愛の逃避行 長距離、重バ場(メジロアルダン)   作:激辛党

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免れぬ栄枯盛衰

 熾烈を極めるウマ娘、レース競技。この過酷な勝負の世界では、栄枯盛衰が根本的な原理として横たわっている。過去の一着が残した記録は年を経るたび次々と後続に打ち破られ、最強の名は常に移ろい続ける。いかなる名バもいずれは最前線を退いて、かつては名前も聞かなかったようなウマが着順のトップを埋め尽くす。

満ちては去り行く潮のように、あるいは回り続ける万華鏡のように。この世界に絶対という概念は無く、頂点として永遠に君臨し続けるウマ娘などはしょせん幻想でしかない。刹那に輝くものだからこそ、なにより美しく、尊く感じられる。

 ――同じことはメジロにも当てはまるのです。おばあ様の声が静寂に響き渡った。

「端的に言って、昨今の目まぐるしく変わる競技展開の中で『勝てるウマ娘』を安定して育成することは難しい。練習器具や記録装置の発達、さらには海外バの流入によって、今やレースは別次元の段階へ進もうとしているのですから」

「お待ちください……!」

 ライアンがそこで口を挟んだ。テーブルに座る五人のメジロの中で唯一、彼女はまだ冷静さを保っている。

「その困難を承知の上で、高祖様達はかの地に降り立ったのではありませんか。他でもないおばあ様が、私達に何度もお聞かせ下さったお話です。よもや、それを諦めるとおっしゃるのですか?」

「耳に痛い言葉です」

 おばあ様は一段と沈痛な声で言った。

「ひたむきなだけに胸を打つ。ですがライアン、現実はかくも厳しく理想だけでは太刀打ちできない。真っ直ぐなあなたにも伝わるよう端的に言い表すなら……つまるところ資金が尽きたのです」

「お金ですか!?」

 ようやく理解が追いついたらしく、マックイーンが叫んだ。手に持ったままのフォークがはしたなくカチャンと音を立てる。

「ええお金です。むしろそれ以外何があると? あなた達の成績は皆揃って素晴らしく、文句の付けようもありません。ですから問題は経営陣の方……。このお屋敷を始めとしたメジロ家の所有する施設、そして土地の維持費。またメイドにコックに主治医といった、いわゆるお抱えの職人達にかかる人件費。そういった諸々の歳出を賄うだけの歳入はもはやメジロ家にはありません。したがって私達は今ある財産全てを売り払った上で、ただの一般家庭としてやり直すことになります。当然、このような絢爛豪華なディナーは二度と用意できないでしょう」

「ちょちょちょっと! 話が飛び過ぎじゃない!? いきなりそんなことなりますです!?」

 驚きの連続のせいか、敬語が怪しくなるパーマー。席を後ろへ蹴り倒すような勢いで立ち上がる。

「そういう経費って、今までもずっとかかってたヤツですよね? いきなり払えなくなります普通? うちってそんな自転車操業だったんですか!?」

 焦っている割には的を射た指摘だったが、おばあ様は変わらず落ち込んで陰鬱なままだ。

「いえ、去年まではまとまった黒字は出せていました。レース出走による公告収入、ライブ活動によるチケット、その他グッズの売り上げなどなど……。トゥインクルシリーズにおけるあなた達の大活躍のお陰で、最終利益は過去最高額を更新したほどです」

「ならどうして!」

「それら全てを吹き飛ばす赤字が出たためです。同時に、それに端を発した信用不安から親族の経営する企業の株価も軒並み暴落しました。よって資金調達を頼る先も私達にはありません」

「ほわぁっ!?」

 これにはさしものブライトも度肝を抜かれたようで、目を真ん丸にして大声を出した。確か、彼女の両親は大規模アミューズメント施設の社長夫婦だったはず。おばあ様の言葉が本当なら、お屋敷どころか家族ともども露頭に迷う羽目になる。

「ブライト、落ち着きなさい。何もあなたのご両親の会社が破綻したとは言っていません。あくまでそれだけの余裕は無くなった……というだけのことです。だいいち、そこまで悲惨な状態なら娘のあなたに一報を入れないわけがないでしょう」

 声にならない吐息をついて、ブライトが席に力なくもたれかかる。だが、一同の動揺はいっそう深まるばかりだ。メジロ家の親族が関与する企業はいくつもあるというのに、どこからも資金を補填できないとは何事だ? そもそも『全てを吹き飛ばす赤字』とは? 

一段と強まった視線の雨あられに耐えかねたか。じっと項垂れていたおばあ様は「私の責任です」と唐突に謝った。

「私の愚かな判断が、長きに渡る栄華の旅路に終止符を打ちました。気付いた時にはもう遅かったのです。ああまさか、こんなことになるだなんて……」

「おばあ様、お気を確かに!」

 崩れ落ちそうになったおばあ様を、慌てて駆け寄ったライアンが抱き留める。ハンカチで目元を押さえるおばあ様、その姿からは以前のような威厳はまるで感じられない。顔をしわくちゃに歪めた白髪の老女が一人、息を殺して嗚咽している。

「お聞かせ願えますか……」

 とうとう床へ崩れ落ちた彼女に、私はしゃがみ込んで視線を合わせた。

「いったい何があったのですか。そして――」

 視界の隅に入り込む、古めかしい長時計。あの刻みを永らえさせるためならば。

「その解決のために、私にできることはありませんか?」

 どんなことだってやってみせる。

 

ーーーーーーー

 

メジロ家はいかにして世に名を轟かせる富豪として君臨し得ているのか? 

生まれながらにして令嬢と呼ばれ、金銭問題などと言う凡俗のことわりからは隔絶されていたあなた方です。分かりやすく説明するなら、この問いから始めるべきでしょう。

 ――『高貴にして華麗なるその勝ち姿が、古来より皆を魅了し導いてきた』から? 良いですかマックイーン、憧れと尊敬は素晴らしいものですが、それで空腹を満たすことはできません。

例えばあなたが今しがた口に運んでいるステーキやらケーキは全て、単に貨幣によって購入されたものです。しかし当然、ただレースに勝利するだけでは一財産を築くことなどできません。どれだけあなたが素晴らしい走りをしたとしても、それだけで資金を融資しようとする者は多くないからです。

 ――『広告宣伝を目当てとしたスポンサー契約を、多数の企業と結んでいる』から。はい、それでおおむね正解ですよ、ライアン。誤解を恐れずに言うならメジロとは一つのプロスポーツチームです。

 トゥインクルシリーズを始めとしたURAの運営レースに出走し、良い成績を残すことには強力な宣伝効果があります。特に国内での影響は凄まじいものがあり、およそ大企業と呼ばれる会社で、ウマ娘と関わっていないものは存在しないと言ってすら良い。昨年の市場規模は金額に換算するなら一兆円に迫るとのこと。トレセン学園の理事長が、政府の経済分科会に毎度招かれているという噂も頷ける話ですね。

そういった環境が前提にあると知ったなら、メジロ家の昨今の隆盛にも理解が及ぶでしょう。

 今このテーブルについている六人のメジロの娘達。あなた方はこれまで三年以上に渡って、多大な貢献を家にしてくれました。……ですがこれからはどうでしょうか? 

ブライト、そのように暗い顔はしないでください。私は決してあなた方の成績不振を責めたいわけではないのです。しかし先ほども言ったように勝負の世界は非情。契約を結んでいるスポンサーの方々も、最終的に望むのは一着という至上の看板です。

 裏を返せば、掲示板に上がれないウマ娘に多額の支援をする理由など無い。将来性を加味するとしても、既に三年を超えて戦ってきたシニア期のウマにそれを期待するのはお門違いでしょう。

 少々、言葉が過ぎましたね。何度も言うようですが、あなた方は本当に良くやってくれたと思っています。しかし先にした盛者必衰の話を踏まえ、次のことを受け入れてほしい。永遠に勝ち続けるウマはいないのだと。

ではスポンサーを満足させ、契約を続行するためには何が必要なのか? 少なくともあなた方が今以上に頑張る、といった根性論でないことは自明です。

――『血族の垣根を超えて、新たなメンバーを受け入れる』と。さすがアルダン、まさしくその通りです。しかしそれには大きな障壁があることも、また分かるはずです。なぜなら私達は誇り高きメジロ家。みだりに異なる家名の者を招いては、その土台が崩れてしまう。先ほど私はここをプロチームなどと呼びましたが、やはり厳密には違う。

 ただ勝てば良いのではない、『メジロ』が走ることこそが、私達が私達である所以なのです。

 ――『じゃあ八方塞がりじゃないですか』? そうですねパーマー。いっそのこと、もはやこれまでと潔く有終の美を迎える……。それはきっと一つの答えであったように思います。ですが私は……どうしても割り切ることができませんでした。その未練の行き着く果てには、最悪の未来が待つとも知らずに。

 

 ここからが本題です。メジロの黄昏を退けるために、私はとある計画を密かに立てました。大規模ウマ娘養成機関の設立です。それも単なる練習場ではなく、幼少期から本格化を迎えるまで、少人数での英才教育を施せるような。あえて言い表すならそう……後天的にメジロを作り出す施設、が正しいでしょうか。これを全国の各所で運用し、ゆくゆくは年に何十人ものメジロのウマ娘を世に送り出す……というのが計画のあらましです。

 ドーベル、あなた何か勘違いしていませんか? なにもホラー映画に出てくる人体実験場ではないのです。メジロを作るといっても、単に長距離練習や効率の良い走り方を教えるといった程度の意味。クローン細胞を注入するといったトンデモ技術ではありません。今は真面目な話をしているのですが。

 ――『話は分かりましたけど、なぜ全国展開する必要があるのです。メジロは少数精鋭ではなかったのですか?』。なるほど、鋭い指摘ですね。マックイーンはきちんと聞いていたようで安心しました。

 私としても、この名を軽々しく広めることには抵抗感があります。そのため当初は、かつて高祖が降り立った北海道の地に一つのみを建設する……という予定だったのです。その話が大きく変わったのは、彼らが計画に参入してからでした。

 

 説明の為に、少し話を脱線させます。名家の地位を維持にあたって、果たすべき役目は多岐に渡ります。レース出走と、そのウマ娘の育成は言うまでもありません。しかしここまで話を聞いたあなた方なら、もう一つ重要な分担に気付けるでしょう。スポンサー企業との価格交渉や新規獲得のための営業、URAに対してはライブイベントの発注などなど……。そういった渉外分野を担う者達を欠いては、到底この業界ではやっていけません。

 ふふ。皆、不思議そうな顔をしていますね。『そんな人達なんて、お屋敷で会った事が無い……』それはそうでしょう。彼らは私達とは別の名を持ち、メジロの門を潜る事もまた無いのですから。

 その名は『目黒』。同じ高祖を遠い親に持ちながらも、ウマ娘の血筋には恵まれなかった人間のみの分家です。

メジロは悲願を達成すべく表舞台で走り続け、目黒はそれを補佐すべく黒子に徹する……。羊蹄山の麓で生まれた高祖達は、そのような家訓の元に発展して今に至ります。よってメジロ内で彼らと対話が許されるのは、現役を引退した者のみに限られます。

『いたずらに親交を深めては、厳正な利益追求が不可能となってしまう』……とは初代が残した言葉ですね。

 

 さて話を戻します。私が立案した計画に、現在の目黒家の筆頭である人物が異議を申し立てました。いわく『そのような小ぢんまりとした投資ではスポンサーの理解が得られない。どうせやるなら全国に手を広げるべきだ』と。

 現実問題、たった一つの施設で育成を行ったとして、私の目に叶うウマ娘が生まれるかは疑問でした。北海道の高原にまで、幼い我が子を養子に出す親がどれほどいるかという話でもあります。考え方を改めた私は、全国展開のために資金を投じる決定を下しました。……これがつまり、終わりの始まりです。

 いえ、土地の獲得と施設の建造については上手くいったのです。後は私達に育成を委ねてくれる親御さん達さえ集まれば、すぐにでも運用を始められるという段階でした。それにしたって、業界にその名を馳せる『メジロ』のバリューをもってすれば引く手あまたと見込んでさえいました。

 ――『実際には全く集まらなくて、すぐに不良債権になってしまった?』 惜しいですね、アルダン。最終的に不良債権となったという点では当たりですが、人自体は集まったのです。問題だったのはそこから。長期に及ぶ養成を承る代わりに、親御さんやウマ娘達に願い出た条件。すなわち『デビュー後、メジロの冠名を付ける』が、予想以上に反発を食らったためです。

 トレーニング費、施設利用費などの低コスト化に加え、専属トレーナーの積極的な斡旋。あまたの好条件をこちらは提示しました。しかしそれでも、自分の家名を失うという事実は耐え難かったようです。最初こそ嬉々としてトレーニングに励んでいた子達も、次々と施設を去って行きました。

 私にはどうしても忘れられない、とある幼いウマ娘の言葉があります。『パパとママに褒めてもらえないなら、一着取っても意味ないもん』。

 愚かだった私を詰ってもらって構いません。勝利至上主義を嫌い、それを公言していたというのに、結局は同じ穴のむじろ。最初の何から何までが徹頭徹尾間違っていました。

 しかし計画を白紙に戻したとしても、建造物と土地は残ります。さらに悪い事に、利用者の少ないまま稼働させていた施設は莫大な赤字を叩きだしていました。

 売却しようとも、訓練施設という特殊性のために買い手もなかなか見つからない状態。URAにも打診したのですが、広く希望者を募ったのが裏目に出て『悪評が収まるまでは無理』とあえなく返される始末。かくして手元には巨額の借金が残ることになったのです。

 ――『利益度外視で作った設備が、そんなにすぐにマイナスになるものなんですか?』。 良い質問ですね、ドーベル。確かにあれらは十年、二十年という長い見込みの元に作ったものです。よしんばすぐに廃棄されたとしても、今ある原資が減るだけ……のように私も思っていました。

 目黒の当主はあろうことか、金の卵を産む機関として業界中にこれを喧伝していたようなのです。彼らは『ウチに投資しておけば、数年で倍以上の配当が得られる』などとうそぶき、多額の資金を集めていました。そうして造られたのがあまりにも華美、過剰な施設と人員の配置された訓練施設です。

 実際に現物を見て驚きましたよ、このお屋敷よりも立派な建物に、名だたるトレーナーが数十人以上勤めているのですから。そんなものが全国に十か所以上散らばっているというのだから目が飛び出ます。それらはあっという間に融資された額を使い切り、後に残るのは違約金と支払うべき高額配当の数々……。それはこのメジロ家ですら到底賄えない額にまで膨れ上がっていました。

 

 皆さん、どうか声を荒げないでください。

 ――『それじゃまるで裏切り』『おばあ様は騙されただけ』『責任は目黒の方にあるのでは?』。ええ、ええ。彼らにも追及されるべき点はあるとは思います。しかし話を切り出したのはメジロ家当主である私。ゴーサインを出したのも、全ての契約書類にサインをしたのも私です。法律上、責任の所在は完全にメジロ家側にあるとみなされるでしょう。

 とはいえ私自身も納得いかない点は多々あったので、目黒の当主に詰め寄りました。いったいこれは何のつもりだ、まさかメジロを潰すつもりなのか……と。

 目黒源蔵、二十代という異例の若さで当主となった彼は笑って応えました。

『まさか。しかし賢い貴女ならばすぐさま現状の打開策には察しが付くでしょう。メジロは資産を使い切りましたが、私ども目黒はそうでない。二つの家が力を合わせれば、この程度の窮地はすぐさま脱せますとも。ただし問題は――』

 そう、いかにして二つに分かたれた家が一つとなるか。高祖の家訓によって、影と日向に交じり合うことなく歩んできた二つ。目黒源蔵はこの融合の前提として、私にとある条件を出しました。

さて、時にアルダン。あなたは先ほど何でもやると言いました。その覚悟はいかほどですか?

 じっと私を見つめるおばあ様。もちろんその答えは一も二も無く決まっている。

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