それゆけ!テスターAC乗り大豊パイロット訓練生! 作:テキサス仮面
コーラルが知性を持つ生命体という新事実と、コーラルを動力にした巨大自立兵器の出現にキャパオーバーしている元パイロット訓練生ことG12銭塘です。なに?何が起こっているの?
先日の大豊襲撃により俺は重傷を負ったものの、レイヴンによって救出されたおかげでこうして何とか生き延びることができた。ありがとうレイヴン。ただ無茶をした代償に激痛で寝返りもままならない状態が続いており、パイロットスーツ無しの戦闘は金輪際行わないからな……!と毎日呪詛を吐く羽目となった。
そんな中、ルビコンでのコーラル争奪戦を大きく揺るがす事態が発生した。
突如出現した巨大自立型兵器、通称『アイスワーム』。
ルビコン中央氷原でのコーラル調査を優位に進めるべくアーキバスがバートラム旧宇宙港を襲撃した際、追い詰められた封鎖機構が起動させたものらしい。コーラルを動力とし、特殊な防壁とコーラルを用いた凶悪なミサイルを撒き散らすこれが中央氷原に居座っている限りコーラル調査どころでは無い。流石にこの未曾有の事態を受け、長らく争っていたベイラムとアーキバスは一時停戦を結んだ。
そして決行が決まったのは、惑星封鎖機構に対する同時襲撃作戦。敵方が保有する拠点群および強襲艦隊、そしてアイスワームを同時に叩く封鎖機構との総力戦だ。
この大規模な作戦にはルビコンで活動するドーザー集団RaDも一枚噛む。棟梁のカーラ曰く、その超巨大コーラル兵器を打ち倒すために必要なものがあるらしい。だが不運にも強奪され、現在技術者の手を離れてしまっていた。
盗人の名はオーネスト・ブルートゥ。そう、大豊を焼いた主犯であり、俺の因縁の相手である。
《ブルートゥを消すんだ。そうすればみんなが得をする》
笑みの失せた低い声がコックピットに冷気を差し込んだ。依頼者であるRaDの首魁カーラはよっぽど恨みを募らせているのだろう。ブリーフィング中に何度もクズと罵倒を重ねていたのが記憶に新しかった。
アイスワームはコーラルの指向性を応用した特殊なシールドを纏っているため、通常の兵器ではとても太刀打ちすることが叶わない。だがブルートゥに強奪された秘密兵器さえあれば何とかなる、というか何とかするらしい。そんな兵器を元々何に使うつもりだったのだろうか?封鎖機構の衛星砲でも潰す気だったのか?彼女らが今回のアイスワームという封鎖機構の切り札的兵器の撃破作戦に協力的なのは、封鎖機構がルビコンでの弾圧を強めそれがドーザーまで及んでいること、そしてRaDと犬猿の仲であるコヨーテスが封鎖機構に擦り寄ったことを思えば何もおかしな点は無い。
だがオレの直感は「それだけじゃ無いのでは?」と疑問を投げかけていた。とは言ったものの、特に思い当たる節も無くなぜ疑問を持ったのかすらよくわからない。俺の直感謎すぎる。無意識のうちにRaDないしは棟梁であるカーラに何か違和感を感じているのだろうか?
疑問を払拭すべく今までの記憶やルビコンの情勢を頭の片隅から掘り起こしてみるが、答えは見えそうにもない。
やめよう。今は目の前のことに、ブルートゥを倒す事だけを考えよう。この依頼を終わらせなければ一生あの男の姿が目に焼きついたままになる。俺は思考を切り替え、ゆっくりと奴の根城へ降り立った。
《ようこそビジター!歓迎いたしま……おや?あなた方は……》
侵入者である俺たちを騒々しい広域放送が出迎える。その響き渡る男の声に俺は沸々と黒い感情が沸き上がるのを感じた。
《あぁ、ご友人方が2人もいらっしゃるとは!喜ばしい……盛大にもてなさなければ》
願わくば二度と耳にしたくなかった不快な声。心なしか以前よりも喜びに胸を弾ませているようなきがして嫌悪感に咽ぶ。
そして男の言葉を皮切りに妙な形のドローン(封鎖機構の物か)が俺たちの前に襲来し、進路を阻むように機雷を撒いた。
《歓迎する気があるなら、パーティ会場までスマートにエスコートしてやればいいのにね》
呆れ返ったカーラの言葉に無言で頷きつつ、俺はマシンガンで機雷を排除した。道が開けた途端、レイヴンはアサルトブーストで下降する。俺としては慎重に進みたかったが仕方がない。スキャンを飛ばし敵影を探しながら俺もレイヴンの黒い機体の跡を追った。
「レイヴン、あまり焦らないように」
《……》
通信から返ってくるのは息遣いだけ。彼女との間に沈黙が落ちる。正直なところ、今回の仕事よりも口数の少ないレイヴンのことが気がかりだった。彼女は普段からおしゃべりとは言えなかったが、ここまで何か抱えたまま押し黙る人物ではなかったはずだ。返事もやけに曖昧な……心ここに在らずといった状態に思える。詮索はあまりよくないと頭で理解していても、気になって仕方がない。不快感から、つい懐に忍ばせた電子シーシャへと手が伸びていた。深く息を吸うと軋むような痛みに襲われるが、嗜好品とはなかなか手放せないものである。喉に落ちるメントールを味わいつつ、今は索敵が最優先だと彼女への心配はいったん頭の隅に置くことにした。
《カーラとご友人でしたか。……素晴らしい。何という巡り合わせでしょう……共に楽しい時を過ごしましょう!》
《放っておきなビジター。最奥を目指すんだ》
歓喜に震える声を無視し、俺たちは道を急ぐ。これがオープン回線だったら切れば済むだけの話なのに、広域放送では音を遮断するわけにもいかない。高度な嫌がらせというわけだ!進めば進むほど罠が張り巡らされている。しかも当然のように配備されたMTはRaD製。カーラの悪態は止まることを知らない。
「抜け道を探すのに時間が掛かりそうですよ、これは」
《なければ開ければいいだけの事だ》
ACにとって狭隘な通路をくぐり、張り巡らされた罠をスレスレで避ける……つもりだったのだが、俺の同行者は全くそのつもりが無いようだ。
先を急ぐレイヴンは、立ちふさがるMTを派手に破壊してく。時にバズーカで、時にミサイルで、時に太陽守で。道と呼ぶのも憚られる瓦礫だらけグリッドを縫って、彼女は罠を見事に綺麗さっぱりと殲滅していった。
《銭塘》
突然、脳をかき回されるような感覚に襲われ視界に火花が散った。耳鳴りのように脳内で直接響く声、エアの交信だ。耳で振動を捉えそれを電気信号に変換する過程を踏まない意思疎通は、慣れてしまえば普通の会話と何ら違いない。
《レイヴン程正確にはわかりませんが、貴方のバイタルはよくありません。あまり無茶をしないでください》
彼女の心配と不安が俺に伝染した。
「大丈夫ですよ。あなたのおかげで、さして痛みを感じてませんからね」
コーラルの特性のひとつに機械に干渉することがあげられる。それは意識を持つコーラルであるエアも例外ではない。実際彼女はレイヴンと出会ってからは数々の機器をハッキングし情報を集めたり、旧型強化人間であるレイヴンの脳内に埋め込まれた脳深部コーラル管理デバイスを通じて彼女のバイタルチェックなどのバックアップを行ってきた。
その話を聞いた俺は、人体を生体電気で動く精密機器と見なして干渉することが出来るのでは?とエアに提案したのだ。
まるでSF小説のような出会いだと強烈な興奮と好奇心に包まれ、思うがまま二人で実験を繰り返して生死の境を彷徨った結果、痛覚神経線維に抑制……ようするに痛覚の鈍化が可能となった。もっと時間をかければより多くの可能性が見つけられるだろう。あの男を倒した後、いくらでも。応用すればコーラルアレルギーすら克服できるかもしれないと、吐き気を根性で飲み込みこんだ。髄液検査の結果?先生、白目向いてたなぁ(現実逃避)
《スロースロークイッククイックスロー。スロースロークイッククイック スロー。待ち遠しいですねミルクトゥース》
「ウッッッッッ!」
飲み込んだはずの吐き気がぶり返す程甘ったるい囁きが鼓膜を犯す。誰か助けてくれ!
《様子のおかしい人です》
エアの困惑に返す言葉も無い。これ以上奴の声を浴び続ければ、発狂から転落死を選択してしまうだろう。広域放送故に音声のみをシャットアウトすることはできない。こころなしか、レイヴンが低く唸っているではないか。とてもかわいらしいのだが……苦しそうに唸るものなので俺まで胃がキリキリしてきた。手当たり次第マシンガンで撃ってスピーカーを破壊したいところだが、崩壊寸前の古いグリッドでそんな危険な真似をするわけにはいかない。俺は痛む胃を片手で抑えながら、唇をきつく噛んだ。一刻も早く終わらせよう。これ以上レイヴンの苦しむ声は聞きたくない。
《友人なら、もてなしたい。喜んでもらえたならs》
「何が友人だ、このイかれたドーザー……あれ?」
突然、何の前触れもなくブルートゥの声が途切れた。同時に複数箇所から爆発音らしき音を拾う。
《レイヴンのバイタルに悪影響を及ぼしていたので、広域放送用のスピーカーを静かにさせました》
「ナイス判断です」
グッジョブエア、サンキューエア。流石情報導体として電子機器に干渉力を持つコーラル。この瓦礫の山からスピーカーを探し出して、何らかの方法で破壊して見せたようだ。
「もしかしてドーザーの設置した罠も封じられます?例えばレーザー照射を潰したりとか」
《試してみましょう》
指摘され気がついたと言ったふうだ。次々に小規模な花火が行き先で咲き始める。あれが全て罠だと思うとうんざりすると同時に、エアに対して尊敬と疑問が湧き上がった。
エアには恐ろしいまでに可能性とそれをなすだけの能力があるというのに、それを活かす発想に至らないのだろうか?いくら人とコミュニケーションが取れたとしても、彼女はコーラルだ。根幹から思考が違って当たり前だろう。エアと長く共にしているレイヴンも戦闘以外はかなり無頓着な気があるし。過去を一切覚えていない上に身体機能をほとんど欠損していて、情緒も最近になって少しずつ取り戻してきたばかりだし仕方がない。そんな2人がもっと色々なことに好奇心を持って行動するようになれば何だってできるのでは?ちょっとワクワクしてきたな……。2人が戦場に出なくてもいいように支援できることはないか、この仕事が終わったら考えてみよう。しばらくドーザー達の残骸と瓦礫を潜り抜けると、一気に視界が開けた。
《ビジター、そこから飛び降りたら終点だよ。よく知っているだろうが、ブルートゥは掛け値なしのクズだ。気を抜くんじゃないよ》
俺たちは警戒しながらゆっくりと降り立つ。何かの格納庫だった場所だろうか?どうやら崩落したグリッドがひっくり返っているのか、まじまじと見渡すと感覚が狂ってしまいそうである。まさにイかれた
《銭塘》
「上の方にいます」
レイヴンの意図をくみ取った俺は、おおよその位置をマーカーで伝達。彼女は一目散で標的に向かいアサルトブーストで接近、そして太陽守の爆炎によって火蓋は切られた。
《ご友人!サプライズをさせてくれないのですか?》
レイヴンの猛攻から距離を取ろうと、奴は俺の感覚通りの場所から現れた。気持ち悪くてたまらなくなるので、すぐにわかる。アンタが近くにいるとね。その忌々しい敵影を直視するだけで、腹の底から混沌とした怒りが沸き上がる。
「ブルートゥ!」
《ブルートゥ!》
俺とカーラの怒りが重なり、激情が海嘯となって渦を巻いた。くそったれな因縁をここで終わらせてやると、俺はマシンガンの引き金を引いた。
《なんと熱烈な歓迎なのでしょう……!私が歓迎をする場であるはずなのに、これでは逆ではありませんか》
以前と異なり開けた空間を存分に生かした上下移動を繰り返し、ミルクトゥースは俺たちの猛攻を避けながら炎を撒き散らした。激しい視点移動は生身の俺には厳しいので、俺は咄嗟にロックオン補助を切って奴の姿を視界に収めるべく距離を取る。自動で敵に追尾するACの補助機能は非常に便利であり、これを体感する前と後では戦闘への感じ方がまるで変わってしまう必需と呼べるシステムだ。しかしこのように敵によっては人の身には余る負担になりかねない。だからこそ反応に体が適応出来るようにする強化手術の需要は高いのだ。
《紳士気取りもこれまでだ》
レイヴンは強化人間である優位性を発揮させていた。炎もお構いなしに彼女は空中に浮かぶミルクトゥースにアサルトブーストで肉薄する。そんなレイヴンの戦闘を見つめていた俺は、無意識に顔を顰めていた。レイヴンの現在の戦闘スタイルは、ミサイルで挟みながら中距離から衝撃力の高い攻撃でスタッガーを狙うタイプだと当人から聞いてはいる。だが至近距離からのバズーカに自身を巻き込むことを問わないミサイルの連射はどうみても近接戦。まるでなりふり構わずブルートゥを倒すことを急いでいるように思えた。
「レイヴン、ちょっと落ち着いた方が……うわっ!」
視界外からの衝撃が機体を揺らした。警報が聞こえていたものの、対応に遅れダメージを喰らう羽目となってしまったのだ。口内を満たす鉄錆の味が奴の厄介なミサイルの存在を思い出させた。ミルクトゥースの射程も近〜中。相手のテリトリーに無策で突入すれば、こんがりスクラップの出来上がりだ。そんなこと俺が一番よく知っているというのに!レイヴンに向けられていた殺意が事前動作無しに切り替わり、無慈悲な拡散バズーカがACSに追い打ちをかけた。そして月餅がスタッガーに陥った瞬間を狙い、ミルクトゥースの凶悪なチェーンソーの刃が突っ込んでくる。
ああ、くそッ!そう何度も食らってたまるかよ。機体の硬直が解けた瞬間、クイックブーストで後ろに跳ねチェーンソーを回避。火花は虚しく宙を走る。不快に鳴るチェーンソーの駆動音とブルートゥの歓喜に打ち震えた声が重なった。
《素晴らしい……!ここまで動けるようになったのですね。ならばもっと激しく踊りましょう!》
《煩い》
「口を閉じろ」
相も変わらずよく宣う。
殺意を怒りと混ぜ、俺たちは銃口に乗せる。自然とレイヴンと歩調が嚙み合うが、今は喜びに浸る余裕などない。俺は攻撃を阻むように広がる炎の中に突っ込んだ。
大豊核心工業集団の誇る企業標準機天槍フレームは、あらゆる耐久性が飛び抜けて高いのが売りだ。勿論、耐爆防御……要は炎に対する耐性もあらゆる機体を凌駕する!程はいかないけど、総じて高水準に纏まっている。
これまでは視覚が炎に包まれスタッガーとは異なるACSエラー通知が鳴り響き冷静さを欠いてしまっていた。だが、本来この機体はミルクトゥースとの相性は良好。耐えられる最適な機体の筈なのだ。
これだけ距離を詰めれば跳弾せず衝撃が入る。直ぐにスタッガーに追い込んでそのよく動く口を黙らせてやるさ。そのままグレネード代わりにミサイルを撃ち込もうとしたまさにその寸前、
《銭塘!!》
レイヴンがいきなり声を荒げた。何事か理解できなかったが、ミルクトゥースの周囲に見慣れた光が舞うのを捉えた瞬間すべてを理解し、体は反射的に動いていた。
視界が白く塗りつぶされ、同時に衝撃が機体を揺らす。だが、今までのようにACS負荷の限界を告げる不可解な警告は鳴り響いてはいない。
ブルートゥのアサルトアーマーを、こちらのアサルトアーマーで相殺したのだ。うまく行ったようで、こちらの損傷は軽微……もちろん、ブルートゥもだが。
《以前よりキレが良くなっていますね、ご友人》
心から喜んでいるようなブルートゥに対し、だれが友人だと無言で吐き捨てる。言い返せば余計妄言を返すだけ。さすがに度重なる窮地から学んだ俺は、怒りのまま無駄口をたたくような真似は慎んだ。偉い、偉いぞ俺。すごいぞ。再び上昇したミルクトゥースを追って俺は月餅の高度を上げる。その間にレイヴンはミルクトゥースへ衝撃力の高い攻撃を重ねていた。これはさすがに放置できないと、奴はレイヴンにターゲットを切り替える。
《しかし……貴女の方は焦りと迷いが見られます。何かありましたか?私でよければ相談に乗りましょう》
「は?」
奴がレイヴンに向けた通信を聞くなり、一瞬思考が飛んだ。何様だこいつ?こいつはレイヴンの何を知っているんだ?ふざけるな。ふざけるな!忌々しい声に呼応して脳漿が煮え立ち、俺は脊髄反射でブレードの光波を撃ち放つ。だが鈍足であるはずのミルクトゥースは、まるで踊るように悠々と回避した。
《ジェネレータの甘美な調べ……ミルクトゥースも喜んでいます》
ACの推力は高ければ高いほど良いというわけじゃない。速度が上がるほど、パイロットにかかるGはより強くなるからだ。特にクイックブーストを連発なんてすれば、ガチガチに手を入れた強化人間でもない限り四肢がちぎれそうな激痛でまともに動けなくなる(少なくとも俺は)。だからと言って遅くすれば、その分回避はし辛くなるはずだ。なのにブルートゥはあいも変わらず緩慢にミルクトゥースを駆るものの、俺とレイヴンを相手にして未だ致命傷には至らない。低速で避け続けるだなんて、相手の行動を全て予測できなければ当然不可能である。
「これでせめてまともだったら良かったのに……!」
悔しいが!こんなこと思いたくも無かったが!俺は改めてブルートゥのパイロットとしての技量に感心せざる負えなかった。
《ちょこまかと!》
なかなか追い込めない苛立ちにレイヴンが叫ぶ。しかしブルートゥは俺たちの攻撃を立体的な軌道で避け続けた。よく見れば俺の放つマシンガンの弾はチェーンソーの回転によって弾かれているではないか。チャージがシールド代わりになるって卑怯じゃないかなぁ!?
巧みに避けるブルートゥに対し、俺たちは味方撃ちしないよう気を張らなければならない。2対1と数で優っているはずなのに、次第にこの優位性に疑問が浮かび始める。もしかして俺がレイヴンの足を引っ張っているんじゃないのか?
「エア、ミルクトゥースに干渉することすることは」
《ACはMTよりもシステムが複雑ですが、少しでも直接触れられれば視界情報を狂わせる程度は可能かと。レイヴン、良ければチャンスをうかがって》
《やめろ!》
レイヴンの叫びがアサルトアーマーのように俺たちの会話を消し飛ばした。
《仕事を奪わないでくれ……オレには人を殺すことしかできないんだ……》
ぽかりと空いてしまった空間に、懇願するような小さな声が落ちた。想定外の反応に思わず息を呑む。
咄嗟に「そんなことは無い」と言いそうになったが、俺は喉から出かけた言葉をそのまま飲み込んだ。
俺にその発言をする資格は無い。戦場に縁のない民間人が、普通の少女に投げかけるのであればいいだろう。だが俺は企業の傭兵であり、レイヴンは戦いに特化した強化人間だ。ACを駆る能力以外ほぼ全てを失った彼女には侮辱の言葉になりかねない。
なら、俺が返すべき言葉は。
「りょーかい。さっさと終わらせて、収入の使い道でも考えましょうか。そういえばオールマインドが新しいパーツを入荷したみたいですよ。こんな封鎖された惑星でよくやりますよね」
俺は何事も無かったかのように明るい口調で返した。これが正しい選択かはわからない。正直かなり迷ったが、何も言えず無言のままにするわけにもいかないだろう。後悔と迷いが胸にささくれを残し、鈍い痛みが走った。
「……あぁ」
レイヴンの返事は相も変わらず弱弱しいが、それでも少しだけ安堵を感じさせる声色になった。今はいい、少なくともブルートゥ相手に悩む必要なんてない。さっさと終わらせて、おまえの存在は金輪際頭の中から消えてもらう。
再びアサルトブーストで距離を詰め、ミルクトゥースのコアへとマシンガンを撃ち込んだ。(おまけにミサイルも!)レイヴンの特殊なミサイルの連鎖爆発に巻き込まれないよう深入りは厳禁。火炎放射器は回避を諦め、拡散バズーカとミサイルが当たらないようにだけ立ち回る。
《スロースロー、クイッククイックスロー。素敵なステップです……ご友人》
低速ミサイルが尻を狙っているというのに、ブルートゥは全く気にする素振りを見せないではないか。巧みに立体軌道を披露し、2連高誘導ミサイルをグリッドの壁に招く。手慣れてやがるよ、コイツ!俺の体は立体的な戦闘に悲鳴を上げているというのに、あともう一歩が届かない。口惜しさと共に喉奥に込み上げる酸っぱさが喉を焼き続ける。しかも時折チカチカと視界が暗転し始めてきたではないか。エアの力を借りて誤魔化してきたが、そろそろ限界らしい。
一瞬意識が途切れ、気が付けば俺の目の前にチェーンソーが迫っていた。
《させるか!》
何度目かわからない絶体絶命の危機を、速度をつけたレイヴンが蹴り飛ばした。続いて太陽守の爆風が降りかかり、ミルクトゥースを硬直させる。
「ケリをつけようじゃないか」
ブレードから放たれた緑の斬撃は、外れることなくミルクトゥースのコアに直撃。光と共に機体が爆発を起こした。ミルクトゥースは膝をつき、動作を止める。その事実が告げるものは、俺たちの勝利だ。
《ああ……素敵です……ご友人》
大破したミルクトゥースは、ゆっくりと頭部パーツを動かした。その特徴的な溶接マスクに似た趣の頭部から漏れる光が俺たちに向けられる。AC越しだというのに奴の視線を感じ取った。
《踏みとどまるタイミングを間違えてはいけませんよ》
奴はそんな言葉を残し、大破した機体を炎が吞み込んだ。漏れた燃焼剤がそれを助長させているようで、特徴的だった火炎放射器が最後にその持ち主を焼いているように見えた。
オーネスト・ブルートゥは死んだ。
復讐の相手に幸福を願われるなど、呪いでしかない。俺はコックピット内で手を何度も握っては開くも、実感も満たされるような感覚もない。ただ、漠然と虚無としか言えない空気を掴むだけだった。
なにも救われない。何も変わらない。ただその現実だけを噛みしめる。ここに在るのは、俺がブルートゥを殺したという事実だけ。
徐々に体の感覚が現実に戻ってくる。重い胸に、重い体。そして、罪悪感。散々振り回され二度も死を覚悟した相手だというのに、気分は最悪だ。
……もういいだろう、長居するべきじゃない。もうどうでもいい。あんな奴忘れてしまおうと電子シーシャを咥えた。
《死んだみたいだね良かったよ。……さてビジター、吊られてる秘密道具を回収するとしよう》
カーラの言葉に導かれるように、俺の視線は頭上へと向かう。
《化け物退治には欠かせない代物さ》
……まて、もしかしてこれが例の兵器なのか?吊り下げられた巨大なそれは、視界に収めることが出来ない。てっきりグリッドの柱か何かだと思っていた。お構いなしに弾を撃ちたくった気がするのだが……。ま、まあ大丈夫だろう。
ふと、視界の隅で火の粉が爆ぜた。俺の視線は再びミルクトゥースだったものに吸い寄せられる。寂寥感に満ちたグリッドとは対照的に鮮やかに踊る炎と煙。その楽しげに燃え盛る炎の手を取って、今にもブルートゥが動き出す様子を幻視してしまう。
「あり得ない……よな?」
二度と返事の帰って来ることの無い呟きは、コックピットに吐き出された煙と共に溶けた。理性的なような異常者のその背景も何も知らないまま、俺は因縁の相手に背を向けたのであった。