それゆけ!テスターAC乗り大豊パイロット訓練生! 作:テキサス仮面
大豊基地は襲撃に慣れている。
これは俺が訓練生だったころから変わらず、毎日のように解放戦線かドーザーと殴り合っていた。
ベイラムの基地に比べれば警備も薄く、実質補給基地だということは公然の事実として知れ渡っているため頻繁に狙われたのだ。(ドーザーに関しては、酔狂な度胸試しだった可能性も否めないが!)
だがその全てが周辺領域での話であり、直接基地に敵が乗り込んできたことは一度もなかった。
それも今日までの事らしい。
燃え盛る物資用の倉庫で、正に大豊を象徴する月餅と戦場で見かけることはない異形のミルクトゥースが睨み合っていた。
見慣れた通路は炎に炙られ、大破した四脚MTの揺らめく影が日常が二度と戻らないことを無慈悲に突きつける。
俺の因縁の相手、ブルートゥ。その忌々しい機体を目の前にし、俺は茫然と立ち尽くしてしまった。
不意に込み上げる酸味に思わず咽る。胃酸が口内を焼き、思考を白く塗りつぶした。
なんで。
どうして。
意味の無い言葉が頭の中をぐるぐると回り、向き合うべき現実を遠ざけてしまう。
そして俺が気が付いたときには、ブルートゥーは目の前にいた。
嫌な音が耳を撫でる。高速回転するチェーンソー特有の不快な金属音。
一見単調な大振りなのに思考がフリーズした俺は避け切れず、その暴力性を全身を以て味わうこととなってしまった。
一瞬意識が途切れ、すぐに痛みが俺を引き戻す。
視界が、赤い。嫌な臭いが硝煙と炎に紛れて鼻をつく。頭の中で滅茶苦茶に鐘を鳴らされているかのような痛みが、身体の中身をかき混ぜ神経を焼く。
腹の底は煮えたぎるように熱いのに、指先からはどんどん体温が消えていく。急激な眠気と共に、ゆっくりと感覚が欠落する。
「ああ……俺も……、コールサインが欲しかったなあ……」
朦朧とする意識は明らかに場違いなセリフを引き出す。馬鹿馬鹿しい。だがそれを指摘する人間は──
<<お前は、G12銭塘。もうパイロット訓練生じゃないだろ>>
霞む視界の隅に入り込んだ四脚MTが、暗い底に沈もうとした俺の意識を蹴り飛ばした。
幻聴だ。答える相手などいないはず。聞こえるはずの無い憎たらしい声が、皮肉にも俺を死の底から救い出してくれたのだ。
縋る様に霞む目を凝らしても、大破した四脚MTが動くことは無い。いくら探してもそこに見慣れたアイツは無い。
代わりに視界に入ったのは、今まさに俺に狂刃を向けるブルートゥの悍ましい姿だった。
俺は、G12銭塘。口の中でコールサインを呟く。
ACに搭乗しているというのにその力を振るうこともせず、何をやっているんだ俺は。
「畜生……、こんなところで死ねるか……!」
血反吐と共に怒りを吐きながら俺は操縦桿を掴み、月餅を起き上がらせようとする。しかし再び衝撃が機体を襲い、俺は無様に転がされた。
<<ご友人、まだダンスは始まったばかりですよ>>
轟音の中、男の美声が脳を揺さぶった。臓物がひっくり返ったかのように嘔吐が止まらないが、吐き出すものなどごく僅か。喉を焼く痛みだけが延々と続く。
そんな俺を前に揺らめく視界に映る黄色の人影が、まるで足元に咲いた花を摘み取るかのようにしゃがみこんだ。
<<さあ、踊りましょう!熱く、語らうように!>>
恋する乙女のように甘く、人を焼く炎よりも熱く、ブルートゥは俺に手を差し伸べた。
こんな狂人相手にしたくなどない。したくなかった!願わくば二度と眼前に現れないよう願いながら記憶を奥底に封じたのに、現実となって俺を嘲笑う。
しかし残念なことに、こちらにはあの狂人の誘いに乗る動機がある。心底憎らしい。俺は奴の手を取るようにマシンガンをブルートゥに向け、その引き金を目一杯強く引いた。
コーラルを浴びただけで強くなれたらどれだけ良かったか。
AC越しに何人も殺してきた。それが仕事だったから。無罪とは思わない。しかし、奪うものは奪われるというが、これは報いなのだろうか?
<<ああ、素敵だ。ご友人の成長を直に感じ取ることが出来る。なんと幸福なのでしょう>>
マシンガンの雨が頑丈な装甲を叩く音よりも、奴の声の方がよっぽど騒がしい。心底喜ばしいと言わんばかりのブルートゥの声色に俺は吐き気を促した。この男の住む世界は、どうやら現実と隔絶した場所にあるらしい。
俺は態勢を立て直すべくブルートゥから距離を取ろうとするが、単なる旋回で視野が狭まり苦痛に呻く。この程度のGにすら耐えられないのか!唾を飲み込もうにも、熱で乾き切った喉にへばりついて一苦労だ。
それ以前に息をするだけで肺に激痛が走る。これは肋骨折れたか?とどこか他人事のように思考を回した。
奇しくもこの状況は、俺が初めてACに乗って死にかけた際の再現のように思える。
ただし、今回は俺1人。レイヴンは居ないのだ。
鳴り響くAP低下を知らせるCOMを黙らせるためリペアを切る。残数は後2回。直撃ダメージを軽減させるACSの障害発生警告が画面に点滅している。くそったれ。
確かにあの時より更に不利だろう。だが、俺だってあの時のままじゃない。今乗っている機体は低速の棺桶みたいなテスターACでなく、正式なレッドガン隊員として与えられた機体を自分に合わせたものだ。
避けることが難しくとも、大豊自慢の装甲を持ってすれば多少耐えることができるだろう。
……というのは、あくまでスペックのみを参照した際の話。
閉所での拡散バズーカの振動が装甲を伝い、その衝撃で視界に火花が散った。負傷とトラウマにより気が動転していた俺は、実際の戦闘は安全なシミュレータ内でなく、揺れ動く不快な戦場にあるのだという事実を失念していたのだ。
兵器というものはカタログスペック以上に環境に火力が左右される。元来ブルートゥの駆るミルクトゥースという機体は、解体作業を目的としたパーツから成り立つものあり、設計者のRaDの頭目カーラが開示してくれた情報では内装も尖ったものでなくアセン構成だけで言えばそこまで脅威的ではない。
ところが天井があり、さして逃げ場のない室内となると途端に話が変わるのだ。
いくら推進力があろうと閉所では腐らせるほかにないのでミルクトゥースの低めの推力も問題ではなくなり、ロック性能がお世辞にも高いとは言えないFCSも、火炎放射器には関係のない話。ジェネレーターも我が大豊核心工業集団の製品「明堂」であり、使い心地は俺がよく知っている。推力を犠牲に燃費をよくしたブースターとの組み合わせでエネルギー切れ知らずだ。分裂ミサイルは近距離で撃てば敵を死角から取り囲む凶悪な挙動となるし、拡散バズーカの衝撃と火炎放射器の熱量は、野外の何倍もの負荷を機体に押し付け容易にスタッガーに陥らせる。そこへ大型の野獣のようにチェーンソーが襲い掛かるのだ。
本当によくできたアセンだ。RaDのカーラ、ただの変わったドーザーだと思っていたが考えを改める必要がありそうだ。……この状況から生還出来た後にな。
(今の俺では、敵わない)
受け止めたくない現実を血反吐と共に噛みしめる。回避を諦め自慢の装甲で受け止めるべきではなかったか。
かと言って遮蔽物がロクに無いこの場所から移動すれば、避難している同胞たちを狂火に晒すことになりかねない。AC用の火炎放射器となればその熱量は生身の人間を焼くのには過剰過ぎるほどだろう。破壊の為に最適化されたブルートゥの機体ではMTは壁にすらならず、この基地が蹂躙されるのは目に見えて明らか。
他にも戦力がいるだろって?残念なことにルビコン密航の際に戦力の大半を喪失した大豊にとって、現状では俺が最高戦力なのだ。最悪すぎるだろ。
降りかかる火炎に炙られじわりじわりと減りゆくAPに、焦りが喉奥から突き上げる。どうする?どうすればこの状況を打開できる?
冷静さに欠ける俺の思考では、何も巧妙が思いつかない。完全にどん詰まり状態だった。
<<銭塘君!>>
「先生……!?無事でしたか!」
ノイズまみれの回線から、聞きなれた声が俺を呼ぶ。よかった、先生は無事だったのか!トラウマと涇河の死に打ちひしがれていた俺の心に、少しばかり光が差し込んだような気がした。ますます足を折るわけにはいかない、救援が来るまで持ち堪えなくては。
しかしそれはいつになるのだ?と当然の疑問が思考を塞ぐ。
先の見えない戦い、もう戦いとも呼べぬ蹂躙をいつまで耐えればいいのだろうか。
そもそも救援なんて来るのか?ルビコンでのコーラル調査の舞台は中央氷原に移った。そのような状態で氷原とは海によって隔たれたベリウス地方にある傘下企業の救援に?あの強引なベイラムが?とてもじゃないが、前向きになることはできない。いっそのこともう全て諦めて、意識を落としてしまおうかと、甘い誘惑が疲弊した俺に忍び寄った。
<<もう少し耐えてくれ!酷いこと言うけど、君は耐えることが得意だろ!?>>
「いや、得意というわけじゃ」
<<自覚持ってね!?君大概だからね!?救援が来るまで耐えてくれ!キミならできる、というか出来ないと僕まで死ぬんだけど!?キミがそこで相手にしている奴以外は残存戦力でなんとかなりそうなんだよ!あぁもうなんで僕が指揮官の真似事しなきゃいけないんだ!生き残ったら秘蔵の桃饅頭を食べてやるぅ!勿論、黄身餡のヤツを!上層部の人間には内緒だよ!勿論キミに半分分けるとも!だから、死なないでくれ!>>
先生は情けない悲鳴をあげながら、弱気になる俺を引っ叩いた。普段のノリとあまり変わりない先生の慌てっぷりに少しだけ口元が緩む。桃饅頭か、久しく食べていないな。場違いな発言とはいえ、俺にとって何よりもありたい応援だ。
少しばかりガッツを取り戻した俺をさらに鼓舞するかのように、先生は言葉を繋ぐ。
<<ベイラムやレッドガンに救援要請を出してある!それに、独立傭兵レイヴンが依頼を受理してこちらに向かってる!多分彼女が一番早い!>>
レイヴン、彼女が来る。そのたった一言で、俺の意識にかかった霞が払われた。
「なら、なんとかなりそうですね……!」
ブルートゥの撃ち放ったミサイルを回避しながら、息も絶え絶えに絞り出す。だが、燃える心に対し体が追いついていない。重くのしかかる鈍い痛みで操縦桿を握るのがやっとの状態で、ランク8と耐久戦を?やるんだけどさぁ!せめて痛み止めがあればと己の不幸さを心から嘆いた。
いや、まて。痛み止め?俺はふと、胸ポケットに入れたままの「それ」を取り出す。投影を切らずとも、赤い液体が揺らめいていることが手に取るようにわかった。
携帯シーシャのフレーバーリキッドをコーラルに置き換えたドラック、それが俺の手元に。
ルビコンで密かに蔓延するコーラル薬物。使用すれば「脳がパチパチ弾ける」感覚、もとい多幸感が得られるという。そんなもの毒物へ対する体の防衛反応に過ぎないというのに。だが、痛みを紛らわせるには、確かに有効なのではないのだろうか?
長年染みついた薬物への忌避感が決断を躊躇させるが、考えあぐねて立ち尽くすのは単なる自殺行為。
ならば、と俺は息を吐く。
視界が赤く染まり、強い眠気が付きまとう。
──それがなんだ?
ACという鉄の鎧が、自身の体のように重く感じる。
──それがなんだ?
指先の感覚が失せ、力が入っているかすらわからない。
──だから、それがなんだというのだ?
無力感に絶望するのは良い
だが、諦めることは許されない。
俺は、この男に勝たねばならない。
勝てなくとも、抗わなくてはならない。
たとえどんな代償を払ったとしても、だ。
やってやる、やってやるぞ。重い瞼を無理やり持ち上げ異形の敵影を捕捉。そして強く握りしめた拳を開き、赤い液体が漂うシーシャを口に運ぶ。
「死線で踊ってやるよ」
懐かしい刺激が舌に走る。以前よりもずっとハッキリとした痛みだ。舌の上で弾けるような痺れを、思いっきり肺に流し込んだ。
散漫としていた意識が刺激によって呼び起こされ、急速にクリアになっていく。
戦え。俺にはその力があるはずだ。
<<ッ!?>>
狭い屋内での突然のABに、ブルートゥは対応できないまま月餅の蹴りをモロに喰らった。流石に頑丈な機体だとしても、大豊自慢の重量の一撃は堪えるだろう。
視界に赤い火花が飛び散る中、俺は笑わずにはいられなかった。旋回で意識を飛ばしかけていた時とは大違いじゃないか。反応速度も格段に上がり、体の動きもずっと軽い。まるで羽を得たかのように軽快に機体が踊る、そう言って過言ではないほど。恐怖や焦りといった感情は、パチパチと泡が弾けるような感覚に塗りつぶされ、俺の選択を妨げることはできない。そりゃあコーラル中毒者が出るわけだ。
炎で視界が見えずとも、ロックオンされたことを知らせる警戒アラートと、ドーザー特有の不快感を頼りに直撃は回避することができる。
撃ち落とされる拡散バズーカを前方に進むことで避け、そのまま懐に入り込んでマシンガンを叩き込んだ。
ブルートゥはスタッガーに陥る前に機体を下がらせようとするが、そうは問屋が卸さない。俺は肩の2連高誘導ミサイルを、攻撃を途切らせたブルートゥに向け放った。もはやお馴染みとなったミサイルの直当て、高誘導低速という特徴を完全に無視した荒技がブルートゥを吹き飛ばした。そろそろファーロン・ダイナミクスに怒られるかもしれない。
<<ふふ……素晴らしい>>
回線から不気味な笑い声が響き、俺は苛立ちに舌を打つ。被弾に恍惚と喉を震わせる狂人め。奴は爆風の中から飛び出し、その凶悪なチェーンソーを振りかざした。QBを吹かし、間一髪で奴の攻撃を躱す。冷汗が笑みで引きつる頬を伝う。まだ境界線の淵に留まることが出来たようだ。気を抜けば簡単に向こう側へ落ちてしまいそうな危うささえ、煮えたぎる熱を程よく冷やしてくれてちょうどいい。
明らかにイカれた思考だが、そうでもなければ乗り切る事はできないという確信に押され俺は戦闘を続行する。
しかしながら俺は一時的とはいえ好調だが、機体の方はそうでもないらしい。コーラルドラックによる高揚で気づかなかったが、視界の隅で申し訳なさそうにエラー表示が点滅しているではないか。どうやらコアとジェネレーターがいかれてしまったようだ。
確かにEN回復速度が低下したような気がするが、もともとジェネレーターのEN容量が大きいのでそこまで気にはならない。
とはいえ耐久戦となる以上、機体が先に壊れてしまっては意味が無い。リペアで直せるのは簡易的な装甲の補修ぐらいで、内装まで達したダメージに対応することはできないのだ。
月餅は先のコーラル奔流で機体全体に深刻なダメージを受けていた。特にコーラルによって過剰に配給されたエネルギーで内装が焼けてしまったことが致命的で、修理よりも新しい機に交換する方がマシという状態だと聞かされていた。
しかしながら、物資の配給のままならないルビコンにおいて新品のパーツは自社製品とはいえそう簡単に手にすることはできない。月餅は換装が済んでいない状態で、推進力任せの突貫紛いの近接戦闘をさせられているのだ。
耐久戦なのに肝心の耐久力が無いという無慈悲な事実に対し、俺は笑みが溢れた。
激情にこの身を焼べろ。
……いや、レッドガンのコールサインの由来を思えばそれは違うな。
怒濤にこの身を変えて砕け、とでも言い換えたほうがいいかもしれない。
俺は意を決し、ブルートゥに急接近する。回避は最低限で奴のミサイルを全弾吸い込もうとも足は止めず、二丁のマシンガンを絶え間なく撃ち込んだ。
ブルートゥの機体もACS(姿勢制御システム)によってダメージは軽減されているだろうが、積み重なる負荷は無視できない。そこに高誘導ミサイルを飛ばし、挟撃を狙う。
流石に俺の狙いに気がついたブルートゥは被弾を避けようとする。同じ手は二度も食わないって?わかってたさ。
ブルートゥの前方には俺、後方は壁、左手はミサイルに、天井は抜け出すには低過ぎると来た。ならば右手に、倉庫の中央へ回避行動を取るのは明白。
そこに向い、俺は肩のブレードを振った。
淡緑の一閃が走る。パルスの斬撃が装甲を焼き、水飴のように溶かす。致命傷には至らないだろうが、その衝撃はコックピットに届いただろう。
が、そうはならなかった。
奴はチェーンソーを構え刃を回転。そのまま斬撃を受け止めたのだ。衝撃は殺され、光は火花に呑み込まれる。ありかよそんな方法!?
<<良い……非常に良い動きですよご友人>>
ブルートゥはうっとりとしたような声色を漏らしながら、ABを用いて急激に俺との距離を詰める。肩に背負った拡散バズーカに動きが見られた。
俺はとっさに避けようとするが、遮蔽物に機体の進行は阻まれる。
しまった!いつの間にか倉庫の角に追い込まれていたのだ。そのことに気が付かぬまま、俺は無様に壁に衝突したのだ。
拡散バズーカの衝撃が全身に降りかかる。機体は悲鳴を上げ、硬直。スタッガーに陥ってしまった。
最大の好機を奴が見逃すはずもなく、チェーンソーの刃が振り下ろされた。
火の粉とノイズの違いがわからない。意識は浮き沈みを繰り返し、境界線をぼかしていく。
あぁ、やられた。完膚なきまでに叩き潰されたのだ。
痛みこそ曖昧になっているものの、体は石のように重く動くことを拒否していた。できることといえば、かろうじて動く指先で最後の切り札を切るぐらいだが、ブルートゥは俺から距離をとっている以上無意味になるだろう。
乾いた失笑が無意識に溢れた。これが、選択の結果なのだと自分自身を笑う。時間稼ぎになっていれば御の字だ。既に対抗する気力は尽き、俺は無責任にも意識を投げ出そうとした。
そのときだ。
<<銭塘!>>
耳を打つ透き通った声。まるで静止した水面に一滴の水をたらしたかのように、波紋となって焼けた脳に澄み渡る。
それは聞き間違いようの無い、レイヴンの声だった。
彼女は何か叫んでいるようだったが、あまりよく聞こえない。代わりに
霞む視界の先でブルートゥが俺に背を向け立ち去ろうとしている姿が異様によく見えた。
レイヴンに余計な仕事を残したままなのは気が引けるな。そんな考えが頭をよぎった瞬間、俺は口を開いていた。
「花は、手向けなくていいのか?」
<<……!なんと、まだ生きていたのですね!>>
ブルートゥは声を弾ませ、こちらへと振り返る。そうだ、その調子だ。血反吐を吐きながら、俺は呪詛を絞り出す。
「最後まで面倒見てくれよ、友人ならさ」
<<ええ!>>
心底嬉しそうな返事と共に、俺の上に影が落ちた。ブルートゥが取りこぼしたものを取りに戻ってきたのだ。
<<それではご友人>>
チェーンソーの刃が回りだす。そうだ、これで最後だ。別に狙っていたわけじゃ無いが、俺の声とブルートゥの声が重なった。
「食らいやがれ」
<<さようなら>>
閃光が月餅を中心に広がる。俺は最後の切り札、アサルトアーマーを切った。
腐らせずに済んでよかったよ。
緊急依頼を受け大豊基地に到着した621が見たのは、燃え盛る炎の中に佇む襲撃者の影だった。
<<おやおや、これはいつぞやお会いしたビジターではありませんか。彼を迎えにきたのですか?>>
煙塵と炎が染め上げた視界の向こうで、その機影はゆっくりと振り向いた。
大破したMTの残骸を踏み、黄色い独特な機体は溶接面体に似た頭部から光を零す。穏やかな声と合わさり、まるで紳士的な笑みを浮かべたかのようにも思えた。
鼓膜を介さず頭の中に響く男の声。強化人間であることを今日ほど憎いと思ったことはないと621は舌を噛む。外部情報を直接脳に情報を送る強化人間としての利点が彼女の不快感を助長させた。
<<レイヴン!>>
脳裏を打つエアの声に、621は視線を動かす。ブルートゥの足元にある残骸はMTではない。621にとって見慣れた機影は銭塘のものであったのだ。
<<彼とのひと時は素晴らしいものでした>>
ブルートゥは恍惚と吐息を漏らす。それは621の神経を逆なでし、不愉快に浸らせる。よく見ればブルートゥの機体は損傷が影しく、いたるところから火花が散っていた。
<<やはり、友人とはすばらしいもの。ビジターにとって彼はご友人でしょうか?なら私ともご友人なのですね!>>
「黙れ」
<<ご友人……ああ、素晴らしい。貴女達との出会いに感謝を>>
「黙れ」
<<貴女も一曲お誘いしたいのですが、このような格好ではふさわしくありません。また後日、改めて>>
ブルートゥは621と会話を成立させないまま一方的に捲し立て、基地の壁にチェーンソーを突き立てた。
薄紙を裂くように簡単に壁は破壊され、そのままブルートゥは逃走。
621は咄嗟に追撃しようとするが、足元に転がる残骸を見て思いとどまった。
それは酷い姿だった。銭塘の乗っていた機体は見るも無残に焼かれ潰され引き裂かれ、それでなお原型をとどめているのはさすがとしか言いようがない。
血相を変えコックピットから降りようとした621をエアは引き止めた。火災は人体の生存に適していないと判断したエアは、基地のシステムに強制介入し、
火が下火になったことを確認するなり、621は機体を降りた。濡れた装甲に何度も足を取られ、転落の危機に晒されながらも彼女は見慣れた残骸の元へ辿り着く。
621はひしゃげたコアから銭塘を引き摺り出そうとしたが、徒労に終わった。それもそのはず、在庫処分寸前だった失敗作の己の体では死に体の男の体重を動かせるわけがない。ましてや機能停止したコアを開ける知識も力も有してはいなかった。
幸いなことは、彼女の救援依頼にリング・フレディ単騎だけでなく
「どいていろ」
インデックス・ダナムもその1人であり、リング・フレディを通じて応援に駆け付けた彼はACから降りると職工の経験を活かし簡単にコアをこじ開けた。そして手早く火花の散るコックピットから銭塘を引きずり出した。
以前は逆の立場だったことを621は思い出す。自身が助けられて、彼がコックピットから救い出してくれた。
だが、今回自身は何もできなかった。彼が生き延びたのも彼自身の奮闘があったからで共に戦ったわけではない。ウォルターとエアがいなければ、解放戦線が救助応援に応じてくれなかったら、死なせていたかもしれない。
(オレは、無力だ)
621は何もできない自身を呪いながら、銭塘が運ばれていく様を呆然と眺めていた。そこで彼のぼやけた視線が621と交わる。その虹彩は濁り、風に揺れる蝋燭の火のように今にも消え失せてしまいそうだった。
「……レイヴン?そこにいるんですか?」
「ああ!オレだ。オレはここにいるぞ!」
あれだけの損傷を受け、銭塘の意識があることは奇跡的だった。
<<あまり状態がよさそうにありません。彼には休息……いえ、治療が必要です>>
「
言葉の途中で銭塘は咳き込む。その口ぶりは普段と変わらないが、嗚咽交じりの彼は息をするのも酷くつらそうだ。
安堵と無力感でぐちゃぐちゃに濁った表情に歪んだ621は銭塘の元へ駆け寄ろうとし、足を止めた。
銭塘の混濁した目に、混ざる赤が妙に引っかかる。そして先ほどの
聞こえるはずもないエアの「交信」で会話を?脳内である答えにたどり着いた621は、愕然と言葉を漏らした。
「お前、エアの交信が届いているのか?」
「……え?」