リュウノオトシゴ   作:ねこのあしあと

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大航海時代

 

 ロジャーとレイリーがリオレウスと出会って、5年が経った。

 

 ぼったくりバーと看板が掲げられた店の扉を静かに、気づかれないようにそっと開けるレイリー。すると、店主であるシャクヤクが声をかけた。

 

「レイさん? どこに?」

 

「ああ、すまない。今日は遅くなる」

 

 顔を向けずそう告げた声色はとても静かで、海賊王の右腕とは思えない覇気。言葉では告げていない。だが、シャクヤクには分かった。今日が、なんの日か分かっていたから。

 

「……気をつけてね」

 

 その言葉に返事はなく、扉は閉じた。

 

 偉大なる航路前半にある場所、シャボンディ諸島

 

 "島”と呼ばれているが、実際はヤルキマンマングローブと呼ばれる巨大な樹木の集合体で、そ各々の樹木に番号が着けられており、それが島の区画として使われている。

 

 赤い土の大陸、つまり聖地マリージョアを通れない無法者達は、新世界への裏ルートである魚人島を通る海底ルートへの準備をする島として、このシャボンディ諸島を利用している。そのため、この諸島には偉大なる航路の前半の海で名を上げた悪名高い凶悪な海賊達が集結する地として有名であるのだが、決して近づいてはならない場所が12番グローブ。

 

 来るとすれば、迷子か、ここに来なければならない用があるものだけ。

 

 近づいてはいけない理由、それはそこにいる主の存在だ。

 

 咲き乱れる花をほうふつとさせる白とスミレが美しい鱗。

 胴体や尻尾などを覆う濃紫色の体毛。

 そして頭部や背中から生える花弁のような大振りなヒレは、見るものを魅了する。

 

 泡狐竜(ほうこりゅう) タマミツネが静かに眠りについていた。

 

「GRururu……」

 

 眠りを妨げるものに対し、喉を鳴らし、威嚇する。その視線の先には、ジャラジャラと鎖をつけた奴隷たちを連れ、シャボンを頭につけた男が2人進んでいた。

 

「父上〜、見るだえ! ドラゴンがいるえ〜!」

 

「ドラゴンだと?」

 

 天竜人の親子が迷い込んでいた。

 

「欲しいえ〜! あの花みたいなドラゴン!」

 

「われわれ以外に竜など不快でしか無いが、可愛い息子の頼みだ。おまえら、やってしまえ」

 

「はっ!」

 

 護衛たちが一斉に銃を構える。竜もまた敵意を感じ、唸り声とともに体を持ち上げ、臨戦態勢に入った。

 

 そのとき——目の前にいる銃を構える者たちよりも、その奥にいる何かの気配を感じ、竜は視線を外す。

 

「撃てぇ!!」

 

 それを隙と見た指揮官が指示を出したが、護衛たちは糸の切れた操り人形のように、その場にバタバタと倒れた。

 

「何してるだえ!! 貴様ら!!」

 

「使えない……え?」

 

 続いて天竜人もまたその場に倒れてしまう。竜の視線はその背後から、威圧感を放った男、レイリーへと向いていた。

 

「おや、先客か……失礼するよ」

 

 またしても自分の眠りを妨げる者が現れた。近寄るなという雰囲気をまとったタマミツネに対し、それを理解しながらも止まらず、レイリーはそっとその側の木にもたれかかる。

 そして、お猪口をふたつ地面に置き、持っていた一升瓶を静かに注いだ。

 

「すまないな。少し場所を分けてくれるか?」

 

 またしても自分の眠りを妨げる者が現れた。近寄るなという雰囲気をまとったタマミツネに対し、それを理解しながらも止まらず、レイリーはそっとその側の木にもたれかかる。

 

 そして、お猪口をふたつ地面に置き、持っていた一升瓶を静かに注いだ。

 

 

 

 今日は、海賊王と呼ばれた男が終わりを迎える日だった。ずっと一緒にいた男が死ぬ。レイリーは、ラフテルへとたどり着いた時のことを思い出していた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

【レイリー、覚えてるか? リオレウスたちがいた島のことを】

 

 皆が寝静まった夜。月明かりが照らされ、酒を酌み交わし真剣な様子で話を始めるロジャー。

 

「ああ、よく覚えてる」

 

【アイツらがあそこにいた理由、ここまで来たからこそ分かったことだ。今後、必ず龍たちの活動が活発になるだろう】

 

「そうだな」

 

【生まれると思うか?】

 

「生まれるだろう。そうでなきゃ困る」

 

【龍が選ぶ。選ばれた王のみがこの世界の果てにたどり着ける。楽しみだ。オレの息子だろうな】

 

「おまえ、結婚もまだだろ」

 

【わはは!! 確かに……なぁ、レイリー…知ってっか? 流れ星に願いことをかけると願いが叶うって話】

 

 ロジャーはいつも脈絡なく事を起こす。いつものことだ。きっかけはなにかわからない。またいつもの笑い話だ。

 

「知らんな…興味もない」

 

 レイリーは、ロジャーの突然の問いかけに対し興味なさそうに返した。

 

【なァ、レイリー……おまえなら何を願う?】

 

「星に願い事をするほど、困っていない」

 

 レイリーは、遠回しに叶えたいものは自分の手で叶える。願うようなものでななく、行動してみせると応えた。レイリーの言葉を受け、くつくつと喉の奥を震わせながら、それでこそ俺の右腕だと満足そうに笑う。

 

「……なら、おまえは、何を願う?」

 

 レイリーの問いかけに、ふっと笑みをこぼしたロジャーはいつもみせる豪快な笑みではなく、硝子を思い起こさせるような脆く、儚い笑みを浮かべ、「さてな」と続きの言葉は彼が口をつけた酒とともに飲み込まれていった。

 

 それは、彼らと過ごす時間が少しでも、長くあって欲しいという願いだった。

 

 今この瞬間をかけがえのない者たちと過ごすこの時間こそが、ロジャーにとっての宝物だ。

 

 白ヒゲが家族を宝というなら、ロジャーにとって細やかな時間こそが、宝。期限付きのつかの間の時間を、どう生きるか、何を残すか、シャボン玉のようにすぐに消えようと、忘れられない火を灯す。

 

【今日は一段と酒がうめェな、レイリー!】

 

「いつも言ってんじゃねぇか」

 

 その言葉にレイリーは、笑ってみせた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 結局、ロジャーからこの時の願い事を知ることができずにロジャーは死ぬ。

 

「なぁ、ロジャー?おまえの望みはなんだった?」

 

 かつてロジャーとともに飲んだ酒を飲みながら、レイリーは空を仰ぎみた。空には漆黒の闇と、その中で儚く光る星空にかつてロジャーと過ごした時間が呼び起こされるようだ。

 

「……全く柄にもないな」

 

 ふぅ、と息を吐き星々を目に焼き付けながらレイリーは目を閉じた。唯一の船長のことを頭に思い浮かべながら。

 

 その時、竜が低い唸り声をあげる。その声に釣られ上を見上げるとその竜はじっとレイリーを見つめ、お互いに目が合う。すると、一つの泡を吐く。その泡はゆっくりと浮かんでいく。

 その泡は夜空に輝く星を映し、右へ、左へとわずかに揺れる。だが、真っすぐに上へと進み……そして、割れた。

 

 竜は何も言わない。ジッとレイリーの瞳を見るだけ。そして、まぶたを閉じ再び眠りにつく。先程と違うのは自身の尾をレイリーの背に寄せていた。

 

「なんだ、貸してくれるのか?」

 

 その尾に体を預け、空になった器に酒を入れ、そっと隣に置く。われわれはいつか泡となり消えてしまうのだ。だが、星のように輝いていたあの時が私は生きていた。願いはないと言った、あれは嘘ではない。

 

 だが、もし叶うのであれば……

 

「……おまえともう一度だけ酒が飲みたい」

 

 目を閉じていたレイリーは、気づかなかった。その願いを思い浮かべた時、一筋の流れ星が直線を描いて落ちてきたことに。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 ロジャーの生まれた町、ローグタウン。その人、ロジャーは檻で死を待つのみであった。子のことはガープに任せた、面会など誰も来るはずがない。

 

「……こんなところまで来るとはな」

 

「私()()に初めて出会った人間の最期、気になるじゃない」

 

 その姿は“白”。

 髪も、肌も、纏う服までもがまるで純白の光で包まれているかのように白く、まぶしいほどだった。

 そして、その色彩の対比のように、瞳は血のように濃く、深紅に輝いている。

 その少女は、まるで現実の存在とは思えぬ幻想のように、ひと気のない薄暗い房の中に佇んでいた。

 

「わははは! なんだ()()()()人を知りたがるなんて変わってるな!」

 

 無骨な笑い声が石壁に反響する。

 だがそれは、自嘲でも虚勢でもない。どこか子どものような、心から楽しそうな笑みだった。

 

「楽しそうね、私の姿を見たら悔しがると思ったのに」

 

 少女は不思議そうに首をかしげた。笑われた事が不思議で仕方ない少女は、首を傾げる。

 何かを観察するような眼差しでロジャーを見つめる彼女に、ロジャーはしばらく笑った後、ふと真剣な面持ちへと変わった。

 

「確かに、オレたちはおまえらに勝てなかった。だが、負けたわけじゃない」

 

「負け惜しみ?」

 

「いいや? 事実だ。祖龍よ、まだ戦いは終わっちゃいない。

 この先、その長い時の中で、オレ()()の意思を継ぐものが必ず現れる。お前を狩る者が必ずな」

 

 目を背けたくなるようなその瞳の深淵を、ロジャーは怖れることなく見つめ続けていた。

それはもはや、「人間」と「龍」という関係を越えた、魂と魂の対話だったのかもしれない。

 

 その様子を見た少女は、はじめて「人間」という存在に対し、微かな興味を抱いた。

 

「面白い。楽しみに待っていましょう、人の足掻きというものを」

 

 声を落とし、口元をゆるめるように嗤った少女は、この生き物が言う人の意思。いずれくる時代のうねりを信じ、姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ロジャーは処刑台の上で笑った。

 

 

 

「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探せ!! この世の全てをそこに置いてきた!!」

 

 

 

 その日、ゴール・D・ロジャーは死んだ。

 

 ローグタウンにはさまざまな人間がやってくる。

 ここは偉大なる海賊王が死んだ場所。

 

 その歴史が詰まったこの町には多くの無法者がやってくる。

 

 この町にはある噂がある。

 その噂が本当かどうかは、ローグタウンにやってきた無法者の中で、後に新世界にて名を挙げた、ひと握りのつわものたちのみぞしる。

 

 いつからいるのか分からない。

 本当にいるのかも分からない。

 

 ただ一つ言えるのは、その噂がかの大海賊時代が始まる前からあるということ。

 

 ゴール・D・ロジャーも出会ったとされる少女の噂。

 

「海の果てには素晴らしきものが待ってるの、退屈なら遊びに来ない?」

 

 その少女は、血のように真っ赤な赤い瞳で、白く美しいドレスを身にまとっていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

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