『……そう、だから今和歌山にいるんだよ! 海岸沿いにぐるーっと回ってさ! よかったら一緒にどうだ?』
「一緒にって、もう半分過ぎてるんでしょ? 今から頑張って行っても、着いた頃には終わってるんじゃない?」
『ははっ、そうかも。じゃあまた今度だな! 仕事はどうなんだ? トレーナーのことだし、また仕事抱えまくってそうだけど』
「平気平気。ちゃんと休みはとってるから」
『休みはとってるって、ホントかよー? 昔っから仕事一番って感じだったもんな。ま、俺のこと一生懸命考えてくれんのは嬉しかったけどさ』
昔担当していたウオッカは、卒業して大学生をやりながら、合間を縫って大好きなバイクでツーリングをやっている。その道中、宿泊先からこうして私に電話してくることもしばしば。彼女が楽しそうに、本当にやりたいことをできているのを聞いていると、こちらも元気をもらえるというものだ。
『そうだ、一番で思い出した。昨日スカーレットが夢に出てきたんだよ。めっちゃ久しぶりに』
「卒業して離れ離れになって何年も経つのに、夢に出てくるんだ? やっぱり相思相愛なんじゃない?」
『ばっ、ちげーよ! 腐れ縁ってやつがあるだろ、あれだよ』
「分かってるよ。で? どんな夢だったの?」
『……ま、わざわざ話すほどの内容じゃねーんだけど、普通すぎて。あいつ、トレーナーになってた』
「あの子、ちょっとストイックすぎるところがあるし、真面目すぎるから、トレーナーになったらそれはそれで苦労しそうだけど」
『で、トレーナーになってたのはいいんだけどさ、子どもがいてさ。五人目の娘だとか言って紹介してきてさ』
「五人はすごいね」
『すごいだろ? 俺のスカーレットの脳内イメージどうなってんだよって。確かにあいつ、卒業する時に子煩悩なお母さんになりたいとか言ってたけど。イマドキ三人でも珍しいってのにさ』
「すごい嬉しそうに話すんだね」
『え?』
ウオッカとダイワスカーレットの間柄は、トレーナーの間でも有名だった。スカーレットのトレーナーと仲が良かったこともあり、家族ぐるみの付き合いのようだった。スカーレットが今どうしているかは分からないが、トレーナーどうし今でも仲がいいので、そこから連絡を取ることはできる。
「よかったら、会ってみる?」
『んー……まあ、帰ってきたら?』
「じゃあ、連絡しとくね? そんなに遠くには行ってないと思うんだけど」
その日のウオッカとの電話はそれで終わった。早速スカーレットのトレーナーにLANEを送ってみると、すぐに今は保育士さんをやっていると返ってきた。土日なら大丈夫そうとまで話が進んだところで、お見合いの仲介でもやってるみたいだなと思ってしまった。その時点で直接連絡すればいいのに、とウオッカには言ってみたのだが、「急に連絡したらその……なんか恥ずかしいだろ」と返されてしまった。ウオッカが今も思春期をやっているみたいで、ちょっと嬉しくなる自分がいた。
「おーっす、直接会うのは久しぶり、だよな? へへっ」
「あーっ、来た来た。座って? 麦茶、あったかな……」
「懐かしいな、トレーナーの机の上が汚ねえの、昔と全然変わってねー」
「うるさいなあ、片付けてるんだってこれでも。それに共用スペースはちゃんときれいにしてるし……」
結局日時のセッティングまでトレーナーどうしでやって、ウオッカとスカーレットは久しぶりに会い、思い出話に花を咲かせてくれたようだった。その話を聞きたいと言ったら、ウオッカが直接学園に遊びに来てくれることになったのだ。
「どうだった、スカーレットは。変わってなかった?」
「聞いて驚け、あいつ子どもいたぜ」
「えっ」
「ま、離乳食もまだって感じだったけどな。でも、完全に母親の顔だったぜ」
だとしても、もう結婚して妊娠出産を経ているなんて。そういえば理想の母親像がはっきりあるとか言っていたけれど、卒業するなりそれを実行に移すとは。
「行けなくてごめんね? 仕事終わんなくてさー……先輩ママとして、せっかくならいろいろ講釈垂れたかったんだけど」
「なんかそれはそれでいたら空気重くなりそーだな……ってかトレーナー、いつの間に子どもいたんだよ」
「あれ、言ってなかったっけ? ひと足先に、ね」
「んだよ、言ってくれりゃもっと早くお祝いに行ったのに」
これじゃ俺が行き遅れてるみたいだろ、とウオッカが小さい声で愚痴を言った。
「ウマ娘、特に中央の子の周りはそういうの多いからね、それか孤高の道を行くかの二極化って感じ」
「俺も一人の道を突き進みたい、ってわけじゃねーんだけどなあ」
「誰か気になる人がいるの?」
「ばっ、そんなわけ……! でも、大学ってトレセン学園と全然環境がちげーし、そこはほら、毎日が新鮮っつーか……」
「いるんだ、ちょっといいなって思ってる人」
「……くーっ、なんでトレーナーにもそんなすぐにバレんだよーっ」
「そう言うってことは、スカーレットにもすぐバレちゃったの?」
「あいつ、コイバナ好きなんだよ。俺がどういう男と一緒になりたいかとか、興味津々で……そしたら、すぐバレた」
「好きそう〜」
ウオッカは並のウマ娘なら一歩後ずさってしまうような戦績の持ち主だが、それを感じさせない親しみやすさ、気さくさも大きな持ち味だと思っている。バイクで山道や市街地をツーリングなんて、ウマ娘なら自分で走った方が速そうなものなのに、大学に入るなり早速友達を作って出かけている。かと思えばお酒を飲める歳になったことで、ギムレットと少しずつカッコいいお酒の嗜み方を勉強したり。どこから見ても魅力がある、それがウオッカというウマ娘だ。……というのは、担当だったがゆえに買い被りすぎなのだろうか。
「でも、スカーレットが珍しく褒めてきたんだよ。『アンタみたいな多趣味で新しいことにチャレンジするのが大好きな女、見逃す男なんていないわよ』ってな」
「今のすごい似てる」
「そりゃ、何年アイツと一緒にいたんだって話だしな」
「実はスカーレットのこと、大好きだったりして」
「そんなわけねーだろ、母親になったら丸くなるとか言うけどさ、憎たらしいとこ全っ然変わってなかったぜ?」
「……で、ホントにお前が産んだのか?とか言ってゲンコツ食らったんでしょ。そのたんこぶ痛そうだね」
「はぁ、なんでもかんでもお見通しかよトレーナーはさー」
電話していても、直接面と向かって話しても。ウオッカの芯の部分が、昔と何も変わっていなくて私は安心した。彼女が大学に行くと言い出した時、環境が彼女を全く別人に変えてしまうのではと心配して、私は当初やんわり反対していたのだ。だがそんな心配は全く無用だった。
ウオッカがLANEで写真とともに、「ツーリングで最高のダチができたぜ!」と彼氏らしき人を紹介するメッセージを送ってきたのは、それから数ヶ月後のことだった。