最初はただの代用品のつもりだった。
───お前、独りか?
失った息子の代わり。
自分が死んだ後、代わりの英雄として。
私と息子の代用品として、私はその子供を拾った。
───独りぼっちなもの同士、仲良くしよう。
思えばあの時拾われたのはバカ弟子じゃなくて、私の方だったのかもしれない。
▶▶▶
バカ弟子は幸いな事に体が丈夫だった。
だから私の修行にも難なく着いてきていた。
文句も言わず、疑問も持たず、強さに貪欲だった。
そしてコイツは密かに私の事を失った母親代わりにしている。
私は別にその事に何か言うつもりはなかった。
私はバカ弟子の母親になるつもりはなかったし、修行に特に支障がないのなら咎めるつもりもなかった。
───お母さん
たまにバカ弟子の顔が、死んだ息子と重なる。
まだ耄碌する歳じゃないんだけどなぁ。
▶▶▶
それから数年が経った頃だろうか。
バカ弟子が私に黙って独りで古龍の討伐に向かった。
まだアイツの実力じゃ古龍には勝てない。
それは自分自身でもわかっているはずだ。
だから私は何度も独りで古龍には挑むなと、自殺行為だと言い聞かせていたはずなのに、アイツはいつも私の言いつけにも、どんな厳しい修行にも従順に従っていたと言うのに、アイツは初めて私のいいつけを破った。
だが、もし死んでしまってもそれは自業自得であり、バカ弟子はそれまでの実力だったと言うこと。
私はアイツはもう死んでしまったのだろうと半分諦めていた。
だからだろうか、アイツが独りで古龍を討伐した姿を見て驚いたのは。
私は無理だと思っていた。
アイツの実力では到底古龍には勝てないと、才能があった私の息子の様にはなれないと、代用品にはなれないと思っていた。
アイツも内心わかっていたはずだ。
私がアイツの事を息子の代用品以上の感情を持っていないと。
なのにアイツは目の前の結果に驚愕している私を見て笑いながら
───代用品くらいには成れたか?師匠。
ボロボロになりながら、身体中から血を流し、立っているのもやっとな状態で、自ら息子の代用品である事を望むバカ弟子。
その時初めて私の中で何かが動いた気がした。
───・・・・お前じゃ息子の代わりになんてならないよ。
あぁ、そうか。
心の中でずっと死んだ家族を重ねていたのは
ずっと過去から離れられなかったのは
───だが・・・・よくやった。バカ弟子。
私の方だった訳だ。
なぁバカ弟子。
お前は息子の代用品なんかじゃないよ。
ずっと過去に縛られてた、忘れられなかったバカな師匠の目を覚まさせてくれた。
私の自慢のバカ息子だよ。
お前は私みたいになるな。
あんな偽善の奴隷に、自己犠牲でしか正義を見いだせない、英雄になんて。
お前は長生きして、綺麗な女房を娶って、子供作って、死の恐怖に怯えることの無い、静かで平和な場所で、幸せになって死にな。
それがなんの罪もないお前をこの地獄に連れてきちまった、このバカ親のせめてもの償いだ。
▶▶▶
「ここはどこだ?」
私は確かあの"骨もどき"のブレスをくらって、その後から意識がない。
辺りを見渡せば見慣れた街、戦闘街ドンドルマ。
「・・・・・そうか、私は死んだのか」
やっと死ねた。
背中に刺さる多くの期待、希望、願い、様々な想いが、守るべき民達の願いが、私には苦しかった、辛かった、恨めしかった。
民を守る為、力無き者達を守る為、私は夫を、息子を見殺しにしてしまった。
【英雄】と呼ばれ、【英雄】であることを優先したが故に、自身の最も大切な者を護れなかった。
自分自身が憎かった。
【英雄】が憎かった。
守るべき者達が憎かった。
なぜお前たちは笑っていられる。
なぜ私の夫と息子は死ななければならなかった。
お前らのような有象無象如きが、何故生きている。
だが、何よりも【英雄】と呼ばれ、縛られ続ける私が何よりも憎かった。
───なにが【番狼】か。
私は所詮、ギルドに首輪をつけられたただの犬っころだ。
だから私は早く子の"首輪"から逃れたかった。
【英雄】と言う任から早く降りたかった。
『いつか僕がお母さんの代わりに【英雄】になるんだ!』
死んだ息子の遺言を忘れられず、それに縛られ、バカ息子をあんな地獄に連れてきちまった。
「あのバカ息子、ちゃんと逃げたんだろうね?」
アイツはいつもは私の言うことに従順なくせして、私の事が絡むといつも言うことを聞かない。
全く、親孝行な息子だよ。
「お母さん」
「───」
私と同じ、綺麗な桃色の髪に、凛々しい顔立ちの男。
私の死んだはずの息子。
「・・・・リンドウ」
「お母さん。帰ろう、僕たちの家に」
私に手を伸ばしてくる息子。
あぁ、ずっと会いたかった。
あって抱きしめてあげたかった。
もう1人にはさせないから、寂しい思いをさせない、今度こそずっと傍に居て
─── 師匠ッ!
「───」
私の伸ばした手が止まる。
「お母さん?」
─── 師匠ッ!
あぁ、そうだ。
お前は、そうだったね。
全く、仕方の無い"バカ息子"だよ。
「お母さん、そっちは違うよ」
「すまないね、私はそっちに行けないよ」
「お母さんッ!」
「もう決めたんだ」
あの子だけは、幸せにしてあげるって。
「守れなくてごめんね、リンドウ」
私はもんの方に歩き出す。
無かったはずの装具の重みと武器の重み。
右目の失明、右手に力が入らない。
全身に焼けるような痛み。
だが、それでも私は門の外に出ようと歩みを進める。
門の外は何も見えない闇と痛みと恐怖。
反対側の息子の方には太陽の光のように眩い光と温もりがあった。
後ろから息子の声が聞こえる。
そばにいてやれなくてごめんな。
助けてあげられなくてごめんな。
でも、お前が"そっち"にいるなら安心だ。
だからこそ、私は"そっち"には行けない。
私は門の外に出た。
▶▶▶
「師匠ッ!」
「・・・・・バカ弟子が」
なんて面してんだ。
どんなに苦しい時も、悲しい時も、そんな辛そうな顔したことないくせに。
私なんかに憧れて、私の背中を追いかけて、こんな所まで来て。
お前は何時も私の期待に応えてくれた。
お前が私の唯一の心残りだよ。
私がハンターになることを強要したせいで、随分と辛い想いをさせちまった。
きっとハンターにさえさせなければ、お前はもっと辛い思いもしなくてよかったし、幸せな未来が待っていたはずだ。
「帰ろうぜ、まだ間に合う!オストガロアが居ない今のうちに!」
あぁ、お前は本当に優しい子に育ったね。
こんなに大きくなって、強くなって、優しくなって。
お前はもう、充分【英雄】さ。
誰も認めなくても、誰もお前を認めなくたって私が認める。
「後は、頼んだよ」
お前は立派な【英雄】さ、バカ息子。
───ギシャアアアァァァァッ!!
そうだ、帰ったらシチューを作ってやろう。
お前が好きな私の手作りシチューさ。
だから、そんな湿気た面するもんじゃないよ。
バカ息子。