それゆけ!テスターAC乗り大豊パイロット訓練生! 作:テキサス仮面
<<アリーナ登録情報から機体名「マッドスタンプ」と識別。ランキング最下位です>>
アリーナ最下位と言われれば、弱い印象を抱いてしまうだろうが実際は異なる。この星には有象無象の傭兵たちがおり、ランカーというのはオールマインドに登録した傭兵の中でも上澄を意味するのだ。
<<クソッタレのドーザーが!>>
新たな敵影を捉えるなり、銭塘は声を荒げながら敵機に斬りかかる。
「待てG12、距離を取れ」
621にとって他者に指示を出すのは初めての経験だった。
調教師であるウォルターの言動をコーラルに焼かれた鈍い頭の奥から引っ張り出し、彼ならどんな言葉を発するのか必死に考えを巡らせる。
ここは敵地であり、どんな歓迎をされるか分かったものではない。
「やめろ、1人で戦う必要はない」
誰かの真似事とはいえ、その判断は紛れもなく621の意思からなるものであり、彼女自身人間性を取り戻し始めた証である。
そんな人間としての再スタートラインに立ったばかりの621に、錯乱する僚機の手綱を握る力はまだ無かった。
<<何でお前がいるんだ!? コーラル漬けの狂人め!!>>
「だからやめろ!」
明らかに誰かと勘違いしながら、被弾もお構いなしに突撃する銭塘。
大豊の分厚い装甲だから良いものの、後先を考えない危険な戦い方をさせ続けるわけにはいかないと判断した621は再び彼に制止を促す。
だが、彼の耳には届いていない。銭塘は怒号とも悲鳴ともつかない大声を迸らせ、目の前の脅威を排除しようと機体を走らせた。
こちらが支援しようにも、あそこまで距離を詰められると彼まで撃ちかねない。621は歯痒い思いを抱えたまま、引き金を引けずにただ銭塘の戦闘を見つめることしかできなかった。
<<あぁ? お前誰だぁ?>>
<<忘れたか? そうか忘れたか! いいね! そのまま2度としゃべるな!!>>
<<おいおいビジター、お前もコーラル吸ってるのかぁ? いいよなぁコーラルはよぉ>>
ふらふらと読めない軌道でACを駆るドーザーに銭塘はより一層怒りを募らせ、マシンガンと共に爆ける。
コーラル服用により酩酊するドーザーはそれを頑丈なコアで受け止め、ケラケラと不愉快な笑い声を溢した。
「レイヴン、彼は一体どうしたのでしょうか? 何か勘違いをしているようですが……」
「……」
沈黙する彼女には心当たりがあった。
黄色い機体、チェーンソー。敵機の特徴は、あるACを連想させる。感情が希薄な621でも苦い記憶と共に、ブルートゥという男の存在が脳裏をよぎった。
銭塘はあの敵機とブルートゥを勘違いしているのだろうか。
共通点だけ上げれば似ているかもしれないが、明らかに別人だ。銭塘がそれすらわからないほど錯乱している理由がわからない。
そもそも久しぶりに会った銭塘の様子も、以前とは少々異なっていると621は感じていた。
(何があったんだ?)
無人兵器に向かって突っ込むことはあったが、ここまで激情に染まるような人物だったか?
毎日のように届いていた彼からのメッセージを思い返すも、蘇るのはよく笑う楽しそうな声ばかり。
とにかく、このままにしてはおけない。
621は乗り慣れたLOADER 4の狩猟犬によく似た頭を上げ、定めたターゲットに向け走り出す。
コーラルの奔流とバルデウスとの戦闘により、ウォルターが用意したベイラムのカスタムパーツ一式は使い物にならなったため、RaD製の機体を再び駆ることとなった。
お世辞にも戦闘に適しているとは呼べない代物だが、性能自体は悪くない。しかも内装はできる範囲で最適化しており、初めの頃とは全く乗り心地が違う。
621はABで距離を一気に詰め目標を、銭塘が乗る大豊製AC月餅を勢いよく蹴り飛ばした。
<<レイヴン!? 何を……>>
グリッドの壁にぶつかった月餅から、困惑に染まった声が漏れる。
「アレはブルートゥじゃない。冷静になれ、G12」
<<なんだぁ、仲間割れか? そんな様子で無敵のラミー様に勝てるかよ!>>
割り込んできたLOADER 4にターゲットを切り替えたマッドスタンプは、チェーンソーを振るうべく無計画に接近した。
「ブルートゥじゃないって言ってるぞ」
LOADER 4は最低限のQBで盛大な空振りを鑑賞し、その隙だらけの懐に蹴りを入れた。凄まじい反応速度、敵機は咄嗟に反応できない。そうしてマッドスタンプがスタッガーに陥った瞬間、LOADER 4の振るったブレードによってAPを削り取られ、機体は爆散。
<<おっ 俺のマッドスタンプがあーっ!?>>
<<敵ACを撃破>>
断末魔は途中で途切れ、冷淡なエアの声で締め括る。敵機と共に怒りの矛先を失った銭塘は動きを止めた。開かれたままの回線からは荒い呼吸だけが聞こえる。
「なぁ、銭塘。お前、何かあったのか?」
<<っ……>>
銭塘は口ごもる。
「オレに何が出来るかわからねぇが、話だけでも」
<<……企業に属している以上、あまり好き勝手な発言はできませんので>>
まるでマニュアルを読みあげるかのように淡々とした声で621を遮った。
「企業って大変なんだな」
<<以前喋りすぎだとこっ酷く叱られましたので……はは>>
明らかに無理をした銭塘の笑い声に、621はやましい気持ちになる。
あまり深入りすべきでは無いのだろうか。
何とかしたいと621は思うものの、どうすれば良いのか見当もつかずただもどかしさに胸を痛めた。
<<もっと話したいこといっぱいあるんだけどなぁ……>>
銭塘の消え入りそうな呟きがノイズの中に消えていった。
621にとって銭塘はウォルター以外で最も交流ある人物である。
姿を見せないまま四六時中621の傍に存在するエア程の距離の近さは無いとはいえ、621の発声をサポートする人工咽頭をハッキングして銭塘と会話するまで幻聴疑惑のあった彼女とは訳が違う。
「彼のことが気にかかるのですかレイヴン?」
621のもどかしさを感じ取ったのか、エアが声をかけてくる。
「ああ、でもどうすればいいのかわからねぇ」
戦闘なら何とかなる。だがそれ以外となると、一切の経験を喪失した621にとって暗闇の中を手探りで進むのと同様だ。
こんな時こそ、ハンドラーの指示を仰ぎたい。だが、それは叶わない願いだ。
<<やってくれるねビジター! 好き放題やってくれているようだね>>
気まずい沈黙を、突然大音量の女の声が叩き割る。広域放送から響くその声は、どうやら侵入者である621達に向けられているようだ。
<<私らRaDは来る者は拒まないのがモットーだ。せいぜい歓迎しようじゃないか>>
621達を招き入れるかのように閉ざされていた隔壁が開いていく。
「……行きましょうレイヴン」
障壁を潜った先は先ほどまでと打って変わり、開放感を感じさせるほど開けていた。思わず621は周辺を探索したい衝動に駆られる。
だが、先ほどから無言の銭塘と共にグリッドの隅から隅まで観光するわけにもいかず、とりあえずRaDのロゴが大きく描かれた場所へ向かうことにした。
周囲に配備されたMTの数からして、おそらくそこが敵の本拠地に違いない。敵の弾幕を上手く回避しつつ、二人は隔壁の元へ到着した。
隔壁は閉じられてはいるものの、アクセス権自体は解放されている。
<<鍵のかけ忘れだなんてやはりドーザーは間抜けだな! ……と思いたいところですが、あからさますぎますね>>
沈黙を破った銭塘は621の背後に回り、周囲の警戒を強めた。
<<なんだいビジター、遊び心がないのかね? つまらない男は嫌われるよ>>
<<死神にモテるよりはいいだろ、ドーザー>>
通信の向こう側で女が肩をすくめる姿が見えるようだ。そして上空から二つの球体が落下した。銭塘の想像通り、これは罠だ。
球体が展開し人型から離れた奇妙な形態へ姿を変え、腹に抱えたガトリングとミサイルが、来客達に手厚いサプライズをもたらした。
先ほどまでのMTよりもずっと機敏で、なおかつ固い。
<<うちのトイボックスはどうだい? なかなか笑えるだろ?>>
小声で「どこがだよ」と銭塘は吐き捨て、両手のマシンガンを振るう。
どんな敵だろうと、やる事に変わりはない。621もACSに負荷をかけ続け、スタッガーに陥った瞬間最大火力を叩き込む。
<<じゃあ、おかわりと行こうじゃないか>>
新たに頭上から球体が降ってきた。だがいくら数が増えようと、一度倒した相手に苦戦するようなパイロットはこの場に存在しない。
「先へ進みましょう」
銭塘と621が手早くトイボックスを排除したことを確認したエアは、621の首輪のような人工咽頭、すなわち「声」を借りて2人に呼びかけた。
<<……はい>>
気まずい雰囲気が解かれることは無いまま、2人はグリッドのさらに奥に足を踏み入れたのだった。