それゆけ!テスターAC乗り大豊パイロット訓練生!   作:テキサス仮面

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Chapter3.5という名の実質Chapter4プロローグです。


Chapter3.5

 

 赤い瞳がぱちりと開いた。

 ルビコン3中央氷原に位置するヨルゲン燃料基地の仮眠室で目を覚ました621は、ぼやけた目を擦りながら大きく伸びをする。そして彼女は慣れない天井を見つめた後、隣で眠る青年へ視線を向けた。

 

「銭塘……」

 

 621は脂汗の浮かぶ銭塘の額を軽く撫でた。

 

 ベイラムとアーキバス、大企業グループの一時共闘により戦況は覆り、惑星封鎖機構は星外へ撤退。阻むものがなくなった両企業は、以前にも増してコーラル争奪戦に力を注ぐ様になった。両社は封鎖機構がルビコン繁栄時代の遺産であるアイスワームを用いてまで封じていた施設の奥に集積コーラルがあると信じ、争いはより一層激しさを増していった。

 

 そんな中、621は引き続きベイラムから先行調査もとい弾除けとして仕事の依頼を受け、作戦開始までの数日間を彼女はベイラムのルビコン3中央氷原にあるヨルゲン燃料基地で過ごす事を選択した。ベイラムで補給を受けつつコーラル調査の最前線を偵察することが目的ではあるが、621にはもう一つ重要な理由があった。

 

「エア、銭塘のバイタルは?」

《先日より安定しています》

「そうか。データはまたあの医者に送っておいてくれ」

 

 先のアイスワーム討伐の為レールガンを強奪者の元から取り戻して以降、銭塘の体調は芳しくなかった。自律神経系の異常により、表面の傷こそ完治していても起き上がることすらもまならない。大豊基地が襲撃された際に受けた傷も治らぬまま襲撃を重ねたせいなのか、それとも長期間にわたるコーラル被曝の影響なのか。医者でさえ、明確な診断を下せないのが現状だった。

 

「アイツの希望とはいえ、これ以上無理をさせたくは無い」

《ですが、彼の選択を否定することになります》

「むぅ……」

 

 銭塘はコーラルに過敏な体質ゆえコーラルデバイスを体内に持つ621が側にいるだけで体調を崩す。しかし彼はそれを理解してた上で周囲の反対を押し切り、621と行動を共にする道を選んでしまっていたのだ。これを受け621は出来る限り銭塘の傍に居ることを選択。しかし、これ以上苦しむ姿は見たくないのにどうすればいいのだろう。暗い気分を引きずったまま621は仮眠室を後にした。

 

 

「銭塘君のバイタルデータ、確かに受け取ったよ。いつもありがとうね。ここじゃコーラルの干渉で精密機器の誤作動が多くて」

 

 目覚めた621が向かったのは、ヨルゲン燃料基地内に設営された医療室。馴染みの大豊医療部主任は、621に謝礼を述べつつもため息を吐き出した。

 

「というか、彼はこんなコーラル濃度が高くて設備もろくに無い場所にいるべきじゃ無いんだよなぁ!」

 

 ベイラムによって接収されたヨルゲン燃料基地は旧時代の施設であり、その大半が劣化して使い物にならない状態だ。それに加え先日の封鎖機構との攻防も深く爪痕を残している。エンゲブレト坑道から採掘されたコーラルが貯蔵されていなければ、ウォッチポイント・アルファからの立地以外に利用価値が無いのが現状だ。医療室には治療のままならない負傷者であふれ返っており、ベイラムの状況がよくないことを621は肌で感じ取っていた。

 

「猫アレルギーが無理やり猫と寝ているようなものだよ! まったく……」

「もとよりオレたちの選択が銭塘に無茶な真似をさせてしまったんだ」

 

 621は顔を伏せた。自身の不安を埋める為に銭塘と共寝したこと。銭塘の希望があったとはいえ自身の好奇心に押され、人体への干渉という危険極まりない行為を行ったこと。621とエア、二人の選択が銭塘を苦しめているのでは無いのか? 悶々と問いを繰り返すが、広がった暗雲は一向に晴れる気配を見せやしない。

 

「キミのせいなんかじゃないよ! 銭塘君が大丈夫って言い張るうえに、ベイラムが人手不足とコーラル感知器として有効だって後方に下がらせてくれなかったんだ」

 

 表情を曇らせるレイヴンを気遣いながら、医療部主任は丁寧且つ素早くレイヴンの腕に点滴のカテーテルを挿入する。痛みはなく、すぐに食事代わりの栄養と621の体を維持するための薬剤が静脈に流れ始めた。

 

「いつも悪いな」

「これも契約のうちだからね。当然の事だよ」

 

 強化人間は専門外とはいえ適切な処置を受けられるとウォルターの提案もあり、ベイラムから継続して依頼を受け続けている間は体のメンテナンスを受けられるよう新たな契約を結んだのだ。もちろん彼女を請け負ったのは、関わりの深い大豊だ。

 

「何度も念を押すけども! 強化人間は機械と人体をスムーズに接続するために免疫抑制薬の投与が必須で、その影響で適切な管理が行われていないとあっという間に薬物の影響で内臓が駄目になるんだ。君なんかいい症例だよほんとに。でね、免疫抑制されているってことは感染症に対して体は驚くほど無防備なんだ。だからね、常に清潔を保つ必要があるし、他者との密接なかかわり……特に粘膜接触なんかは十分に注意してね」

「空で言えるほど聞かされている。風呂も……うん」

 

視線が泳ぐ621へ疑いの目を向けられる。医療部主任のある懸念も知らず、621は少々心配しすぎでは?と訝しんだ。

 

「それに体調なら大丈夫だ。エアもいるしな」

「たしかに君の友人エア君が送ってくれるモニタリング情報の精度はすごいよ。まるで人体を中から観察してるみたいだ! 正直あの簡易的なモニタリング機器でとれる情報量じゃないと思うんだけど。それにコーラルデバイスなんてものよく扱えるよねエア君って。うちで正式に働かない?」

《考えておきますね》

 

 エアはお世辞と思いながらも、誇らしげに笑った。なお、大豊としては割と真面目な話である。

 ごく自然にエアとの会話が成立しているが、大豊医療部主任に彼女の正体を明かしたわけではない。

 単に、『ルビコニアンのエア。焼け残った施設の通信機材を用いてメッセージを送り続けていたところ、偶然レイヴンと交信に成功した友人』という嘘偽りない真実のみを開示し、通信端末を介して接触しているだけである。

 コーラルから生まれた特殊な波形だと説明したところで誰が信用するのだろうか? ならむしろ人と関わる上で必要な情報だけに絞ればいい。レッドガンの先輩である五花海という男がよく使う手段だと銭塘が言っていたので普通のことなのだろうと判断したレイヴンの一押しもあってエアは他者との交流を始めたのだ。

 解放戦線に属していないルビコニアンであれば、必要以上にとやかく言われる事もない。ウォルターからも「お前にも友人ができたのだな」と温かい言葉をかけられるだけにとどまり、案外簡単に人と関わりを持つことができることにエアは戸惑いを隠せなかった。それも無理はない。エアは621と偶発的に交信を成功させるまで長い間孤独だったのだ。それがアプローチを変えるだけ簡単に崩せるとは微塵も想定していなかった。世界は自分の見方を変えるだけで、でここまで簡単に変わってしまうのか、と。

 そんな悶々としたエアの心境を露知らず、大豊経済圏独自のスラングでベイラムを罵倒していた医療部主任がふと口を開いた。

 

「コーラルデバイスに関する情報のほとんどがろくでもないアングラのローカルネットでしか出回っていないのに、君の友人ってもしかしてルビコンにあったっていうコーラル研究施設の出身?」

 

 医療部主任の疑問はある意味確信をついていた。

 

「近くも無ければ、遠くも無いかな」と621は咄嗟に濁し、話題を切り替えた。

 


 

 自身のメンテナンスが終わった621はヨルゲン燃料基地をあてもなく歩む。

 自由に移動できる範囲で通り過ぎるベイラムの作業員達を横目に見つつ、その関心は姿なき友人に向けられていた。

 

《……》

 

 先ほど医療部主任に言葉をかけられてから、エアは押し黙っていた。真実を伝えきれていないことを気を病んでいると621が察するのにさほど時間を要さなかった。

 

「よくよく考えれば全てを明かして生きている人間なんかいないんじゃないのか?」と621は言う。

 

 彼女もレイヴンという偽りのライセンスを用いているし、彼女に仕事を回すウォルターもすべてを語ろうとしない謎多き人物だ。エアは返す言葉も無く、ただ悶々と口を閉ざす。

 

「何だったら、銭塘だって本名の方は……」

《……? レイヴン、どうしましたか?》

 

 突然歩みを止めた621は、眼前に現れた人物をゆっくりと見上げた。

 

「耳鳴りがすると思ったら……野良犬かよ」

「その声は、G5イグアスか」

 

 イグアスは顔をしかめ、舌打ちを返した。アイスワーム戦以来のだが、こうして直接顔を会わせるのは初めてのことだった。

 その姿は縄張りに入った余所者を威嚇する犬を思わせる。なお、彼の眼孔がいくら鋭くとも、華奢な少女に向けられていてはいささか迫力に欠けるが。

 

「オレは野良犬じゃねぇ。G13レイヴンだ」

「明るけりゃ月夜だと思う奴を、レッドガンと認められるかよ」

「どういう意味だ」

「テメェ、自分でやった事の意味分かってんのか? アーキバスに中指おったてて無事で済むわけねぇだろ。特にあの口うるさかった現場監督は根に持つタイプに決まってやがる。レッドガンを面倒ごとに巻き込むんじゃねえ」

 

 イグアスは険のある目を向けるも、その声色自体に悪意は含まれていない。彼が発しているものが警戒心だと気がついたレイヴンは目を見開く。イグアスという男は通信で聞いた口調や態度に対し、実際はかなり保守的な人間であったらしい。以前の様なAC用のパーツでしかなかった621では気がつくことはできなかっただろう。

 

「オマエも称賛していただろ」

「あの上から目線のクソ野郎が鼻っ面折られるのは胸がすくが、それとこれとは別だ。レッドガンは関係ねえ」

 

 確かにアーキバスもとい、作戦を立案したV.Ⅱスネイルには完全に敵対視されたことに違いない。621もそれを承知の上でアイスワームに対し指示された兵装を用いなかった。どうやらイグアスは621が元凶である火の粉が自身の属する組織に降りかかることを懸念しているようだった。

 

「元々ベイラムとアーキバスは敵対関係だろ。何か問題でもあるのか?」

「あるに決まってんだろ。あくまで企業同士の利益の奪い合いなら、封鎖機構やクソワームみたいに互いの利益を守るとなれば一時的とはいえ武器を下ろせる頭が残る。だがな、恨みとなりゃ別だ。一度火がついちまえば、どこまでも止まれねぇんだよ」

「銭塘はオマエ達の仲間だろ? 侮辱されていいのか?」

 

 イグアスは少し眉を顰め、呆れた様に鼻を鳴らした。

 

「アイツに資格がないのは分かりきってるだろ。突っかかった何処かの野良犬が喚いてるだけだ」

「じゃあ!」

 

 感情的に声を荒げる621を見下ろしながら、イグアスは自身の頭を指さした。

 

「頭を使え」

「……え?」

 

「ああいう何でも見下すやつを腕っぷしで叩きのめすのは最高だ。だが、それだけじゃ芸がねぇ。曲がりなりにも立場がある人間ってのは権力に対して責任で雁字搦め、多少クソムカつくことがあっても飲み込むしかねえのさ。そこを突くのよ。こちらに怒りが完全に向かない様上手くやって、爆発させる。澄ました顔したムカつく奴が、理性ぶっ飛ばしてブチギレるのを遠巻きに有金掻っ攫うのは最高だぜ?」

「なるほど、想像より陰湿なんだなオマエ」

「誰が陰湿だクソ野良犬」

「オレはクソ野良犬じゃない」

《レイヴン……私は彼が嫌いになってきました》

「クソッ、耳鳴りがしやがる……」

 

 突然の不調にイグアスは身をかがめた。

 

「何やってんだイグアス。またコーラルか?」

 

 苦痛に歪むイグアスの背後から新たな人影が現れた。

 

「そのなりは……もしかするとレイヴンか」

「オマエは?」

「G4ヴォルタだ。こうして顔を合わせるのは初めてだなG13」

 

 そういえば、なんとなく聞き覚えのある声だ。ゆっくりと621の記憶のピースが合わさり、ダムでの出会いと壁での共闘が脳裏によみがえる。

 

「こいつをレッドガンと認めるわけにはいかねぇだろ」

「認めるも何も、ミシガンがG13と呼んでるんだぜ」

 

 不服に唸る相棒を軽くいなし、今更だろと軽快に笑った。621は簡潔にイグアスとの会話内容を説明すると、ヴォルタは身をかがめた相棒の肩に腕を回す。

 

「こいつだって別に銭塘のことは嫌いじゃないんだぜ?」

「はぁ? 別にそんなんじゃねぇよ。サンドバックに最適ってだけだ」

「レッドより長持ちして、五花海さんみたいな搦手を使わない。尚且つミシガンフリークじゃないからな」

 

 ヴォルタは豪快に笑う。

 

「まぁ、イグアスの言うことも一理ある。半端に怒りを買うほど馬鹿なことはねえ。理性ある暴力が一番厄介だ」

「じゃあ、どうすればいい? スネイルに謝ればいいのか? お断りだ!」

 

 そんなこと、絶対にしてやるものか! 自身がスネイルに対し冷静になることが出来ないことは自覚していたが、それを修正する気にはとてもなれない。621は不快を露に声を荒げた。

 

「精々夜道に気を付けるんだな。死ぬならレッドガンと関係ないところで死にやがれ」

「わかった、まずお前を排除する」

「喧嘩ならシミュレータでやりやがれ」

 

 その後621は、ミシガンが止めに入るまでイグアスをシミュレーションで叩きのめしたのであった。

 

 


 

 

『良かったら仕事の件検討してね!』

 

 色々と火照った体を冷ますべく、冷たい外の風にあたっていた621は、大豊から届いたエア宛のメッセージに目を通していた。

 

《人とコーラルの可能性……》

「他のコーラルもエアみたいに人と関わってるのかな?」

《……わかりません。地上で出会った僅かな同胞達は皆、私の様に言葉を取得出来るほどの個はありませんでした》

「あの下に行けば、わかるのだろうか」

 

 621はアイスワームが守っていた施設を遠目に見る。

 ウォッチポイント・アルファ、そう遠くないうちに足を踏み入れることとなるだろう。身を切るほどの冷たい風が621を阻むように激しく吹き付けた。

 

「エア、お前にとって同胞とは何だ?」

《わか……りません。私は、コーラルよりも人と関わることによって自身の存在を強く認識できる様になりました。それと同時に、思考も大きく変化しました。貴女と出会う前と今の私は、別個体と言えるでしょう。……コーラル。それは、私にとって……》

 

 その先の言葉を発するべきか、エアは言葉を詰まらせる。

 

「……探すのをやめるか?」

《いいえ。私はこの答えを見つけるために、同胞に会いに行きます。私はこのコーラルをめぐる争いのゆく際を見届けなくては行けませんレイヴン、その時まで隣に居させてもらってもいいでしょうか?》

「もちろんだ、よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《以前、銭塘の所有するライブラリである小説を読みました》

《人の目で捉えることができない知性体と、人間の少女の出会いを描いた物語です》

《2人は脳を介して意思疎通を取り、友情を深めていく……》

《ですが、知性体には自己増殖により周囲の生命を死に追いやるという致命的な性質をもっていました》

《そして最後に二人は、ある選択をしたのです》

 

《……レイヴン。私と貴女は、彼女達の様になれるのでしょうか……?》

 

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