愛の逃避行 長距離、重バ場(メジロアルダン)   作:激辛党

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釈明会見

「どういうことです、マックイーン」

 トレーナーと二人並んで座る、リムジン特有の広い後部シート。席を隔てて前側に座っているマックイーンが応える。

「どうもこうもありませんわ、アルダンさん。むしろ私の方がお尋ねしたいのですが、あのままいったいどこへ逃げおおせるつもりだったのです?」

 返答に詰まる私。その間もリムジンは高速でタイヤを回し続ける。向かう道先はすぐに分かった。なにせ事あるごとに通って来た通学路だ。私とトレーナー、そしてマックイーンを乗せたリムジンはメジロのお屋敷へ向けて真っ直ぐ進んでいた。

 仏頂面の執事が急に現れたと思ったらすぐこれだ。彼は有無を言わさず私達を傍に止めてあったリムジンへと連れ、無言の圧力で後部シートへ押し込んだ。後はもう見ての通りでお屋敷へと強制送還の流れ。死に物狂いで目黒源蔵氏の手から逃れたと思ったのに、今度はメジロ家が出てこようとは……。

だが、冷静に考えてみれば当然の事なのか。目黒との婚姻は、両家の合意あって成立しているのだから。

「……私を騙したのですか」

 それでも恨み言を言うのは止められなかった。マックイーン、これまで一緒に走り、学園生活を送ってきた大切なメジロの姉妹分。彼女だけは味方だと思っていたのに。

「そんなわけありません!」

 しかしこの表現は彼女にとっても心外だったようで、シートの上からひょっこり顔を覗かせて、マックイーンは言った。

「私がお二人を裏切るような事をするとお思いですか! 私は単にお二人を安全なところまでご案内したいだけです!」

 言われてみればその通りだ。メジロのお屋敷以上に、この街で安全な場所は無いだろう。私は慌てて「すみません、言い過ぎでした」と非礼を詫びたが、マックイーンの気は収まらない。

「まったく……! そもそも私があのタイミングで来ていなければ、どうなっていたと思います? アルダンさんはかの野蛮な男に囚われの身となり、トレーナーさんは下手をすれば海の藻屑。それはもう悲劇的な末路を迎えたに違いありませんわ!」

「ええそれは言い過ぎじゃないか……?」

 シートの隅で居心地悪そうにしているトレーナーが呟いた。ちなみに彼はスポーツウェアから、執事の用意していたジャケットに半ば強引に着替えさせられている。そのサイズがぴったり合っていたことに彼は非常に驚いていた。しかしその点は私自身も深く関わっているので、あまり詮索しないで欲しいのが実情だ。

 それはまぁともかくとして、私は「言い過ぎではありませんよ」とトレーナーをたしなめた。

「目黒源蔵氏は、あのままいけば確かにトレーナーさんを害していたでしょう。そういう意味では、私達はやはりマックイーンに感謝してもしきれませんね」

「そうですわよね!? あの浜辺で一時間に渡って待機していた甲斐がありましたわ。誰もいない砂浜で一人きり……おばあ様からの直々の指示でなければ、さすがの私でも投げ出していたやもしれません」

「おばあ様、ですか」

「ええ。あの晩餐からずっとこの方、おばあ様はアルダンさんのことをひどく気に掛けていらっしゃいましたから」

 色々なことが腑に落ちた。交渉の関係上、おばあ様は目黒源蔵氏とある程度の繋がりを持っていたはず。地下道のことも聞き及んでいたことだろう。そのため私の逃走ルートを予測できたのか。

 ならばどうしてこのタイミングで、私をメジロのお屋敷に連れ戻そうとしている? マックイーンは私達の安全確保のためと信じ切っているようだが……。

 うなじの毛が逆立つのが分かった。どうしても嫌な予感が拭えない。おばあ様の事は敬愛しているし、その人柄も心から信頼している。だが、それだけに言えることもある。彼女もまた、一度決めたことは最後までやり抜く性格だ。

 

――――――

 

「アルダン、あなたに尋ねたいことがいくつかあります」

 広大なメジロのお屋敷の一室、おばあ様の執務室へと私とトレーナーは脚を踏み入れた。人払いは既に済ませてあり、メイドの一人も部屋にはいない。部屋の窓側に置かれた事務机に掛けたおばあ様、対する私達に許されるのはそこから数歩隔たった距離に立つことだけだ。

 ここが普通の応接室だったなら、向かい合わせのソファに掛けてきっと和やかな談笑が始まっただろう。おばあ様にしたって、メジロの者だけならばともかく、トレーナーという学園関係者が居合わせるならそうするのが礼儀だと百も承知のはずだ。

 ……しかし実際に案内されたのは厳粛な執務室。椅子の一つも用意されていない。おばあ様がこれからする話の行く先に、私はおおよその察しがついた。それでもメジロの一員として、当主の問いに応えない訳にはいかない。

「はい、おばあ様。心の準備はできております。何なりとお尋ねくださいませ」

「まず確認しますが、あなたは一昨日、自らの口でこう宣言しました。目黒家の当主と婚姻を結び、メジロの名をより強固にすると。それに間違いはありませんね?」

「はい」

 予感はついに確信となって、心臓の鼓動を凍り付かせた。指先の感覚が徐々に失われていくのがはっきり分かる。

 おばあ様の言う通り全部私が決めて、言った事だ。やり遂げる覚悟もあった。私こそがメジロを受け継ぎ、永らえさせるのだとおばあ様の眼前で啖呵を切りもした。それが――。

「ではこの状況は何ですか? 先刻、目黒の当主から連絡が入りました。我が家の娘が行先も告げずに奔走し、そのまま行方知れずであると。特に今日は婚姻に向けた重要な手続きが多数あるというのに、相手方が不在では何も立ち行かない。この責任をどう取ってくれるのかと、ひどく立腹の様子でした」

「……そう、でしょうね」

 返す言葉もろくに思い浮かばず、私は情けなくそんな相槌を漏らした。それを聞いた途端、おばあ様は「……アルダン」と低く呟くように、それでいて圧倒的な威圧感を有した声で私の名を呼んだ。

「先方に失礼を働いたことは言わずもがなです。しかしそれより許し難いのは、あなたが一度、自分で宣言したことを一夜にして簡単に曲げたことです。目黒との婚姻を望まないなら、初めからそう言えば良かった。そもそもの話をするなら、発端は私の経営戦略の失敗にあったわけですから、何も強制するつもりはなかった。しかしあなたは言いました、私にお任せくださいと」

 いいや曲げるのは簡単ではなかった。あっさり呆気なく、容易にこの決意は折れたりしなかった。パーマー、ドーベル、ライアン……メジロの皆から、トレーナーへのこの気持ちの正体を教えてもらったからだ。

しかしそういった事情を、おばあ様に一から十まで説明することは不可能だ。絶対に理解などしてもらえない。だから私は黙るしかない。ただひたすら、その断罪を受け入れるしか。

「目黒源蔵氏は契約書類までもを持ち出し、婚姻の正当性をこちらに訴えています。実際、物事の道理としての正義は完全にあちら側にあるでしょう。約束を裏切ったのは、どの面から判断しようと私達メジロ家です。よしんば裁判に持ち込んだとしても、不利な結果は免れないでしょう」

「まことに……申し訳……」

「――ですがそれらは別に良い。あちらのやり方も多少強引さが目立ちます。どこか危ういものを感じたから、マックイーンを遣いにやりもしました。どうでしたか? あの子はきちんと助けになりましたか」

「え、ええ。それはもう」

「なら良かった」

 おばあ様は心の底から安心したように息を吐く。しかし、すぐに元の険しい表情に戻った。

「では改めて、次の問いに移ります。アルダン、なぜ今あなたの隣に学園のトレーナーさんが立っているのですか」

「あ、えっと私は――」

「トレーナーさん、申し訳ありませんが私はこの子に訊いております。しばらく見守っていていただけますか」

 おばあ様の口調は丁寧だったが、それでいて反論を許さない響きがあった。トレーナーはおそらく無意識に一歩後ずさり、それきり何も言わなくなる。

早まる一方の心臓の鼓動に耐えながら、私は説明すべく口を開いた。

「と……トレーナーさんは私の……そ、相談に乗ってくれたのです。これからどうするべきか、本当はどうしたいのか……色々と。それで私は今回の……」

「トレーナーさんに、此度の失踪の責任があると。あなたはそう言いたいのですか?」

「違います!」

「ならば下らない嘘を吐くのはおやめなさい。幼少の頃から、あなたの性分は分かっています。他人にどうこう言われてからといって、考えを変えるあなたではないでしょう」

 ごくりと喉を鳴らしてつばを飲み込んだ。ダメだ……妙な誤魔化しだなんて、通用するわけが無い。でも……なら、どう話をすればいい? 私は結局、なんでトレーナーと一緒にこの場に立っている? ……簡単な話だ。あまりに簡単過ぎて逆にどう説き伏せたものか分からない。

 混迷はいよいよ深まっていき、時間ばかりが過ぎていく。分針がいくら刻まれても、おばあ様は顔色一つ変えない。どれだけ時をかけても構わない、真相を聞くまでは逃がさない……鋭い瞳の輝きがはっきりそう伝えてくる。だから私も覚悟を決めなければ。

 嘘や隠し立ては今更不要だ。本気の言葉をぶつければ、あるいはおばあ様も受け入れるかもしれない。

 私は大きく息を吸い込んでから、その答えを口にした。

「私はトレーナーさんと結ばれたい。目黒家ではなく、私はこの人と将来を共にしたい。その一心なのです。だから、この人と一緒に逃げ出しました」

 おばあ様はしばらく口を開かなかった。沈黙の降りしきる執務室、窓に吹き付ける秋の風の掠れた音。永劫にも思える余韻の後に、静かにおばあ様は言った。

「それはあなたにとって、メジロ家存続に勝る願いですか?」

「はい」

 迷わず答えた、一秒だって躊躇しなかった。

「私にとってはメジロ家よりも……トレーナーさんの方が大事です」

 がたり、と大きな物音がした。おばあ様が座っていた椅子から立ち上がった音。おばあ様は凄まじい勢いで、つかつかとトレーナーに歩み寄って行く。

「あなた……アルダンに何をしました?」

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