『おとうと』のはなし   作:靴下臭太郎

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『おとうと』のはなし

 なんてことはない、川で修行し水上に立っていた時のことだ。

 うちはイズナは兄のマダラの顔を見てあっと声を漏らした後川の中に沈んだ。

 

「イズナ‼」

(まずいーー!)

 

 水中に沈んでいきそうにる状況の中、イズナの頭の中にはある男の記憶が流れ込んでいた。着ているうちはの着物が水を吸い体が重くなる。慌てて水面に顔を出そうともがくが浮き続けることができずに溺れてしまう。息が苦しいのは突如頭の中に溢れ出た記憶の波のせいか、それとも肺に入ろうとしてくる水のせいか。

 空に向かって伸ばしていた手を引かれやっとのことで地上まで引き上げられると、咳き込むイズナを心配そうに背中を擦りながら覗き込んでくる兄――マダラの顔を見返し続けた。

 

「イズナ大丈夫か⁉︎ 今日はもうやめにしよう、な」

「ゲホッ……ゲホッ、マ、ダ……ゲホッ、……ラ?」

「……? 大丈夫かイズナ。どこか怪我でもしたか」

 

 息を整えながらぼうっと顔を眺めてくるイズナに、マダラは不安そうな表情を浮かべながらそう言った。弟の様子がおかしいが、川に落ちたことで動揺しているだけなのだろうとそう考える。

 イズナの方はというと、今しがたマダラの言葉を頭の中で繰り返していた。

 

『大丈夫かイズナ――』

 

 イズナ。目の前にいるマダラに似た少年は、イズナと呼んだ。

 呆然とした様子の『イズナ』に、マダラは水中で頭でも打ったのかと心配すると、水を吸い着物が重くなっているのも構わず背中に乗るよう言う。戸惑い動かないイズナを、マダラはむりやり背中に乗せると歩き始める。

 兄、マダラの背中に背負われながら、重い頭の中で『イズナ』は思った。

 

(……なぜワシがうちはイズナになっている)

 

 水に落ちたイズナ、否――千手扉間は兄に背負われながら目の前に広がる懐かしい森の景色に、どうしてか背筋が凍る思いがした。

 

 

 

 

 

 兄に背負われて連れてこられたのは、うちはの家紋が下げられた家であった。自分の家であることはイズナは理解しているが、ある男の記憶がこの家の敷地に入ることを拒んでいるのか妙な気持ち悪さが込み上げてくる。川に落ち濡れた状態で移動していたのもあるだろうが、このままでは体調を崩しそうだった。

 濡れたイズナを背負ったマダラを見た屋敷にいた女中達は驚くと、慌てた様子で敷地内を駆け回った。ある女はタオルやらを持ってきてはイズナの濡れた頭を拭き、ある女は暖かな茶を入れ体を温めようと、そしてその間に別の女は湯を張っていたのか早く風呂に入り温まってこいと浴室へと連れて行かれた。

 脱衣所でじっとりとしめっていた服を脱ぎ背中の部分を見てみれば、よく見知ったうちわの家紋が目に入る。

 簡単に身を清めると、湯気が立ち上る湯船にイズナは浸かりぼんやりと天井を眺めた。

 

「『うちはイズナ』だと……」

 

 そうつぶやくと両目を閉じ、ひとつ大きく息を吸うとイズナは頭に流れこんだ『記憶』を呼び起こす。

 記憶の中での一番新たな情報はというとこんな所だ。大蛇丸という忍により穢土転生で現世に蘇させられた後、復活したマダラにより『無限月詠』が行われ世界は危機に陥り、そして大筒木カグヤという女が現れるとまたさらなる危機に見舞われた。その大筒木カグヤはうずまきナルトとうちはサスケらにより月へと封印され、無事危機を乗り越えたが、穢土転生の術を解かれ後は浄土へ還るだけのところだったのが何故か今『うちはイズナ』として扉間は存在していた。

 川で溺れる直前まで何も自覚はなかったが、修行に付き合っていた兄の顔を見ていたら思い出してしまったのだ。イズナからすればマダラの顔なんぞ飽きるほど見ていたであろうに、よりにもよって水の上に立ち始めた時であった。溢れた記憶はどうしようもなく、チャクラが乱れたせいでイズナは混乱のまま水に沈んだのだった。

 

 

 

 

 

 風呂から上がっても、イズナの表情は硬いままであった。

 着替えを済ませ部屋にこもっていると何度もマダラが大丈夫かと声をかけに来たが、イズナは大丈夫と短い返事を返すだけであった。

 ずっと部屋にいると、出てくる様子のないイズナに見兼ねたのか父親であるうちはタジマが部屋にやって来た。流石に現族長でもある父のことを無視する訳にもいかず、イズナは顔を出すと具合が悪いのかと尋ねてくるタジマに首を振って答える。

 気落ちしているように見えたのか、何か一言戦場では体調不良など言い訳にはならないとでも厳しい言葉を言うかと思ったが、今日はもう休んでいなさいと言うとタジマはすぐに立ち去った。

 タジマが去った後、すぐにまたマダラが部屋に訪れた。

 

「イズナ、本当に大丈夫なのか? 熱でもあるんじゃないのか」

「本当に、大丈夫だから」

「でも、そんな顔色で」

「……兄さんは心配しすぎだよ」

 

 イズナとしての答え方は合っているだろうか。マダラを兄と呼ぶたびに言葉が詰まりそうになり、『扉間』の記憶が目の前のマダラに対して拒絶の感情を溢れさせ不自然に目を逸らしてしまいそうになる。目の前のマダラはあの男とは違い、ただの子どもであるというのに。

 この気持ち悪さはきっと別の人間の記憶が刷り込まれたことに、『イズナ』の精神がまだ受け入れられていないのが原因なのだろう。

 日はまだ傾いたばかりで眠るには早い。今眠れば夜中に目が覚めるのは確実だ。

 無理に構うのも良くないと思ったのか、マダラは眉尻を下げながら優しく微笑むと無理はするなよと言ってどこかへ消えた。

 イズナの周囲が静かになる。

 心配する兄を拒絶したのはイズナだが、マダラが浮かべた寂しげな表情が頭から離れない。

 イズナはため息をつくと部屋の隅の壁に背をつけ、ずるりと滑るようにして座り込んだ。

 浸かった風呂は温かく、そして今感じている胸の不快感や背中に当たる壁の感覚に、これが夢ではないことを実感する。

 何故こんなことになったのか。うちはイズナとして生きた記憶は変わらず存在し、そこに『千手扉間』の記憶が混ざり込んだ。穢土転生の術が解かれ浄土へと戻る際に何か事故でも起きたというのか。よりにもよってうちはイズナに成るとは、ついていないと言える。

 

(兄者は戻れただろうか……いや、向こうのことは考えても仕方がない。ひとまず状況を整理する必要があるーーうちはタジマが長を務め、マダラもこの歳だとすると……過去と相違がなければ近々また千手との戦があるはずだ)

 

 イズナの記憶を辿っていき、これから何が起こるかを『扉間』の記憶とも照らし合わせながら考える。父のタジマがマダラの写輪眼がなかなか開眼しないことを憂いていたことも思い出し、柱間と会う頃かどうかというところかと推測する。まだ特にコソコソと家を抜け出す様子はないため、まだ出会っていない可能性が高い。だが、それも時間の問題だろう。

 二人がどこで会っていたかは『扉間』としては知っている。出掛けようとする兄を引き留め、二人を合わせないべきか。

 

(だがしかしそんな事をすれば歴史が変わる)

 

 記憶にある通りに二人が出会うとし、このイズナがタジマにマダラが柱間と会っていることを告げ口しなかったとしても向こうはそうはいかないだろう。イズナとしての記憶の中の情報だけでも、千手側の勢力は変わっているとは思えず、向こうには変わらず千手扉間が存在するはずだ。

 放っておけば、狩られるのはマダラの方だ。

 

(アレでもマダラは兄者に大きな影響を与えた一人だ、将来里が生まれない可能性もある)

 

 里が出来たことにより、救われた命も少なくない。柱間がマダラのことを天の啓示であったと称する程だ、『扉間』が辿った歴史よりも悲惨なものになる事も考えられる。今のマダラを失うのは惜しい。

 そして向こうに千手扉間が存在する以上、今の自身の状況は記憶が同化しただけだと判断して良いのか。今の己はイズナなのか扉間なのか。

 誰かに話せば利用されることは間違いない。今の戦力は千手もうちはも拮抗している。少しでも優位に立てるのであれば、使わないという選択肢はないだろう。

 

(今やれることはーー)

 

 記憶があることを隠し、マダラを歴史通りに生かす。

 それが大きな犠牲を生まない為の最善の選択であると、うちはイズナは決意した。

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