竜は王を選定し、
龍は王を選別する。
時は、麦わらのルフィという男が船出する28年前のこと。
向かう先は、人の手が加わっていない、すべてが雪で覆われた寒冷地。
その地に雨が降れば氷の槍が落ち、人が立てば呼吸だけで肺が凍る。
そんな過酷な環境で頂点に立つその生物について、こう語り継がれている。
「……なんすかそれ?」
青空が広がる甲板の上で、照りつける日差しを煩わしく思いながら、1人の男、クザンが、甲板の前でバリバリと煎餅を食べる黒髪の男、ガープへと話しかけていた。
「これから行く場所にい?伝説の生き物らしいぞ。こないだ海に漂流していた婆さんを助けた時に教えてもらったんだが、詳しくは知らん」
「知らんて……テキトー過ぎだろ」
不満げな態度を見せるように腕を組んだガープが、クザンへと話を切り出した。
「んなことよりなんでお前が付いて来てんだ? 」
「あなたに教えをこうって決めたんで、どこにでもついていくぜ」
クザンはまだ入隊して日が浅いが、最強の自然《ロギア》系の悪魔の実を食べた有望株として海軍内で噂されていた。
彼は訓練を終え、さらに強くなるためにガープに弟子入りしたのだ。
ただし、ガープはいまだにクザンを弟子として認めておらず、あくまで「勝手についてきているやつ」扱いだ。
とはいえ、クザンの目には若さゆえの情熱が宿っていた。
「オレの自由を奪うんじゃねぇって言ってんだろうが、ゼファーに怒られても知らねぇぞ」
「あ、その時は口裏合わせてもらったり」
「なんでオレがそんなことしなきゃなんねぇんだよ」
「海軍弁当おごるからさ!!」
「仕方ねぇな!!」
窮屈そうだったガープの表情が、一転して笑顔に変わる。
先ほどの話でなんで婆さんが海に?と気になりつつ、どうせ考えたところで特に思いつかないだろうと、ガープが向かう海の方へと視線を向けるクザン。
「ん? 何か聞こえないっすか?」
「あ? なんだ、屁でもこいたか?」
適当に返したガープだったが、クザンにははっきりと聞こえていた。
それは風の音とは少し違う、まるで母の子守唄のような、心地よい響き。
「歌声?」
その音色は船首が指すその先から聞こえた。
クザンはじっと目を凝らすとその奥には島の影が見えた。
その瞬間、軍艦の船底を黒い影が通ると、船体が大きく揺れ船員の海兵達は体勢を崩してしまう。
「なんだ!?」
突然の事態に、状況を確認しようとガープは船首へ移動し、海を覗き込む。
彼の目に映ったのは、深海生物のような七色に光る線、軟体動物のような触手。おどろおどろ椎名姿をした黒い何かだった。
「KYRURUUUUU!!!」
甲高い悲鳴のような鳴き声とともに、水柱が軍艦を包むように噴き上がる。
クザンはすぐに能力を発動させようとしたが、水柱は彼を狙うように襲いかかり、そのまま海水に飲み込まれ、島へと向かっていった。
他の海兵たちも応戦する間もなく、次々と引きずり込まれていった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「やられたな」
ため息混じりにガープが本音を漏らす。
水柱に捕まったガープとクザンの2人は島の海岸で捨てられてしまい、途方に暮れていた。
クザンがあたりを見渡すと、一面が積雪に覆われた島が広がっていた。ヒエヒエの実を食べた氷人間であるクザンはまだしも、ガープはそんな中でも平然と立っていた。
その姿に感心しつつ、軍艦を失った現状に焦りを覚えるクザン。
「どうします?」
「そりゃ、部下達を探しにだろ、電伝虫は凍っていうこと聞かねぇしな」
「そっすよね」
「さ〜って、この島には面白い生物がいるかね? おい、さっさと行くぞ!!」
「なんでそんな楽しそうに……目的忘れてません?」
今もなお降りしきる雪も、身体が凍るような寒さも、行く手を阻む雪原も──何もかもを無視して、まるでピクニックにでも来たかのように呑気に島の中央を目指す2人。
だがその背後、雪の中を
巨体を雪に隠して近づいてくるそれ。
雪がわずかに凹み、そこに沈んでいた巨大な背びれが音もなく現れた。
そしてその直後──勢いよく飛び出し、大きく開かれた顎が、2人の頭上めがけて飛びかかってきた。
「……クザン」
「分かってます」
当たる直前、ガープは振り向きざまにその勢いを殺さず、生物の横っ面を殴り飛ばした。
一度、二度、三度と転がされるその巨体。
しかし、それはすぐに身体をくねらせて立ち上がり、鎌首をもたげて構えを取った。
体長は5〜6メートルほど。上半身だけを見ると全体的に魚のようだが、上顎が異様に発達しており、サイのように大きく、ナイフのように鋭く尖っていた。
魚類の特徴的な胸ビレには、背ビレのような突起があり、「Gruru」と低くうなりながら、威嚇するように背ビレを震わせていた。
「ほぉ、立ち上がるか!? なかなかタフだな!!」
「なんだありゃ海王類にしては小さいな、サメか?」
「なんでもいいだろ、あれがこの島の生物ってことだ!」
──なんでも良くは無いでしょ。そう思いながら、クザンはこの島に上 陸してから何度目かも分からないため息をつく。そんなことを今更気にしても仕方ない。目の前の生物に気を引き締め直し、観察を始めた。
「オレも加勢しますか?」
雪の上では力がうまく伝わらないとはいえ、ガープほどの実力があれば、野生動物など赤子同然のはずだった。
だが、先ほどの攻撃を受けたあともなお、敵意をむき出しにして襲いかかってくる姿に、万が一の事態を想定する。
その生物はブラントドス。
砕氷船のように雪を自在に進むことができる魚竜種で、その名の通り魚が大型化したような外見を持つ竜の一種だ。
「そうだな、アイツはお前に譲るとして、オレはもっとヤバそうな奴の相手でもするか」
力量を察したのか、ガープが氷山の一角を凝視しているのを見て、クザンもつられて視線を向ける。そこにはこちらを見下ろす影が1つ。
サーベルタイガーを思わせる大きな2つの牙。体、特に前脚の羽部分には鋭いスパイクがいくつも生えた風格がある姿。
その者の名はベリオロス。氷牙竜と呼ばれるこの地に住む竜の一体だ。
「GYUYAAAAA!!!」
こちらの存在に気づいていたかのように、ベリオロスが咆哮を上げた。
前脚に力を込め、待ち構えていたガープへと飛びかかる。
自由落下の勢いそのままに向かってくるベリオロスに対し、ガープはさきほどと同様、拳を横っ面に向かって振るう。
しかし、ベリオロスはそれを察知。
大きな翼を広げて空中で一瞬停止し、ガープの拳を風切り音だけ残して回避する。
「飛べるんかい!?」
2本の巨大な牙で空振った拳に噛みつこうとするが、ガープは咄嗟に左腕でその牙を受け止め、直撃を防いだ。
次の瞬間、ベリオロスが大きく口を開き、何かを吐き出そうとする。
「ちっ!!」
ガープが再び拳を振るおうと足を踏み込んだ──その足元が崩れ、体勢を崩す。
間に合わない。ベリオロスは体内にある液体を吐き出した。牙を掴んでいたガープは逃げられず、超至近距離の攻撃が直撃。その場には破片が冷気と共にベリオロスの巨体を覆い隠す竜巻が舞い上がった。
「ガープさん!!」
「GYUY? RYUGYA!!!!」
「え?」
クザンの背後、雪原に何かがひゅるひゅると音を立てて突き刺さった。
それは、クザンの身長ほどもある、ベリオロスの巨大な牙だった。
その直後、ベリオロスが竜巻から跳び上がり、空へ逃れる。左の牙は失われ、身体のあちこちに爪も折れた跡が見える。
そのあとを追うように、ガープが落下してきた。
彼の身体には氷がこびりついていたが、本人はまったく動じていない。
「ちと冷たいな………ふん!!」
全身に力を込めると、“バキンッ”と音を立てて氷が粉々に砕けた。
本来なら凍傷どころか身体が崩れてもおかしくないほどの衝撃。
だが、それすらも問題としないガープの姿に、クザンは驚きを通り越して安心を覚える。
「GAAA!!」
ほっとしたのも束の間、ブラントドスが再びクザンに襲いかかる。
しかし、クザンに焦りはない。
すでに何度かの攻防の中で、相手の特徴を掴んでいた。
この生物の攻撃手段は、角あるいは牙による突進。背面に回れば問題ないが、雪に潜って姿を隠す習性が厄介だった。
だが、雪に潜った際、一定間隔で上半身を起こし周囲を確認する癖に気づき、クザンはその生態を理解する。
「なるほどな……アイスBALL」
「GY!?」
氷の壁を生み出して視界を遮り、さらに積雪を巻き上げて相手の視認を奪う。
その一瞬があれば充分だった。
ブラントドスの生命線であるヒレを凍らせ、動きを封じると、クザンはゆっくりと近づき、その身体に触れる。
「お前さん、視力が良くねぇだろ?だから雪に潜ったあと、一定間隔で顔を出すんだ。そのタイミングさえ掴めば、ざっとこんなもんさ」
「BRUGOOOO!!!」
「げっ! まだ来んのかよ!!」
安堵したのも束の間、地響きを立てながら突進してくる新たな生物が現れる。
それは、10メートルはあろうかという巨体。
地面を削るようにして進み、雪も岩も木片も巻き込みながら一直線に向かってくる。
その名は
猛牛竜という異名から察する事が出来るであろう、猪突猛進が生きているかのように突き進む暴れる。
頭部にヘラジカのごとく立派な角を二本持ち、胴体はティラノサウルスのように強靭な脚と体格をしていた。
その巨大が積雪を除雪車のごとく豪快に自身へと向かって来ていたのだ。
「くそ、今度は牛かy────」
クザンが声を上げたその瞬間、彼の身体が粉々に砕け散った。その勢いのままバフブロへと直撃。──牙を折られたベリオロスと共に地面へと倒れた。
クザンの元いた場所で、徐々に氷が形成され、彼の身体は元に戻る。
「GAU…RRR………」
飛ばされたベリオロスの身体には爪も折れ、大きなダメージを負っていた。
「ちょっとガープさん!! オレが
そのあとを追って落下してきたガープが、真剣な表情でクザンに告げる。
「クザン、一旦引くぞ、妙な感じだ」
その言葉に、クザンは意外そうな顔をするが、同時に納得してうなずく。それほど危険なことが起きているということなのだから。
「は、はい。アイス
「BRUAAA!?」
雉の形の氷の彫刻を作り出し向かっていったその攻撃は、バフブロとベリオロスへと命中し、積雪で視界を塞ぐ。2人はひとまずその場から撤退した。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
生物の姿が見えない洞穴を見つけ、2人はひとまず休むことにした。
「それで、なんで逃げたんです? ガープさんなら余裕でしょあんな奴ら」
「変だと思わねぇか? この島にいる生物、すべてがオレたちに襲いかかってくる。たしかに、そういう生態って考えれば説明はつくが……どうにも腑に落ちねぇ。まるで、何かを守る為に必死に戦ってるみたいな」
その意見にクザンは同感だった。
あの場所は海岸からさほど離れていないうえに、周囲の木は枯れていて、餌が豊富とは思えない。
そんな場所に複数の大型生物が集まるとは考えにくい。
だが、あの場で襲ってきた生物たちには、統率が取られているような印象があった。
「……この島のボスは知能が発達してるとか?」
「かもな、この島、もう少し詳しく調べる必要がありそうだ。地面を見てみろ」
ガープに言われ、クザンは自分が立っている足元に視線を向けた。
雪が5センチほど積もっているだけのように見えたが、足で雪を払いのけると──その下には、氷がびっしりと敷き詰められていた。
よく見ると、氷の中に木片が埋まっている。
「こ、これは……船?」
「あぁ。この島の土台は難破船や海賊船、はたまた海王類やこの地に住むモンスターだな。クザン、お前以上の氷使いがいるってことだろ」
「ま、マジすか」
「まあ、調査もいいが、その前に──飯だな。腹減ったぜぜ」
「ていっても、果物もなさそうだし、さっきの牛もどきは置いてきちまったしな」
「BOWA BOWA」
「ん? なんだ?」
そこに現れたのは、人間の子どもほどの背丈で毛皮をまとった生き物。3匹ほどがこちらを見つめていた。
「BOWA BOWA」
「あ〜…何言ってんだ??」
身振り手振りで何かを伝えようとしているが、全く分からないクザン。
「え〜、何々? 『ワレラはキミラの戦いを見ていた、キミラは素晴らしい!』 なんだ、見所があるな!!」
「え!? ガープさん、言葉分かるんですか??」
「い〜や、全然。そんな感じがするだけ」
「えぇ……」
ガープの翻訳によると、この奇妙な生物の名はボワボワ。
2人の戦いを見て惚れ込み、自分達の住処にいる龍を追い払って欲しいという。
なんでも、此の地に住む龍のせいで、この島はこの氷の大地へと変わってしまったらしい。
「ドラゴンか。まぁ、さっきの奴がそんな感じっぽかったし、いてもおかしくないな」
「本当に通じてるよこの人……ヤバそっすね、どうします?」
「海軍が人助けすんのは当たり前だろ」
ガープの真剣な表情に、クザンはその姿に海軍の英雄としての覚悟を感じ、自然と笑みを浮かべた。
「そっすね! じゃあさっそく!」
「飯食うぞ!!」
「飯かよ」
ボワボワたちに食料を用意させ、それを頬張る2人。
何の肉かはわからないが、クザンにとっては美味しくも不味くもなく、空腹を紛らわせる味だった。
一方のガープは、文句ひとつ言わず、美味そうに食べていた──。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
食事を終えた2人は、ボワボワに案内され、避難していた洞窟のさらに奥へと進んでいく。
洞窟の中は薄暗く、日の光は差し込まない。
頼りになるのは、ボワボワたちが持つ松明の明かりのみ。
歩を進めるごとに、背筋に悪寒が走る。
冷たく、暗く、狭い通路。
その空気は、「ここから先に踏み込めば、容赦はしない」と言わんばかりの威圧感を帯びていた。
だが、進まずにはいられない。
やがて氷の装飾が現れ、空間は次第に開けていく。
先ほどまでの暗闇が嘘のように明るく、そこは吹き抜けになっており、天から降り注いでいる日光で、外と変わらぬ明るさをもたらしているようだった。
その景色は外の険しい自然に似つかわしい、氷の装飾が陽の光と相まって幻想的な景色へと変わっていた。
その中心で目にしたのは、膝を折りたたみ鎮座する龍の姿だった。
細身の身体に発達した四肢。背中には大きな翼。
頭部から後方に伸びる棘は冠のように並び、うなじにあたる部分には逆立った突起が立っている。
長くしなやかな尻尾の先は、鋭い槍のようになっていた。
その姿を見た瞬間、クザンは確信する。
コイツがこの島の主だと。
だがその龍は、襲ってくるわけでもなく、ただじっと2人を見つめていた。
それまでの猛獣たちとは明らかに異なる態度。
その瞳は、静かに語っていた。
──お前たちなど、私にとってはどうでもいい存在だと
その圧倒的な存在感と力。
他者の存在など意に介さない、まるで人間が道端のアリを無視するかのように。
だが、もしもそのアリが自分の家に入り込めば、容赦なく殺す。
それと同じなのだ──人間も、アリも、この龍にとっては。
その名は──
古い伝承にしか存在しない、すべてを凍てつかせる幻の古龍は、ただ静かに見ていた。
「
「……行くぞ!クザン!!」
「はい!」
「
ボワボワたちが雄叫びを上げ、イヴェルカーナに向けて槍を放とうとしたそのとき──
洞窟の天井の突起から、ガスが噴き出した。すぐに有毒ガスだと察した2人は、とっさにその場を飛び退いた。それを吸ってしまったボワボワたちはその場に倒れ込んでしまう。
「PRUUUU」
その鳴き声は、イヴェルカーナの頭上から聞こえた。
見上げると、そこには首周りには、目玉模様のような不気味な柄。黒とも紫とも言える暗い体色をした飛竜。
浮眠竜 パオウルムー・亜種がフワフワと漂っていた。
口に出すのを我慢しながら、クザンは呼吸を止め、毒ガスを吸わぬよう慎重に構える。
そして、飛び上がり両の手を交差すると、氷の槍を4本生み出し、パオウルムーに向かって放った。
しかし、パオウルムーの身体は綿毛のように軽く、槍の風圧で簡単に押し流され、あっさりと回避されてしまう。
「PRU…PRUUU!!」
まるで嘲笑うかのように鳴くその姿に、不気味さを感じずにはいられなかった。
すると、ガープは巨大な氷塊に近づき…
「ぬぅえぃ!!」
自身の10倍はある氷塊を片手で持ち上げ、思い切り投げ飛ばした。
「BWA!?」
予想外の攻撃に反応が遅れたパオウルムーは、風圧で吹き飛ばされはしたが、なんとか直撃は避ける。
氷塊はそのまま洞窟の天井へ激突し、粉々に砕けた。
無駄な事をと言いたげに笑みを浮かべているように見えるその様子に、不思議とガープは笑っていた。
「知恵が足りんぞ、ふわふわ!!」
言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。
なぜなら、パオウルムーの頭上から、巨大な氷塊が落ちてきていたからだ。
避ける余地もなく、氷塊はその身体を直撃し、地面へと叩きつける。
「ふんぬらばぁ!!」
「GABA!!」
倒れたパオウルムーの顔面に、ガープの拳がめり込む。
そのままイヴェルカーナの前を通過し、遥か後方へと吹き飛ばされた。
「ぶわっはっはっ!! どうした!? お前さんがボスだろ? いつまでそこに居座ってるつもりだ!!」
楽しげに笑いながら叫ぶガープ。
それを見つめるイヴェルカーナの瞳が、静かに、しかし確かに変化していく。
──なんだ、この生物は?
──
──何故、私に臆する事なく戦いを挑む?
──どうでも良い。
──私に牙を向いた。それだけで充分だ。
龍は、退屈していた。
侵入者は他のモンスターが始末する。
自ら怒らせまいと、恐怖に支配された者たちが命を賭して戦う。
それを不満に思うことはない。
だが、興味がないわけでもなかった。
──ゆえに、今。心が動いたのかもしれない。
イヴェルカーナがゆっくりと腰を上げ、四足で立ち上がる。
「ようやくボスのお出ましって所じゃな」
その姿の美しさに見惚れる暇もなく、2人は即座に警戒態勢を取った。
その様子を見て、パオウルムーは一目散にその場から逃げ出していった。
そして、大気が震える。
その場にいるだけで、気を失いそうになるほどの圧力が、イヴェルカーナから放たれていた──。
その尾がクザンの腹部を貫いた。だが、ガープは勿論、刺されたクザンも動揺はない。
「……アイスタイム」
そう呟くと、腹部を貫いたイヴェルカーナの尻尾の先端から、氷が広がり始める。
このままいけば、全身を氷像に変えるのも時間の問題だった。
だが、イヴェルカーナは甘くない。
翼をはためかせ、回転しながら自らの尾をクザンごと振り回す。
そのまま氷壁に叩きつけられたクザンの身体は、砕け散り、積雪の中へと崩れ落ちた。
「おい、クザン、修行が足りんみたいだな。ゼファーもそろそろ甘やかされてるお前を指導したい頃だろ」
「いや、アイツなんでかオレの氷、効かないんで、それだけは勘弁してください」
土下座でもしそうな勢いで頭を下げるクザン。
その様子に、ガープはニヤニヤしながら肩をすくめる。
だが、戦場の空気はすでに張り詰めていた。
イヴェルカーナはその細い尾を巧みに操り、まるで舞うように、流れるように刺突を繰り出す。
ひときわ鋭い一撃がガープへと向かう。
だが、肘と膝を使って尾の先端をがっちりと受け止め、片手で引き寄せたかと思うと
「うぉぉぉお!!」
悲鳴のような鳴き声が僅かにその口から漏れ、殴り飛ばされると大地にその巨体が伏した。その巨体の腹部に、拳がめり込んだ。
イヴェルカーナの口から、かすかな悲鳴のような声が漏れる。
そして、そのままの勢いで氷の地面へと叩きつけられた。
大地にヒビが入り、雪を纏った木々から一斉に雪が舞い落ちる。
雪煙が辺りを包み、クザンが腕で目を覆った。
「ようやく一撃だ。こっからが本番だぞ、雪男!!」
「いや、雪男では無いでしょ」
「GXYUUU……」
──面白い。
「アイス
先程、バフブロめがけ放ったと同様に、雉の形の彫刻を作り出しイヴェルカーナの頭部めがけ放った。横たわるその巨体に激突し、周りに霧が生まれた。イヴェルカーナが口を開いた。
「KUAOOOOO!!!!」
その咆哮は、全てを凍らせる────
「ふん!!」
────が、それは
拳を振るい、吹雪を拳の風圧で弾き飛ばし、足場の悪い雪の上で力強く一歩、飛び出すと、イヴェルカーナの頭部へと一寸飛び。そして、拳を引いた。
走り出したガープが走り出す。
それに反応するように、イヴェルカーナは体を横回転させ、ブレスを放つ。
その口から放たれた冷気が、トライデントのように三方向へ氷の柱となって突き上がる。
「そんな攻撃が効くかぁぁぁ!!!」
ガープは氷の柱を拳で砕きながら突き進んでいく。
体勢を低くし、顔を突き出すと、今度は直線的に放たれる冷気のブレス。
地面を蹴り、ギリギリのタイミングで跳躍するが、徐々に高度が下がり、このままでは被弾する。
「アイス
クザンが咄嗟に放った技が、イヴェルカーナの横腹へ命中。
その動きを逸らす。
イヴェルカーナは翼を広げて飛翔し、着地と同時に尾を連続で突き刺しにかかる。
だが、クザンはそれを避けようとはしなかった。
「……自然《ロギア》系には物理は通らねぇ。動物の攻撃なんざ、効くわけ……」
「避けろ、クザン!!」
ガープの叫びと同時に、腹部に猛烈な痛みが走った。
クザンの身体は壁に叩きつけられ、崩れるように膝をつく。氷で防御しなければ、串刺しになっていただろう。いささか久しく味わっていなかった、生々しい痛覚。
「や、野郎……
武装色の覇気──
肉体や武器を硬化させることで、自然《ロギア》系の能力者の実体をとらえ、攻撃を通す唯一の手段。
だが、それは人間が使うものであって、モンスターが使用するという話は、聞いたことがなかった。
「GXYUUU」
「こっちだ、雪男!!
ガープがイヴェルカーナの頭ほどもある巨大な岩を投げつける。
大砲を超える速さで飛んできた岩は、イヴェルカーナの反応を上回り、直撃。体勢を崩したその隙に、ガープが地面に拳を叩きつける。
亀裂が走り、岩が隆起する。それを次々と掴み、力任せに投げつける。
「うぉぉぉ!!
砲弾の雨のような攻撃が、イヴェルカーナを後退させる。
「すげぇ、流石カープさん。これなら、あいつも……」
そう思った瞬間、ガープの動きが止まった。
「ぬぅ……」
空気が、変わった。
イヴェルカーナが前足を上げ、二足で立ち上がる。
翼を大きくはためかせた瞬間、冷気が広がり、周囲を徐々に氷に変えていく。
全身に氷をまといながら、その圧倒的な存在感を放つその姿──。
「仕方ねぇ、覇気を使うのは修行にならねぇから使いたくねぇんだけどよ!!」
ガープが拳に覇気を纏わせ、その場から飛び上がった。まだイヴェルカーナは氷を纏い切れていない。その隙をつく。
「お前と一緒に海軍で暴れるのも面白そうだな!!」
「ガープさん!! ちょ、ちょっと待って!!」
「
衝撃波が洞窟内を駆け抜けた。
氷を砕き、洞窟を破壊し、隕石でも落ちたかのような巨大なクレーターを地に刻む。
吹き飛ばされるクザンとボワボワたち。
洞窟の外へと出たその視界に、崩壊した地形と、悠然と歩み出るガープの姿が映る。
「おう、生きてかクザン」
「殺す気か!!」
「ぶわっはっは!! 勝手についてきたのお前だからな? お前が悪い!!」
「オレのせいにしたよ!? っていうか、倒せたんですか? アイツ」
「気配を感じないが生きてるだろう。覇気を使えるドラゴンが、あんなもんなわけないしな」
「……てか、ちょっと待ってくださいガープさん! ボワボワたちの住処跡形もなくぶっ壊しちゃってますよ!!」
「あ……まぁ、追い払ったしいいだろ!」
「よくないでしょ!!」
クザンとガープは、今日もまた、笑いながら言い合うのだった――。
その2人の言い合いを、遠くから見つめている影が。
そしてそれは、ふと姿を消した。
海軍本部マリンフォード。
世界政府直属の海上治安維持組織。中でも海軍本部は、偉大なる航路《グランドライン》における三大勢力のひとつである。
主な任務は、海賊をはじめとする犯罪者への対応――すなわち、警察的な行為である。
その海軍本部で、最高戦力とされる三大将のうちのひとり、センゴクの部屋にて話し合いが行われていたが、室内の空気はピリピリと張り詰めていた
「ぶわっはっはっは!! いやぁ、世界は広いな!」
「何を笑ってんだガープ貴様!! 突然本部から出て行ったかと思えば、軍艦1隻お釈迦にしやがって!!」
「仕方ないだろ? 軍艦が完全に凍っちまって、動かせなくなっちまったんだから」
「お前がまず、無断で軍艦を持っていかなければ済む話だったろうが!! これで何十回目だ!!」
「せ、センゴク大将、落ち着いてください」
クザンがなだめに入るが、センゴクの怒りは収まらない。
当然だ。ガープは右手でせんべいを食べ、左手で茶をすすっており、反省の色がまるで見えない。
怒鳴られ続けている隣で縮こまるクザンだったが、このままでは話が進まないと判断し、あの島で起こった出来事をありのままに語った。
その後、軍艦を探したが、完全に凍りついていたため溶かすこともできず、救助を待つしかなかったというのが結末である。
話を聞いたセンゴクはプルプルと震えながら、机をドンと叩いて再びガープを睨みつけた。
「ガープ貴様、ドラゴンを海軍に誘うバカが何処にいる!?」
「え? そこですか!? こっちは死にかけたんですけど!?」
「こいつが凍ったくらいで死ぬか!!」
「えへへへ、そんな褒めんなよ」
「……照れてるよこの人」
「あのドラゴンは強かったんだぞ? なら、海賊たち倒すのに力貸して貰えばいいじゃねぇか」
「制御出来ない獣など、災害と変わらない!!そんなこともわからないのかバカガープ!!」
「大仏みてぇに頭固すぎなんだよお前は昔っから」
「なんだとぉ!!」
「センゴク大将、そのあたりで……」
「ああ、そうだな。今後のドラゴンの対処についてだな」
怒鳴りすぎたのか咳き込むセンゴクと、まったく気にしていないガープ。
その態度に、再びセンゴクの怒りゲージが上がりかけたが、そこはぐっと堪え、話を進めた。
「……御伽話だと思っていたが、そのような存在があるとは。お前が倒せない生物がいるというだけで脅威だが」
ガープ本人はあまり気にしていないようだったが、野生の存在が“海軍の英雄”と互角に戦ったという事実は、民に不安を与え、海軍内部の士気にも影響しかねない。
「それでどうしますか?」
生物クザンの問いには、対策を取るべきだという思いが込められていた。生物兵器と呼んでもいいほどの強さを持つ存在だ。
利用するのか、放置するのか、どうするべきか考えあぐねていると、ガープが口を挟む。
「やめとけやめとけ! アイツは敵対というより降りかかる火の粉を払っただけだろ。こっちから手を出さなければ何もしねぇよ」
長年、戦場をともにしてきた仲だけに、ガープの言葉には説得力があった。センゴクも、その信頼に従うことにする。
「……分かった、ひとまず経過を見るということにしよう。それと、ここでの事はまずは他言無用だ。調査はしなくてはならないが、今はまだいいだろう」
海軍の方針は人間に危害を加えるという事が判明しない以上、放置を決めこんだ。
「ふぃ〜……了解です」
「嗚呼、お前ら後で報告書まとめておけよ!! 軍艦一隻お釈迦にしてんだからな!! 」
「えぇ〜……クザン任せた!」
「え? ちょっとガープさん!?」
その場から颯爽としなくなるガープを追いかけるクザン。廊下に出るとすでに誰もおらず、急いで走り出すと、ドンと誰かに当たってしまい、かなり勢いよく当たってしまったが、相手は微動だにせずクザンの方がよろめいてしまった。
「あ、悪い……あ」
「いや、こっちこそすまな……クザン?」
「ぜぜぜ、ゼファー先生!?」
「お前、オレの授業サボって何してんだ?」
クザンを見るやいなや、眉間に皺をよせ、ズレた眼鏡を掛け直すゼファー。本来であれば、訓練をしなければならない日だったのだが、ガープについていき、更に帰るべき時間には助けを呼んでから数日が経っていたのだ。
ゼファーからしてみれば、勝手にサボったクザンという認識であり、それはクザンにも分かっている為、早々にガープを探す必要があったのだが、まさか先に会うことになるとはと、滝のように汗を流す。
「そ、それは、自主練を……」
すると、どこに行っていたのか、ひょっこり廊下の角から顔だけを出したガープが現れると、満面の笑みでゼファーへと声をかける。
「あ、ゼファー! クザンの奴、勝手にオレに着いてきやがったから、報告書書かせといてくれ! オレは行くとこあっから!」
「……だそうだが?」
「すぅ──……すんませ」
その日、海軍本部に絶叫と地響きが鳴り響いたという。