それゆけ!テスターAC乗り大豊パイロット訓練生! 作:テキサス仮面
「やー!!」
「銭塘くん! 肩押さえて!」
「いや無理俺男ですからね!?」
「彼女に裸で彷徨かれるのがご所望かい!?」
「ウワァー! すいません触りますすいません」
「やー!!」
今日は嫌がるレイヴンを洗っています。
彼女のハンドラーは一体何をやっていたんだ!
いや、何やってんだよ俺!?
遡ること前日。
ルビコンでの大豊といえば、シュナイダーに襲撃されるかベイラムにこき使われるかの二択。
華々しい功績は、雇った独立傭兵レイヴンがもたらしたものだけだ。
当然ルビコン星外にいる本部の人間からすれば疑問ばかり。
そこでレイヴンは殆ど大豊の戦力であるというアピールをする必要が出てきたのだ。
「だから、レイヴンに社内広報のグラビアをやれと……!?」
<<そこを何とか! ルビコン支部の命運がかかってるんだ!>>
通信越しに縋るような声で頼み込んでくるのは、何度も世話になっている大豊ルビコン支部の医療部門の主任のである先生だ。ベイラムの無茶な調査領域の拡大の結果、慢性的な人員不足に陥った大豊も業務の兼任が恒常化してしまったようで実に嘆かわしい。ブラック!
で、封鎖機構の介入によりコーラル調査どころでなくなったこのタイミングでふざけた仕事をレイヴンに紹介して欲しいと?
ふざけているのか?
大豊はレイヴンの価値をわかっていない。
しかしながら俺に頼み込む先生は至って真剣だ。
先生のこんな必死な様子は、五花海さんがヴォルタ先輩とレッド先輩を巻き込んで秘密裏に行っていた密造酒の製造を止めにきた時以来か。組織内で内々に消費する量じゃなかったんだよなあれ。下手しなくても上にバレたら首が飛ぶぞ……って、そんなこと思い返してる場合じゃ無い。
<<報酬はパーツだよ! うちから出せる一級品! ね? 色良い返事を……!>>
ふざけるな! と跳ね除けたい所だが、こうも強く頼まれてしまうと断り難い。先生が悲痛な声色で頼み込むたび、通信機の向こうで頭を下げている様子がありたりと浮かんだ。
……ここで俺が拒めば大豊ルビコン支部の立場はますます弱くなるのは想像に難しくはない。レイヴンを見世物にするなど
彼女の意志が無ければ認めないが、大豊の同胞と天秤にかけられてしまっては選択の余地が無かった。
仕方がないと俺は諦め、思いっきりため息を吐く。
「一応レイヴンさんに聞いてみます。期待はしないでください」
その後、断られることを前提としてレイヴンに話を振ってみたのだが、
「いいぞ」とあっさり承諾をもらってしまったのだった。
レイヴン、二度目の大豊。嬉しくも、理由が理由なので非常に複雑な感情を抱きながら、俺も大慌てで中央氷原から大豊ルビコン支部のあるベリウス地方へ移動した。
ミシガン総長にこんなクソ忙しい時にバカなことをしているんだ! と思いっきり怒鳴られたが、意思と大豊の物資を持ち帰ることを示して圧を突破した。
まぁ、全くその通りなんですけどね!
何度も雇用しているとはいえ、レイヴンも一応は外部の人間だ。形式上セキュリティ対策として歩き回れるのはロビーと食堂、そして俺の部屋だけである。撮影の準備が終わるまで待機することになったレイヴンは、俺の部屋で待機することを選んだのだ。
「ここがお前の部屋か」
これが人生初、自室に異性を迎えた瞬間である。
何でだよ。そこは客室とか空き部屋とかあるよな???
「俺の部屋といっても俺がレッドガン配属後に割り当てられた場所で、俺自身はまだ数回しか使っていないんですけどね。あれでしたら別室を用意できないか上に問い合わせますけど」
「大丈夫だ。問題ない」
「一番いいのを頼む……?」
「何の話だ」
俺は何度同じ失敗をすればいいのだろうか?
偶然に過ぎない古風な言い回しについ反応し、レイヴンに怪訝な顔をされてしまったではないか。こんなことばかりやってるから友人ができないんだよ。
幸いにもレイヴンは今のやり取りを気に留めず、壁際に備え付けられた無機質なベッドに飛び込むようにして転がった。その無邪気な行動を、つい視線で追ってしまう。
外見相応の年齢の少女の姿そのものだ。
首筋の、鈍い光沢以外は。
強化人間を繋ぐコネクタこそが、この少女がACを駆る脳を弄繰り回された強化人間だという動かぬ証だ。
それに忌避感を覚えないと言えば、嘘になる。
人類が宇宙に進出して、生身の体以上に求められることが多くなった現在でも、生身信仰は根強く人類の間で信じられてきた。
人体を機械に置き換えた末、そこに残るものは何か? という根源的な恐怖があるのだとある学者は言った。コーラルの発見と共に発展した強化人間の歴史に呑まれた死人の数は、上辺だけの情報を齧った俺を青ざめさせるのに十分だった。
しかし、それ以上に美しく思えてならなかった。
「どうした?」
突然声を掛けられ、はっとする。
気が付くとレイヴンが無防備に寝転がったままこちらを見つめていた。
俺は慌てて首を横に振って誤魔化すと、しばしの沈黙ののち彼女の視線は俺から外れた。
ベッドに横たわったまま興味津々に部屋を見渡すレイヴンの姿は、どことなく尻尾を振る犬を連想させた。かわいいなぁ。
訓練生時代の宿舎が兎小屋としか思えない広さの馴染みない部屋は、実質ホテルのようなものである。
どうみても年下の女性と2人っきり。そんな密室で何も起こらないはずもなく……いや起こらせるな。
頭を擡げる不純な興奮を押さえつける様に、俺は質問を投げかけた。
「今回の任務内容はずいぶん特殊なものですが、レイヴンの雇い主の許可は降りたんですよね?」
「ああ。『言いたいことは色々とあるが、お前に選択する権利がある。選んだのなら義務を果たせ』と言っていた」
自由意志の尊重というか何というか……。
レイヴンの雇い主が渋々送り出したのが目に浮かぶようだ。そりゃ腕利の傭兵を企業のマスコットのように扱う仕事を快く思うわけがない。
どちらかというと娘に水商売みたいな仕事をして欲しく無い父親っぽいような気がするが……いや、傭兵やらせてる時点で色々ダメだろ。
レイヴンの雇い主、悪名高き「ハンドラーウォルター」。ベイラムのデータベースにあるその男の情報だけを見ると傭兵を使い潰す冷徹な人物に思えるが、実際彼の
犬は犬でもカレブ犬《ネオドック》か? 兔死狗烹ということにならなければいいが。
ふと、彼女が再び俺に視線を向けていることに気が付いた。
「この部屋にあるものは好きにしてもらって大丈夫ですからね」
「いいのか? 好きにするぞ」
レイヴンは俺に向けて首を傾げる。そしてひよっこり起き上がると、気がむくまま物色を始めた。揺れる髪が犬の耳に見えなくもないような。本当に可愛いなぁ。
これがレッドガンの宿舎ならコンプラや私物を隠すのに必死になっているところだが、幸いにも利用回数の少ない大豊基地ではそんな心配とは無縁だった。
訓練生時代のタコ部屋から私物は持ち込んではいるものの、見られて困るようなものはなに一つ無い。ベッドの下をのぞいたって綺麗さっぱりさ。
それに今時は電子書籍が基本であり、紙媒体は所持が他人にバレるリスクがあまりにも高い。手軽に買えて手軽に隠せるのは良いことだ。
こうして急な来客があっても、急いで部屋を片付ける必要もな
そういえば、俺の端末はどこに行った?
「『ちょっとHな清楚系お姉さんは好きですか?』『歳上頸同盟』……お前、歳上が好きなのか?」
突然、レイヴンの口から聞き覚えのあるタイトルが飛び出した。
あばばばばば
いつのまにかレイヴンの手には、見慣れた携帯端末があった。
まって、それ俺の。しかも彼女が読み上げたものは、よりにもよって秘蔵しているお気に入り書籍。端末にはロックがかかっているはずだというのにどういうわけか彼女に電子書籍一覧を見られてしまった。何故端末にアクセス出来たのか疑問しかないが、よりにもよって露骨に性的嗜好がわかりやすい本を見られてしまうだなんて。もう生きていけない。殺してくれ!
「頸? ならオレのでよかったら見るか?」
え。
今、なんと?
俺の手をレイヴンが掴むと、俺をベッドの縁に座らせそのまま俺の膝の上に座った。あまりに急な出来事に理解が追いつかない。何? 何が起きている!? 度重なる精神ダメージに俺の
「き、距離が近くないですか? どうしたんですか?」
ようやくスタッガーから復帰した俺は、回らない舌を駆使してなんとか言葉を絞り出す。何? 何が起きてるの??
「ウォルターは『友人は大切にしろ』と言っていた。オレとお前は友人なんだろ?」
レイヴンは顔を上げ、その深くまで引き摺り込まれそうな赤い瞳で戸惑う俺を捉えた。
彼女が俺のことを友人と認識してくれたのは嬉しい。だが、あまりにも不用心というか距離の詰め方が急すぎる。
俺だって男だ。そんなに詰められてしまうと色々と意識してしまう。足の裏から痺れるような背徳感のあまり、彼女の複雑な色を輝かせる視線から顔を背けてしまった。
「やり方がですね……」
「エアが色々調べてくれた。「大切にする」という方法の一つに相手を喜ばせることがあるらしい。お前が喜びそうなことを選んだが、嫌だったか?」
「嫌じゃないです! そりゃもう嬉しいですよ! ですが、レイヴンは女性なんですから無闇に異性に直接触れるのはですね」
「嫌じゃないのなら問題ないだろ」
問題ないのか? そうかな……そうかも……? 何ならすでに膝枕もやっているし、今更か? レイヴンは戸惑う俺を気にする様子もない。
うう……彼女の光沢のある黒髪からの隙間から見える細い頸筋に、理性が薄れていく。まるでエアが近くにいる様な強烈なコーラルの不快感が無ければとても耐えられなかっただろう。いや、何でこんなにコーラルを感じるんだ? レイヴンの強化人間としての調整か? か細い頸に不釣り合いな強化人間特有の手術痕、そしてACと繋がるための接続部が照明の光を鈍く反射する。それが取り付けられた経緯を想像するだけで気分が暗くなるも、この場においては好奇心が勝った。勝ってしまった。俺って好奇心に弱いよね。
「……えっと、さ、触ってみてもいいですか?」
「いいぞ」
許可を得た俺は恐る恐るレイヴンの髪をどかし、その下にある異物の全容をマジマジと視界に収める。美しい女性特有の頸は手術痕によって皮膚に皺が寄っており、幼さの残るせいぜい14歳前後の外見に対してより一層痛々しさを引き立てていた。
「ん」
たまたま触れた指先がこそばゆかったのか、彼女は小さく声を漏らした。
可愛いらしい声に俺の理性がざわついて仕方がない。落ち着けあくまでも人工喉頭による産物だ。いや、俺の指に反応したという事実だけで十分興奮できてしまう。
しかし、彼女の髪なのだが……少し…………いや、かなりベタつく様な気がする様な気がする? いやいや髪質は人それぞれだし、うん。
…………。
「レイヴン」
「何だ? そんなに深刻そうな顔をして」
「し、失礼ですが、入浴はされてます?」
俺の言葉が気に障ったのか、レイヴンは幼くも愛らしい顔立ちのままムッと顰める。しかし、その理由は想定外なものであった。
「オレは水が嫌いだ」
レイヴンを脇に抱え、俺は部屋を飛び出した。
「先生ぇ──────!! 撮影の前にレイヴンを洗ってください──ー!!」
「や──!!」
シャワールームにレイヴンの声が反響する。
俺は抵抗するレイヴンの肩を押さえ、事が済むのをじっと待つ。決して目を開いてはいけない。たとえ背中とはいえ……いやいや背中だとしても許可なく女性の体を見るわけにはいかない。レイヴンの嫌がる声が心に突き刺ささる度に舌を噛み切りたくなった。
せめてこの声さえ聞こえなければ……! 防水加工バッチリのレイヴンの首輪風人工喉頭から発せられる人工音は正確に悲痛を再現している。
しかし万が一のことがあってはよくないので切るわけにもいかない。
「銭塘君ちょっと彼女大人しくさせられないかなぁ! 僕の方がずぶ濡れなんだけど!?」
「いや無理ですっ……あっ」
「やー!!」
視界が浮く。レイヴンが俺の拘束から抜け出したと気がついた時にはもう遅かった。
そのまま俺は体のバランスを崩し、受け身も取れないままシャワールームの床に転がってしまった。背中から濡れた床に倒れ込み、痛みと不快感が広がっていく。
無様に苦痛に呻いていると、俺の頭上に影が落ちた。
「銭塘」
水音を退け、俺を呼ぶ声が鼓膜を打つ。反射的に顔を上げると、ずぶ濡れの状態で佇むレイヴンの不満に歪んだ眼光が俺を見下ろしていた。
勿論、一糸纏わぬ状態で、だ。
「服を着てください!」
場違いすぎる俺の絶叫がシャワールームに響き渡った。
咄嗟に目を瞑って視界から情報を排除するが、瞼の裏に焼きついた光景はかき消すことができない。だめだだめだだめだわすれろ。
13歳ぐらいかなとか細いというか肉がついてないというか透き通った肌というか血色が悪いとか至る所に傷跡があるとか思い出すな!
目まぐるしく脳内で再生される一瞬を反射的に消去を繰り返すも、努力虚しく妄想によって補完され怒涛の勢いで押し寄せてくるではないか。
やめろー! 思い出すんじゃないと理性が訴えるも現実は無常である。
そんな俺に救いの手が差し伸べられた。
突然顔面に水が浴びせられたのだ。
肺に水が入ったことによる苦しさで劣情もすっかり吹き飛んでいた。
水を何とか吐き出しあえぐ俺に強奪したシャワーノズルを向けながら、レイヴンは非常に冷めた目つきで見下ろす。
「お前もやれ」
「やれとは……?」
酸素不足で回らない頭を無理やり動かすも、今一つ彼女の言いたいことがつかめない。疑問を浮かべる俺を不快に思ったのか、レイヴンはさらに不機嫌を露に口を尖らせた。
「オレの仕事を手伝え」
「仕事って、広報の……?」
レイヴンは無言で頷く。
……ようするに、俺に女装をしろといっているのか?
「先生……」
「終わったら髄液検査だよ」
全てを察した先生が、妙に生暖かい目で返事をよこす。うげっ、髄液検査かよ。痛いんだよなあれ……でも背に腹はかえられない。
「やります。あなたの隣に立たせてください!」
「じゃあお前も洗ってやる」
俺の宣誓を確認したレイヴンは、今までに見たことがない嬉しそうな微笑を浮かべた。
その破壊力に俺の心臓が跳ねる。一瞬、時が止まったかと思った。まだ控えめとはいえ、年相応の表情を見せるレイヴンに呼吸を忘れるほど見入る。
ああ、こんな顔ができるのか。もっとよく見ていたいと惚けた思考を叶えるように彼女はグッと顔を俺の近くに寄せ馬乗りになる。
……そしてレイヴンは可愛らしい笑みを浮かべたまま、強引に俺の服を剥がし始めたのだった。
たすけて
大豊核心工業集団、その経済圏に根付く伝統的な衣服を身に纏った女性の胸部や臀部は豊満であり、手足やくびれは美しい細さ。樹大枝細を体現したビジュアル、俗に言う「大豊娘娘」!
それを詳しく説明する前に一つ、
そんなものは存在しない。
大豊娘娘とは企業にありがちなキャンペーンガールだとか企業マスコットの名称などではなく、ミームと呼ばれる造語に分類される。ようは、集団幻覚だ。
いつの間にその言葉は生まれ、汚染されきった外部ネットワークの中で成熟し、現在まで黙認という形で存在し続けている。存在していないのに、大抵の人間はそれを「大豊娘娘」と認識している奇妙な存在だ。
我が大豊核心工業集団のルビコン進駐の勇姿を伝える社内広報を飾る為、独立傭兵レイヴンはグラビア撮影という作戦を開始した。
赤い古風的な衣装によって濡鴉のように煌めく黒髪が際立ち、感情を読ませないクールな表情の中で一際輝く赤い瞳は非常に魅力的だ。
そしてそのスタイルはまさに細枝!
細枝である。
これでは「大豊娘娘」ではなく「シュナイダーウーマン」ではないか。
だが、それがいい。俺は静かに悶え、尊い光景を胸に刻む。脳内シミュレータでは到底敵わない現実の鮮やかに思わず目が眩んだ。ありがとうレイヴン、俺はこの日のことを忘れません。そして大豊上層部はいつか叩く、覚悟しておけ。
恍惚の境地と黒い殺意との間で反復横跳びする感情を面に出さないよう気を引き締めながら、レイヴンと色違いの衣装を強調するようなポージングをカメラの前でとった。
と、いうわけで、この場において「大豊娘娘」に扮しているのは、俺なんだよなぁ!?
「娘娘腔……いや、正真正銘の娘娘! やっぱり僕の感は正しかった!」
黄色い声をあげカメラのシャッターを切り続ける先生を筆頭に、多数の野次馬職員の視線が俺たちを舐める。お前ら暇なのかよ。涇河の野郎、なんだよその顔喧嘩売っているのか??
確かに今のレイヴンの姿に熱い視線が集まるのは仕方がないだろう。レイヴンの素材を活かした民族衣装姿も言葉に言い表すことが憚られるほど愛らしい。特に髪を纏めたことによって顕になった頸が素晴らしい。やはり女性の魅力は樹大枝細ではなく官能的な頸っていやいや性的な目で見るな。これは仕事だ真面目にやれ!
『大豊のパーツ欲しさに、露出度の高い衣装のキャンペーンガールの仕事を受けるレイヴン』。
いつかの妄想が現実となって俺の隣に立っているのだ、ならば俺は責任を取らなければならない。
やるなら本気でやった方が楽しいだろ? と誰が言ったか。感情は抜きにしてもレイヴンの隣に立つなら半端な気持ちでやるべきでは無い。俺は彼女に向けられる好奇の目を全て引き受ける覚悟を持って挑む。俺もDF-GN-08 SAN-TAIを貰えるしな。覚えてよかったレッドガン式交渉!
それに一応、無様な格好でないだけマシだった。この道に何故か詳しい先生の手によって様変わり。おかげで失笑を買わずに済んでいた。
だが疑乳は重いし、肩と膝のシルエットを誤魔化すためにインナータイツ、顔の輪郭をぼかすためにロングのウィッグも欠かせない。不便極まりないので一刻も早く終わってほしい。何でこんなものがルビコン支部にあるのだろうか? という疑問は深く考えないでおこう。
「」
「レイヴン、どうかしましたか?」
俺は目を丸くしたまま悶絶するレイヴンに声をかける。目の前で手を振ってみても反応が鈍い。おそらく緊張しているのだろう。
まぁこんな露出度の高い見せ物のような格好、恥ずかしいに決まってる。俺はインナータイツを着ているから別に何とも無いけどさ。
早く仕事を終わらせてレイヴンを解放しなければ! と俺はカメラと野次馬に向け、精一杯の笑顔を向ける。
「俺が、大豊娘娘だ!」
この際プライドは抜きだと、全力で仕事に取り組んだ。
後日、ミシガン総長から困惑顔でお叱りを食らうことになった。
当然っちゃ当然ですけど、こちとら大豊の危機だったから仕方が無かったんですよ、多分。
「お前、こんな趣味あったのかよ」
「だから何度も言ってるじゃないですか、仕事だって」
苦言な顔でヌードルを啜りながら、大豊の電子社内広報をめくるイグアス先輩を睨みつける。ACに乗るのと同じようなものだよ、まったく。
中央氷原に戻るなり仕事の連続。調査、探索、防衛! コーラルの気配で満ちた古びた坑道から抜け出してようやく一息つけたと思ったら、先輩にドン引きされるとは酷い扱いだ。せっかくの昼食も即態に備えACの格納庫で取らざるおえない状態だし、気が全く休まらない。ああ、仕事を知らせる通知音じゃなくてレイヴンの声が聞きたいよ。
「みっともねぇ野良犬だけならまだ笑えるが、末端とはいえレッドガンだって自覚はねえのか? お前はよ」
「誰がみっともないって?」
「あ? だから野良犬が」
「誰が野良犬なんですか?」
「いや」
「誰なんですか」
「……何でもねえ」
イグアス先輩は俺から目を逸らしてヌードルを無言でかき込む。まったく、言っていいことと悪いことがあるでしょうに。俺は苛立ちをヌードルと共に飲み込んで空になった容器を床に置いた。
「お前、まだG13に手出してねぇのか?」
ぬっと俺に大きな影が落ちる。ニヤニヤと俺を見下ろすとのはACの整備が終わったヴォルタ先輩だ。
「手を出すも何も、年齢差がですね……」
「馬鹿野郎、強化人間の外面なんざ当てにならねぇぞ」
彼はイグアス先輩が雑に投げてよこしたヌードルを器用に受けとる。
「……確かに、イグアス先輩がこの顔で16歳だとしてもおかしくは無いですね」
「おいテメェ俺がガキだって言いてえのか? お前だってガキだろ」
「違います。こう見えてレッド先輩より年上なんですよ」
『ハ?』
何ですか二人して、そんなに驚くことですか? 確かに年齢にしては垢抜けない顔なんですけども! コンプレックスというほどではないが、あまり気にしてほしくない話題にうんざりさせられる。そんな俺を追撃するかのようにシャッターの隙間から漏れる冷気が俺の身を震わせた。ルビコン、しかも現地住人に捨て置かれた凍土の環境の厳しさはベリウス地方の比ではないのだ。あぁ、大豊ルビコン支部に戻りたい。出来たら医療室のふかふかなベッドで惰眠を貪り……ん?
しばらくにないうちに、息苦しさを感じるようになった。呼吸が浅くなって顔に火照り、同時に若干感覚が鈍くなる。
ああ、またいつものやつが来た。コーラルアレルギーの症状だ。時を同じくして、低いうめき声がイグアス先輩から漏れる。
「ちくしょう耳鳴りがしやがる……」
犬歯を剥き出しにして痛みに唸るイグアス先輩の肩を叩く。
「部屋に戻ってください。シャッターの隙間からコーラルが流れてきてます」
「マジかよ。クソッタレめ」
イグアス先輩は残りのヌードルを掻き込むと、急足で格納庫から立ち去っていった。
「旧世代型とか過敏なやつは大変だな」
ヴォルタ先輩は心配を声ににじませながら、簡易調理(パウチを開け加熱剤で温めるだけ)の済んだヌードルの容器を開封する。
中身は俺たちの食べていたものと同じ、魚らしき肉の入ったライスである。ヌードルとは一体。
「ほんとにですよ、全く」
俺のコーラルに対する過敏さはレッドガン内でも随分有名となった。きっかけは、つい先日イグアス先輩を時折悩ませていた耳鳴りの原因がコーラルじゃないのかと指摘したことだった。
中央氷原に進駐してからというものの、幻覚や幻聴といった体調不良を訴える隊員が後を絶たない。このことに頭を悩ませていた部隊の上の人間は、俺の戦闘中の発言からコーラルアレルギーというものの存在をまじめに調査し始め、原因解明へと至ったのだ。
平均的なコーラル濃度に関してはベリウス地方とさほど変わり無いのだが、こうして中央氷原では時折密度が濃くなることがある。このただっぴろい氷原のどこかにある集積コーラルに引き寄せられたもの考えるのが自然だろう。
おかげで俺自身が数の少ないコーラル測定器代わりとして使われ始めた節がある。
そりゃ存在定かではない半世紀前の未知の新物質の測定器なんて兵力重視のベイラムにすぐに用意できるわけもないが、コーラル貯蔵タンクの漏出確認とコーラル採掘現場でのカナリア役に集積コーラル調査を同時にやるには体が足りません。無茶をいうな上層部!! おもわず先日の五花海さんの言葉を反芻する。
『そのコーラルへの敏感さ、誰が見ているかわかりませんからね』
今になってその言葉の優しさが染み渡ってきた。もう手遅れなんだけどね!
「お前もいるか?」
いつのまにかヌードルを完食したヴォルタ先輩は、雑に積まれた補給物資の中から二つ目のヌードルを見つけ出していた。
「四つ下さい」
「二つあれば十分だろ」
俺の端末が震え、新着メッセージが来たことを伝える。
タイミングからして、またここではない調査拠点の防衛か? 封鎖機構に襲撃されても負けじと新たな調査拠点を作るのは、物量による制圧などではなく賽の河原の石積みだといい加減気づいて欲しいものだ。やはり時代は樹大枝細だな同志諸君。
俺は思いっきりため息を吐き、憂鬱な気分でメッセージを再生した。
<<登録番号 Rb81 識別名 銭塘。貴方に協力を要請したい案件があります>>
『オールマインドからの依頼?』
唐突に送られてきた思いもよらない内容に、俺とヴォルタ先輩の疑心の声が重なったのであった。