「やあ、みんな。良い子にしてたかな? オルフェお兄さんだよ」
「えっと、イングリットお姉さんよ」
宗教の権威が低下したコズミック・イラにおいてもクリスマスは民衆の文化に溶け込んで今日まで存続していた。
12月25日の昼下がり、プラントにある養護施設。
そこにトナカイの仮装をした男とサンタの仮装をした女が白くて大きな袋を肩から下げつつ訪れていた。オルフェとイングリットである。
発端はラクスが企画したチャリティイベント。
ここ数年で急増している孤児や戦傷者の慰撫を目的としたもので、発起人は今頃ライブで美声を披露し、彼女に賛同した在プラントの有志は他の施設でプレゼントを配っている(キラやシンはそれに加えてオーブの戦災者を支援する基金に寄付をしていた)
『クリスマス。他者の罪を背負って死んだ男の誕生を祝う、旧人類の他人任せな在り方を象徴するような悪しき習慣』
そう発言してコンパスメンバーから顰蹙を買ったオルフェだったが養護施設への慰問ではこの男の力が役に立った。
一般の家庭ならいざ知らず、施設で生活する子供の中には遠慮してクリスマスに欲しい物を言えないというケースもある。
そんな子供の為にオルフェとイングリットはプラント中の施設を巡って彼ら、彼女らの心を読んで欲しい物をリストアップしていった。
プラント中の養護施設にプレゼントを配るとなると相応の予算が必要になったが、先々月に北京クレーターやポーツマス湾で武装蜂起した反コーディネイター集団の鎮圧にかかった費用と比べれば誤差の範疇であり、財務を担当したオルフェは人の世のままならなさを感じた。
施設の建物と門の間の広場に陣取ったオルフェ(トナカイ)とイングリット(サンタ)は人類最高峰の頭脳で走り寄ってくる子供の顔と望んでいたプレゼントを即座に照合してプレゼントを渡していく。
顔だけでなく全身で喜びを表現する子供達に心を和ませる二人だが、不意にこちらの様子を窺う視線に気付く。
両者が顔を上げて視線の元を辿ると養護施設の二階の窓に行き着いた。
そこには小さな人影が見えたが、二人の意識が向くと同時にさっと姿を消す。
「あれは……」
窓に目線を固定したまま呟くオルフェとは逆にイングリットは俯いて思案顔になる。
その理由に心当たりがあるオルフェは彼女が持つ袋を半ば強引に奪うと窓の方を顎と目線で指し示す。
「行くといい。向こうも君を待っている」
「……ありがとう、オルフェ」
会釈して建物に入っていくイングリットを見送ったオルフェはプレゼントの配布を再開しながら内心で視線の主に想いを馳せる。
あれが誰かは分かっている。この施設で暮らしている十歳ほどの少年だ。
──彼はレクイエムにより両親を亡くしていた。
職員の話では連れてこられた当時は毎夜泣き腫らし、今でもプラントが崩壊する光景を夢に見るという。
オルフェが欲しい物を尋ねても黙って首を横に振るばかりで、読心をしても両親に会いたいという一心のみ。
そういった過去があるからか、オルフェが見た限りでは一人でいる事の多い彼だったが、イングリットには多少なりとも心を開いているようだった。最初に会った時から親身に接していたしプライベートでも時折会いに行っていたのでその影響だろうか。
少年の悲しみを癒やす事はオルフェに出来なかったし、むしろ心の片隅では自分が他人にそこまでしなければならないのか? という疑問さえ抱いていた。似た境遇はプラントだけでも多数いるのに一人救っても仕方ないという厭世感情もある。
オルフェとは理由が異なるだろうが他のアコードも手を差し伸べたりはしない筈。
だからイングリットの優しさはアコードとは関係のない彼女自身の美徳だ。
──君には人の上に立つより隣で寄り添う生き方の方が似合っている。
大きくて丸い赤鼻の装飾を擦りながら彼氏面をするオルフェ。
そんな彼にプレゼント待ちの子供達は蹴りを入れた。
人工の大地であるプラントは12月であっても一定の気温に保たれ、更に室内なのだから快適でいられる筈なのにイングリットは寒さを覚えた。
彼女は一階と二階を繋ぐ階段の二段目に腰かけ、膝の上に少年を乗せる。
「お父さんもお母さんも言ったんだ……もうすぐ会えるって……」
肩を震わせて嗚咽を漏らす彼は実際の体躯よりも小さく感じた。
左腕を彼の体の前に回して支えていたイングリットは無言のまま右手で頭をゆっくりと撫でる。
この子の両親は息子がいる全寮制の寄宿学校に来訪する途中、乗っていたシャトルが崩壊するプラントの破片に巻き込まれたのだという。彼はその後、学校生活に馴染めずに退学。この施設にやってきた。
辛いだろう。苦しいだろう。
それなのに一緒に暮らす人達に迷惑をかけないよう、部外者であるイングリットにだけ彼はこうして悲しみを吐き出している。そもそもイングリットに対しても初対面時は礼儀正しくよそ行きの対応をしてきた。
コーディネイターの早熟さ故なのだろうが、とても健全とは言えない。
見て見ぬ振りが出来なかったイングリットだが、かといって彼女も劇的な対処が出来た訳ではなかった。
どんな言葉をかければいいのか。愛する人を喪った経験がない自分が何を言っても空虚にしかならないのではないのか。なまじ立場のある自分では逆に気を遣わせないか。
彼と向き合う時はいつもそんな事を考える。
研究所にいた頃もファウンデーションに辿り着いてからもイングリットに他者の慰め方を教える者はいなかった。アコードにそんなものは不要だと言わんばかりに。
けれど、分からないなりにイングリットは彼が悲嘆に暮れている時は後ろから抱き締めていた。言葉はなくとも傍らに誰かがいてくれるだけで救われる事もあるのだとイングリットは過去に経験したから。
ギルバート・デュランダルもアウラ・マハ・ハイバルも大儀や理想を謳いはしたがその過程で犠牲になる人々を顧みようとはしない。
それは為政者として正しいのだろう。一人の少年の為にこれだけ自分は懊悩しているのだから大勢に心を砕いてしまえば到底世界を導く事など出来ない。
それでも──愚かだと断じられようとこの生き方をやってみたいと思ったのだ。
取り零した幸せをもう一度得る事は出来ない。心の傷はずっと抱えて生きていく事になる。
世界は残酷で思い通りにならない事ばかりだが、決してそれだけではないと伝えなければならない。
これから彼が新しい幸せを前にした時、それに気付かなかったり臆して掴み損ねる事がないように。
「……ありがとう、会いに来てくれて」
当初は嵐のように悲しみが渦巻いていた彼の心が徐々に凪いでいくのを感じる。
今はまだ一時的なものだろうが確かな進展だ。
「ケーキを用意してあるけど、食べる?」
「……うん」
イングリットの方を向いてこくりと頷いた少年を立ち上がらせ手を引く。
彼は独りではない。ここの職員も子供達もいつも彼を気にかけている事を知っている。だからいつか必ず前を向いて歩き出せると信じる。
リビングではオルフェが子供達に揉みくちゃにされていた。角の装飾も心なしかヘタれて見える。
「なー、オルヘー。ラキスケって何?」
「ラキエータスケイル。新開発されたMSの推進装置の事だ。……嘘だが」
「ねぇねぇ、オルフェラムタオのオルとムタオってどういう意味?」
「オルはフランス語で金を意味するOr。ムタオはドイツ語で勇気を意味するMutと極東で男性を意味する語句を組み合わせた造語。もちろんこれも嘘だよ、お嬢さん」
「年明けからのニューヨーク株式市場はどうなると思う?」
「フォスター大統領がプラントやオーブとの協調路線を維持している間は大幅な下落の可能性は低い。サウスカロライナ州からメイン州の復興事業に投資すれば莫大な利益が見込めるが、下火になったとはいえテロリストの活動も確認されているのでリスクが無視出来ない」
「タオ閣下って今までどんなクリスマスプレゼントを貰ったの?」
「……残念ながら一度も貰った事はないな」
「なんで?」
「君達と違って私が悪い子だったからかな」
質問攻めにされているオルフェを尻目に職員や里親希望の大人がテーブルを並べてケーキを配膳していく。
その過程で邪魔にならないように移動しようとした子供達はリビングの入り口にいるイングリットと少年を発見して駆け寄る。
「あ、来た来た!」
「大丈夫? 無理してない?」
「お姉様に変な事してないでしょうね」
「もっと早く来てたら面白いのが見れたのに。ユーラシアを手玉に取った宰相様がみっともなく地面に這い蹲る姿がよぉ!」
イングリットはそっと手を離して後ろに下がり、みなに囲まれた少年を見守る。
円状に並べられたテーブルにつき、両隣や向かいの相手にぎこちなくとも笑みを浮かべる少年。それは最初に会った時の上辺だけ取り繕った笑みより遥かにイングリットを安心させるもので。
オルフェに誘われて事前に味の下見をしていたが、今食べるケーキはその時より美味しい気がした。
クルーゼ「世間はクリスマスだというのに働き者はいるものだね」
今からでも種死時代の詳細な年表を設定してほしいと思った今日この頃。
ギャグは寒かったかもしれませんが、クリスマスに重い内容ばかり書いてると自分の心が持たなかった。
エタってる本編の方ですがなんとか完結させたいと思っています。でもビームサーベルでのチャンバラ禁止がきっつい……