ブルーコスモスは一人見かけたら百人はいると思え。
有名な格言であるが、それはここ、住民のほぼ百パーセントがコーディネイターのプラントでも変わらない。
フェブラリウス市の一画に存在する会員制のバー。表向きは普通の店なのだがその実態はブルーコスモスの店主が経営する集会場である。
変装したオルフェはここで潜入調査を敢行していた。
本来、入会する為には七面倒臭い手順が必要らしいのだがその辺りはメイリン・ホークがやってくれた(そもそもこの店を発見したのも暇潰しにクラッキングをしていた彼女である)
C.E.63年にプラントで発生したテロにブルーコスモス思想を持つコーディネイターの関与が疑われており、安全保障の観点から早急な調査が必要とされた。
その点、心を読めるアコードはこの手の任務にうってつけであり、反遺伝子操作思想に賛同していて演技をする必要がないオルフェは自ら志願。
別に公費で飲み歩く背徳に惹かれた訳ではない。
元より迫害される立場から同胞意識が強いコーディネイター。しかもここにいるのは更にマイノリティーなブルーコスモスである。馴染みのない相手であっても強い親近感を抱いて積極的に話しかけてくる。
「へぇ、君も第一世代なんだ。それくらいの歳だとS2型インフルエンザ対策とか?」
「そうだったら拗らせる事もなかったのですが。親のエゴですよ。自分の目的を達成する為の道具。それが嫌でプラントに逃げてきました」
「大変だねー君も」
カウンターで隣に座った男性にポンポンと肩を叩かれる。役目を果たす為に創られたオルフェだがここだと似た境遇の人間は珍しくない。
身の上を語るオルフェに向けられるのは持つ者からの憐憫ではなく共感からの同情だった。
それとなく探った所、集まっているのは第一世代のコーディネイターが多い。
実際に遺伝子を操作された第一世代と親の遺伝子を受け継いだ第二世代では感性やアイデンティティーに差が生じるのだろう。
一口に「ブルーコスモス」といってもこの言葉にはイデオロギーとテロリスト集団という二つの意味があるが、この店に出入りしているのは基本的に前者だけのようだった。
その上「遺伝子操作には反対だが既に生まれてしまったコーディネイターを害する意思はない」というブルーコスモスの中でも極めて穏健な部類。
「新入りの彼といい若い第一世代って闇が深い奴が多い気がする」
「反コーディネイター運動が激化してから遺伝子操作する親と医者の時点で倫理観終わってる生育環境だしな」
「臓器スペアとして創られたが再生医療の進歩で微妙な立場になったのが俺だ」
「処置したのが闇医者だったので生まれつき色々とね……」
「シングルマザーなのに手術費用稼ぐ為に無理して体壊したとか知らんし」
「不謹慎だがトリノ議定書以降もこういう事案が生まれてると思うとちょっとワクワクするな」
「性格わりぃー」
「だって自分の周囲がたまたまクソだってよりは世界全体がクソって方が多少は救われるし」
「まあね」
社会との繋がりを断って一つのコミュニティーに依存していると先鋭化する危険もあるが、今日この場にいる者は自身の生まれに折り合いをつけ健全? に愚痴を吐き出している。
悪意を持った扇動者でも現れれば話は別だが現状は定期的な監視程度に留めて問題ないだろう。
潜入前は明日にも一斉検挙という可能性を考慮していたがそれは杞憂に終わりそうだ。
杞憂。来店したばかりのオルフェだが早くもこの店を気に入っていた。
「優秀すぎて我が子とは思えないって、お前がそうしたんだろうが!」
「逆にイカレた嗜好の闇の権力者が遺伝子纏足をやってるって都市伝説も小耳に挟む」
「うーん、人の業」
「なんかもう、蝶の羽ばたきに吹き飛ばされて文明リセットした方がよくないかな、この世界」
コンパスでは不幸自慢バトルで上位にランクイン出来たオルフェもここでは平均的な強さしか発揮出来ないインフレ環境である。
メンデルジョークのキレも悪い。真っ黒な境遇の人間ばかりなので並のブラックジョークは埋もれてしまう。
「S2型インフルエンザといえばさ、運良く感染しなかったナチュラルがコーディネイターと間違われてブルーコスモスに襲撃される事件とかあったよね。あと、過激な反コーディネイター論で保守層の票を集めて大西洋連邦の議員が子供の免疫を操作しようとしてたのが暴露されて病院ごと放火未遂とか」
「穏健派ブルコスとしては嘆かわしい話だ」
「その一方で血のバレンタインの後はプラント在住の第一世代の親はかなり肩身が狭かったとか」
「地球ではそこそこ優秀だったナチュラルがプラントではずっと年下のコーディネイターの部下にされてプライドをへし折られるケースもままあったらしい」
「親が感染しないようにプラントに移住して、その時は感謝されたのに今じゃ家庭内の不和の種になったのが悲しい」
「回帰主義のダチが素性隠して結婚したら相手も回帰主義のコーディネイターでさー」
「どんな確率だよ、それ」
「身の安全を考えてオーブに移住したのがね」
「そういえば最近あの人来ないよね。金髪で室内でも大きなサングラスしてた……」
「その人はほら、あれじゃん」
「あと黒髪で恋人を寝取られて脳を破壊された……」
「その人もほら、あれじゃん」
店主がわざわざ地球から取り寄せた品種改良されていない原種の葡萄を使ったワインをチビチビ飲みながら歓談に耳を傾ける。
他と比較して不味い訳でも美味い訳でもないワインは常連の客からも「ブルコスの鑑だけどそこまでするのは引くわー」と評判の品だった。
すると酒臭い息の中年男性が肩を組んでくる。
「兄ちゃん、どっかで見た事あるな。テレビとか出てる?」
「……私が生まれる前後に人気があったアスリートやアイドルじゃないかな」
素性を明かす訳にはいかないので適当に誤魔化すと今度も「あー、あるある」という反応が沸き起こる。
「俺もジョージ・グレン似になるように遺伝子操作されてるし。「ジョージ・グレンの告白」の真似が持ちネタ」
「私は当時のアカデミー女優。調整ミスで片目だけ色が違うけど」
人の負の側面を濃縮還元したようなこの場所の暗さがオルフェにとっては居心地が良い。
「優れた種だと驕って他者への侮蔑を隠さない幼馴染み達には正直ついていけない。けれどみんな洗脳被害者みたいなものだから見捨てるのも忍びなくて」
見た目だけでなく内臓の機能も優れているオルフェはよほどの事がない限り酩酊はしない。しかし場の空気に酔ったオルフェは普段以上に饒舌になっていた。
「価値観が合わないのは辛いよな。うちの職場は隠れザラ派が多くて……」
「偽者? のラクス様も好きだったけどなんか言い辛い空気あるよね」
「ふーむ。みんなケバブにチリソースをかけてるのに自分だけヨーグルトソースをかけるようなものか」
「個人的には唐辛子ソースが好き」
「私はマヨネーズ」
「味覚ないから分かんねーや! ハッハッハッ」
「俺もなーサーカスに売られて半ば洗脳の上、過酷な仕事を余儀なくされてなー」
「右を向いても左を向いてもヤバい組織があってウケる」
ガヤガヤ。
「人の愚かさゆえに我らは生まれた! 皆、愚か者だ!」
オルフェが叫ぶとバーの至るところから「そうだそうだ!」と賛同の声が上がる。
この連帯感はちょっと癖になりそうな小気味良さがある。店内は妙なテンションに包まれ、オルフェは訳も分からないまま近くにいた人間とハイタッチを交わす。
「まあ、私には理解のある優しい彼女がいるから耐えられるが」
さらりと告げると周囲は「ヒューヒュー!」と囃し立てる。
「彼女さんの写真とかないの?」
「写真……今はちょっと手元にはないな」
実際は携帯端末の中に容量の限界まで詰まっているのだが、どれも変装していない写真なので見せるのは躊躇われた(既にオルフェの素性を察しながら気付かないフリをしている客もいるようだったが)
「じゃあ有名人の誰々に似てるってのは?」
「……コンパスのイングリット・トラドール」
今度は「おおー!」という感嘆の声。
ここまで素直な反響があるとオルフェの方もイングリットとの日々を語るのはやぶさかではない。最近は駄犬系後輩のシンにすら若干鬱陶しがられるようになってきて披露する機会に飢えていたのだ。
友人から料理を習い、仕事で疲れていても美味しい手料理を振る舞ってくれた事。
寝起きで髪に寝癖がついているのを指摘したら恥ずかしそうにしたのが可愛かった事。
話が進むにつれて店内の片隅の温度がどんどん低下していくのを感じるもスルー。
が、東アジア共和国でチュロスを食べた話題に移った時、ガタリと幽鬼のような陰鬱な雰囲気を纏った三人の男が立ち上がる。
「惚気の流布はコルシカ条約違反だぞ!」
「先生が言ってた……良いコーディネイターはモテないコーディネイターだけだって」
「俺には分かる。告白して相手に拒絶されたら無理矢理押し倒すけど結局手は出せない半端野郎だよ、そいつは」
本来なら整った顔立ちなのだろうが今は醜悪な嫉妬に歪んでいた。
呪詛を吐く彼らを見たオルフェはふと一言。
「恋人を自慢して妬まれるのは優越感があるね」
その時、店内にいた客達は何かが切れる音を確かに聞いた。
「青き清浄なる世界のためにぃぃ!」と叫びオルフェに殺到する三人。
初動の速さこそ目を見張るものがあったが、椅子やテーブルの間はそう広くないので動きは悪い。一人の方がマシなんじゃないかと思いつつオルフェは軽くあしらう。
「ば、馬鹿な……」
「メンデル生まれの戦闘用コーディネイターである俺達がこんなにあっさり……」
「まさか貴様、スーパーコーディネイター!?」
「違うが」
スーパーコーディネイターなら早口の技術士官とイチャイチャして帰宅が遅れたせいで今頃は恋人の作った揚げ物と格闘中だよ、と内心で答えながら折り重なった三人の前にしゃがみ込む。
「君達だって見てくれは悪くないんだからその気になれば恋人も出来るだろ?」
オルフェとしては親切心からの言葉だったが三人は一様に顔をしかめる。
「は? 人間は見た目より中身だろ?」
「俺達はちょっと悲しい過去があって恋愛に臆病なんだよ!」
「リア充にしかない自然な心の余裕が苛つくぜ!」
持つ者に持たざる者の思いは分からず、持たざる者は持つ者を妬む。
オルフェと三人の間には地球とプラント以上の大きな断絶があった。
彼らはなおもオルフェに
「悪かったな。普段は気の良い奴らなんだが時々錯乱するんだ」
「マスター、ラクス・クラインの歌を流してくれ。こいつらそれで大人しくなるから」
「いえ、こういう馬鹿をやれるのは楽しいですよ」
なんだかんだでプラントやオーブの知人は真面目な者が多いのでおふざけが出来る時間は貴重だった。
「それよりさっきの続きを聞かせてくれよ!」
「どこまで話したっけ?」
「赤レンガ倉庫の前でポップコーンを貪るケバロリと会った所までだ」
「ああ、そこか。その後は大して面白い事もなかったが一応話そう」
その後、調子に乗ったオルフェは朝まで飲み明かし、イングリットを心配させた事にキレたラクスにカチコミされるがそれはまた別のお話。
※先生は「子供を作る気がないなら殺さないでやる」的な事を言ってます。寛大ですね。