それゆけ!テスターAC乗り大豊パイロット訓練生! 作:テキサス仮面
今回はスネイルアンチ回に見えますが弊所はスネイル推しています
慣れ親しんだ拠点のベットに腰かける少女621は、どこか緊張した面持ちで脳内のデバイスを通じて視界に輝く文面に目を通していた。
ベイラム・インダストリーとアーキバス・コーポレーション。長らく敵出していた二社の名が並ぶ奇妙な依頼、アイスワーム撃破。
中央氷原にてコーラルを求めるもの達の前に立ちはだかるよう暴れ回る超巨大兵器。
ラスティから送られたメッセージで先んじて存在を知ってはいたものの、新たに提示された資料映像を見てもそのスケールの大きさが未だ飲み込めずにいた。
(こんなモノを、倒せるのか?)
幾度も強力な兵器を打ち倒してきた621も、この規模のものは経験がない。メンタルの揺らぎが激しくなっている621にとって未知への不安は耐え難いものだ。彼女は参加者名簿を食い入るように見つめるが、そこに銭塘の名は無い。
(せめて銭塘がいてくれれば)
G12銭塘。大豊の重二脚機体でマシンガンによる突貫を好む彼は決して621より強いとはいえない。数ヶ月前まで訓練生だったことを思えば十分成長してはいるものの、仮想戦闘による手合わせでは一度も621を倒せたことはない。だというのに、銭塘がいるだけで随分と気分が楽になる。そんな彼から今回のアイスワームの撃破作戦の参加許可が降りなかった知らされたときの621の落ち込み様は酷いものだった。
今も落ち着かない621は銭塘に向け5分おきにメッセージを送り気を紛らわせており、彼女と常に時間を共有するエアはその様子を憂い続けていた。
「621、起きているか?」
薄い自動ドアが動き、壮年の男が姿を現す。621のオペレータを兼ねるハンドラー・ウォルターだ。不自由な足を杖で支えながら、彼は621の元へ歩み寄よった。その老いた顔に日に日に疲労を積み重ねていると621が気づいたのはつい最近のことである。
「よく聞け621。これはベイラムとアーキバス……両社連名での作戦だ。これからブリーフィングが始まる。お前も同席しろ」
ウォルターが片手に持った端末を操作すると、621の網膜に割り込むようにして通信画面が展開された。
《まず私から前提を説明しましょう。これは両社が合意した一時停戦協定に基づく惑星封鎖機構に対する同時襲撃作戦です。目標は敵方が保有する拠点群および強襲艦隊、そして先般起動した……》
《ここからが本題だ!》
神経質な男V.IIスネイルがつらつらと作戦内容を述べるが、突然大声によって遮られる。
《要するにルビコン各地で封鎖機構との総力戦が起きる。貴様らは貧乏くじを引いた!
ここにいる面々がアサインされたのは最大の脅威、氷原の化け物退治だ!》
V.IIスネイルの語ろうとした内容を簡潔にまとめたのは、G1ミシガン。両社の運命を左右する重大作戦のブリーフィングは対照的な二人による険悪な雰囲気によって幕が切って落とされた。
《やってられるかよ。俺は遠巻きに見物させてもらうぜ》
この状況に対してか、はたまた未知の大型兵器に対してか。参加者のひとりであるG5が愚痴をこぼした。前線に出るメンバーがひとり確定したようだなと、この場にふさわしくない発言をした部下に対しミシガンが声を荒げたのはいうまでもなかった。
「銭塘は参加しないのか?」
621は口を開かずにはいられなかった。
《……ああ、例の大豊の。自身の属する企業を守れないような底辺は、この作戦に参加する資格などありません》
底辺。その発言に、ピクリと621の眉が動く。確かに銭塘は際立って実力があるわけではない。だが、スネイルの冷徹な一言は、621の神経を逆撫でするには十分過ぎるほどだった。
「底辺呼ばわりは止めてもらおう」
《何です?私は事実を言ったまでですが》
「今から協力する陣営の人間を罵倒するのがアーキバスのやり方なんだな」
《駄犬が。飼い主に似て口の利き方がなっていない》
《賑やかなのはいいことだが、まずはアイスワームの多重コーラル防壁を無効化する手段について話そうじゃないか》
流石に見かねたカーラが資料映像を展開する形で割って入る。スネイルの舌打ちが険悪な雰囲気を残すものの、企業に属する人間としてわきまえ何事も無かったかのようにブリーフィング進行へと戻った。作戦情報が淡々と説明される中、621の顔はずっと険しいままである。大豊で不快な感覚とは異なる異様な心境に彼女自身も戸惑いを隠せない。だが、621は自身に生まれた「我」を隠す気にはなれなかった。
「……奴の物言いは気にするな」
下唇を噛んだままブリーフィングを聞く621の隣にウォルターが腰をかける。自我の乏しい猟犬が不快な発言者へ噛み付くなど想定していなかったが、ウォルターは驚愕に若干の喜びの混じった奇妙な感覚に表情を緩めずにはいられはなかった。直ぐに傭兵を兵器とも人間とも扱いきれていない中途半端な自身を恥じ、表情がこわばった。
「オレは、仕事はちゃんとやる」
飼い主の視線を感じとった621は顔を上げた。その瞳には不安の色はあれど、確かな意思が灯っていた。
円滑にブリーフィングは進み、621がアイスワームの多重コーラル防壁のうちの一つを剥がす重役を任せられた。
《作戦の要はあなたですレイヴン。行きましょう、私もできる限りのサポートをします》
行ってこいとウォルターに送り出され、ヘリから白い地表に621の機体が降り立った。MELANDER C3シリーズのパーツに太陽守と大豊のグレネード、そして
《G13! アーキバスが大金を注ぎ込んだ贅沢な専用兵装を……》
この時のミシガンは、思わず621のアセンを二度見した。
《貴様! 持ってきていないのか! 持ち物の確認は遠足の基本だ馬鹿者!》
《どういう……ことだ……!?》
ミシガンの白身の怒声と、作戦立案者であるスネイルの悲鳴が重なった。
私憤による暴走を止められなかったのかと、スネイルは飼い主を責め立てる。この作戦の要であるアイスワームの多重コーラル防壁の一つを破るために開発された兵器スタンニードルランチャー「VE-60SNA」、それを621は持ってきていなかったのだ。
「どういうつもりも何も、オレは仕事をするだけだ」
暴れ回る巨大兵器の行動をしばらく観察し、好機を感じ取った621は行動を開始する。地面を抉り激しい移動を繰り返すアイスワーム。その挙動を予測し、621の黒いACはアイスワームの前方に躍り出た。
《レイヴン、いまです!》
「ああ」
巨大なミールワームのようなアイスワーム唯一掘削機らしい正面の稼働部に向け、肩武器から球状のパルスがシャワーのように浴びせられた。
《っ!?》
621の意図を理解したスネイルが驚愕に息をのむ。
アイスワームにはコーラルによって生み出された特殊な防壁が展開しており、本来なら弾が通るはずがない。だが、弦のような形状の刀身から打ち出されたパルスの煌めきがシャボン玉のように割れて消えるたびに、アイスワームが身にまとうシールドに揺らぎが生じていった。
《計算通りです》
「効いているな。流石エアだ」
コーラルそのものであるエアは、短期間且つ企業の集めたわずかな情報だけでシールドの仕組みを理解し、最も有効な兵器を見つけ出していたのだ。実のところアーキバス内でも仮説としてパルス兵装の有用性も上がっていたのだが、企業としての威光を示したいスネイルは特攻兵器の開発を推し進めた。そんな彼が自身の選択を真正面から否定され、冷静でいられるわけがない。通信から聞こえるスネイルの舌打ちに、エアと621の二人は密やかに笑みをこぼした。
銭塘は621の友人であると同時に、コーラルから生まれた波形であるエアの交信を受け取れる数少ない人間だ。そんな彼を軽んじるスネイルに対して怒りを抱いたエアは621よりもスネイルの鼻へし折ることに固執し、スタンニードルランチャーを使わずにアイスワームを倒すことを進言するまでに至ったのである。
《レイヴン》
「ああ」
飛び跳ねるように進むミサイルを避け、621はアイスワームの頭部にグレネードを叩き込んだ。パルスによって薄くなったシールドは、衝撃により弾けるように消失。
そして遥か彼方から放たれた一筋の閃光が、セカンダリシールドを撃ち抜いた。
その後、エアと621はアイスワームの予期せぬ暴走も難なく突破し、作戦は無事に終了。「スタンニードルランチャー」というアイスワームの為だけに作られた新兵器など必要ない。既存兵器で十分対処できるのだと、氷原を舞う二人は高らかに証明して見せたのだった。
《良くやったG13!だが次からは出撃前に持ち物を確認するんだな!》
《まさかスタンニードルランチャーなしでやってのけるとは、さすが戦友だ》
《へっ、五月蝿え現場監督が。清々するぜ》
《カーラも上機嫌だ。よくやったなビジター》
この場の誰もが、喜びを共有していた。
たった一人、歯にヒビが入るほどに怒りを噛み締める男を除いて。
スネイルのコックピットのモニターに映るのは、自身の提案した作戦が否定されたという事実だ。
自社の心血注いだ作戦と兵器を無視され見事に顔に泥を塗られたスネイルは、幾度も調整を重ね安定したはずの精神を塗りつぶすほどの激情に身を震わせていた。
空に輝く光の線を遠目に、俺は巨大なコーラルの集まりが四散していくのを肌で感じ取っていた。
アイスワームという巨大なコーラル兵器は、奇跡的に成立したベイラムとアーキバスの共同作戦を以て撃破されたのだろう。まだ何も連絡はないが、俺には確信があった。レイヴンがアサインされている以上、失敗など無い。根拠などどこにもないのに、確定事項としか思えなかった。
むしろ真に危惧しなければいけないのは、封鎖機構の残存勢力との全面対決の方だ。
アーキバスが矢面に立ち、ベイラムが後方支援を行う奇妙な絵図。これに真っ先に眉を歪めたのはG3五花海さんだ。となれば、これは一見ベイラムの損耗が軽微で済むように見えて、実際は不利益を被る策略の可能性が高い。さすが本職、鼻が利く。封鎖によりお得意の物量作戦も潰され、実質アーキバスの弾避けと化してしまっているベイラムは誰の目から見ても搦手に弱いのが見て取れる。今後さらに加速するであろうコーラル争奪戦において、策略にこなれた五花海さんはますますその価値を増していくだろう。
で、俺はというと、負傷者として基地で待機することになりました。
ブルートゥに関しては襲撃された大豊の人間として考慮されただけで、さすがに負傷具合は目に余るものがあるらしい。
不本意にも閑暇を得てしまった俺は、このあわただしいヨルゲン燃料基地で邪魔にならないようリハビリを兼ね散歩に励んでいた。
エアのおかげでまるで他人事のようになった鈍い痛覚を押して、俺は職員が小走りに走り回る様子を眺める。皆必死な形相であり、役割を盛った瞳を輝かせていた。今の俺からすればうらやましい限りだ。
食事で無力感を紛らわそうにも、すっかり食欲が落ちてしまった今の体では対して効果はなさそうである。
言いようの無い不満感がもたらす口元のさみしさに、ジャケットのポケットへと自然に手が伸びる。普段よく吸う桃のフレーバーの電子シーシャ、あの憎たらしい涇河が俺の為に買い溜めしておいてくれた品だ。俺は室外へ出て氷原のきつい冷気で喉を冷やし、シーシャの熱を味わう。慌ただしく車両が往来し、武器や弾薬がMT部隊の元へ集まっていく様子を尻目に、赤い空へ煙を吐き出した。争っていた二勢力が一時的に協力するある意味平穏な時間も、ルビコンに積み重なる血と雪の下に埋もれていくことを思うとフレーバーと共に虚しさが広がっていく。
コーラルを求めた戦争。その果てに何が待っているのか。それは賽を握る神のみぞ知る、なんてふざけたことは考えない。
大切なことは、意志だ。
何を持って戦い、その果てに何を求めるのか。俺はずっと避けていたこの答えに向き合わなくてはならない。そして選択しなければならないのだ。
眼を閉じて、赤い光がチラつく闇の中に浮かぶ横顔に思いを馳せた。
レイヴン。このルビコンで出会った戦友と、知音と呼べる存在。
「レイヴンはコーラルを見つけてどうするんですか?」
ふと湧き上がった疑問を虚空に向け投げ掛ける。答える相手などいない。単なるつぶやきは、吐き出された煙と共に空へと融けた。
そのはずだった。
「戦い続けるんじゃないのか?」
思いもよらない返答に驚愕しつつ、俺は声の主へと視線を向けた。
第一印象は語彙力の乏しい俺には「特にない」としか現すことができない。アーキバスのロゴの刻まれた帽子を目深にかぶった男が、ごく自然な風に佇んでいたのだ。機械油で汚れた地味なツナギといった服装からしてアーキバスのメカニックだろうか?共同作戦中は一時的にアーキバスの職員、主に後方支援要員が最も前線に近いこのベイラム有するヨルゲン燃料基地に立ち入る許可が出ているため、何らおかしなことは無い。……はずだ。
しかし幾度も無く俺を救ってきた第六感は、この何の変哲もない男に対し違和感を訴えていた。
「傭兵、AC乗りは心甲一致というだろ?戦う為の体に乗っているのだから、心もそうであるべきだ。ACは体。不自由な心を自由にする甲鉄の体。お前はどう思う?」
「質問の意図が理解できないのだが」
「そう難しく考えなくていい。お前にとって、ACとは何か。単にそれだけの事だ」
知らない男に質問を投げかけられても言葉に詰まる。
爽やかな笑みを湛える男の言葉から裏は感じ取れない。少なくとも五花海さんのようなうさん臭さは無かった。これで本心を隠し通しているというならばお手上げだ!詮索は無意味だと早々に諦めたが、俺は警戒を解くつもりは無い。何故かわからないが、男のどこか楽しげな口ぶりが気に食わないし、不気味なほどこの男の存在を受け付けられなかったのだ。
「ACは力。心を不自由にする鋼の監獄」
反半ば衝動で気に口から出たのは、意図的に男の言葉を真似した否定だった。自由?確かにACを身体機能を拡張するパワードスーツと捉えるだけならばわからなくもない。だが、力はもてば持つほど責任を伴うようになる。自由と思える独立傭兵だってその選択と責任から逃れることはできないはずだ。少なくとも、俺はそう思っている。
「まあ、その考えもアリじゃないか?」
明らかに拒絶を含んでいた俺の返答を聞いても、男は先ほどと変わらぬ声色で相槌を打つ。どうやら本当に単に意見を聞きたかっただけのようだ。
「随分と生きづらそうだな」
「お気になさらず」
「意外かもしれないが、自分に正直に生きることが案外自分のためになるものだ。試してみるといい」
言いたいことを言い切ったのか、それっきり男は口を開かなかった。しばらくすると、一言だけ残して部下らしき作業員達と何処かに消えた。しかし、初めからそんな存在はいなかったんじゃないのか?とキツネに包まれたような不可解な感触だけが残り続けていた。
『今度会うときは楽しませてくれよ』
「今度って……。また変な奴に絡まれる予感が……」
男の遺した言葉が冷気と共に首を撫で、俺は思わず肩を震わせたのであった。
《やるじゃないか、あんたの猟犬は》
《ああ、これで集積コーラルに近づくことができる》
《ところで面白い話をしようかウォルター》
《……なんだ?》
《この前のブルートゥをぶちのめした時なんだが……》
《ビジターと大豊の坊や二人の会話ログに、妙な空白を見つけたよ》
《空白だと?》
《何度調べても妙なのさ。会話自体に違和感は無いが……いや、会話そのものも加工されている可能性がある》
《可能性……お前が断言できないというのは、確かに妙な話だ……。
……『エア』》
《心当たりがあるのかい?》
《一度だけ、V.Ⅳラスティから送られてきたメッセージにその名があった。621の友人だそうだ》
《友人……?そういえばビジターの幻聴は治ったのか?》
《ああ、「幻聴では無かった」らしい》
《ふぅん。いつか会ってみたいもんだね》