それゆけ!テスターAC乗り大豊パイロット訓練生! 作:テキサス仮面
あぁ、今日も寒い。
半世紀前まで活気に溢れていたであろうメガストラクチャーが空を隠し、その間からわずかに見える景色も燻った火元からたちのぼる煙のように不鮮明に映る。
ルビコン3、斜陽の資源惑星。
そこで俺は視界に投影された空を見つめていた。
俺の出身は、ここルビコン3からそう遠くない(1、2日で移動できる距離ではないが!)大豊経済圏だ。
両親とも大豊で働き、それなりの「普通の生活」を送ることができたことは、人生で最も幸いなことだったと言えるだろう。
人間は母なる地球から旅立つ手段を得てかなりの年月が経過し、現在に至るまで強欲に宇宙の随所に手を伸ばし続けた。
ルビコン3もそのうちの一つであり、その被害者とも言える星だ。
この星で見つかったコーラルというエネルギーにも情報導体にもなる新物質だと持て囃されていたものが爆発し、周囲の星まで巻き込んで汚染された灰塗れの星になって早半世紀。
その白く爛れた星に惑星封鎖機構という宇宙政府軍が災害の再発を恐れて衛星軌道砲とかいう物騒な物を作るわ、採掘プラント兼高層輸送網跡はコーラルを薬物として服用する無法者達の根城となり本来の役割を失って久しい。
そんな火の無い灰の星に、どこかの誰かが「コーラルがある」と火を付けた。
その結果、採掘者の末裔達は封鎖機構による弾圧に苦しみ、近頃では進駐してきた企業に悩まされている。全く酷い話だ。(まぁ、俺はその企業側の人間なのだが)
どれもこれも、コーラルが原因だろう。
今俺がいる廃都もコーラルによる汚染で生身での生活はお勧めできない。
なんでも汚染から半世紀経った今でも、コーラル特有の幻覚や幻聴が誘発される状態らしい。
現地民はどうやって生活しているのだろうか。
コーラルを飼料にした家畜がいると聞くが、そんなもの口にして大丈夫なのか?
というか食べれる情報導体とは?
燃え尽きたはずの夢の資源が何故また現れたのか?
その謎を解明するため、我々企業はルビコンの奥地へと向かった──。
と、まさに古典的な言い回しを当てはめてみたが、要は資源利権の奪い合い。
見つけて手にすれば、とんでもない大金になることは想像に難しくないだろう。(手に入ればの話だが!)
俺は隣に佇むACに視線を向ける。
このベイラムでもアーキバスでも無い、曲面の多い燻んだ色の機体に乗ったレイヴンという独立傭兵も、おそらくコーラル目当てなのだろう。
どん詰まりな状況を変えようと一発逆転を狙う輩はいつの時代にもいるものだ。そのためにコーラルを見つけるまでの間にも仕事は必要……とは言っても、よくもまぁこんな割に合わない仕事を選んだものだと、僅かばかり同情心を抱く。
近頃、我が大豊核心工業集団は武装化したならず者ドーザーやら、進駐する企業や封鎖機構に対抗するルビコン解放戦線、そして誰が雇用したか不明な独立傭兵によって損害を被っており、今回同盟企業ベイラムの精鋭部隊に納品予定のAC輸送中に襲われることを懸念した上層部は、雀の涙程度の報酬で護衛を募った。
ベイラムからはそれくらい自分たちでなんとかしろと突っぱねられ、大豊もMT部隊を損耗したくない。ということで、使い捨ての傭兵に仕事をぶん投げたというわけだ。
依頼の相場もわからないのか、なんでも受けないとまずい状態なのかは知らないが、互いに生き残れるといいな。
恐怖を紛らわせるべく、独立傭兵レイヴンのどこか愛嬌すら感じさせる丸めの機体をマジマジと観察しながら(中身もその通りなら嬉しいのだが!)俺は輸送準備が整うのを待った。
弱々しい日差しを目に入れたところで、ちっとも暖かさを思い出せない。
最低限の空調が回っているものの、寒冷化したルビコンの外気を跳ね除けるにはいささか足りないようだ。
温度を上げたいところだが、エアコンに出力を取られて機体が動かせなくなったら笑い事ではないので、気合いで耐える。もう少し着込んでくればよかったなぁ。
この汚染都市周辺は現在ベイラムの勢力下にあるとはいえ、敵対する解放戦線と何度も交戦が行われている地域だ、安全には程遠い。
外部アーキテクトが受け渡しに指定した場所だから仕方がないが、どうせならデータだけよこせばいいのに。
こうしてただ待つ間に、悶々と不満や不安が膨らんでいく。
輸送にアサインされただけの訓練生に口を出す権利は無いのはわかっているが、その外部アーキテクトというものは信用に値するのだろうか?
実のところ、この納品用テスターACから少々「嫌な予感」がするのだ。
実戦経験皆無である訓練生の勘でしか無いのだが、外部アーキテクトによって最適化されたアセン! という話にいささか疑問を抱かずにいられない。
パーツ一つ一つの質が悪いというわけで無く、なんだろう? 噛み合わせが悪い? 待機中に少しブースターを吹かせてみたが、形が掴めない違和感がずっと付き纏っている。
……生きて帰れるのだろうか。
いや、やめよう。俺の仕事は輸送。この機体を届けなきゃいけない。
俺は輸送にアサインされただけの訓練生。ただそれだけ。
樹大枝細、樹大枝細。関係ないことに思考リリースを割かない。大事なことに集中だ。
使い回された訓練用MTとは違い、新品同然の機体には乾燥したガムもへばり付いてないし、積み重なった人の体臭もない。
誰かが持ち込んだひまわりの種の殻が足元に散らばっていることもない!
実に贅沢な体験なのだ。
任務を終え大豊に戻れば、同期から英雄のように持ち上げられ心底羨ましがられるに違いない。
批評家気取りにケチをつけられたら、MTの模擬戦で叩きのめせば済む。
生身での白兵戦訓練もそこそこ自信があるので、何も心配する事はない。
もしかしなくとも、異性から関心を持たれる事間違いなしさ。
終わらせれば良いだけ、実に簡単じゃないか。
俺は祈るように悴む手を擦りあわせ、狭いコックピット内で肩を震わせる。
だから、早く終わってくれ。
ようやく準備が整ったようで、俺が乗っている納品用ACの係留作業が始まろうとしていた。
なんか、やばい。
突然、背後から波のように押し寄せてきた不快感がピリピリと肌を焼く。
ヤバい。俺、なんか……。狭い箱の中で鼓動が跳ねる。
これがコーラル汚染の影響というやつなのか? 気合いを入れるために朝からルビコン産ミールワーム入り火鍋を掻き込んだのが不味かったか?
違和感を感じる首の後ろを触ってみるも、特に変わった感触はない。
だが、奇妙な感覚は引っ張るとも突き刺さるとも言い難い違和感を発し続けている。
レーザー攻撃による温度上昇なり放射能なり有害物質が発生しているのなら、システムの警告音が鳴り響くはずだ。少なくとも訓練用MTはそうだった。
MTの上位互換であるACにそのような警告システムが備わっていないとは思いたくはないが……。
計器類を再度再確認させるも、特にこれといった異常は見当たらない。
試しにスキャンを打ってみるが、特に敵影は見当たらない。
……物は試しだ。俺は一段と刺激が強い方向へ機体を旋回させた。
「気づかれただと? 勘のいい奴め」
回線に飛び込んできたのは、見知らぬ男の声だった。
後方の高所に不審な物影を捉えた瞬間、ぶあっと冷や汗が流れ落ちる。まさか……ACか!?
時間の経った血のような色をしたその機体が、驚いたように武器を構えた。
「まぁいい。君たちに恨みはないが、私の信用を拡大させるため死んでもらおう」
敵襲!? しかも……一機ではない。
「サプライズは叶いませんでしたが、ともに楽しみましょう!」
身構えた赤いAC、その隣に佇む奇妙なシルエット。
おそらくそちらの搭乗者と思われる男の、場違いなほどに爽やかな声が狭いコックピット内を反響した。
その黄色い機体から発せられる強烈な感覚に、頭がクラクラする。
おそらく、こいつがヤバい。なんだかわからないが、とても嫌な予感がする。
レイヴンも今の回線の声で事態に気がついたようで、護衛対象であるテスターACを置き去りにして迷うことなく敵機に向かった。
解放戦線……いや 独立傭兵か!?
飼い主が解放戦線かアーキバスなのかは不明だが、AC2機も送り込むとはよほど念入りにこちらに損害を与えたいらしい。
妙な体調不良の原因はわからないが、見す見すとやられるつもりなんかない。
「やってやる、俺だって訓練を受けてるんだ!」
こうして俺の初実戦が始まった。
我が大豊核心工業集団の自慢の兵装で固められた機体は、社訓である「樹大枝細」をまさに体現したような安定感を有している。
流石に頭部パーツは必要最低限の機能しかない末端扱いだが、その分重量を武器に回せる。とても合理的だろう。
ただ、足りないのは俊敏な機動力。今まさに欲しているものだ。
頭上から降り注ぐ炎を避けられない。温度上昇と姿勢制御システムACSの警告に気を取られ、泥水を蹴り上げた一撃をもろに喰らう。
なんだよこれ。
実戦とは、こういうものなのか?
状況を把握しきれない。ブレードを振って下がらせることしか出来ない。
ミサイルは建物に吸われ、無駄遣い。焦りからロックが終わる前に指が動いてしまっているのか。
慣れない武器の冷却時間が酷くもどかしい。
その点左に持つアサルトライフルはフルオート為引き金を引きっぱなしでいいのはありがたい。弾もばらけにくい、近距離で当て続けられれば確実にダメージに繋がるだろう。
まぁ、当てられればの話だが!
この機体の速度ではすぐに引き離され、弾は威力を失い装甲を貫くことはできない。
相手は立体的にこちらの攻撃を避け、絶え間無く弾丸(もしくは炎)の雨を降らせてくる。それもかなり痛い。
特に肩のバズーカをもろに喰らえば、確実にまずいことになるだろうと直感が叫ぶ。クソ! 演習ではこんな…。
「ダンスは初めてですか? なら私が手取り足取り教えて差し上げますよ」
「イかれた傭兵どもに金だけで殺されてたまるか……!」
AC同士の戦いをダンスに例えるなんて、馬鹿げてる。どんな人生送ればそんな風に思えるのだか。
それほどまでに俺の立ち回りが不格好ということか?
ギリギリと歯を噛みしめ、操縦桿を思いっきり前に倒す。
戦闘はダンスとは違う! 逃げたい衝動もこのふざけた男を前にすれば忽ち怒りに早変わり。
こんな奴に殺されてたまるか! こんな事で…こんな事で俺は!!
そんな必死に抵抗する俺を嘲笑うかのように、敵が跳ねるように頭上へと上がる。きっとまた腕の火炎放射器か肩のバズーカを落としに来るに違いない。
「レッドガンに、この機体を届けるのが、俺の……!」
地面を蹴り、同時にアサルトブーストを発動させた。ロックオンした敵に向け、この機体で出せる最大速度で上昇する。
放たれたバズーカを僅差で回避し、左手のブレードを起動。
パルスの刃が火花を散らし、敵ACの装甲を削る。
ENが足りず追撃はできなかった。だが、傭兵と渡り合えている? と一瞬の手応えに思わず昂揚する。訓練は、むだじゃなかった!
「やれる! やれるんだ、俺は!」
しかしその明るい感情も、すぐに男の言葉に打ち消されてしまった。
「今のは良いステップです! あぁ……あなたとなら良い友人に成れそうだ……」
良いステップ、ステップと来たか。がむしゃらに敵のバズーカを避け、何とか当てられたブレードの一撃をステップ扱いとは。
怒りと焦りがぐちゃぐちゃになって思考を乱すが、とにかく距離をとりつつミサイルの当たらない場所に身を隠す。かといって閉所に居続ければ蒸し焼きにされる。そしてこちらの攻撃も届かない。
ミサイルは……ああ! また躱された! 性質を見極められてしまえば追尾性能が高くても対処されてしまう。
「スロー スロー クイック クイック スロー。スロー スロー スロー クイック クイック スロー スロー 。素敵なステップです……ご友人」
リズム良く俺のメンタルを削る呪詛のような嬌声を受け、思わずスピーカを叩き壊したい衝動に駆られた。俺は、一体何に襲われている!?
そんな風に目の前の状況だけで手に余る状態で、自分がどこに移動しているのかが、思考からすっぽりと抜け落ちていた。
真横で炸裂する衝撃に一瞬頭の中が真っ白に塗り潰される。
何だ!? あの黄色い機体の射程範囲外にいるはずだし、ミサイルは避けたばかりのはずでは!?
混乱する俺をよそに、目の前を赤い機体が横切った。
「はは! 同士討ちとは私への投資と受け取っていいのかな!」
赤いACはムカつくほど爽やかな声を響かせ、その機体をレイヴンが追う。どうやら味方の傭兵のミサイルの爆風に巻き込まれてしまったようだ。ACS負荷が蓄積したところを狙われたらたまったもんじゃ
恐ろしい衝撃、真っ赤な視界、耳を劈く金属音。
バズーカの一撃でACS負荷が一気に貯まり、火炎放射器の熱であっという間にスタッガー状態に陥った隙に、チェーンソーのような武器で削られた、というところか。
純粋な死への恐怖と激しい主張を続ける不快感に、俺の精神は悲鳴を上げる。
死刑へのカウントダウンのように、無機質なCOMボイスがAPの減少と残量を告げるが、今の俺には騒音にしか聞こえない。
再び衝撃が機体を襲う。こちらはうまく追撃を避けることに成功したが、削られた機体ダメージは戻ることはない。
これはあくまでテスター、実践を想定していないのでリペア機能は搭載されていない。
遮蔽物を利用することが数少ない良策だ。だが壁に押し込まれてしまえば命はないと直感が警告を鳴らす。
先程からずっと直感に助けられているが、俺の体がついていけない。くそったれ!
そんな俺の醜態とは対照的に丸い僚機の戦況は華々しい。
バズーカもライフルも避けつつレイヴンが猛攻を浴びせ、赤いACの先ほどまでの余裕は削げ落ちた。
シールドで耐えている状態のようだが、それも長くは続かないだろう。
「何故だ! ある金は活かすべきだ。私の信頼を広げるために……なぜ理解しない……!」
黄色い奴と張り合える戯言を叫ぶ傭兵。レーザーの銃撃もひらりと避けられ、シールドもブレードによって割られ直撃を食らう。
機体の硬直、スタッガーだ。姿勢制御による被弾ダメージの軽減が出来なくなり、硬直した機体に銃撃が浴びせられた。
装甲はぼろぼろ、塗装も剥がれ落ち、機体が持たないのは明らかだ。
「ブルートゥ! 手を貸してくれ!」
「わかりましたご友人」
流石に爽やかな声は焦りに満ち、慌てて僚機に助けを求める。
それに素早く応じ、ブルートゥと呼ばれた傭兵は赤いACの元へ機体を走らせ、
「何をする!? ブルートゥ!!」
目の前で起きている非常識な行動にあっけに取られ、俺は呆然と立ち尽くしてしまった。
黄色い狂人の野郎、仲間を盾に!?
奴は味方を盾のように押し出してブレードを凌ぎ、機体を投げつける。そしてまるで用済みと言わんばかりに、味方諸共肩のバズーカを撃ち放した。
「ブルートゥ……お前もか」
パイロットの断末魔は機体の爆発に飲まれ途切れた。あまりに衝撃的すぎる行動に、動揺する暇すらない。
ブルートゥは機体を加速させ急接近し、チェーンソーをレイヴンに押し当て薙ぎ払う。
衝撃で機体が硬直したまま後方に飛ばされる。
まずい、ここで追撃されたら耐えられない!
俺は咄嗟にミサイルを撃つ。予想通り相手はミサイルロックによる警告音に反応し回避行動を優先させた。
「おお、だんだんと上手になってきましたね、新たなご友人」
嫌味だと思うが、本気で褒められているような声色のあまり恐怖を呼び起こされる。こいつ本当にどうなってるんだ!
だが、今のは目的を達している。
その間、レイヴンはACS負荷から抜け出し、最大速力でブルートゥの胴に蹴りを入れた。
続けてアサルトライフルとミサイルによる追撃を重ね、衝撃で姿勢制御システムがダウンし硬直。
その隙を逃さずレイヴンはブレードを起動させ、ぶった切る。
マジでやりやがったよ、あの傭兵!
まるで自分の功績かのように喜びに打ち震え、コックピット内でガッツポーズを取る。
これなら行ける。2人で追い詰めればきっと───
だが、相手は何枚も上手だった。
脳内で光がはじけるように、白く塗りつぶされた。
先ほど浴びた光が頭の中で炸裂しているかのような感覚から少しずつ解放され、徐々に視界が開けていく。
ああ、衝撃で頭を強く打ったのか。
痛覚は鈍く、意識は肉体から切り離されビニールに包まれているかのようにぼんやりとしていた。
目の前で光がはじける。機器類の何かが壊れ、火花を発しているのか。
口内は石のようなものでざらつき、塩気を帯びた滑りと混ざって吐き気を催す。さては歯が割れて口を切ったか?
瞼が重い。
体は異様な熱を感じるのに、内側は急激に冷え始めている。
恐怖も、怒りも、痛みすら熱と共に薄れてゆき、意識の四散も時間の問題だろう。
これがアサルトアーマーというものか。
教習映像で何度も観たが、その衝撃は誰も教えてくれなかったのを今になって思い出す。そりゃそうだ。
こんなものを食らって生き残ることができる奴なんて滅多にいないだろ。
そして俺は大多数と同じく、体験を語ることができなかった側の人間になるだろう。
「あぁ、コールサイン欲しかったなぁ」
自然と口から言葉が漏れる。
ACにもMTにも乗るのは好きじゃなかった。
好きではない。
好きではないが……誇らしく思っている。
人間、せっかくなら行けるところまで行きたいと思うものだろう。
だが、現実は理不尽に終わるものだ。
実戦皆無の訓練生にしてはよくやった方かな?
せめて殺される相手はこんな奴じゃなければよかったのに。
諦めと自身に対する憐憫が最後に思うことか、笑えるな。
そんな思考の中、落ちていく俺の意識を予想外のモノが引き留めた。
「おや、踊り疲れてしまったのですね。花を手向けなければ……」
酷いノイズまみれでまともに聞き取れないというのに、あの男の声が寝落ち寸前の俺をガツンと強打した。
まるで亡くなった友人を慈しむかのように、俺に温かい言葉を向ける。
今にでも本当に花を探してきそうじゃあないか。
ふざけるな。
理不尽が俺の衝動を強引に再起動させる。
お前だけには、殺されてやるものか。
仰け反った首を振って体重任せに前のめりになり、再び操縦桿を握る。視界の大半を覆うほど近づいた狂人に、サプライズを食らわせてやるよ。
肩に積んだミサイルは、高火力だが弾速が遅い。
相手にプレッシャーを与える為らしいが、ロックオン精度が低いこの機体じゃあ宝の持ち腐れ。(俺が使いこなせてないだけだとか言わないでくれ!)
なら、どうするかって? 簡単だよ、届く時に撃つだけのことさ。
「っ!?」
相手は俺が死んでないことに気が付いたようだが、少し遅かったな。
発射された二発のミサイルは迷うことなく敵に向かい、その黄色い装甲に派手な花火を咲かせた。
「まさか……サプライズを頂くだなんて……素敵だ……!!」
男の恍惚に浸るような声が回線から鳴り響く。相も変わらず神経を逆なでする声で囀るなぁ。
倒せるとは思っていない、だが、届いた。直撃が届いた。窮地であることには変わりないというのに、思わず笑みが溢れる。
随分嬲られたが、最後に一撃でも返せて良かったよ。
機体はまだ動くかもしれないが、肝心のパイロットが限界だ。
口から伝う血を拭う力すら残っていない。あったとしても、目の前の男はそれを許さないだろう。
火炎放射器をしっかり俺の機体に当て、次は無いと現実を突きつける。
重い瞼を支える気力は当に尽きた。
今にもこの暗闇を焼き尽くす炎が……
……中々来ないな。
誰かが言ったか覚えてないが、身構えているときには死神は来ないというやつか?
殺すならさっさと……
「生きているか」
声が暗闇を割くように耳に入ってきた。
「……まだなんとか」
息も絶え絶えに咳き込みながら、何とか声を絞りだす。舌の上がジャリジャリして最悪だ。
ノイズが酷く辛うじて男の声と認識出来るものの、その正体に思いたる縁がない。
一体誰だ? レイヴン?
いや、あちらも俺と一緒にアサルトアーマーによって大破したはず。
では誰だ?
何やらスピーカーは大きな音を拾っており、その振動で機体が揺れた。何? 何が起きている?
この感じ、何かが外にいるのか?
一切わからないが、大きく状況が変わったに違いない。
俺は無理やり瞼を開け、外の光景を頭の中に流し込んだ。
「良く耐えた、訓練生」
ノイズの走る視界に映るのは、樹大枝細を体現したような手足とベイラムのコアで構成されたAC。
それは精鋭部隊レッドガンのエンヴレムを携えていた。
機体情報は……AC名ディープダウン、搭乗者名G2 ナイル。
まさか、レッドガンの救援!? 全く予期していなかった救いの手に、思わず開いた口が塞がらない。
「アリーナランク8、ドーザーの頭目ときたか」
「おや、新たな客人ですか。今回はここまでのようですね」
「大豊のテスターACに対してここまでの戦力を投入するとは。飼い主はアーキバス……いや、シュナイダーか?」
「またお会いできる時を楽しみにしていますご友人」
ブルートゥは対峙したG2ナイルの問に応じることなく、俺の方を一瞥して素早く戦域を離脱した。
だれが、友人だ。そう叫ぶ気力もなく俺は堅い座席に倒れる様に凭れ掛かった。
大破して爆発の危険がありそうなのですぐにここから出たほうがいいというのに、四肢から力が抜けて動けない。
火事場のバカ力って本当にあるんだなぁ。
眼前の危機が去ったことを理解した途端、ぷつんと糸が切れたかのように先ほどまでの威勢が途切れてしまった。
ACとの戦いを潜り抜けたのに、機体に居座って爆発に巻き込まれ死亡……だなんて間抜けすぎる最後はさすがにご勘弁願いたい。
だが、記憶から抜け落ちていた脱出レバーは思いっきり曲がっており、満身創痍の体でどうにか出来そうにない。南無三!
幸いレッドガンのMTが助けに来てくれたので、うつ伏せに転がってしまったコックピットのハッチと戦わずに済んだ。
俺は息を整え笑う膝に鞭を撃って、転がるように機体から抜け出した。
煙で痛む目に映り込んだのは、モニター越しと何ら変わらぬルビコンの空。
冷え切った空気が気管に流れ込んで、俺の弱り切った肺を刺激する。
咽るだけで激痛が走り、まともに立てやしない。
膝から下はよく冷えた泥水につかり、末端から感覚を奪っていく。それでもなんとか足を動かし、その場を離れる。
ついさっきまで俺が乗っていた機体からは煙が上がり、パチパチと火花を散らしていた。
輸送は……失敗だな。
ヘリも見事に無残な状態だし、作戦続行はどうやっても無理だろう。(ヘリのパイロットは無事だったらしいが)
……もう休みたいところだが、やらなきゃいけないことがある。俺はMTのパイロットに無理を言って同行させてもらうことを選ぶ。
目的は向かいで炎上する丸い機体。
俺達は、護衛を最後まで遂行してくれた傭兵レイヴンの救助に向かった。
基本どの機体も規格は共有と座学で習ったことを思い出し、うろ覚えの知識でコアのハッチをこじ開けた。
内装は俺が乗っていたものとそう変わらないように見える。
だが、明確に一点異なる箇所がある。
コードだ。
その姿を目にした一瞬、彼女はリードに繋がれた犬に見えた。
首筋に繋がれたコード。……強化人間か。
人工筋肉なり薬物なりはたまたコーラルといった様々な手段を用いて人体を弄り、機械への適性を向上させる背徳の技術。
ようは人を機械の部品にするってこと。
首のコネクタとコードはその証。
そういうものもある。そういう人生もあるだろう。
だが、目の前に項垂れている女性は、あまりにも幼い。
年端のいかない少女がこんな非人道的なことをさせられている衝撃、そして俺はそんな少女に守られていたという自身の不甲斐なさに対する嫌悪感。様々な感情が回らない頭に濁流のように押し寄せる。
喉の奥が焼けるような痛い。吐き出される荒い呼吸に飲まれ、声にならない声が逆流して喉を塞ぐ。俺の後ろにいるMTパイロットも、中の様子を見て低く呻いた。
「…?」
コックピットに座る彼女は俺の存在に気がついたのか、ゆっくりと顔をあげて濁った赤い目を向ける。
鈍い光を浮かべるその瞳は、この空(ルビコン)のように炎と灰を混ぜたような曖昧な色だった。
とにかく、何か言わなければ。
容態の確認を、感謝の気持ちを、謝罪を、全てが同時に込み上げ、気がつけば
彼女の膝にゲロをぶちまけていた。