「カフェちゃん、カフェちゃん」
「はい……おや、ダンツさん? 珍しい……ポッケさんは、どうしたのですか?」
「ポッケちゃん、どこを探してもいなくって」
「またタキオンさんに実験と称して連れ回されているのでしょう……いえ、連れ回しているのはポッケさんの方かもしれませんが……」
放課後の旧理科準備室は教室から少し距離があることもあり、静寂に包まれている。そこが騒がしくなるとすれば、アグネスタキオンがやかましくなる実験をしているか、アグネスタキオンが何か薬を爆発させているか、ジャングルポケットが併走の申し込みで殴り込んでくるか、のいずれかである。ダンツフレームが息を切らしてがらがらっと扉を開けるのは、当然のことながらとても珍しい。
「……それで、そんなに慌てたご様子で、どうされたのですか?」
「こ、これ」
ダンツがカフェに差し出したのは、丁寧な包装が施されたチョコだった。世間はホワイトデー、ダンツがバレンタインデーに愛しのトレーナーに渡したチョコのお返しだ。
「……っ!」
「ど、どう思う、かな……」
「……本気、ですね」
カフェが神妙な面持ちのまま告げる。ダンツの心臓が高鳴る。やっぱりそうなんだ。トレーナーさんはやはり「そういうつもり」なんだ、と確信を持った瞬間だった。
「ただ購入してきただけとは思えない手の込み方……少しだけ歪なチョコの形と、結び目……」
「やっぱり、そう思う?」
「赤いチューリップがモチーフの形やシール……これを『その気』と呼ばずして、いったいなんと」
「そうだよね」
「というより、ダンツさん……今までは、トレーナーさんと進んでいなかったのですか?」
「う、それは……」
ダンツと彼女のトレーナーが、ごく一般的なトレーナーと担当ウマ娘の関係性をちょっと超えたり超えなかったりしているというのは周知の事実。よく女の子は好きな人や気になる人の前では声が変わるというが、ダンツもその一人。しかも本人に自覚はない。
「やけにぎこちなさがあるとは思っていましたが……まさか、半年前から全く進んでいないとは」
「か、カフェちゃんだってトレーナーさんとぎこちなく見えるよ!?」
「私は婚約の取り決めはしていますが、距離を詰めるのは私の卒業後という約束もしているので……」
「こ、婚約……!」
「ダンツさんの場合、これでトレーナーさんにその気がないならば契約を打ち切ってもよいレベルかと」
「そ、そんなに!?」
動揺してばかりのダンツだが、しかしこれで何の気もない単なるお返しなら、天然たらしもいいところ、とカフェが言いたくなるのも事実。普段の彼女からすれば珍しく断定するような物言いだが、すでに二人一緒になることを確定させているからこその言葉なのかもしれない。
「ダンツさんは、どうなんですか。トレーナーさんと結婚したいのか、したくないのか」
「あ、圧強くない……? それに今決められないよ……」
「トレーナーさんがダンツさんを試しているなら、こちらからきちんと出るところに出るべきです」
「カフェちゃんって、意外と結構言うよね……」
「そうでしょうか? 私には挑戦状にしか見えないのですが……」
「わたしはそうは思わないかも……」
それでも、「とはいえ」とカフェは畳みかける。こういう時のカフェは確かに、どこか押しが強い。
「ダンツさんのトレーナーさんは、特にそれらしい言葉はおっしゃってなかったんですよね? であれば、なおさら直接真意を確かめるべきかと……」
「で、でも、もしほんとにその気じゃなかったら……」
「その時は契約解消をちらつかせればよいかと……」
「だからっ、言葉が強いって……!」
「では、これはどうでしょう……?」
カフェがそっとダンツに耳打ちする。旧理科準備室には二人しかいないはずだが、コーヒーについてレクチャーを受けにきた後輩が扉の前まで来た音に気づいたからだ。とどめの文句を聞いたダンツは頬を赤らめ、「いや、でも、ちょっと」とためらう。
「練習しますか?」
「れ、練習っ?」
「ウマ娘からの好意を邪険に扱うトレーナーなどいません。勇気さえ振り絞れば、トレーナーさんは必ず振り向いてくれます……私を、トレーナーさんだと思ってください」
さあ、ほらと急かすカフェ。ダンツは背中をとんと軽い力で押された気がした。これがカフェの言う「おともだち」のしわざか。一度、二度と、ダンツは目線を逸らしながら細い声で教えてもらった言葉を発した。
「50点です」
「厳しいっ」
「タキオンさんなら20点でした。……ダンツさんの恥じらいはトレーナーさんに効果てきめんでしょうから、その補正で+30点です」
「えっと……タキオンちゃんの扱いの方がひどいってこと?」
「タキオンさんはこれくらいの方がちょうどいいんです……タキオンさんがトレーナーさんい甘える時は、だいたい裏がありますから。変な薬を飲ませる気だとか……」
「それはそれで、タキオンちゃんのことを信用しなさすぎというか……」
そんなことはどうでもいい。カフェ相手にさえ緊張して、うまく伝えられないというのは大問題だ。
ダンツは自分の武器をよく理解している。まずトレーナーに対するウマ娘な時点で、相当有利なのだ。ウマ娘の特攻にコロッとやられる仕組みになっているんじゃないか、と疑ってしまうくらい、トレーナーほど陥落させやすい男の人はいない。鴨がネギをしょってくるどころの騒ぎではない。ダンツほどの魅力的なウマ娘なら、たとえロボットのようにカタコトでその言葉を口にしたって問題ないと言えるほどだ。
「ただ、ダンツさんのトレーナーさんはニブいので……うまく伝わるかどうか」
「と、トレーナーさんの悪口……!?」
「もっとストレートに、恥ずかしいくらいでいいと思うのですが……」
どうしたものか、とカフェが困っていると、旧理科準備室の扉を開けるひとがもう一人。見た目からしてゆるふわっとした彼女の名前を知らない者はいない。
「はあ、はあ……ここかあ、ダンツちゃん」
「ミラ子先輩……あっ」
「探したんだよ、3階まで階段上るの地味にキツいし」
「あなたもウマ娘では……」
「それよりダンツちゃん、早く行かないと!」
「行きますごめんなさい、忘れてましたっ」
「たくさんのひとに引っ張りだこだと……大変ですね……」
「ごめんカフェちゃん、行ってくるねぇ」
チョコを置いたままダンツはヒシミラクルに連れられ、約束のお好み焼き屋さんへ。人通りの少ない暗めの場所で何十年とやっている老舗らしく、ナカヤマフェスタの入れ知恵によるものだった。
「ふうん……それでカフェちゃんのとこに相談しに行ってたんだ」
「すみません、あのチョコのことで頭いっぱいで……」
「でも、そんなの簡単じゃない?」
すっかり慣れた手つきで通常サイズの一回りも二回りも大きいお好み焼きをひっくり返しながら、あっけらかんとした声でミラ子が言ってみせる。
「えっ?」
「ダンツちゃんは、ダンツちゃんの武器を大事にしなきゃ」
「わたしの武器……」
「ダンツちゃんのトレーナーさん、絶対ダンツちゃんのこと好きだよ。だからあともう一押しすれば、イケるね」
「そ、そうなんでしょうか……」
ダンツがカフェとの練習で使った殺し文句を頭の中で反芻する。カフェの言葉だから説得力があるし、正直これでトレーナーが振り向いてくれるという自信もちょっとある。あるが、もしもダメだったら?とダンツは考えてしまうのだ。
「後ろについてってあげようか?」
「そ、それは大丈夫です! 間に合ってます!!」
「じゃあ、頑張るしかないねぇ」
「うう……」
他人事だからニヤニヤと満面の笑みを浮かべるミラ子。応援しているのかしていないのか、といった態度の彼女にダンツは複雑な気持ちを抱いたが、しかしこのまま引き下がるわけにもいかなかった。
「話聞いてる感じ、ホントにちょっと押せばいけそうなんだけどなぁ」
「……うまくいかなくても、笑いません?」
「笑わないよ、たっぷり甘やかしてあげる」
「うーん、ミラ子先輩にそういう母性は感じないかも……」
「なにおーっ!?」
迷ってはいたが、それぞれの背中の押し方を受けて、次の日を迎える。いつものようにトレーニングの打ち合わせをする前、ダンツは目をつぶりながらトレーナーに駆け寄り、その腕にギュッとしがみついた。
「な、なんだ」
「…………勘違い、しちゃいますよ?」