『おとうと』のはなし 作:靴下臭太郎
「ええっと……こ、こんにちは?」
「……」
「えっと」
「……」
「……」
妙な沈黙がイズナと板間の間に落ちる。
板間の表情からは戸惑いと恐れの色が読み取れた。
「えっと、今日はここに釣りをしにきてて、穴場だって聞いたから」
「俺も釣りをしにきた」
「そ、そっか。兄者に聞いたんだ。ここはよく釣れるって。だから」
「そう、兄者ね」
あくまでも釣りをしているだけだと、板間はイズナに己は敵でないのだと主張する。
生前板間からうちはイズナに会ったという話は聞いていなかった。今回板間と遭遇したのは、深く考えず扉間の記憶にある知識で行動したせいだろう。次からは気をつけねばと反省する。
「君も……釣り、するんだよね? よかったら一緒に……えっと、名前」
「イズナ。お前は?」
「板間だよ。イズナはどこの……ううん、なんでもない。こっちの方座りやすいところあんだ。きてよ」
イズナは手招きされるがままついていく。
最後に見た記憶の中の弟の姿と変わらぬ目の前の板間から、イズナは目が離せなかった。
「いいのか。敵かもしれないぞ」
「うん。でも今は戦ってないでしょ?」
「……」
「変なこと言った……?」
「……そうだな」
イズナは板間の隣に腰を下ろすと、釣りの準備を始めた。慣れた手つきでするすると用意し、軽く川の方に投げ込む。
岩の上にある板間の籠の中を覗き込んでみたが、釣りの穴場と言う割にはまだ何も入っていない。
川のせせらぎ音を聞きながら、糸が引かれるのを待つ。
「……ねえ、イズナはさ」
「なに」
「兄弟はいるの?」
「……いる」
「そうなんだ! 今日はなんで一人なの?」
「別に……釣りするのに人なんか連れてこなくてもいいだろ」
「……喧嘩した?」
「なんでそうなる。喧嘩はしてない。兄さんが家を空けてるから」
「お兄さんがいるんだ⁉︎ うちも最近どっか行ってるんだよね」
「……」
イズナと板間は川の光をぼんやりと眺めた。
その後はなかなか釣れないだとか場所を少し変えたりとしながら適当に言葉を交わし、帰る頃には沢山とはいえないが何匹か釣り上げることができた。
「イズナも釣れて良かったね」
「板間も」
「また会ったらお兄さんの話聞かせてよ……あ」
「……板間?」
「……なんでもない。きっと会えるよね、またね!」
「ああ、また」
そう言ってイズナと板間は別れた。
帰り道、イズナは急にハッとして声をこぼした板間のことを思い出した。
(あの時の板間は何を……ああそういえば……そろそろだ。板間もそろそろ戦場に出る頃だ)
イズナは俯いた。
前世で、板間が戦場に出た時期は今頃だったはずだ。きっと次の戦には駆り出されるだろう。
(……板間)
イズナも次の戦には出る。戦場で会った時は今日のようには行かない。殺し合いになる。
かつての弟との束の間の憩いの時を、イズナは忘れぬよう深く噛み締めるのだった。
家に帰ると先に兄のマダラが帰っていたようで、籠の中に入った魚を見ると驚いたように声を上げた。
「イズナ! こんな時間までどこに……おお、大量だな!」
「釣りだって。兄さんこそ帰ってきたばっかりみたいだけど」
「オレのことはいいんだよ、オレは」
「……そればっかりだ。誰かと会ってたりして」
「そ、そんなわけねぇって!」
「どうだか」
「イ、イズナァ!」
イズナのジト目にマダラがたじろぐ。
そんなマダラを無視するとイズナは厨に向かった。今日は川魚の塩焼きがいい。マダラがイズナを呼ぶ声が聞こえるが、夕食のことを考え始めたイズナは止まらず厨を目指し続けた。