「トレーナーさん、トレーナーさんや」
「うん?」
「トレーナーさんって、奥さんからプレゼントもらったことあります? 誕生日とか、何かの記念日とか」
「それは今の話? 今は思い出したようにくれることもあるけど、そもそも財布一緒だからなあ」
「あー、じゃあご結婚される前は?」
「んー、マフラーとかハンカチとか、あとはネクタイもかな?」
「うーん……ハンカチはまあありか……」
「フラワーへのプレゼント?」
「げっ……なんで分かるんですか……」
いつものことながら、担当のセイウンスカイの距離感は近い。僕には妻が、スカイには特に仲のいいニシノフラワーという後輩ウマ娘がいることから来る、安心感によるものだろうか。スカイ本人は上手く隠しているつもりのようだが、スカイがフラワーと一緒にいる時に醸し出している雰囲気は別格なのですぐに分かる。同じ黄金世代と呼ばれる面々と絡んでいる時とも全く異なるから、悟らない方が難しいくらいだ。
「次が最後のファン感謝祭だからね、一緒に回りたいもんね」
「にゃは~……そこまでお見通しですかー……」
「別にそこまで悩まなくても、スカイがプレゼントしたいって思うものをあげればいいと思うけど」
「それが難しいんですってばー」
「スカイがくれるものなら、何でも嬉しいんじゃないか? フラワーはそういう子だろ?」
「それも分かっちゃいるんですけどねぇ……」
トゥインクルシリーズを卒業したウマ娘に与えられる「学生」としての残り時間は少ない。スカイもフラワーもレースの第一線からは身を引いていて、学園の卒業要件も無事に満たしたということで、ファン感謝祭に参加できるのも今年が最後。再来週にはその日がやってくる。最終学年ということでクラス単位での出し物はするようだが、ウェイトはそこまで高くない。仲のいい子たちどうしで学園中を回って、後輩と交流したり、かつてのファンに再会したりと、自由行動の時間を楽しむのがメインになる。スカイのことだから、フラワーとの時間は大目にとるだろうなと予想はしていた。
「ほら、フラワーに何かプレゼントできるのもこれが最後かもしれませんし?」
「でも同じ大学に行くんだろ?」
「でもまあ学部は違いますから」
「サークルは同じところに入ったりしないのか?」
「なんですかも~、これじゃ私が問い詰められてるみたいじゃないですかー」
普段キングやエルあたりに誕生日プレゼントなんかを渡す時は、しれっと粋なものを選ぶくせに、フラワーが相手となると妙に力が入ってしまうらしい。これまでもたぶん空回りしてるんだろうな、と思うことが何回かあった。
「なんかこう、バシッ!と、トレーナーさんが決めてくださいよ~」
「僕が決めていいのか? すぐできるけど、スカイがそれでいいなら」
「むぅ、なんだかその言い方だとモヤモヤしますねぇ」
「そんなに肩の力入れなくていいんだって、これが最後って思う必要もないし、難しく考える必要もない。自分だったら何が欲しいか、で考えるのもいいかもしれない」
「私だったら、ですかー?」
これまで何人かウマ娘を担当してきたが、スカイは初めてのタイプだった。レースやトレーニングに対して真面目でひたむきかと言われるとそこまででもないし、おちゃらけたりサボり癖があるというわけでもない。やりたい時にやりたいことをやる。吟遊詩人という言葉が似合うと思っている。
一度そういうタイプだと分かればやりやすく、レースでもスカイのやりたいようにやらせた。トレーナーとしての仕事を放棄したのではなく、スカイとの信頼関係があってこそだ。もうほとんど彼女の走りの管理をしていない今でもこうして話をするのは、きっとその積み重ねがあるからだ。
「フラワーからもらったら嬉しいもの……う〜む」
トレーナー室をきょろきょろと見渡すスカイが、お、と小さな声を上げた。本棚の雑誌に手を伸ばし、パラパラとページをめくる。
「どうした?」
「いやぁ、トレーナーさんがへそくり隠してないかな〜、なんて?」
「へそくり見つけてもあげないからな、おこづかいはこの間あげただろ」
「えっ、へそくりあるんですか?」
「……ない」
「その間はウソじゃないですか〜……ま、なんてのは冗談で」
本棚の中段で倒れかかっていて、表紙が見えていたその雑誌は、スカイが皐月賞と菊花賞を勝って二冠ウマ娘になった時に受けたインタビューが載ったものだった。スカイらしいしたり顔が表紙になっていて、「セイウンスカイというウマ娘を担当していたんだ」という矜持が僕の中にある限り、ずっとこの部屋に置くことになるものだろう。様々な分野で活躍するウマ娘を取り上げたその雑誌を、スカイはソファに寝転がりながら読み始めた。
「それ、もう何回も読んだだろ? トレンドも今のじゃないし」
「こういうのは何回も読むからいいんですよーだ。過去の栄光には何回すがったっていいんです」
「まったく……」
「お、これとかいいかも」
バッ、とページを広げてスカイが見せてきたのは、流行りの香水が紹介された特集だった。そういえばスカイは時々ほんのりと花の香りをさせてきたり、フラワーに選んでもらった香水を自慢してきたことがあった。なぜ今までそれを思い出せなかったのかといえば、スカイとフラワーの日常があまりにも自然にスカイの日々の中に組み込まれているからだ。
「いいんじゃないか?」
「それ、私が何言ってもそう言いますよね」
「スカイがプレゼントをもらうなら、何が嬉しいか考えるといいぞ」
「あ、逃げました?」
「いいや?」
「香水。いい気がしてきましたねぇ。いつもフラワーに選んでもらってるし、私からフラワーっぽいのを一つプレゼントかな? ってことでトレーナーさん、いつ行きます?」
「結局僕を巻き込むのか……」
「トレーナーさんは相槌マシーンでいいですよ、そうかなるほどーって感じで?」
「それ、一緒に行く意味あるのか?」
「いやぁ、だって普段自分で香水なんて選ばないですしー」
スカイがこれから先どういう道を選ぶかは分からない。大学に行った後の進路はその時になってから考えると言っているし、そう言われてしまってはああしろこうしろ、とは言い出せなかった。元から風の流れに任せて動くような子ではあるし、困ったらちゃんと相談しに来てくれると思うから、心配はしていない。ただ、フラワーとこれからも仲良くやってくれていたらいいな、と思う。
「あ、今他のこと考えてましたー?」
「……いいや」
「トレーナーさんは分かりやすいなー。ま、いいんですけど? 今週末、トレーナーさんの予定が空いてるのも確認できましたし」
「えっ、まだ行くとは」
「せっかくの休日なんだし、ここはひとつセイちゃんとお出かけしておいた方が、将来有望な後輩ウマ娘を紹介できると思うんだけどなー」
「その脅しはズルいだろ」
「なんのことですかねぇ」
レースでの勝ちを競い合うライバルはウマ娘にとって必要不可欠だが、ライバルと距離適性が被っていると話が変わってくる。勝負すればするだけ仲良くもなれる可能性はあるが、同時に決定的な亀裂が入ってしまう可能性もある。そういう意味では、同じレースを走ることのなかったスカイとフラワーが特に親密になるのは、必然だったのかもしれない。
「じゃ、駅前に11時集合ってことで。遅れちゃダメですよー?」
僕は特に意図もなく、にっと笑うスカイの横顔を見ていた。