愛の逃避行 長距離、重バ場(メジロアルダン)   作:激辛党

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不穏な申し出

 厨房へと足早に駆けて行ったメイドを見送ること、僅か十分後。大広間の長テーブルの上にはもうオードブルの盛り合わせが並べられていた。

 いくらメジロお抱えのコック達とはいえ、あまりに対応が早過ぎるのではないか? 不思議に思った私が給仕をしていたメイドの一人に訊いてみると、彼女はやや息を切らした声で答えてくれた。

「お嬢様方がお屋敷に戻って来た際には、いつでもお食事を始められるようにと、あらかたの準備は済ませてあるんです。ただ今回はそれにしても急な話でしたので、十分ものお時間を頂くことになってしまいました……。誠に申し訳ありません」

 恐縮そうにしている彼女に、「全然問題ありませんよ」と私は笑って返した。さすがはお屋敷の厨房、通常通り事前に夕食の時間を伝えておけば、すぐにでも配膳できたということか。だがそうなってくると、おばあ様の言動がことさら不可解に思えてくる。

 マックイーンがお腹を空かせているのはいつものことだから良いとしても、なぜいきなり彼女にたらふく夕食を振舞うという発想になったのだろう。そもそも私達が集まったのは、他ならぬおばあ様が『重大な発表があるから』と招集をかけたからだ。それは間違いなく緊急性の高い用事であるはずなのに……。

 私は色とりどりの大皿から顔を上げた。テーブルの最奥に座ったおばあ様は目下のところ、ほど近い席のマックイーンとライアンと談笑している最中だ。

「どうですか、マックイーン。屋敷で夕食を取るのはずいぶんと久しぶりだったとおもいますが」

「とっても美味しいですわ! この蒸し鶏のサラダはスパイシーな味付けで抜群ですし、生春巻きの方は入っているエビが新鮮でプリっとしていて……もういくらでもいけますわね! この三年間、学園の食堂や商店街で多くの料理を食べてきましたが、やはりメジロのお屋敷が一番です!」

「あはは……マックイーン、食べるか喋るかどっちかにしたら? 口元が汚れちゃってるよ」

「っ! い、いけませんわね。私としたことが。お見苦しいとこを失礼しました、おばあ様」

「あらあら、いいのですよ。あなたは育ちざかりなのだから、たくさん食べるのが一番です。ライアンも遠慮せずに。ただ、今日はとっておきのフィレ肉があるとのことでしたから、そのためにお腹は残しておきなさいね」

「本当ですか、おばあ様! ううう、でもこのチーズオムレツも捨てがたいですわ、いったい私はどうすれば……」

 悩むような素振りを見せつつもフォークを操る手は止まらず、マックイーンはパクパクと眼前の皿を片付けていく。まさにウマ娘らしい凄まじい食欲だが、それでいてお嬢様らしい上品な作法は保っているのだから驚嘆する他ない。付け合わせのミニトマトを口に運びながら、そんな可愛らしい彼女を眺めていると、隣のパーマーがちょいちょいと肘でつついてきた。

「どうしたのアルダンさん、あんまり進んでないじゃん?」

「私は元からあまり食べる方ではありませんから。そう言うあなたにしても、まだサラダに手を付けただけではありませんか」

 意外にも慎ましやかな彼女の食事ぶりを見て、そう言葉を返すとパーマーは苦笑した。

「いやさぁ……さすがにこの状況で、マックイーンみたく元気に食べるのは私には無理。だって明らかにおばあ様、何か隠してるっしょ」

「やはりそう思います?」

「ってことはアルダンさんも……?」

「ええ。この夕食は一種の時間稼ぎなのではないかと」

 二人して頷き合っていると、向かい側に座っているドーベルもそれとなくこちらへ視線を移動させてくる。彼女も同じく料理にはあまり手を付けておらず、春巻きのほとんどをマックイーンにあげていた。

「ねぇ、そろそろ突っ込んだ話をした方がいいんじゃない? おばあ様のご厚意を裏切るようで悪いけど、このままじゃどんなに美味しくても喉を通らないっていうか。……ブライトはどう思う?」

「わたくしは……別に構いませんわ~。皆さまが楽しくお食事しているなら、それでいいのでは?」

「それどっちの『構わない』よ……。はぁ、まぁいいわ」

 ドーベルは意を決したように持っていた食器をテーブルに置いた。おばあ様にこの会合の真意を問うつもりだろう。それに先んじて「待ってください」と私は彼女を右手で制した。

「え、だって――」

「ここは私に年長者としての務めを果たさせてください。あのおばあ様が口を渋るようなことなのですから、生半可な事ではないのでしょう」

「分かりました。アルダンさんに任せます」

 そう答えるドーベルの瞳はしかしゆらゆらと揺れていて、言葉とは裏腹に不安がっていたことが良く分かる。それはブライトやパーマーも同じはず。私は深く息を吸い込んで「おばあ様」と真正面に彼女を見据えて言った。

「私達のためにこのような晩餐を用意していただき、大変嬉しく思います。しかしまだ今回のご招集の用件を――」

「ライアン」

 声は届いているだろうに、おばあ様は私の発言を途中で遮ってライアンの方を向いた。困惑している彼女の皿に、ひょいひょいと自分の前菜を移していく。

「あなたもたくさんお食べなさい。最前線は退いたそうですが、まだ筋肉トレーニングは続けているのでしょう。ササミ肉は高タンパクだから最適でしたよね」

「い、いえおばあ様。こんなには食べられないっていうかその……。今はアルダンの話を聞いてはいただけませんか」

「そうだ、食事が終わったら屋敷の屋内ジムに行きなさい。あそこの機材は全て最新で揃えてあって、あなたもお気に入りだったでしょう? 今日は特別に、好きな物を学園に持ち帰っても良いですよ」

「えっいいんですか!」

 いきなりの申し出に目を輝かせるライアン。学園のジムにも質の良い機材はあるにはあるが、個人用ともなれば話は別だ。面倒な順番待ちや場所の確保から解放されるとすれば、それはライアンにとってこの上ないプレゼントだろう。だが今はそれどころじゃ――。

「あなたもです、ドーベル。以前からディスプレイの大きなノートPCが欲しいと言っていましたよね。あなたの部屋に行ってみなさい、机の上に用意しておきました。なにぶん急ぎだったもので、開封や初期設定などは間に合いませんでしたが……」

「ほんと!? 嬉しい、ありがとうございます、おばあ様!」

 黄色い声をあげてドーベルが身を乗り出す。満面のその笑みからは、おばあ様への不信感は完全に失われていた。なんだか非常に嫌な予感がして、私がブライトに目を向けると案の定おばあ様は彼女の名前を呼んだ。

「ブライト。トゥインクルシリーズに挑戦している間も、マキちゃんとキューちゃん……でしたか? あのお人形達のことを気にしていましたよね。職人にオーダーメイドして、新しい衣装とアクセサリーを作らせました。ぜひ、それで着飾ってあげなさいな」

「おばあ様……」

 感動のあまり言葉にするのが間に合わないのか、そう言ったきり口をぽかんと開けてしまうブライト。次々とまさしく懐柔されていくメジロの妹達に、焦燥感を覚えた私はとっさに席から立ち上がった。

「いったいどういうおつもりですか……? いかに名家の令嬢とはいっても、メジロの本分はレースでの勝利。華美な贅沢は控え、鍛錬に日々明け暮れるべきとはおばあ様の言葉だったはずです」

 そんな私の反論はまるで耳に入らないかのように、最後のパーマーへと話はトントン拍子に進む。

「パーマーはフリースタイルのレース場に、簡易シャワーや更衣室が欲しいと言っていましたね。少し土地の所有者との協議に苦労しましたが、どうにか設置許可を取ることができました。早ければ一週間後にも出来上がるはずです」

「うっそマジ……!? やば、割とガチ目に泣きそうなんだけど」

 両手で口元を抑えて驚く彼女の横を通り過ぎ、私はテーブル奥のおばあ様の元へ歩いていく。食事中に立ち上がったばかりか、席を離れるなどマナー違反も甚だしい行為だが、もはや黙って見ていられない。推理、あるいは直感とも言うべきか。おばあ様のこの一連の不可思議な厚意の裏側にあるモノの正体に、私は薄々気付き始めていた。おそらく……おばあ様が皆を集めて言わんとしているのは……私達にとっても、到底受け入れ難い『ある』事実のはずだ。

「アルダン。あなたには……そうですね。あなたはあまり自分の欲しい物を口にしない子でしたから。申し訳ないのだけれど、望むようなプレゼントを用意することはできませんでした」

「いいえおばあ様、私はずっと昔から、生まれた時からおばあ様に――メジロ家に返し切れないほどの恩を頂いております。でなければ、この脆い身体でレースを三年も戦うなど夢のまた夢だったことでしょう。ですからそのような取り計らいは、失礼ながら身に余ります」

「そう……。本当に欲の無いことですね。けれど私からすれば、あなたも皆と同じ歳ごろの少女なのですよ? よくよく考えれば、欲しい物の一つくらいはあるのでは? 時にはこの子のように、自分に正直になってみるのも可愛らしくて良いことです。そのような幸運は人生に何度とあるか分からないものですよ」

 おばあ様はそう言って、無邪気に目の前の料理を頬張っているマックイーンを見やった。いつの間にかオードブルからメインディッシュへとメニューは変わって、お待ちかねのステーキにありついている。

目を細めた満開の笑顔の彼女は幸せの絶頂といった様子だ。それを目の当たりにして、私のお腹の下の方へと重たい感情がどっと落ち込んでいく。だめだ、やっぱりこれ以上は言葉にならない。

 黙るしかなくなった私から視線を背けて、おばあ様は再びマックイーンに話しかけた。

「どうです、コックが太鼓判を押していた究極のフィレ肉とやらは。美味しいですか?」

「はい! もう最高ですわ!」

「それは良かった。しっかり味わって食べてくださいね」

 そこでたっぷりと間を置いた後、おばあ様はついに告げた。

「あなたにとって、これこそはまさしく……メジロ家、最後の晩餐となるのですから」

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