愛の逃避行 長距離、重バ場(メジロアルダン)   作:激辛党

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エピローグ……配役を間違えた逃走劇の幕引き

「は、え、えっと? どういう意味ですか? よく理解が……?」

「ですから施設の最大出資者が代わったんです。ブライト様のお父上から、違うお方に。つきましてはアルダン様にその方との交渉をですね……」

「前半はまだ分かります。なぜ私が、なのですか? 私は単なるトレーナーですよ?」

「そのように卑下なさらないでください。あなたがこの施設で一番の権限の持ち主であることは皆の知るところです。メジロの技を継ぎ、次世代に広められる唯一のお方なのですから」

 そんな大層な身分ではないと何度も言い返したが、上司に当たる男性職員は頑として首を横に振らなかった。

「お会いするだけでよろしいのです。先方もせめて顔見せだけでも、とのことでしたから」「顔見せって……え? ここに来ているのですか?」

「あれ、言っていませんでしたか? 既にその方、面会室でお待ちになっていますよ」

「どうしてそれを先に言わないのです。お客様をお待たせしているということではありませんか」

 私はそれ以上問答するのを止めて、一階面会室へと急いだ。その道すがらに手渡された紙資料をさっと読み流す。あまり行儀の良いことではないが、なにぶん急ぎの用事なので見逃してもらおう。

 記されていたのはその出資者とやらの経歴だった。しかしなぜだか知らないが、一番大事な名前が記載されていない。上司の不手際だろうか? それはさておき読み進めてみる。

某有名大学を卒業し、その後は首都圏のスポーツ関連企業に五年ほど在籍。トップクラスの成績を収めた後、訳あって転身する。

二年ほどのフリー期間を置いて、その間に投資などの財政分野の知識を学ぶ。大学院で修士号を取るに至って、満を持してコンサルティング会社に就職。その独特の発想力でみるみるうちに頭角を現した。

 その後も二、三度の転職を繰り返しその度に地位は上がっていく一方。最終的には、とある会社の首脳陣にまで切り込んだようだ。その社名を見て、驚いた。ブライトの父が経営する企業の子会社だ。となると、いわば彼の懐刀といった部類の人物なのかもしれない。

 そうなるとがぜん会うのが楽しみになってきた。いったいどんな人だろう、そもそも彼なのか彼女なのか、年齢すらこの資料からは判断がつかない。経歴からすると若いように思えるが……。

 いっそう目を引くのは、経営者として直近の投資先。

スポーツ用品店はまだいい、リハビリテーション施設も分からなくはない。だが歌劇団や公共の図書館とまで来ると方向性が見えなくなってくる。その挙句に出てくるのが不妊治療の支援事業ときたものだ。疑ってかかるようだが、節税のためのカモフラージュとしてでも使っているのだろうか。

 

 いよいよ面会室の前に立ったところで、スマホにメッセージの着信。間の悪いことと思ったが、対談が始まれば返信は難しい。ここで返しておこうと確認してみると、ブライトからだった。

『お姉さま。今日この日のために、わたくしとっても頑張りましたの。どうか喜んでいただけると幸いですわ』

 意味が良く分からない……。どう返したものか迷っていると、続けてメッセージ。

『そのお方もとってもとっても、この日を待ち望んでいたのです。お姉さまと会うために、大変な努力を重ねました。それこそ血が滲むような……。

 お姉さまが男性に対して、様々思うところがあるのは知っています。ですがどうか、優しい心持ちで会ってはくださいませんか』

 疑念が確信に変わって、私はスマホを乱暴にポケットに収めた。何のことは無い、いつもの縁談紛いの策略か。

施設に勤めるようになってから、おばあ様やブライトの父は幾人かの男性を私に紹介する厄介な習慣を始めた。

「あなたも良い歳なのだから、いつまでも過去を引きずってはなりません」

 彼らが口々に言うそれが、私を想っての事だとはよく分かっている。実際、二十過ぎにもなって半ば男性恐怖症を患っているような私が身内にいるのは、彼らからしても一種の恥と言えるだろう。……だがはっきり言うなら、余計なお世話だ。

 

 私は大きく息を吸い込むと、面会室のノブを握った。この先にどんな男性が待っているか、薄々予想はついた。スポーツ系の出身だというから、角刈りで前歯の白さが眩しい青年だろうか。うっとうしいくらい筋骨隆々で、それでいて爽やかな口ぶりの。おばあ様が連れてくる男性は皆、型で嵌めたように揃ってそういった方々ばかりだ。

 出資者となってくれた事に対して、丁重にお礼を申し上げて――すぐに帰っていただこう。いやむしろ私がすぐに帰れば済むことだ。トレーナー業務が忙しいだの何だのと理由をつければ、先方だってそうそう文句は言えないはずだ。

だいいち社会常識に鑑みれば、ろくなアポイントメントも無しに会社にやって来た方が非礼であると言える。

「失礼します。メジロアルダンです」

 そう言った内心の苛立ちを抑え込み、努めて冷静な口調で私はドアノブを回した。中に入って、その男性の顔を見て――。

「やぁ。初めまして……って言うべきなのかな」

 その場で転んだ。

「あっあっああ!? なっなななんで!?」

「そ、そんなに驚くなよ。こっちがびっくりするだろ。っていうか大丈夫か? 凄い勢いで転んだけど……立てる?」

「い、いいいいやいやいや! あり、有り得ませんって! なんであなたが……!」

「あははは! その顔を見られただけでも色々策謀を巡らせた甲斐があったな。ブライトだけじゃなくって、他の皆にもたくさん協力してもらったんだ。マックイーンにパーマーにライアンにドーベルに……。ていうかもう全員か。まぁ一番お世話になったのは、もちろん君のおばあ様だけど」

「ふざ、ふざけないでください! 私がっ……私がこれまでどんな気持ちで!」

 滑ってばかりで一向に床から立ち上がれない私の腕を取って、彼は強引に立ち上がらせた。そのままの勢いで抱きすくめられる。

「あの時、俺には何もかもが欠けていた。それは端的に財力、地位、君を守れるだけの力が無かった。でも今は違う。何が、どんな奴が来たって君を守れる」

「そういうことが言いたいのではありません! ならどうしてあの時……そうおっしゃって下さらなかったのですか!? 私は本当にもう二度と……!」

「そうするつもりも確かにあった」

 彼は少しだけ声のトーンを落とした。

「君が望まなくなったら……君が他の誰かを望んだなら、俺は二度と帰ってくる気は無かった。その方がいいとさえ思ったさ。きっと君ほどじゃないだろうけど、あの時は俺だって自分が心底嫌になったんだ」

「けれどそれは元を辿れば私のせ――」

「ああそうだな! なら責任を取って貰おうか。今更、受け取れないなんて言わないだろ?」

 そう言った彼が右手に取り出す、優美な装飾の施された乳白色の小箱。その内側にある台座にどういった物が安置されているかは、もはや説明されるまでもない。

「車より高い買い物をしたのはこれが生涯初めてだよ。なにせ400万と少しを使い切らなきゃいけなかったから」

「――っ!」

 この人は、この人は本当に最後の最後まで……。もどかしくって仕方ない。何をどう言って説明したって、この気持ちは百分の一もやっぱり彼には伝わらないだろう。

 五年の時を経ても、全くその衝動を衰えさせなかった私の内にある欲望。全てが歓喜の声をあげ、一斉に開花する。しかしそれはもうよこしまな感情とは結びつかない。私も彼も、そうならないだけの確かな地位を手に入れたから。

 二人してあまりにも騒ぎ過ぎたせいか、施設の職員が面談室に踏み込んでくる。さすがに恥ずかしくなって身を縮こまらせる私。しかし彼は一顧だにせず、それどころかいきなり私の身体を両手に抱き上げた。加えていったい何のつもりか、そのまま施設内を走り出す。

「ちょちょっと!? トレーナーさん!?」

 思わず悲鳴を上げる私にも構わず、彼は施設の出入り口から北海道の高原の最中へと飛び出した。午後の散歩を楽しんでいた子達が、驚いた顔でこちらを見つめる。中にはひゅーひゅーと指笛を吹いている子までいる始末だ。

 羞恥心はもう限界突破して、いよいよ訳が分からなくなったあたりで、ふっと彼に抱かれて見る景色が五年前のあの日と重なった。地下道のオレンジの中を、無軌道に走り続けたあの瞬間と。

 

 今になってやっと理解した。

 昔に見たおとぎ話。悪党からお姫様を守る騎士の物語。幼い私は憧れた。彼の力強さと勇敢さ、なによりその覚悟に。

 でも違いました、思い違いをしていました。私は――騎士役などでは決して無かったのです。初めから、ずっと。

「配役を……間違えて……いたんですね」

 私の小さな小さな呟きは彼に聞こえなかったらしい。彼は笑いながら私と一緒にくるくる回って、しまいにはバランスを崩して草むらの中に転がった。それでも私達の笑いは止まず、秋の高い空にどこまでも登っていく。

 やがて雲の隙間から降りてくる真白い光。

 それこそはまさに、二人に向けたカーテンコール。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この二次創作は、「Sound Horizon」より楽曲「歓びと哀しみの葡萄酒」および「エルの天秤」を大いにネタ元にしています。(実質クロスオーバーなレベルで)
どちらもとても良い曲なので、興味をお持ちになった方はぜひ一度聞いてみていただけると幸いです。
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