それゆけ!テスターAC乗り大豊パイロット訓練生!   作:テキサス仮面

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7話目

 皮膚の下で何かが蠢くような不快感に揺り起こされる最悪の目覚めから驚いたことが二つある。

 まず体がとてつもなく重く、少し体を動かしただけで視界がゆがむという異常事態だ。

 痛いというよりも重力の強い場所に入り込んでしまったかのように、ちょっとした動作でさえままならない。その上、脳が常に攪拌されているんじゃないのか?と本気で思いたくなるほどに視界が揺れる不快感で、俺の胃はいとも簡単にひっくり返る。

 中身は既に出し切った後なので、自分の吐しゃ物で窒息死するような事態だけは回避できそうだ。何もよくない。

 

 しかし、一番の問題はそんなことではなかった。

 

 体の異常事態に困惑する俺は、頭上に広がる見知った天井に安堵させられた。どうやら大豊基地の自室に寝かされているらしい。強引に視界を動かし腕に点滴のチューブが伸びていることと、俺の体のいたるところに包帯が巻かれていることを確認。適切な処置が行われているという事実から、大豊基地が壊滅を免れたということを察した。現状を少し理解した途端、胸に押し寄せる疲労感とやるせなさに思わず呻く。

 燃える基地、大破したMT、そしてブルートゥ。嫌な記憶が濁流となり俺を押し潰そうとした。あまりの情報量に耐えられなくなり、シーツを頭から被って全てをシャットアウトしようとベッドに深く潜り込む。そして俺は唖然とした。

 

 ベッドの中に女の子が、レイヴンが丸まって寝ていたのだった。

 

 俺の傍で小さな寝息を立てるレイヴン。ナニコレ、寝起きドッキリ?恐る恐る指でレイヴンの丸い頬を突いてみると、不快そうに呻き始めた。夢では……無いらしい。あっ、指噛まれた。

 そんな想定外すぎる現状にポカンと惚けていた俺を突然耳鳴りが襲った。

 

 

<<おはようございます>>

「おは……ようごさいます……?」

 

 

 頭の中で響く音に呼応するように、パチパチと視界が赤く弾けた。耳鳴りにしてはやけにはっきりした音であり、思わず俺は返事を返してしまう。込み上げる吐き気をグッと堪え、俺は恐る恐るシーツを下げ外の様子を伺うが、人の姿は見られない。幻聴かと首を捻ると、再び不快な耳鳴りが脳を劈いた。

 

 

<<よかった……貴方が目を覚さないので、レイヴンはずっと心配していました>>

「レイ……ヴン?」

<<……やはり貴方には私の「交信」が届いているのですね>>

 

 

 脳をかき乱すノイズに視界が揺れる。幻聴って会話が成立するものなのか?それに交信って、俺は何かしらの怪電波を受信してしまっているのか?目が覚めてから驚きの連続で全く頭が回らない。ただ、頭の中にこだまする声はエアのものによく似ているような気がした。

 

 

「エア……なんですか?」

<<はい>>

 

 

 返事は帰ってくるものの声の主が見当たらない以上、何処に目を向けていいのかわからない。とりあえず俺の指を咥えたままのレイヴンを見つめる。何この生き物?可愛すぎる。恐る恐る空いてる方の手でレイヴンの頭を撫でると彼女は指から口を放し、まるで猫のように頬をこすりつけてくるではないか。

 俺は今日死ぬのか?死ぬ前の幻覚か?

 いや早とちりするんじゃない。体をこすりつける行動は自分の縄張りもしくは所有物であることを主張するためのマーキング行為で……レイヴンの所有物、アリかも。って彼女を動物扱いするんじゃない。

 

 

「ん……」

 

 

 レイヴンの赤い目が俺の視線と交わった。以前よりも鮮やかさを増したようにも思えるその瞳が、俺を映す。

 

 

「せん……とう……?」

「おはようございます……?」

 

 

 レイヴンの目が見開かれるやいなや、俺に抱き着いてきたのだ。

 

 

「よかった……お前全然目を覚まさないから心配したんだぞ」

 

 

 その小さな頬を俺の胸にうずめ、レイヴンは嗚咽を漏らす。唐突な急接近に俺の頭はますます大混乱。困惑に目を回していたが、いつの間にか俺の頬に何かが伝っていた。レイヴンのすすり泣く声に呼応するかのように、俺の目から涙がこぼれていたのだ。あれ、おかしいな。ボロボロと溢れる感情を押さえられず、俺はシーツを濡らす。

 

 コーラルを浴びて死にかけて、そんな体でドーザーの襲撃に立ち向かい、目の前で馴染みの同胞が殺され、因縁のブルートゥ相手に俺は生き延びた。俺の想像以上に体も心もボロボロだったようで、体は俺の意志に関係なく悲鳴を上げた。

 レイヴンは大豊の救援に駆け付けてくれたどころか、俺を心配して添い寝(?)まで。その優しさに涙が止まらない。

 こんな情けない姿を見せるのは男として恥ずかしくてたまらないが、醜態を晒すのはこれで二度目。海越えの膝上での恥ずかしい記憶が羞恥心を刺激した。だが、それ以上にレイヴンへの感謝の気持ちが優った俺は、その華奢な体を傷つけないようそっとレイヴンを抱きしめた。彼女のか細い嗚咽と吐息が乾いた砂地へ落とされた水の様に染みわたっていく。

 

 

「心配をおかけしました」

「……ん」

 

 

 レイヴンの小さな手に力が入る。彼女から伝わる小さな鼓動を聞いていると、次第に頭がぼーっとしてきた。まだコーラルドラックの影響が残っているのだろうか?確かに痛覚で気が付かなかったが、酷いコーラル特有の感覚が全身を苛んでいる。もしかしたら偶に視界を火花が赤く染める現象もコーラルのせいなのかもしれない。

 レイヴンの頬を撫でると潤んだ瞳が俺を見上げた。赤い光の煌めきに囲まれたレイヴンはとても綺麗かつ神秘的で、この時ばかりはコーラルドラックに感謝した。

 

 ベッドの上で親しい男女がシーツに包まって抱きしめ合っていて何も起こらないはずもなく──

 

 

「お楽しみのところ悪いんだけど、起きたのなら先生呼ぶからな?」

「は?」

 

 

 聞き覚えのあるクソ生意気な声に、俺は思わず跳ねる様に起き上がる。

 部屋の入り口に佇む生意気な笑みを浮かべた男に、開いた口が塞がらない。

 

 

「なんで、お前生きてるの?」

 

 

 そこには、死んだはずの涇河が五体満足の姿で立っていたのだった。

 

 

 


 

 

 

「勝手に殺すなよ、脱出したんだ。俺ちゃんと通信したよな??」

 

 

 レイヴンとの二人きりの至福の時間は奪われ、鬼のような形相で俺を検診する先生に睨まれながら、涇河の小言再来という嬉しく無い状況に俺は辟易とため息を吐いた。

 

 

「というか俺としてはお前が無事だったことが驚きなんだが?」

「うるせぇ」

「お前がよく読んでた古典に出てくる異能生存体ってやつか?」

「しらん」

「ちょっと君たち黙っててくれないかなぁ!?」

 

 

 涇河のせいで上半身は激痛に苛まれ、おかげでベッドに横たわる他ない。傍でレイヴンが手を握ってくれていなければ、俺はとっくに涇河相手に喚き散らしていただろう。

 

 

「被害は?」

「それなり」

「生産プラントは?」

「無傷」

「死者」

「お前が一番重症」

「じゃあレーション寄こせよ。もちろん能量棒付きで」

「もってけ泥棒」

「人の話聞いてたぁ!?」

 

 

 どうやらドーザーの襲撃で基地の被害は大きかったものの幸に死者は出なかったようで、先生のいつも通りの対応に安堵させられた。

 

 

「ボクをどんだけ働かせるんだよ!もう大変だったんだからね!!基地の司令部と断絶されて、繰り上がりで一番地位の高かったボクが現場の指揮取る羽目になったから、早い段階で撃退を諦めて籠城戦に徹したんだよ!基地の損害??人命の方が大事に決まってんでしょ医療部嘗めんな!!」

 

 

 先生は見っともなく泣き叫ぶように喚く傍ら、その手先は仕事を正確に熟している。俺のバイタルデータを取り終えたのか、先生はタブレットに目を落とした。そして強張った顔をほぐす様に、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。

 

 

「まあ一番の功労者はキミなんだけどね。キミがあの一番ヤバそうなAC相手に粘ってくれたおかげで、ボクらは死なずに済んだんだから。それにレイヴンも急な依頼を受けてくれてありがとう。改めて大豊ルビコン支部代表代理としてお礼を言わせてほしい」

 

 

 先生はベッドに腰掛けるレイヴンに頭を下げた。

 レイヴンが来た事によりブルートゥは撤退。残された有象無象のドーザーも彼女達の手によって一掃された。それも急な依頼に駆けつけただけでなく、人手を連れてきてくれたのだ。戦闘はやはり数ですねベイラムもそう言っている。

 ただ、彼女が連れて来たのは解放戦線に属する傭兵達だったのだ。解放戦線となると長らく敵対して来たベイラムの反応が懸念される。何事もなければいいのだが……。

 

 

「ところで君さ、何やったの?前よりコーラル反応跳ね上がってるんだけど??今髄液検査したら酷い数字でそうじゃないか。ん?」

「さ、さぁ……?」

 

 

 優しげな顔に青筋を浮かべ俺に迫る先生と視線を合わせないよう顔を背ける。

 言えない、痛み止めとしてコーラルに手を出したなんて口が裂けても言えない。

 

 

<<まさかあなた……コーラルに手を出したのですか?>>

「ごめんなさいごめんなさい」

 

 

 脳内に響くエアの声に反射的に謝罪してしまい、「ねえ、君何やったの!?」と先生から激しつ追求された。

 レイヴンからの視線が痛い。心配そうに曇らせた表情が俺の胸を締め付けた。

 しかしどうやらエアの「交信」は俺とレイヴンにしか聞こえていないようだ。これだけ頭の中でひどく騒いでいても、先生は一向に気にする様子を見せていないのがその証拠だろう。

 

 

「銭塘、お前コーラルで何やったんだ」

「痛み止めとしてちょーっと」

「ドーザーみたいにか?」

 

 

 俺の手を握るレイヴンの手に力が入った。赤い目が俺を射抜き思わず視線を逸らしたくなるが、それは誠実ではないと堪える。

 

 

「はい。それしかないと、縋りました」

「……そうか。生き延びられたんだ、それでいい。でも二度とするなよ」

<<だから私の交信が届くようになったのですね……>>

「なに?君、何したの?ねぇ、二人だけの世界に入らないで」

 

 

 詰め寄る先生から必死に顔を背ける。怖い。

 涇河が「とりあえず大丈夫そうだから他の負傷者のところに行きますよー」と先生を引きずって部屋から出してくれなければ、コーラルドラックに頼ったことを洗いざらい吐き出す羽目になっていただろう。

 医者にちゃんと申告しないと後々自分が痛い目を見るのはわかっているが、今レイヴンと引き離される方がよっぽど辛い。

 それに、例の「交信」について俺は知らなきゃならないのだ。

 

 外部者が部屋の外に消えたことを確認し、俺は改めて空中に声を投げかける。

 

 

「エア、そこにいますか?」

<<はい>>

 

 

 すぐに虚空から返事があった。同時に視界に広がる赤。よく観察すると、声が聞こえない間にも薄く色が広がっていることがわかった。

 そして、すでに当たり前となったコーラル特有の不快感が俺の肌を刺した。

 

 

「貴女は何者なんですか?「交信」とは一体……」

<<あなた達に伝えておきたいことがあります。……コーラルは……彼らは私の同胞なのです。コーラルの織りなす潮流私はそこに生じたひとつの波形、実体を持たぬルビコニアン。これまで長い間……誰にも知覚されることはなかった。レイヴン、そして銭塘。あなた達2人以外には>>

「情報導体としての特性を持つコーラルが?自我を?」

<<信じられないことかもしれませんが……>>

 

 

 躊躇いがちに明かされた驚愕の事実に、俺はガツンと頭を殴られた。だってつまりそれは、

 

 

「地球外知的生命体ってことじゃないですか!?」

 

 

 衝動的に大声で叫んでしまい、肺に割れそうな痛みが襲来した。

 

 

「知的?それってそんな驚くことなのか?」

「ですよ!人類史始まって宇宙進出してるのに、未だに会えてなかったんですよ!?それが、まさか目の前にいて完璧に意思の疎通が出来るだなんで素敵どころじゃありませんって!もしかしてものすごいハッキング能力もコーラルの特性を用いたものですか?」

<<ええ、まぁ……>>

「マジか……いててて」

 

 

 ことの重要さを今ひとつ理解できていないレイヴンとは反対に、俺は声を張り上げた代償にのたうち回る。

 人類が宇宙に進出して騏驥過隙、未だ出会えていなかった地球外知的生命体が目の前にいるだなんて!人類は孤独ではなかったのだ。しかも意思疎通が完璧に成立しているときた。新たな謎多きエネルギーの正体は、高度な知性を有した地球外知的生命体だったとはなんてロマンチックなんだ!黄金のレコードを渡さなければと俺はベッドの脇に置かれた端末に手を伸ばす。確か内容は宇宙政府管轄のサイトからDL出来たはずだ。

 いや、まて。コーラルが知的生命体であるのなら、コーラル採掘は虐殺や人身売買のようなものでは……?なら宇宙政府に至急報告するべきなのでは?コーラルを目的とした企業と真っ向に対立するであろう思考に至り、俺は躊躇する。俺はあくまで企業の人間で宇宙政府、即ち封鎖機構の母体にこの事実を伝えるということは同胞への裏切りに他ならない。こればかりは即決するわけにもいかず、一旦頭の隅にしまうことにした。

 

 

「他のコーラルも貴女のように意思疎通が可能なんですか?」

<<それが……私のような波形は未だ出会ったことはありません。レイヴンと出会うまで私は言葉を交わしたことがありませんでした。……貴方の同胞と私の同胞は随分と異なるようです>>

 

 

 エアは同胞であるコーラルとも違う存在故、自我を持ってから長い間誰とも関わることができずにいたと語る。

 誰にも感知されることなく、この焼けた星を彷徨う彼女の孤独を想像し思わず絶句した。

 

 

「コーラルには鳥や魚の群知能にも似た集まろうとする特性がある。だからお前もコーラルを探していたんだな」

<<今まで言い出せなくてすみませんレイヴン>>

「俺は問題ないぞ。やることは変わらないからな」

 

 

 レイヴンの言葉に反応するように赤い光が煌めいた。……素敵だ。その幻想的な美しさに思わず見惚れた。歴史的な場面に遭遇しているという実感が俺に高揚をもたらしているようだ。

 

 

「要するに2人はシロベーンとコーティーのような関係ということで?」

「シロ……何だ?」

「あー……、古い小説の登場人物ですよ」

<<それば私とレイヴンとよく似ているのですか?>>

「何となくですけど。ただ似てたらちょーっと不味いところもあるんですけどね」

<<不味い?一体何が不味いのでしょうか?>>

「ネタバレになるなぁ……よかったら読みます?電子機器に干渉できるなら俺の端末に入った電子書籍も読めると思うんですが……」

<<ええ、可能です。タイトルを教えてもらっても?>>

「それは……っ!」

 

 

 俺はコーラルの不快感に耐えられず、呻き声を漏らしてしまった。流石にあれだけの激戦と重傷を重ねた身では、コーラルドラックの吸引によってさらに過敏になった感覚は無視することは叶わない。ちょっとこれは不味いなと吐き気に喘ぐ。

 

 

「悪い、オレたちがいると休めないな。帰る」

「待ってください」

 

 バツが悪そうに部屋から去ろうとしたレイヴンの腕を、俺は痛みを堪え掴んだ。

 

 

「もう少しそばに……居てくれませんか?」

 

 

 しばらく返事は無く、レイヴンは黙り込んでいた。そして小さな手で俺の手を掴み返し、彼女は小さく頷いた。

 そしてそのまま俺のベッドへ滑り込み、レイヴンは先ほどと同じ場所へとおさまった。そこまで近くなくていいんだけどね!?

 レイヴンの大胆すぎる行動に動悸で呼吸が乱れてきた。コーラルアレルギーで吐き気も酷い。考えることもたくさんあって目が回る。

 だけど久しぶりにぐっすり寝れそうな気がすると、心地よい気分に身を任せて俺は目を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、興奮のあまり一睡もできなかった。

 

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