それゆけ!テスターAC乗り大豊パイロット訓練生!   作:テキサス仮面

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621視点回


4話目 

 

<<変わったねビジター>>

 

 

 襲い掛かるドーザーらを炸裂弾投射器にて無慈悲に一掃していた621は、今任務の依頼主であるカーラからの唐突な言葉に首を傾げた。

 

 

「何がだ?」

 

 

 封鎖機構を恐れ軍門に下ったコヨーテス、乃ちカーラの敵の本拠地に向け大型ミサイルを打ち上げる為の支援の最中ではあるが、雑談に講じる余裕はある。

 だからと言って一度敵対したことのあるドーザー集団であるRaDの頭目たる彼女と言葉を交わした回数は片手で数えられるほどしかなく、とても親しいと呼べる仲ではない。

 そんな彼女から「変わった」といわれても、621には疑問しか浮かばなかった。その間にも()()()に敵がこちらを認識する前に叩きのめす。

 

 

<<前はどんな奴にも無関心って感じだったが……>>

 

 

 そこまで言うとカーラは言葉を切って上機嫌に笑う。意図がわからない。通信越しの変換された声に含まれたるものを感じ取る能力も経験も有さない621は不快感に眉を顰めた。

 

 

「言いたいことがあるなら、はっきり言え」

 

 

 621は明確に棘を持った声色で吐き捨てるが、カーラの態度が変わることはなかった。

 

 

<<あんたにも嫌いなものがあるんだね。大豊の坊やの影響かい?>>

 

 

 カーラは上機嫌に声を震わせるも、621の中では話が繋がらない。ギリギリ「大豊の坊や」という言葉が、G12銭塘のこと指しているのではないのかと気が付く程度であり、それ以上のことはわからないと不可解な気分に包まれたまま首を捻る。

 

 

<<もしかしてカーラは貴女がドーザーに対して嫌悪感を持っていると言いたいのではないでしょうか?>>

 

 

 そんな彼女に救いの手を差し伸べる様に、脳内に響く声のようなものが疑問を解かす。成程、姿の見えない友人は自分より遥かに察しがいいようだ。

 確かに以前よりも喚き散らすドーザー達の声に不快感を感じ、それに比例して引き金は軽くなったような気がすると621は頷いた。

 あくまでドーザーに限っての話だが。

 

 

<<レイヴン、綺麗な花火ですね>>

 

 

 ドーザーの波を全て退け、その飼い主たる封鎖機構の差し向けた強襲艦を最も容易く沈めた621は、巨大なミサイルが弧を描いてドーザーの住処を破壊する様子をぼんやりと見つめる。

 これが綺麗?素直な感嘆を口にする友人の言葉がどうにも腑に落ちない。

 

 破壊が、綺麗だと。

 

 視覚と聴覚とごく当たり前の感覚器官をフル稼働させても、この顔も知らぬ友人のように心地よいものとは思うことが出来ない。

 相手がドーザーだと頭では理解しているのに、いいようのない不快感が霧のように付きまとっていた。

 

 

あいつ(銭塘)ならどう思うんだろう」

 

 

 不意に、青年の顔が621の思考を過ぎる。

 自分に向けられた彼の屈託の無い笑みが無性に見たい。そんな衝動に駆られた621は通信システムを起動させるも、ためらいに手を止めてしまった。

 

 ……迷惑でないだろうか?

 

 彼はつい先日、ベイラムの有する坑道でコーラルの奔流に巻き込まれ、現在治療中だ。出来るだけ治療に専念させるべきだろう。

 

 

<<では彼の見舞いに行きませんか?>>

 

 

 そんな彼女の躊躇いを察したエアの声に、621は再び表情を歪めた。

 

 

「見舞い?オレが行って何になるんだ?オレは医者でも何でも無い」

<<彼は貴女に好意を持っています。貴女の顔を見るだけで気分が高揚するはずです。それは彼の為になるとは思いませんか?>>

 

 

 むう、と621は黙り込む。エアは悩む友人の背中を押すように言葉を続けた。

 

 

<<幸にも彼のいる場所に近いのですし、補給を兼ねて寄る事をウォルターに提案してみてはどうでしょう?>>

「……」

 

 

 確かにそれなら合理的だ。今は中央氷原を離れベリウス地方の基地へ移動したと、彼自身から送られてきたメールで知っている。ここからなら、大豊の基地までそう遠くはない。

 

 

「……ウォルターの許可が出たらな」

 

 

 621は根負けした様におずおずと自身の飼い主に事情を説明し、判断を仰いだ。

 

 

<<……わかった。すぐに通信を繋げられるようにはしておけ>>

 

 むう、と考え込んでから根負けした様に了承するウォルターの仕草は、先程の621によく似ていたのであった。


 

 惨禍からの復興が半世紀たった今でなお進まぬルビコンでは、見舞いの品どころか日々の食糧すら手に入れることが困難だ。大金さえ積めば多少なり見繕うことは可能かもしれないが、そもそもそんなツテの無い星外からの密航者である彼女が手ぶらなのは致し方がない。

 なので銭塘とって621の来訪そのものが土産以上の価値を持っていることは幸いなことだった。

 

 

「綺麗……かなぁ??」

 

 

 自身の見舞いに来た621からいきなりグリッド爆破映像を見せられ、意見を求められた銭塘は困惑しながらも素直に感想を述べる。

 その彼の言葉に、621はほっと胸をなでおろした。

 

 

<<綺麗ですよ?>>

 

 

 彼のあいまいな意見に、エアは端末越しに圧の強い声で異を唱える。

「そうかな……?そうかも……?」と揺らぐ銭塘に苛立ちを覚えた621は、無言で平手打ちを食らわせた。

 

 

「じゃあ、今度また同じことをやるときお前も来い」

「来いって……上が承諾した依頼なら行きますけど、個人的にはちょーっと難しいⅾ」

「なるほど、お前を傭兵として雇用すれば連れ回せるんだな?いくらからだ?金ならある」

「嬉しいけどなんか違う!……ところで、そろそろ降りませんか……?」

「や」

「嫌がられた……」

 

 

 ごねる子供のように(……実際その通りなのだが)621はうめき、困惑する銭塘の要求を跳ね除けた。

 銭塘の膝の上を占領する少女の姿は年齢相応の行動に捉えられ、立ち寄った銭塘の知人らは生あたたかな笑みを持って621を歓迎していた。誰も、下敷きになる銭塘を解放する気はない。

 

 

「むしろずっといて欲しいくらいだよ。彼ね、少し目を離すとすぐにタバコ吸いだすし、この前なんか病室で吸おうとして火災報知器を鳴らしたんだからね!!」

 

 

 大豊のルビコン支部の医者はその筆頭であり、鬼のような形相で銭塘に視線を突き刺していた。621も呆れて彼の頬を指で突く。

 

 

「それって中毒ってやつじゃないのか?」

「いや……ただのフレーバーしか入ってないので中毒性は」

「じゃあ、なくてもいいな」

 

 

 数少ない楽しみをばっさりと否定され「殺生な!」と叫んだ。それが響いたのか、彼は突然呻く。

 

 

「いてててて……」

「大丈夫か?」

「えぇ、まあ……」

「大丈夫か?」

「…………大丈夫じゃ、無いです……」

 

 

 銭塘の正直な言葉を聞き、621は重い腰を上げる。痛みに顔を歪めた銭塘はようやく解放された。

 コーラルの奔流に呑まれかけ、奇跡的に軽傷で済んだとはいえ全身火傷の痛みを取り除くことは現代の医療技術でも困難であり、物資の限られるルビコンでは尚更のこと。

 本来なら言葉発する事も激痛が許さないはずだ。同じくコーラルの奔流に呑まれ、生死を彷徨った経験を持つ621も復帰に時間を要したことが記憶に新しい。

 真人間である銭塘の驚異的な痛覚への耐久性に、彼女は思わず舌を巻いた。と同時に、何故正直に痛覚を報告しないのかと首を傾げる。

 

 

「強化人間だったらもっと早く治るのかなぁ」

「君の痛みに対する耐久性は大概強化人間地味てるんだけど」

「え?耐えれば良いだけじゃ無いですか」

 

 

 銭塘は何がおかしいのかと肩をすくめ、血相を変えた医者はベッドに横たわる彼に詰め寄った。

 

 

「あのねぇ!痛いなら痛いってはっきり言ってよ!医者泣かせかい?というか君、絶対メンタルチェック嘘ついてるでしょ!君みたいな抱え込むタイプはねぇ、おとなしく見えていつ爆発するかわからないんださからさぁ!そんなんだから涇河君しか心配してくれないんだよ???」

「なんであいつの名前が出てくるんです?おちょくってるんですか??大丈夫ですって」

 

 

 医者の発言が気に障ったのか、銭塘は急に声に棘を持たせた。その声色に懐かしさを感じた621は、再び銭塘の上に腰かける。彼の苦痛の喘ぎにはあえて耳を貸さず、621は自身の膝を叩いた。

 

 

「またオレの膝の上で泣くか?いいぞ」

「レイヴンの優しさが身に沁みる……できたら降りて下さい。痛いっす」

「や」

「嫌がられた……」

 

 

 目の前で繰り広げられる2人の親しげなやり取りに、呆れた医者は「あのさぁ!」と叫んだ。

 

 

「レイヴン君の前だけ素直になるよね??君、大豊専属にならない??」

「またウォルターに聞いてみる」

 

 

 噂をすればなんとやら、タイミングよくウォルターからの通信が彼女の元へ届いた。

 しかし、その内容は新たな仕事の依頼を知らせるものであり、621は名残惜しくも病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 621は大豊に関心が無い。

 

 銭塘との関り以外、眼中に無い。無かったはずだった。

 

 帰路へ向かおうとドッグへの道を曲がった時、不意に怒声が彼女の耳に入り込んだ。

 それは人気の少ない倉庫から響いているようで、不穏な色を滲ませているようだ。

 

 特に用事などは無い。だが、妙に彼女の興味を引いてしまった。

 

 生まれてしまったものはそう簡単に死なない。嫌な予感が警鐘を鳴らすも、内に生じてしまった好奇心に背中を押され621は聞き耳を立ててしまった。

 

 

「何故あの傭兵を贔屓するんだ!?」

 

 

 突然爆発した怒声に、621の肩が跳ねる。

 激情に荒れる声が反響し、同室していたもう一人が声が大きいと宥めた。

 

 

「忘れたのか?あいつは、独立傭兵レイヴンは、同胞を殺したんだぞ!?」

 

 

 不意に己の名を呼ばれ、思わず呼吸が止まる。

 荒げた言葉に込められている激情は、621へと向けられた怒りだったのだ。

 

 同胞を、殺した?

 

 同胞。兄弟ないしは、同じ国にや民族に生まれたもの。もしくは主義主張を同じくしたもののことを指す。そして発言された場所からするに、それは大豊核心工業集団の人間のことを意味するだろう。

 

 しかし彼女には心当たりが無い。

 

(いや……)

 

 あった。たった一回だけ。ルビコンで活動を始めてすぐの事。友人と呼べる存在である銭塘と出会う少し前の事。

 

 

独立傭兵か……ヴェスパーでないならやりようはある

迎え撃つぞ!

アーキバスめ、当たりを引いたか……!

ミシガン総長に……報告を……

 

 

 グリッド135掃討。

 彼女は実績作りとして、大豊のMT部隊を殲滅していた。

 

 

「所詮金で動く道具にすぎない傭兵に恨みを持ってどうする。怒りを向けるなら依頼者にだ。それにアレは大豊の仕事をしてくれているだろ?」

 

 

 同僚に宥められ、男は悔しさに呻く。

 それ以上の言葉は彼女の耳に入らない。思考よりも早く、621の足は通路を離れていた。

 何かから逃げるように。

 

 その平坦な表情は、酷い藍色に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰路の間も、苛立ちが彼女の中で膨らんでいた。

 

 ACのOSを拡張し、新型のパーツを無数に組み合わせ最適化を重ねた。それだけではなく、ウォルターやオールマインド、銭塘などを通じてACの戦闘映像を取り寄せ知識を増やし、以前よりも格段に戦術の幅は広がった。

 

 なのに、銃を握る腕がやけに重い。自分の体の延長線にあるACが意に沿わない。そんな違和感をこの数日感じていた。

 

 機体をいくら変えても、仮想戦闘に入り浸ろうとも、適切な休息を取ろうとも、改善するどころか日に日に症状が悪化している。そんな気がしてならない。

 しかし、不思議なことに飼い主たるウォルターに相談する気は起らず、脳内に響く姿なき友人と当てもなく言葉を交わすことしかできずにいた。

 

 重く鈍い生身の体から解き放たれるはずのACのコックピット内ですら曖昧な痛みで軋む精神から逃れることは叶わず、文字通り鋼の監獄となっていた。

 

 自分は、強化人間C4-621。ハンドラーウォルターの猟犬。それ以上でもそれ以下でもない。『レイヴン』という名も与えられた意味を果たすため他者から借りているものに過ぎない。

 

 与えられたものと、借りているもの。それだけだったはずなのに、自分の中から生まれたものが自分自身を苦しめるようになったのは何時からだっただろう?

 この苦痛を取り除けないかと縋るよう記憶を探ったが、曖昧でぼやけた情報から彼女の求める答えが見つかることはついぞ無かった。

 

 

「オレは、強化人間C4-621。ハンドラーウォルターの猟犬」

 

 

 彼女は自分に言い聞かせるよう、与えられた名を反芻する。

 

 

「オレは、独立傭兵『レイヴン』」

 

 

 戦い以外に価値は無く、役割もない。そんな自分が他者に与えられるものは「死」だけ。

 もう幾多もの他者を踏みにじってきたのだ。

 いつの日か必要に応じて、言葉を交わした戦友に銃口を向けることもあるのだろう。

 

 そう、いつの日か。(銭塘)を殺すことになるのか。

 

 漠然と脳裏に浮かんだ言葉は、いつまでも621の思考について回ることとなった。

 

 善行は過去の悪行を帳消しにすることは無い。ただ永遠と事実が積み重なり過去となる。ただそれだけのこと。

 

 不愉快な憂鬱を抱えたまま重い足取りでACを降りた彼女は、ふとガレージの陰に佇む人影に気が付いた。杖をついた初老の男と視線が絡む。

 

 

「621」

 

 

 聞きなれた男の言葉がEN負荷のごとく精神に負荷をかけ、621の視線は自然と地面へ落ちた。

 

 

独立傭兵レイヴンは、同胞を殺したんだぞ!?

 

 

 口が重い。先の言葉がいつまでも耳に残っている。

 これがACなら負荷の重いパーツを換装させれば済むだけの話だというのに、生身の人間はそうはいかない。出口の見えぬ問答に耐えかねた思考は一層緩慢になっていく。

 

 

<<レイヴン?>>

 

 

 姿の見えない友人の声に打たれ、彼女は渋々顔を上げた。

 

 

「なんでもない。次の仕事は今からじゃないのか?」

 

 

 眼前の男は621の心を覗くように微動だにしない。が、突然視線を緩めた。踏み込むことを恐れたのか、はたまた彼女の自由意志を尊重したのか定かではない。

 

 

「……明日だ。ベイラムの指示で変更になった。どうやら中央氷原で大きな作戦を決行するつもりらしい。連絡はすでに送ってあるが……確認しなかったのか?」

「そうか。だったら、しばらくシミュレータをやる。また時間になったら教えてくれ」

 

 

 621は踵を返すと、付きまとう何かを振り切るように再び自機に向かった。

 今宵もただ戦いだけの世界に深く深く(うず)まるために。

 


 

 寒冷化したルビコンでは、雨の代わりに横殴りの積雪が降る頻度が年々上がっているとエアが零した。

 輸送ヘリで揺られている間にも、刺すような冷気がコックピット内に忍び寄る。

 

 

<<ベイラムは自分たちが手に入れた壁を封鎖機構に奪われたことがよほど気に入らないらしい>>

 

 

 ベイラムによる執行部隊殲滅依頼を受諾した621は、視界に投影されたかつて自分たちが攻め落とした「壁」を見つめる。 

 ウォルターのよこしたドローンによる偵察映像では、至る所に封鎖機構のMTが配備されていることが確認できた。自分たちが攻略したときの何倍も手ごわいだろうと621は警戒を強めた。

 

 

<<まあいい、俺たちは状況を利用するまでだ>>

 

 

 ハンドラーの合図を受け、猟犬は飛び出した。

 

 白い大地に621の『ブラックバード』が降り立つ。

 その黒に染められたフレームこそLOADER 4とTENDERFOOTを混ぜたような構成だが、武器と内装は高品質の高級品に置き換えられており、OSも最適化され格段に性能は向上している。封鎖機構との戦闘に後れを取ることは無いと彼女は自負していた。

 

 しかし気を緩めることはできない。不測の事態を常に予測し、あらゆるイレギュラーを想定の範囲内に収めるくらいの心持をもたねば。気分が冴えずとも、動きが鈍るようなことがあってはならない。そう自身に鞭を入れ、621は戦闘態勢に入る。

 

 

<<……?レイヴン、何やら近くに熱源反応があります>>

「伏兵か?ならそちらから片付けるだけだ」

<<どうした621?>>

 

 

 ウォルターの疑問の声には耳を貸さず、621は素早く機体をエアの導きに沿わせた。

 彼女の優秀な索敵能力は遺憾なく発揮され、岩陰に隠れた伏兵をすぐに補足した。

 

 

<<!?見つかってしまったか。目ざといな、猟犬>>

 

 

 ミサイルと共に雪上を滑るように現れたのは、封鎖機構ではなくACだった。

 

 

<<アリーナ登録情報を参照、ACキャンドルリング。ルビコン解放戦線所属パイロット、リング・フレディです>>

「解放戦線か」

 

 

 敵機から連続して撃ち出されるグレネードが雪を焼き飛ばし、無骨な岩肌を晒し出す。

 621は爆風に巻き込まれないよう回避するも、キャンドルリングは驚異的な推力で距離を詰め、次弾を621へ向けて放った。

 キャタピラで軽快に戦場をかける姿こそ、オールマインドの提供する仮想戦闘で目にしたことはあるものの、現実ではもっと早く感じるなと621は興味深く思う。

 

 

<<今日は様子見のだけのつもりだったが、やむ終えない>>

「様子見。やむおえない」

 

 

 相手の言葉を反芻し、その意味を呑み込んだ621は口元を緩めた。

 

 

「そうか、なら今日はやめておこう」

<<え、は?>>

 

 

 彼女の想定外の発言に、思わずリング・フレディは気の抜けた声を溢した。

 ポカンと固まったACを放置し、621は踵を返してABで壁へ向かう。

 そして上の空のまま、封鎖機構のLC部隊をミサイルで蹴散らし始めた。

 

 

(解放戦線……ラスティの仲間か)

 

 

 彼女は不鮮明な記憶から、ストライダーの防衛や海越えで成り行きから共闘した青年の顔を引っ張り出していた。

 

 V.Ⅳラスティ。彼はルビコンで実際に顔を会わせた数少ない人物の1人であり、頑なに彼女をレイヴンと呼ばない人物だ。

 彼はアーキバス所属の傭兵だが、その正体は進駐してきた企業や封鎖機構と戦う解放戦線の人間。海越えの際に興味本位で彼の機体にアクセスしたエアがその事実を突きとめたのだ。

 

 

「相手に戦う気が無いのなら、無駄撃ちする必要はない」

<<……>>

 

 

 飼い主の何か言いたげな沈黙を無視し、621は飛び交うレーザーを潜って的確に障害を排除。肩から放たれたパルスミサイルは広範囲にわたって衝撃を広げ、雑兵の生存を許さない。

 壁からLCが2機飛び出してくるも、動じることなく二種のミサイルで負荷をかけ、スタッガーに陥った瞬間にバズーカで淡々と処理していった。

 

 

<<この辺りは片付いたようだな。続けろ、621。壁内部にも機体反応がある>>

 

 

 基地内部の封鎖機構戦力も排除すべく、素早く侵入した621は待ち構えていたSGらを太陽守でまとめて薙ぎ払い奥へ邁進。

 

 

<<コード21! 現着した!>>

 

 

 621の猛攻に歯止めをかけるべく、この基地の主力であろうHCが閉鎖された扉を破壊して躍り出た。

 

 

<<新型だ。油断はするな621>>

 

 

 猟犬は静かに頷く。

 

 

<<AC……独立傭兵だな、排除執行する!>>

<<准尉のHCを援護しろ!>>

 

 

 HCの両肩から放射線状にミサイルが飛翔し、621を取り囲む。

 咄嗟にQBで後方に飛ぶも、被弾を許してしまった。

 負けじと621もミサイルを放つ。HCの正面をカバーする巨大な盾を避け、パルス衝撃がHCを揺らす。

 畳み掛けスタッガーを狙うべくバズーカを構えるが、SGが飛び掛かり621の射線を阻んだ。

 彼女からすればSGなぞ有象無象でしか無いが、この機体は肉壁としての役割を果たした。

 

 

<<企業も傭兵も……秩序を乱す危険因子は排除する!>>

<<!?>>

 

 

 青い火花を纏う爆風の中から、HCが飛び出す。HCは巨大なシールドを構えたまま、621に突撃。彼女は避け切れず、機体は姿勢を崩した。

 

 

<<レイヴン!>>

 

 

 脳を打つエアの声に、621は空中を転がるようにQBをもってHCの次弾を回避。

 凶悪なレーザーの一撃が装甲を掠め、金属の床を溶かす。直撃すれば致命傷になっていただろうと冷や汗が背筋に流れた。

 

 再び降りかかるミサイルの雨を潜り抜け、621はHCと肉薄する。その機体の体長差はまさに大人と子供といった風であろう。

 再び青い光がHCの銃口に瞬き始めた。次、スタッガーに陥った瞬間、あの凶悪な光が自身の命を刈り取りに来るに違いない。

 

 だが、いくら盾が巨大でも防げる範囲は正面のみ。621の展開した太陽守の爆風はHCの全身を包み込む。そして回り込むようにミサイルがHCの背に刺さろうとした。

 

 

<<ちっ!>>

 

 

 だが直前で回避されてしまった。

 

 

 本来ならそれで終いだ。だが、このミサイルは違う。普通なら弾道にあるはずもない、奇妙な線が走っていたのだ。

 

 

 45-091 JVLN BETA

 『ブラックバード』の右肩に積まれているのは、オールマインドの開発した特殊なミサイルだ。

 通過軌道上に時間差で連鎖爆発を引き起こす、いわば爆導索と呼ばれるものに類似した珍しい兵器である。

 ミサイルとしては有効射程が短く、弾道も速くないため使い勝手はあまり良くないように思えるが、その真価は回避の難しさにあった。

 

 

 ミサイルを避けたはずのHCは突如後方から連鎖的に爆撃を受け、スタッガーに陥った。度重なる負荷にACSは耐えられない。

 硬直した機体を621はすかさず蹴り飛ばし、太陽守の射程範囲に収めた。

 これで終わる。後はバズーカの引き金を引くだけだ。

 終始冴えない気分もこれで終わると彼女が安堵しかけた瞬間、エアが慌てた様子で叫んだ。

 

 

<<待ってください!大豊からの通信です!!>>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<<……戻れ>>

<<はい帥父>>

 

 

 岩陰に潜み、621の動向に目を光らせていたリング・フレディは、小さくため息を漏らした。

 奇妙な行動をとる「独立傭兵レイヴン」。その正体は、ルビコンに争いを持ち込んだ「レイヴン」とは別人であると、リング・フレディの敬愛する帥父サム・ドルマヤンは早くから見抜いていた。

 

 ルビコンでの泥沼の戦いでベイラムからの離脱者は少なくない。その者たちを用いれば、ベイラムの通信を傍受するのは容易いこと。こうしてドルマヤンの指示を受けリング・フレディは、ベイラムに加担する「独立傭兵レイヴン」である621の行動を逐一報告していたのであった。

 

 

(帥父には全て見えておられるようだが……俺にはあの傭兵を見極めることが出来ない)

 

 

 ルビコン解放戦線の中心人物である帥父と称されるサム・ドルマヤン、その心情を推し量ることは困難を極め、今やリング・フレディをはじめとしたごく僅かな信奉者以外彼を組織の偶像としか認識していない。

 だが、信奉者らもドルマヤンの思考を理解できたわけでなく、リング・フレディのように指示を実行するに留まっていた。

 ドルマヤンから指示が出た以上、長居は無用だ。思考を切り替え離脱体制に入ろうとしたリング・フレディは、COMの異常を知らせる声に引き留められる。

 

 

<<封鎖機構の増援か……!?>>

 

 

 慌てて臨戦態勢に入り敵影を探すも、すぐにその手間は省かれることとなる。

 

 

「そこのお前!!!」

<<!?>>

 

 

 突如、回線に少女の声が割り込んだ。それと同時に、壁から青い光が糸を引く。一機のACがリング・フレディの元へ向かってきたのだ。

 

 

 

<<戻ってきただと?何を考えている……?翻弄する戦術か?>>

 

 

 動揺を隠せないままリング・フレディはハンドミサイルを構え、警句を叫ぶ。

 

 

<<コーラルよ、ルビコンと共にあれ!!コーラルよ、ルビコンの内にあれ……その賽n>>

「お前、傭兵だろ!?いくらだ?いくらで雇える!?」

<<は??>>

 

 

 621の想定外の発言に、リング・フレディは本日二度目である気の抜けた声を溢したのであった。

 

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