愛の逃避行 長距離、重バ場(メジロアルダン)   作:激辛党

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プロローグ

 メジロ家のウマ娘が一堂に会することは、実のところ珍しい。

 同じ家名を持つ者同士とは言っても、全員が直接の血縁関係にあるわけではない。各々には当然異なる両親がいて、それぞれの家庭を持っている。もちろん学園でのチーム分けも別で、トレーナーとの専属制約なども個々人の自由。必然的にトレーニングメニューも変わってくるため、皆で一緒にターフを走る事も実際はそう多くない。つまるところ、世間一般で言う『兄弟姉妹』のような関係とは少々事情が違うということだ。

 ただしメジロラモーヌは一部の例外で、私の実の姉だ。彼女は現在、海外に遠征中で、学園どころか実家にすら数年以上帰っていない。メジロのおばあ様よりのお呼び出しがあった今回の会合も、やはり欠席するとの連絡が入っていた。

 大広間に置かれた長テーブルの右端の席、誰も座らないそこを見つめて「残念ですね」と私は小さく呟いた。

「日々、それぞれの目標に向けて邁進するメジロのウマ娘がこれだけ集ったというのに」

「まぁさすがに無理でしょ。こんなに急な話じゃ飛行機の予約なんて取れるわけないだろうし」

 すると隣に座るパーマーが相槌を打ってくれる。彼女は席についている一同を見渡して続けた。

「むしろその他全員は揃ったって方が驚きというか。ほらライアンさんとか、ライブイベントの準備あったって聞いてるけど……?」

「あーそこは心配しないで。アイネスに応援を頼んだから。それよりドーベルは? 最近、忙しそうにしてたじゃない。締め切りに間に合わない~って言ってたよね」

「ちょっ、ライアン!? あれはだからその違くって……! 課題のことなの! 学園の」

「ペンタブレットを使う課題なんて、先生は出されていましたかしら……? それにあのイラストほわぁっ」

 ブライトに飛び掛かってその口を塞ぐドーベル。仲睦まじい二人の姿に思わず微笑んでいると、コホンとわざとらしい咳払いが響いた。

「皆さま、少々騒がしいのではなくって? 間もなくおばあ様がいらっしゃるはずですわ。きっとメジロ家にとって大事な話なのでしょうから、落ち着いた姿勢で臨みませんと」

 生真面目な声でそう告げたのはメジロの筆頭格ことマックイーン。年齢こそ中等部とまだ年若いが、数々のレースを経て備わった風格はまさに良家の子女と言うに相応しい。いかなる時でも毅然として、冷静沈着なその振る舞いは学園でももっぱらの評判。同家の私としても非常に鼻が高い。

 彼女の鶴の一声を皮切りに、私を含む皆はお喋りを止めて居住まいを正した。静かになった大広間で、壁際の大きな置時計がカチコチと独唱する。古びた木製のそれは、こまめに手入れされているせいか、幼少期に見たそのままの姿を保っている。

 何代も前のメジロ家当主が、海外のとある貴族から譲り受けたという歴史ある一品。メジロの名を持つ者は全員、あの秒針を聞いて育ったといっても過言ではなく、かくいう私もその一人だ。

目にするだけで「ああ、お屋敷に帰って来たんだな」という郷愁が押し寄せる。とりわけデビューしてからというもの、ここ数年はずっと学園寮で寝泊まりしていたから、その想いもひとしおだった。

 長針と短針が示す時刻は十七時三十分。秋も更けてきたこの季節、太陽は遠く空の向こうに陰って、お抱えの庭師が誇る大庭の花壇も深い色合いに沈んでいる。少しだけ肌寒さを感じた私は、着ていたカーディガンの前をしっかりと閉め直した。

「それにしても遅いな。おばあ様、本当にどんなご用事なんだろう。アルダンさん、寒いなら暖房を入れましょうか?」

「お気遣いありがとうございます。けれどご心配なく。この通り厚着してきましたので。ただ、おばあ様のご用件については私も見当もつきませんね。なにか急用があったとしても、この時間なら明日に回しそうなものですが……」

「そこはわたくしも不思議ですわ~。昨夜いきなり招集連絡をいただいたかと思えば、集合時間自体は未定。ようやく決まったのが今日の昼間で、十七時からされるとおっしゃられていましたのに。あのおばあ様が約束の時間をおざなりにされるだなんて、前代未聞のことですわ」

 ブライトの言葉に皆がうんうんと首を頷かせる。現メジロ家の当主こと『おばあ様』は自他ともに認める厳格な性格で、中でも時間についてはシビアさを極めている。いわく『レースに立ち向かう競争バたるもの、一分一秒たりとも疎かにするべからず』とのこと。

 おっとりした性分のブライトが、おばあ様に苦手意識を持ってしまうのも無理からぬことだ。しかしトゥインクルシリーズを三年間戦った今となっては、それも幾分か解消されつつある。

「思いつく可能性としてはやっぱあれ? スピード重視のレース界に対するスタンスがどうとかの。ほらスズカさんが宝塚記念に出た時とかと同じような」

「それも今更だと思うけど。だいいち、こんな時間に呼び出してする話じゃないよね」

 言い合うパーマーとライアンに、控え目にドーベルが「もしかして」と割って入る。

「新しいメジロ家の子を迎える……だったりして。もうずっとやってなかったし、そろそろあってもいいんじゃない?」

 途端に、その場にいたドーベル除く全員がぎょっと顔を見合わせた。

「有り得……ないとも言い切れませんわね」

「うん。そう言えばもう五年以上はやってないはず。今後の展望を考えるなら、むしろやらなきゃ不自然なくらいだよ」

「ほわぁ……。新しいメジロの光の誕生ですわ」

 思い思いの表現で沸き立つテーブルに座っている一同。相変わらずのへにゃへにゃとした笑顔を湛えているブライトを見ながら、果たしてそうだろうかと私は内心、首を傾げた。

 長年に渡って何人もの名バを産出してきたメジロ家では、親族以外のウマ娘を養子として迎え入れる風習が確かにある。血族のみにこだわっていては適正が偏ってしまう。

その考えのもと、かつては何人かのウマ娘がメジロの家名を貰ってお屋敷の門を潜った。だが、それも今は昔の話だ。

 勝利至上主義、つまり『メジロ』の名を持つ者が勝てればそれでいい――。おばあ様はそういった考え方を明確に嫌っていた。脈々と受け継がれた高祖の想い、血を直接に受け継いだ者のみが、メジロを名乗るに足るのだと。

 私の記憶している限り、おばあ様が現当主になってからというもの、血族以外で新たにメジロになった者は一人としていない。それはこれからも変わらないだろう。

「なら今から顔見せとかあったりするかも。どうしよ、あたしちょっと緊張してきたかも。もう少しきちっとした服、着てきた方が良かったかな」

「大丈夫だって、変に気取った格好じゃなくて、普段通りのドーベルを見せた方がいいよ」

 しかし皆は完全に養子説を信じ込んでしまったらしく、テーブルは先ほどより一層騒がしくなっていく始末。見かねたマックイーンが「皆さん、ご静粛に」と再び一喝するに至って、ようやくテンションが戻った。

「貴顕たる者は常に余裕をもって優雅であらねばなりません。仮に新たなメンバーをここに迎えるとしたら、なおさらそうです。栄えあるメジロ家はやはり違うのだ、というところを見せませんと」

「さっきからどうしたのマックイーン、今日はいつにも増して気合が入っているように見えるね」

「あ、当たり前ですっ! おばあ様からの直々のご招集なのですよ! というか皆さんの方が抜けすぎなのです。学園でのおちゃらけた雰囲気がダダ漏れですわ」

 全く、恥ずかしいことこの上ありませんわね……と続けるマックイーンに、皆が示し合わせたかのように目配せし合う。

 一族の中でも飛び抜けたレース成績から、彼女こそがメジロの総代表だと言う声も多い。学園内外からの期待を一身に背負う彼女としては、久々にまみえるおばあ様にはぜひ良いところを見せたいのだろう。ここは彼女の顔を立ててあげるのが年長者の務めか。

 今度こそ場は完全に静まり返って、皆はおばあ様の到着をただひたすらに待つ。一分また一分と焦れったい時間が過ぎていき、ついに大広間の扉が開かれる時がきた。中へ入ってきたのは色素の抜けきった短髪をウェーブに流した痩身の女性。この場の誰もが待ち望んでいた、メジロ家当主ことおばあ様その人だった。その後ろから素早くメイドが後を追って入ってきて、長テーブルの一番奥に位置する席を引く。楚々とした仕草でおばあ様はそこへ座ると、

「皆、揃っているようですね。こちらが指定したにもかかわらず、かように到着が遅れてしまった非礼をまず詫びましょう」

 開口一番そう言って頭を下げた。

「いえいえ決してそのような! おばあ様がご多忙の身であることは、私ども全員が重々承知していることですわ。どうかお顔を上げてくださいませ」

 慌てふためくマックイーンに、おばあ様は「では」と短く応えて姿勢を戻した。同時に露わになった彼女の表情に、私は思わず息を呑んだ。のっぺりとした白面で、何の感情も窺えない。おばあ様が人に内面を晒すような人物でないことは知っているが、それにしても違和感のある様相だった。少なくとも、吉事を伝える時にする顔ではない。

 しかし、おばあ様の異変に気付いたのはどうやら私一人だけだったらしい。ドーベルやブライトはもちろん、ライアンも平然としたまま「そうです、お気になさらないでください」などと言っている。

「そう言ってもらえると気が楽になります。さて、時間も押していることですし本題に入りましょうか……と言いたいところなのですが、その前に」

 おばあ様は喋りかけた話を何故かすぐに止めてしまうと、ちらり、と近くの席に座るマックイーンに視線を移した。

「マックイーン、あなたに尋ねたいことがあります」

「はいっ! 何でございましょうか、おばあ様」

 ぴん! と音が聞こえるんじゃないかという勢いで耳を立てて、元気良く応えるマックイーン。レース成績のことか、学業のことか、はたまたドーベルの予想通り新たな養子か。期待と不安で、傍目に見ても緊張一杯の彼女に向かって、おばあ様はゆっくりと口にした。

「晩御飯はまだ食べてはいませんか?」

「は! えっ……はい? 今なんと?」

「ですから、晩御飯をまだ取ってはいませんか? と聞いているのです」

 それでもまだ意味が分からないらしく、マックイーンは目をぱちくりとさせている。埒が明かないと見たか、その隣のライアンが助け舟に入った。

「えっと、休みってこともあってマックイーンとは昼前からずっと一緒にいたけど、ご飯を食べたのは学園の食堂で最後です。だから晩御飯はまだです……だよね、マックイーン」

「え、ええはい。そうです。しかしおばあ様、それがいったい何だと……?」

 彼女の困惑をよそに、おばあ様は軽く手を叩いて先ほどのメイドを再び呼んだ。私達にも聞こえる声で、矢継ぎ早に指示を出す。

「今いるコックを全て動員させなさい。材料も使い切って構いません。現在可能な最高レベルの料理を、作り得る限界の量まで調理するのです。和洋中、種類はいずれも問いません。とにかくできることを全てやりなさい」

 メイドは途中まで大人しく聞いていたが、『限界の量』あたりでさすがに仰け反った。それは無論、私達も同じで「は!?」という声が一斉に重なる。

「どどどういうつもりですか、おばあ様。そりゃ確かに私も晩御飯はまだですけれども。だからってそこまでやらなくても……」

 普段はあまりおばあ様とは話したがらないパーマーが、珍しく真っ向から止めに入る。だがそんな言葉もまるで意に介さず、おばあ様は言った。

「昼から一食も取っていないのでしょう。大丈夫、六人ものウマ娘がいればこの屋敷に保存している分くらいは無くなります。もし無理だったとしたら、使用人に分ければいい」

「いやそういうことじゃなくって、なんでそんなことをやるのかをですね」

「簡単なことです」

 おばあ様はスッと優雅に席を立つと、ごく自然にマックイーンの頭の上に手を伸ばした。虚をつかれて固まったままの彼女、その銀色の髪を優しく撫でる。

「この子の顔に『お腹が空いた』とあまりにでかでかと書いてあるものですから」

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