「……着いたよ、ブライト」
「ふわぁ〜」
「まったく、ずっと寝てたのになんでそんなに眠たそうなの」
京王線府中駅、その駅前の景色が見えてくると、もう間もなく目的地のトレセン学園である。運転手のハンドルさばきは穏やかながら確実で、ふと腕時計を確認して約束の時間通りの到着を確信する。
「ドーベルは……もう、着いておりますでしょうか〜?」
「ドーベル? もう着いてるんじゃない? こっちの方が長旅なんだし」
「長旅……その割には、ずいぶん短いドライブだったように感じますが〜……」
「それはブライトがずっと寝てたからでしょー?」
メジロ家の教育方針は厳格だ。ウマ娘とはどういう存在か、強さとはいかなる価値を持つか、そしてレースを走るウマ娘が、いかに人々の応援によって支えられているか。それらを幼い頃から教えられ、ウマ娘という存在そのものの模範として振る舞うことを求められる。物心つかない頃から政財界の要人と会う機会も多く、メジロ家のウマ娘は抜群の品格を備えた者ばかりだ。そしてそれは、メジロというウマ娘界の名家に、人間として生を受けた者でも変わらない。
「お姉さまは、眠らなかったのですか……?」
「ちょっとは寝たよ? ブライトは乗った瞬間から今の今まで、すやすや寝てたから」
「まあ〜」
私はメジロ家に生まれた人間の娘でありながら、早い段階でブライトの付き人としての役割を求められ、こうしてブライトの公務について回っている。同じような付き人はドーベルやパーマーのところにもいるが、生来ののんびり屋さんであるブライトと一緒にいる私は、どうも人一倍苦労させられているようだ。
そんなブライトが、いよいよトレセン学園に入学する時が来た。メジロ家を応援してくれているファンも、私も、期待半分不安半分、といったところか。
「ドーベルは、うまくやっているでしょうか〜」
「学園にも女性トレーナーはいっぱいいるし、そもそもウマ娘の学校なんだから、男性の前で緊張して何にもできないってことは、ないと思うんだけど」
「そうだとよいのですが〜……」
自分の心配より先に、同期として入学することになるドーベルの心配をするあたり、ブライトらしい。あるいは、自身には心配されるようなことはないと思っているのかもしれないが。
「ほら、……えっと、以前にトレセン学園の見学にうかがった際に……男性のトレーナーさんが案内役を務めてくださって、ドーベルがうつむいて口を開かなくなったことが、あるではありませんか〜」
「あぁ、あったね」
「その時は、まだ幼いウマ娘であったからよかったかもしれませんが〜……今度は、トレセン学園の生徒になるのですから、自分の不調は自分で言えるようにならなければ……そう、思うのですが〜」
ブライトは不意に核心をついたことを言ってくる。自分のことを棚に上げているように聞こえなくもないが、少なくともブライトにその気はない。この子は自分のことを考えるのに精一杯なように見えて、かなり周りを俯瞰する力がある。レースを走らない私が、メジロの家にいるだけで感じる「時代の変遷」をいち早く感じ取り、自分はウマ娘としてどういう存在であるべきか考えている。それゆえに、周りに突拍子もないことを言ったりして収拾がつかなくなり、私が後始末をしないといけなくなったりする。
「そうだね……でもドーベルの心配も大事だけど、自分のことも大事にしてね、ブライト」
「……? はて、どうしてそんなことをおっしゃるのでしょう〜?」
「うーん……」
でもなんだか周りの様子に疎いだけというか、ボーッとしてるだけなんじゃないかという気にもさせてくる。ゆえに、勘違いされる。学園に入って、周りが強いウマ娘ばかりという環境で刺激を受けてくれればいいのだが。
「ブライト!」
「あら、ドーベル〜元気でしたか〜?」
「そっちこそ、長旅で疲れたでしょ。明日入学式なのに」
「お姉さまもドーベルも、長旅とおっしゃいますのね〜」
すでに時代の変遷は感じている。スタミナよりもスピードを尖らせ、持久力度外視で走り切るスタイルのウマ娘が台頭し始めている。従来、そんなウマ娘はスプリンターやマイラーとして名を馳せていたが、彼女たちがだんだん中距離戦線の方へ進出するようになってきた。
かねてからスタミナを重視するステイヤー気質のメジロ家がこれから不利になってゆくことを、メジロ家の上のひとたちは理解している。ただ、実際に走るのはメジロの名を背負ったブライトたち。これからブライトたちがどういう時代を生きることになるかは、やってみなければ分からない。
「大丈夫ですよ〜お姉さま。わたくし、立派にやってみせますわ〜」
「……信じてるよ」
「お任せくださいませ〜」
そう考えると、ブライトはちょっと大人っぽい。私だけが分かっていることかもしれない。これからの時代をどう俯瞰しているのか。ドーベルと並んで歩き、入寮の手続きへ向かうブライトの背中を、やっぱりどこか頼もしいと思いながら見送った。