「モビルスーツ小隊の秘訣を私に問おうとは、愚問も甚だしい。無礼とすら言えよう」
「オルフェ様、流石にそれは……」
「導きの才ある者に連携など不要。我が側にイングリットさえあればいいのだ」
「ああっ、オルフェ……(頬を染める)」
白と金の軌跡が縦横無尽に宇宙を奔る。
それは幾度も交錯しながら漆黒の闇に二つの光条を刻む。
「──っ」
愛機ブラックナイトスコードカルラで支援機と合体したフリーダムと対峙していたオルフェは戦闘中にも関わらず一瞬自失した。
高出力のビームで体を焼かれ爆散するシュラ・サーペンタインのイメージが脳内を駆け巡ったからだ。
「オルフェ様!」
複座の後方にいるイングリットの悲鳴混じりの声。彼女もオルフェと同じ光景を見ていたのだろう。
まさかシュラが敗れるとは。オルフェが歯噛みした直後、
<お、おい、もう勝負はついた。投降してくれ>
怨敵たるキラ・ヤマトからの通信。
傲慢甚だしいが勝敗は決したという判断は客観的には正しいのだろう。
ブラックナイツは全滅。グルヴェイグも沈み、母たるアウラも生きてはいまい。
孤立無援。だがオルフェの心は不思議と凪いでいた。あるいは、こうなることをずっと望んでいたような……
「導きの才ある者に連携など不要」
ふと、そんな言葉が口をつく。
異なる思想、価値感の対立によってC.E.は混迷を極めた。みな、協調や融和、妥協を知らない強欲者ばかり。博愛や労りなど既に紙の上にしか残っていない概念だ。
ならば世界を統べる者は一人いればいい。
こちらの大義を理解しなかったラクス・クラインも不要。与えられた才能を間違った方向にしか使えない出来損ないと宇宙の塵になればいい。
出来るのか?
オルフェの中の冷静な部分が問いかける。シュラと二人がかりでも手間取った相手を単騎で倒せるのか。
出来る。
即座に断言する。単騎ではあるが一人ではない。
「我が側にイングリットさえあればいいのだ」
「ああっ、オルフェ……」
熱を帯びたイングリットの歓喜の声が耳朶を打つとオルフェの心中に形容しがたい感情が溢れる。
それが何なのかオルフェには理解出来なかったが、忘れることはあっても捨ててはいけないものな気がした。
オルフェ・ラム・タオにとって唯一絶対の価値基準は必要とされるか否かだ。
イングリットもカルラの火器管制に有用だから乗せている。少なくとも彼の自認はそうなっていた。
けれど、ことMSの操作においては他のアコードでも同じ役割をこなせる。むしろ普段から訓練を積んでいるブラックナイツの方が向いている筈だ。
そう指摘されるとオルフェは『専用のMSを遊ばせてまでカルラにブラックナイツを乗せるのは戦力ダウンに繋がる。故にイングリットが適任だ』等と主張したかもしれない。
一つの事実として彼はカルラにイングリット以外を乗せたことはない。
結局の所、オルフェ・ラム・タオはイングリット・トラドールに強い執着を抱いていて、それは一般的に「愛」と呼ばれるものだった。
モニターに表示されるフリーダムの全身が黄金の光を放つ。その光輝を目に焼き付けながらもオルフェの口端から小さく息が漏れ、やがて獰猛な笑みを形作る。
こけおどしだ。
あの発光は機体各部のフレームに尋常ならざる負荷がかかっていることを意味する。追い詰められているのはあちらの方なのだ。
──傍らにイングリットがいる限り私に敗北はない!
心の中で言い放った瞬間、意識の奥底で何かが弾け、感覚が一気に研ぎ澄まされる。
カルラの両腕を交差させて引き抜いた強化刀を生身で持っているかのような一体感。そして機体を完全に掌握した全能感に満たされながらカルラを駆動させる。
スロットルレバーを押し込むと白亜のMSはスラスターから噴射炎を撒き散らしてフリーダムへ向け疾駆。オルフェの覇気に呼応するようにイングリットが指をコンソールに滑らせると専用のドラグーン、サハスラブジャが一斉に射出される。
応戦するべくビームサーベルと実体剣を構えたフリーダムに天稟たる戦闘術が暴威を振るう──
「──という夢を見たんだ」
昼下がり、アプリリウス市にあるコンパス本部の食堂。
そこで今朝の夢を語って聞かせると対面に座っていたシン・アスカとルナマリア・ホークは食事の手を止めながらキョトンとした。
オルフェの隣で卓上のコーヒーカップを包み込むように持っているイングリットも朝食時にオルフェが夢の話をした際には同様の反応を示した。
逆の立場ならオルフェもそうだったに違いない。それだけトンチキな内容だった。
シンとルナマリアは互いに顔を見合わせたが、やがて意を決したようにオルフェに向き直る。
「夢ってそういうものかもしれないですけど、出てきた全員口調が変でしたね」
「イングリットさんってオルフェさんのことを「様」付けなんてするんですか?」
ルナマリアの問いにイングリットは困ったように小首を傾げる。
「状況によりけり、かしら。以前ラクスのことをそう呼んだこともあったから」
「そうなんですか」
相槌を打ちながらもルナマリアはピンと来なかった。彼女から見たオルフェとイングリットは互いを尊重して対等に映っていたから、上下関係を意識させるような言葉は似合わない。
オルフェがイングリットにゾッコンというのがコンパス女子の共通認識(それに加えて、恋人への心配りを忘れないオルフェの態度を一割でもいいから隣の唐変木が見習ってくれないかなとルナマリアは思っていた)
イングリットに畏まられたり距離を置かれたらオルフェはかなりショックを受けそうだ。
その唐変木は空になった食器を脇にどけると両肘をテーブルにつけて僅かながらにオルフェの方へと身を乗り出す。
「才能の有無と連携の要不要って繋がってないような気がしません? ワンオペでもするんですかね」
「それは私も気になっていた」
「オルフェさんって現実でも自分に導きの才? があると思ってるんですか?」
シンの直裁な物言いにオルフェは苦笑。しかし許してしまう愛嬌があったし、遠慮のない態度が親愛由来だと分かれば悪い気はしない。
「いや? 人類の中でも下から数えた方が早いくらい適性がないと思っているよ」
導きの才。オルフェに言わせればそれはどこかの神官気取りや女王擬きが夢想した理想の残骸。
そんなものはイングリットと手を取り合ったあの日にファウンデーションに置いてきた。
今のオルフェにとってはランチタイムの雑談に消費する程度のものでしかない。
「導きの才ある者に連携など不要」
わざと尊大な声色を作って再演してみせるとシンとルナマリアは周囲の迷惑にならないように忍び笑いを漏らす。
横のイングリットは澄まし顔だが肩は震えていて、それを見て取ったオルフェに悪戯心が湧き上がる。
「我が側にイングリットさえあればいいのだ」
続きも告げるとイングリットが照れた様子で顔を俯かせたので(勝負でもなんでもないのだが)オルフェは勝ち誇る。
対面のシンとルナマリアはオルフェの顔にも微かに赤みが差したことに気付きながらも、このカップルのイチャつきを黙って見守ることにした。
後日、談話室にて。
「導きの才ある者に連携など不要! 我が側にイングリットさえあればいいのだ!」
「ああっ、オルフェ!」
大仰な仕草で声を張り上げるヴィーノ・デュプレと両手を胸の前で組んで感極まった声を上げるアグネス・ギーベンラート。それを見て笑うコンパス所属の軍人軍属。
コンパスではしばらくの間「導きの才」ごっこがブームになるのだがそれはまた別のお話。
テンポが悪くなるし話の軸がブレるので没にしたやり取り。
「オルフェさんと隊長が殺し合いなんてイメージ出来ないですね」
視線はオルフェに固定したまま、手に持ったフォークで手元のサラダを突っつくシンの言葉にオルフェは肩をすくめる。
「そうでもない。昔はキラ・ヤマトを嫌っていた時期もあった」
「そうなんですか?」
意外そうな顔になるシン。彼ほど露骨ではないが隣のルナマリアも同じ気持ちだった。
オルフェとキラは気心の知れた関係に見えて一部の女性隊員からも人気だったのだ。
「親同士が不仲でね。母からよく彼の悪口を聞かされたものさ」
「毒親じゃないですか」
「……怠惰な人間が嫌いな人だったからね。彼女からしたら今の私も怠惰なのだろうが」