それゆけ!テスターAC乗り大豊パイロット訓練生! 作:テキサス仮面
封鎖機構の連中がカーゴランチャーを封じるため動いたとカーラから知らされた俺たちは、上層へつながるエレベーターへと急いで乗り込んだ。
肩にずうんと急上昇特有の感覚が圧し掛かる。コックピット越しでもはっきり伝わるほどの勢いとは恐ろしい。メーターを見ると信じられないほどの速さで俺たちが上昇していることがわかる。実感はあまりないが、もの数分で雲の上に到達するだろう。
「……で、何でアンタまで付いてくるんだ?」
俺は前方に佇む青い機体、スティールヘイズの中に座るラスティへと鋭い視線を向けた。
<<アーキバスも中央氷原の情報が欲しいからな。そのための手段を封鎖機構に潰されるのはそちらも困るだろ?ここは何かの縁ということでいこうじゃないか。確か…君たちの言葉で何と言ったか>>
「……呉越同舟」
<<そうそう、それだ。よろしく頼む>>
爽やかに当たり障りなく返される。まるで霞をつかまされたようで、あいも変わらず腹の底が見えてこない。これがヴェスパーのやり方か、はたまたラスティ独自のものか。それすら判断つかないのが嫌になる。
輪郭のぼやけた違和感が俺をせっつくが、今出来ることは何もない。せめて背中から撃たれないよう警戒しておこうと思考を打ち止めた。
僅かな浮遊感が足元から重力感を奪い、腹の底を軽くさせる。どうやら屋上に到着したようだ。
グリッドの天辺、外殻に当たる区画は惑星封鎖機構のテリトリー。
いたるところに外殼警備システムが浮いており、俺たちのような命知らずの侵入者を阻む。
そして最も危険なのが、衛星軌道上からの狙撃だ。
カーゴランチャーの設備自体を破壊するほどの威力は無いものの、ACではひとたまりもない。
えらく物騒な警備システムを配備して、よっぽど氷原に向かわれたくないのか?
「最初からすべて破壊しておけよ」と、俺は吐き捨てた。
<<あんたはもっと遊びを持ちな>>
慎重に物陰の下を進む俺を見てか、RaDの頭目は退屈したようにため息をついた。
「はいはいわかりましたよ
こちとらそんな余裕はないんだよと胸の内で愚痴を零しつつも、遮蔽物のなくなった道中をABで強攻突破し封鎖機構の警備システムを排除。ようやくカーゴランチャーの元へ辿り着いた。
乗り込むコンテナを物色するレイヴンとラスティを遠目に、俺は何気なく前方に視線を向けた。
視界に入る空は赤く濁り、それが全て燃え残ったコーラルだと思うだけで喉に酸味が込み上げる。
息を吸うだけで肺に痛みが広がり呼吸さえ億劫だ。なんだか目がチカチカしてきたぞ。光化学スモッグならぬ、コーラルスモッグ警報を発令してほしいね。
<<体調が悪いようですが、大丈夫ですか? >>
堪え切れぬ体調不良に呻く俺を心配して、エアが声をかけてきた。
「慣れているんで平気ですよ!」
無理やり息を整え、声だけでも気丈に振る舞ってみせる。正直なところ、かなりキツい。ここまで酷いコーラルアレルギー症状は初めてだ。
全身の不快感が止まらないどころか、次第に強くなっていく。
特に上から皮膚が炙られるような感覚が非常に辛く、一刻も早くこの場から立ち去るべきだと警戒を鳴らしていた。
ナニカがこちらに向かってきているという漠然とした直感がある。もうやだよ……でもやるしかない。鬼が出るか蛇が出るか。吸いすぎで熱を持った携帯シーシャを懐にしまって、俺は気を引き締──ー
「っ!? 不味い! レイヴン離れて!!」
コーラルの不快感が急に増大し、俺は無意識のうちに叫んでいた。
そしてレイヴンがコンテナに入り込もうと近寄った瞬間、何かか頭上から降ってきた。
<<この機体は……!?>>
瞳孔が崩れ、蕩けるような強烈な熱。
烟った瞳に映る巨大な何かが、粉々になったコンテナを踏みつける。
封鎖機構の、無人兵器……!?
「コーラル兵器ってわけですか……」
今までに体験したことのない強烈な痛みが、一瞬だけ俺の意識を刈り取った。
コーラルだ。間違いなくこの兵器は動力と兵装に余すことなくコーラルを用いて稼働している。
ミサイルの軌道は赤い光が残り、撃ち放たれるレーザーも同じ色を纏っているのが何よりの証だろう。
<<C兵器シースパイダー型……、ろくでもない技研の遺産が……こんなところに配備されていたとはね……! >>
封鎖機構はルビコンで鹵獲した兵器を運用しているということなのだろうか。
シースパイダーと呼ばれた大型兵器は生物を模したような挙動で跳ね回った。吐き出されるミサイルと細いレーザーは糸のように獲物を絡みとり、主砲が毒牙のように獲物を突き刺す。
さながら蜘蛛のような何か。
「物知りなシンデレラ、あれには人が乗っているのか?」
<<……いいや>>
「ならよかった」
無人なら多少気分は楽だが、未知の脅威とコーラルの組み合わせを簡単にどうにかできるとは思ってはいない。
<<カーゴランチャーが破壊される前に対処するぞ、銭塘>>
しかし、ここにはレイヴンがいる。
それだけで俺のモチベーションは段違いだ。
機動力に秀でたラスティが弾をばら撒いて海蜘蛛の気を引く間に、俺とレイヴンは弾幕を重ねる。
近寄り過ぎると脚部による踏み付けに巻き込まれてしまうので、ギリギリの距離を保つよう気を張った。
大抵の大型兵器はACSによる直撃回避機能を有している。それにジャガーノートのように分厚い装甲に覆われているわけではないようだし、ならば連撃を続ければおのずとチャンスがやってくるはずだ。
案の定、巨大な図体が突然動きを止め絶好の機会が訪れる。
<<いくぞ、仕掛ける好機だ>>
レイヴンの声を合図に、俺たちは近接武器を起動させる。2本のパルスブレードに回転するレーザーブレードという三方向からの斬撃が、スタッガーに陥ったシースパイダーを焼いた。これは手ごたえがあったぞ! やはり物量、物量は全てを解決……
<<行動パターンが変化しただと? 気をつけるんだ戦友>>
残念なことに高揚を味わう間もなく、事態は急変した。シースパイダーは大きく飛び上がるが、単なる飛躍にとどまらなかったのだ。
<<おいおい、飛んだよビジター>>
ドーザーも思わずドン引きする光景に頬の痙攣が止まらない。
シースパイダーはそのまま高度を上げ、俺たちに向けコーラルレーザーを撃ち落とした。
コアに伝わる振動よりも、俺の頭の中だけの幻痛が強く視界を揺らす。
降り注ぐコーラルを纏ったミサイルが着実にこちらの機体にダメージを与え、月餅は硬直を繰り返した。やりにくいとかそういう次元を超えているんだが!?
シースパイダーはこれでもかとコーラルを俺たちに浴びせたかと思えば、また奇妙な動作を始めたではないか。
飛び上がって俺たちから距離を取ったかと思えば、先ほどまで脚だったパーツから赤い光が形を成す。
オイオイまさか、これはブレードか?
俺の嫌な予感はそのまま現実となった。6本のレーザーブレードを展開し、シースパイダーは機体を回転させながら突っ込んでくる。
「ブレードの本数はあちらさんの方が上かよ!」
吐き気に絶叫が重なって非常に喉が痛いが、それでも叫ばずにはいられなかった。感情を吐き出さねばストレスで爆散してしまう!
軽快にブレードを避けるラスティと、攻撃の為高度を下げたシースパイダーの頭上を取って反撃を重ねるレイヴン。
それに対し俺はというと、逃げ損なった上にブレードに巻きこまれ揉みくちゃにされている。イカれた玩具と踊る趣味なんか無いんだよ!
やってやる、今なら巻き込むこともないだろう。意を決した俺は、まだ一度も使ったことのない切り札を切った。
広範囲のパルスの爆発は、シースパイダーの放ったミサイル全て掻き消し本体に衝撃を与えた。
初めてのアサルトアーマーの光に誘発されトラウマがフラッシュバックする。
全身に響く振動に加え、背筋を撫でるあの声が耳元で囁く。光でくらんだ視界が赤く染まりそうになるのを、理性でぎゅっと堪えた。
……樹大枝細、樹大枝細! そんなものここには存在しないし、仮に居たとしても今回は三人だ。
俺だってあの時のままでは無い……と思う。多分。
浮かんでいるシースパイダーは損傷拡大に伴い、その軌道は非常に不安定となっている。レーザーの発射感覚も伸びてきており、この戦いはそう長くかからないだろう。
いや、まて。
頭上に視線を向け、俺は持てる限りの声量で叫んだ。
「上からくるぞ!!」
上層のグリッドをぶち抜いて、巨大な影が再び俺たちの前に落下した。
<<そんな……二機目のシースパイダー!?>>
エアの悲痛な声が無情にも響く。眼前に並ぶ2機のコーラル兵器は、理不尽な暴力を再び行使する。
ラスティもレイヴンも無傷ではない。俺なんてリペアキットを使い切ってしまった! 畜生……こんなところで……
ところで、ここ狭くない?
お世辞にも広いとは言えない空間にACが3機。そこに大型兵器が2機現れるとどうなるか。
ブレードを展開したシースパイダーを俺はギリギリで躱わし、増援として後から来た機体はレイヴンとラスティを追って跳ね回り……運悪く二機の進路は重なってしまった。
俺たちの手によって損傷したシースパイダーが損傷したジェネレーターから溢れるコーラルに耐えきれず、衝突の衝撃で火を噴いた。
その勢いは新参者の二機目を巻き込み、派手な花火をブチかます。うおっ、眩しい。
<<敵機システムダウン……ジェネレータが爆発します!>>
赤い光が迸り、視界を埋め尽くす。
そして光と共に急速に和らぐ痛みが俺たちの勝利を告げた。いまいち腑に落ちない終わり方だが、生き残っただけよかったとしよう。
<<あいつら自滅しやがったよ!!!!>>
緊張の糸が緩んだ瞬間カーラのうわずった声が耳を劈いた。通信の向こうで笑い転げている様子がありありと思い浮かぶ。
笑いすぎで息を詰まらせて死ぬんじゃないのか? という勢いだ。誰か止めてやってくれ。
<<コーラルをジェネレーターに使うだなんて……>>
そんな騒がしい通信の中で、驚愕と哀しみが混ざったエアの声がやけにはっきり聞こえるのはなぜだろう。
コーラルとはエネルギーになる物質と聞いており、それがジェネレーターに使われるのはごく自然なことだと思うのだが。
なのにどうして彼女はここまで
ふと、生ぬるい何かが頬を伝っていることに気がついた。
涙? どうして俺は泣いているんだ?
何故か強烈な喪失感が胸を抉り、空中に四散していく赤い光から目が離せない。
外から波に押し流されるように、自分のものではない何かが俺の感情を塗りつぶしている。そんな違和感を自覚した瞬間、嘘のように涙も悲しみも立ち消えた。
何だこの症状は? コーラルアレルギーの症状が悪化したのだろうか。
まあ大型コーラル兵器二機と接触した以上、コーラル被ばくが無視できない数値になっていてもおかしくない。これが終わったら医者の元へ行こう、有給申請もしよう。さすがに休ませてくれと全身が叫んでいた。
二体のシースパイダーによる爆発の余燼が燻る中、俺たちはこれ以上の追撃を避けるべく早急に本来の目標へ向かう。
カーラの指示で無事なコンテナにアクセス。後は乗り込むだけなのだが、戦闘の興奮が治まるにつれ
これに乗るのか……? マジかぁ……。コンテナも大陸間輸送を耐えられるよう頑丈な作りになっているのだろうが、大豊の堅牢なACに比べると今一つ信用しきれないでいた。
<<どうした銭塘、乗らないのか?>>
<<封鎖機構の追撃の恐れがあります。急いで>>
<<うだうだ言ってないで、とっとと乗り込みな>>
尻込みする俺を女性陣が無理やり促した。やるよ、やってやるよもう!
俺はもうやけくそ気味に渡し舟たる輸送用コンテナに身を投げるよう入り込む。
<<G12、仕事の時間だ>>
<<共に海越えと行こうじゃないか、戦友>>
<<様子のおかしい人です。早くいきましょうレイヴン>>
「愉快な遠足かよ……!」
本当に騒がしい遠足となったものだ。初めはレイヴンとの二人きりの任務だと思っていたのに、あれよあれよという間に大所帯。
コンテナは閉じられ、暗闇が外の赤い光から俺を遮断する。
<<こいつは あくまで物資輸送のための代物だ。有人で打ち出されるのは、あんた達が初めてになるだろうね>>
「そうだろうな!」
ここにきてからひたすら叫んでいるような気がする。カタパルトを遥かに上回る推進力に俺は座席に身体を打ちつけられる。押し潰されそうだ。それに真っ暗な視界にチリチリと赤い点が輝いて見える。俺、死ぬのかな? 勢いに流されるように、意識が遠のいていく。
そういえば川を渡る行為と言えば、死後の世界など後戻りができない状態の比喩によく使われているよな。彼岸への渡川ってやつか? ははっ。
「二度と、乗ってやるものか」
精一杯の呪詛を呟いたと同時に俺の意識は途切れた。
四散した意識がゆっくりと浮上する。
死んだのか?
いいや違うと鈍く脈打つような頭痛が俺に覚醒を促した。
「やっと起きたか、G12」
知らない天井と、俺を見下ろす誰かの顔が見える。いや、性格にいうとぼやけてよく見えない。思考も靄がかかったように曖昧で、自分のコールサインで呼びかけられていることを理解するにも時間がかかった。
次第に焦点が定まり、俺の眼前の人物が記憶の中の情報と合致する。
「レイヴン……?」
レイヴン、彼女の顔を見るのは今回で二度目だ。初任務の苦い経験が脳を揺らして吐き気を呼び起こす。不味い、流石にレイヴンに二度も吐瀉物をかけてしまうわけにはいかないので、意識を別のものへ向けた。
こんなに至近距離だと前回気がつかなかったところに目が入ってしまう。
セミロングの髪はレイヴンの名に相応しい濡羽色。幼さを残す整った顔立ちだが、前髪の下にはやけどのような変色が見らる。
体のラインを浮き彫りにするメッシュスーツを身につけた四肢は、引き締まっているというよりも必要な肉すらついていない。
そして何より特徴的なのは、その濁った光を持つ目だ。
一言で表すなら伽藍堂な人形の目。だが、その奥に輝く旧型強化人間特有の赤い光は、強烈なまでに命を感じさせる。
ほとんど瞬きをしない彼女にじっと見つめられ、その瞳に引き込まれるような錯覚に目眩を起こしそうだ。
というか、あまりにも近すぎる。一体今俺はどんな体勢なんだ?
起きあがろうと四肢に力を入れるが、目の奥で火花が散った。
<<貴方はまだだ横になっていてください。ベイラムにはこちらから連絡を入れておきました。しばらくすればこの封鎖機構が廃棄した古い基地に迎えが来るはずです>>
視界を動かすが、エアらしき人物の姿は見えない。いったいどこから話しているのだろうか。音と感覚からして近くにいるはずなのだが、霞んだ視界にはレイヴン以外映らないままだ。
「まだ仕事が終わってませんし、寝てるわけには……」
<<氷原の先行調査の件ですが、こちらはV.Ⅳラスティが情報の一部を提供してくれました。少なくとも、手ぶらということにはならないはずです>>
「ヴェスパーが?」
「お前に恩を売っておきたいと言っていた。ここまでお前を運んできたのもあいつだ」
何だ、それ。
鈍い頭を回しても納得のいく答えは見つかりそうに無い。
溜息を深く吐いて、生温かな感触に後頭部を預ける。
ん、温かい?
まさか…………これは、膝枕?
温もりの理由を理解した瞬間、反射的に上半身が跳ね上がった。
「……っ!?」
全身に声の出せないほどの激痛が走り、そのまま力無く元の場所に頭を下すしかなかった。
「だから起きるなって」
「いや、だってこの状態って」
「休め、今はそれがお前の仕事だ」
有無を言わさぬ真顔の圧力に押されてしまったので、レイヴンに甘んじることにする。
「なぁ銭塘。お前、何があったんだ?」
「なにって」
「ずっと辛そうだし、そこら辺のやつをブルートゥと間違えるし、大丈夫かお前?」
大丈夫。その言葉が脊髄反射的に出そうになったが、彼女の目を意識した途端言葉に詰まった。
何が?一体何が大丈夫なのだ?またそうやって、面倒なことに向き合わないために耐えるのか?
ここにいるのはレイヴンとエアだけで、通話ログにも残らない。こんな機会、二度と起きるとは思えない。企業の人間として不適切なのは理解している。それでも今にも溢れそうな言葉を吐き出さずにはいられなかった。
「…………聞いてもらって、いいですか? 話してもいいですか?」
「俺は構わないぞ」
戸惑いに震える俺をレイヴンの瞳は捉えて離さない。その複雑な虹彩の奥で光る赤い輝きを見つめるだけで鼓動が高鳴る。
そして気が付けば、ぽつりぽつりと乱雑に言葉を零していた。
俺の出身は、ここルビコン3からそう遠くない大豊経済圏。両親とも大豊で働き、それなりの「普通の生活」を送ることができたことは、人生で最も幸いなことだった。そう思わなきゃ。
ただ、両親が望むほど優秀になれなかったのは苦しかったかな。何とか顔色を窺ってやり過ごしてきたけど、結構大変で、普段は二人とも家にいないくせにプレッシャーがすごいのなんの。逃げ出すことも考えたけど、結局俺の耐久勝ち。あの人たちは運悪く事故で亡くなって、俺は出来損ないのまま一人世間にほっぽり出された。
特にやりたいことも無かったけど、社会に属している以上働かなきゃならない。というわけで何となく親の望みを叶えたくなくて、親が嫌っていたブルーワーカーを選んだ。で、なんやかんやあって今はACに乗っている。それだけ。
他者を否定してまで押し通せる我なんて無い。
流れに身を任せ、物事をただ耐えるだけ。
そこに使命感も願いも無い。ただ、面倒ごとに向き合いたくない、ただそれだけ。それだけしかないんだ。
弱いから耐えてきた。問題を先延ばしにして有耶無耶にするまで耐えきってきた。どうでもよくなるまで放置してきた。
なのに今は言葉と共に涙が溢れ、まともに息を吸うことすらままならない。酷く無様な有様だ。
吐露した途端、堰を切ったかのように感情が流れ出した。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を、パイロットスーツの袖で無理やり拭う。
尽きぬ吐き気と苛立ちばかりで涸れ谷のようだったのに、いまでは濁流のように混とんとしている。
こんなところ聞かれたくないし、一刻も早く消えてしまいたい。羞恥心と激情が重なり、思考は混濁。何がしたいのか全くわからなくなる。
それでも2人はただ俺の声に耳を傾けていてくれた。
流された先で人を殺して、衝動的に助けて、結果的に命の恩人が死んだ。
流されるなら、流され続けろよ。
なんで今更になって選んでしまったんだ。動いてしまったんだ。
支離滅裂な言葉を止める力はなく、ただ吐き出すように零れていく。
自分のやりたいことなど、とっくに昔に見失った。ただ何となく生きて、周りに指示されたままに引き金を引くだけの日々に意味はあるのか?
別にACに乗ることは好きじゃない。だが正直なところ、ACを嫌いになれないのだ。
何もかもが中途半端。エンブレムだって流されるままにウサギになっただけで特に意味は無い。
「俺って結局、何がしたいのだろう。誰が教えてくれ」
「それは自分で決めたほうがいい」
気が付いたら、クッソムカつくほどイケメンな知らない男が俺に生暖かい目を向けていた。
ヴェスパーⅣラスティ、奴は声の印象をそのまま出力したとしか言いようの無いイケメンだった。
<<621は無事に中央氷原に着いたようだ。これから迎えに行く>>
<<あんた、あのレッドガンの末席をどう思ってるんだい? >>
<<……621と交友があるようだが、いささか距離が近すぎる。メッセージを送る頻度も高く、多いときは一日に20件を超える。正直付き合う相手を選べと言いたいが、あいつにとって「友人」であるならば俺から言えることは無い……。しかし……>>
<<娘に変な虫が付くの嫌がる父親かいあんたは。……確かな情報とは言えないけど、あのG12って奴はどうやらコーラルを生身で感知できるらしい>>
<<なに?>>
<<シースパイダーが現れた時、あいつはコーラル兵器だって一発で見抜きやがったのさ。それにレーダー範囲外にいた2機目の存在に真っ先に勘づいた。大豊の
<<コーラルに過敏に反応する体質なのだろう、それ自体はいくつか例がある。問題はこれをベイラムが理解して運用しているかどうかだな。先に集積コーラルに辿り着かれては厄介だ>>
<<どうする、うちで片付けるかい?>>
<<……まだその必要はない。今は様子を見る>>
<<ハァ、その選択が誤りじゃないことを願うよ>>
もうちょっとだけ続きます