど」
「えー……それはちょっと、意地悪じゃない?」
リッキーがぽすっ、と頭を俺の腕に預けて、そっとささやいてきた。
「……つ、付き合お。いい、よね? もちろん」
「もちろん。でも、まだリッキーの家には泊まらない」
「えーっ、いいでしょっ」
「それをあんまり段階踏まずにやると、ほら、いろいろと」
「せっかく私の風水ライフ、紹介しようと思ったのにーっ」
頬をぷっくりと膨らませるリッキーを見て、なんだかんだでまだあどけないところもあるんだなと感じる。酔っているのか恥ずかしいのか嬉しいのか、あるいは全部混ざってのことか、顔が朱に染まったリッキーを最寄りの駅まで送って、最後に手をぎゅっと握り合ってから別れたのだった。