オーガ怪奇譚   作:ソロモンは燃えている

1 / 3
テケテケ

 

 

 

 男は飽いていた。

 己を満足させる相手として期待していた刃牙(むすこ)との親子喧嘩も終わってしまい、再び退屈な生活が戻ってきた。

 欠伸を我慢することすら出来ないほどの退屈。

 なら、もう一度刃牙とやればいいのか?

 そんなことはない。

 確かに刃牙との戦いは、心躍らせるものだった。

 だが、それはこれまでの積み重ねがあったからあそこまで互いの心を昂らせたのだ。

 ただ悪戯にやり合っても、あの時のような熱は生まれない。

 刃牙か、それとも別の誰かの機が熟するまでは、この退屈を耐えなければならないと思っていた。

 

 そんな勇次郎にストライダムがおかしな話をした。

 それが勇次郎にとっての転機となるとは知らずに。

 

「何、都市伝説だと?」

 

「そうだ、オーガよ。

 最近、流行っているようだ。

 実際に化け物に襲われて被害にあったという話もある。

 まあ、ただの作り話だろうがね。

 しかしだ、恐竜も含めて実際に存在した生物では君に勝てる存在はいないが、この想像上の怪物たちならどうだろう?

 君を満足させる、あるいは・・・」

 

「俺を完膚なきまでに敗北させることが出来るか?」

 

 勇次郎の顔に獰猛な笑みが浮かんでいる。

 

「お、落ち着いてくれ。

 そんな怪物がいる訳がなかろう。

 ただ、刃牙は巨大な蟷螂の想像(イメージ)と戦った。

 君なら、そう言った化け物を想像して戦えるのでは?」

 

「いいか、ストライダムよ。

 刃牙のあれは、出来ること、出来ないことを明確にイメージできて初めて可能な事だ。

 ただの与太話を元に出来ることじゃねえよ」

 

 それくらいなら、新幹線と正面衝突するイメージの方がよほど容易い。

 そう、勇次郎は切って捨てた。

 

「そうか、残念だ。

 人外の化け物との戦いが見れるかもしれんと期待していたのだが」

 

 そこでその話は終わった。

 刃牙がホラー映画の怪物を相手にシャドーファイトをしないのにはそれなりの訳があったということが分かっただけだった。

 

 

 

 数日後、都内のある歩道橋に勇次郎は来ていた。

 そこは、ある都市伝説の舞台として囁かれている場所だった。

 勇次郎自身も本気で信じているわけではない。

 言わば、退屈凌ぎの暇つぶし。

 もし、本当にそんな化け物がいるのならぜひ会いたいもんだ。

 それが勇次郎の偽りなき本音であった。

 どんな野生動物も格闘家も相手にならない。

 戯れにでも試してみようと思うほど退屈だったのだ。

 

 

 曰く、その歩道橋を歩いている時に生暖かい風を感じたら振り向いてはならない。

 振り向いてしまえば、そいつと目が合ってしまう。

 そうなれば最後、そいつは7日後に殺しにやって来る。

 逃れる方法はただ一つ。

 赤色の物を身に付けないことだ。

 そいつは赤い物を目印に追いかけて来るのだから。

 

 

 勇次郎が夜の歩道橋をゆっくりと歩いていると、不意に生暖かい風が吹いた。

 思わず笑みが浮かぶ。

 都市伝説そのままの状況じゃないか。

 僅かな期待を胸に躊躇いなく振り返ると、奴がいた。

 その目は生者に対する憎悪と殺意に染まっている。

 両手を地面に着けて、腰から下は存在しない。

 そう、テケテケは実在していたのだ。

 

 次の瞬間、テケテケの姿は消えていた。

 普通ならば、それを気のせいだとか錯覚だと思い込み、無理矢理忘れようとするか、それが自分を殺しに来る7日後まで恐怖に震えることしか出来ないだろう。

 だが、勇次郎は普通の人間ではなかった。

 

 7日後が待ち遠しい。

 本物の化け物、頼むから俺の期待を裏切ってくれるなよ。

 

 むしろ、何故7日間も待たせるのか。

 一刻も早くやり合いたい。

 好きな相手とのデートを心待ちにする若者のような心境で過ごしていた。

 

 

 

 オーガが7日後にテケテケとやる。

 そんな情報が強者たちの間を駆け巡った。

 字面だけ見ると酷い。

 どこかのB級ホラー映画のようだ。

 しかし、オーガが勇次郎の事だと知っている者にとっては意味合いが異なる。

 勇次郎が珍しく東京に留まり続けている。

 まるで何かを待っているかのように。

 テケテケが実在しているとは思えない。

 だが、勇次郎が戦うに足ると判断した存在は、間違いなく存在するのだろう。

 彼らはテケテケに嫉妬していた。

 こうして、勇次郎の戯れから始まった騒動は、強者たちの注目を集めるようになっていった。

 

 

 

 7日後の夜

 

 勇次郎は、学校のグラウンドに来ていた。

 周りに何もないここでテケテケを待ち受けていた。

 彼の髪は見事な赤毛。

 テケテケも迷わず来てくれるだろう。

 

「へっ、随分とギャラリーがいるな。

 暇人どもめ」

 

 勇次郎の言う通り、校舎の中、屋上、校庭の茂み。

 あらゆる場所に人の気配がする。

 オーガの興味を引いた存在との戦いをこの目で見ようと集まった強者たちだ。

 

「まあ、邪魔をしないならいい」

 

 勇次郎の意識は、既に彼らには向いていなかった。

 こちらに向かって来る異様な気配。

 7日前に見たそれがグラウンドに入って来て、そのままこちらに向かって走りよってくる。

 

 タッタッタッタッタッタッ

 

 両腕で地面を駆けてくる下半身のない怪異。

 息を呑むギャラリー達の思考は重なっていた。

 

 テケテケって本当にいたんだ!

 

 驚愕しているものの、そこに恐怖を感じていない彼らも大概おかしい存在なのだった。

 

 

 さて、テケテケは格闘家ではない。

 ただ、ターゲットを殺しに来ただけの存在。

 それ故に試合開始の合図など待たない。

 凄まじい速さで勇次郎に近づき、そのまま飛び掛かってきた。

 そして、その腕が勇次郎の胴体を捉える。

 下半身がないぶん軽いとはいえ、時速60キロを出すことが出来る腕から放たれるラリアットだ。

 一般人ならあっさり胴体が泣き別れしてしまうのも無理はない。

 

 だが、ここにいるのは勇次郎。

 一国の軍事力を凌駕する逸般人だ。

 胴体が飛ばされることはなかった。

 もちろん、勇次郎にまったくダメージがない訳ではない。

 

 腹筋を貫く衝撃、刃牙以上じゃねえか。

 だが、こんなものじゃ俺は殺せねえぜ!

 

 腹部の痛みを感じながらも歓喜と不満の入り混じる表情を浮かべている。

 攻撃の重さは刃牙以上。

 だが、化け物と言うほど理不尽な力ではない。

 お前の全力は、その程度なのか?

 それを確かめるために拳を握り締めた。

 

 

 

 止められている!?

 

 人間の脆弱なはずの身体を跳ね飛ばすことが出来なかった事実にテケテケは驚愕していた。

 腕から伝わってくる感触が今まで殺してきた人間とは根本的に異なるものだと教えてくれる。

 分厚い筋肉とその奥にある強靭な骨格。

 テケテケをして本当に人間かと思わせるほどの強靭さだった。

 驚きの表情を浮かべて見上げたテケテケの目に映ったのは、拳を振り上げる勇次郎の姿だった。

 

 

 勇次郎の拳がテケテケの顔にめり込む。

 体重が軽いせいか、大きく跳ね飛ばされ、グラウンドをバウンドしながら離れていく。

 今まで感じたことのない衝撃を受けて、テケテケは何が起きたのかすぐには把握できなかった。

 なんとか大地を掴み、態勢を立て直してターゲットの男を見る。

 その男の表情を見た時、テケテケの心が怒りと屈辱に染まる。

 この程度なのか?

 男の顔は、そう語っていた。

 見下されている。

 化け物として恐れられていたはずの自分が。

 

 許さない。

 いや、許してはいけない。

 

 化け物は、人間以上であるからこそ化け物なのだ。

 ここで引き下がることは自身の存在意義を否定することになる。

 

 認めよう。

 奴は普通の人間とは違う。

 自身のラリアットに耐え、反撃の拳を叩き込んできた。

 だが、所詮は人間に過ぎない!

 

 

 テケテケがその場で腕立て伏せを始めた。

 すぐにその肉体に変化が起きる。

 腕に血管が浮き出てきて、その太さが倍以上に肥大化したのだ。

 

 パンプアップ

 

 かつて、マウント斗羽が見せた規格外のパンプアップすらも遥かに超えた異次元のパンプアップだった。

 

 

 その姿を見た勇次郎の心は歓喜していた。

 そうだ、それでこそ化け物だ。

 俺に通用する程度で良いはずがない。

 久しぶりに感じる身の危険。

 あれは、俺の命に届きうる凶器だ。

 

「クックック

 いいぞ、勝負はこれからだ」

 

 勇次郎が構える。

 テケテケも腕を曲げ、態勢を低くする。

 その構えはピクルの突進前に酷似している。

 引き絞られた力が解放された瞬間、凄まじい速さで向かってくるだろう。

 人外の速さと膂力。

 勇次郎をして、未知の脅威が目の前にある。

 辺りの空気が張り詰める。

 

 

 始まりは突然だった。

 テケテケの姿がブレたかと思ったら、次の瞬間には勇次郎が吹き飛ばされていた。

 くの字になって飛ばされる勇次郎と腕を振り切った体勢のテケテケ。

 何が起きたのかは明白だ。

 テケテケの本気のラリアットを勇次郎は避けることも耐えることも出来なかった。

 想像することも出来なかった勇次郎の姿を見てしまったギャラリー達にも動揺が疾る。

 

 

 吹き飛ばされた勇次郎は地面に叩きつけられる・・・・前に身体をのけ反らせて、腕を使ってバク転をしながら衝撃を受け流して着地した。

 

 消力(シャオリー)

 

 ギャラリー達は、安堵と共に驚愕もしていた。

 

 あのオーガが技に追い込まれている。

 郭海皇との試合では、敢えて使って見せただけ。

 だが、今のは使わざるを得なかった。

 あれをまともに受けてしまえば、いかにオーガであっても命に関わる。

 

 

 それはテケテケも分かっているのだろう。

 本気を出したテケテケの顔にもう激情の色はない。

 冷静に冷徹に勇次郎の命を狙い澄ましている。

 

 タン、タン、タン

 

 テケテケがステップを刻みだした。

 

 あの化け物、フットワークも使えるのか!?

 いや、テケテケに足はないからハンドワークか?

 

 ここに来て、更なる手札を見せるテケテケにギャラリー達は勇次郎の敗北を想像してしまう。

 

 

「縮地みたいなものか」

 

 勇次郎もまた、己の敗北を意識せざるを得ないほど追い詰められていた。

 0.5秒前の起こりを捉えてなお、消力で受け流すのがギリギリだった。

 技術によるものではない。

 今、刻んでいるステップも技術的には拙いものだ。

 だが、人外のフィジカルによる圧倒的な速さが中国武術の奥義のような現象を引き起こしている。

 そのフィジカルで行うフットワークだ。

 何時、どの方向から来るかも分からない神速の突進。

 それに反応して消力を間に合わせなければ死ぬ。

 

 だが、これこそが勇次郎が望んでいたもの。

 死と隣り合わせのギリギリの死闘。

 焦がれていた状況を前に引くなどあり得ない。

 勇次郎が全身に力を込める。

 背中に鬼の顔が浮かび上がる。

 消力で受け流す?

 そんな消極的な戦い方では押し切られてしまう。

 テケテケは、そういう相手だ。

 何より趣味じゃねぇ。

 奴の突進に全力の一撃を叩き込む。

 

 

 テケテケもギャラリーも勇次郎の狙いを理解していた。

 次の一撃で決着が付く。

 テケテケのラリアットが決まるか、勇次郎のカウンターが決まるか。

 緊張感は否が応でも高まっていく。

 

 

 テケテケが動いた。

 激しくステップを踏み、勇次郎の前後左右、あらゆる位置に不規則に移動する。

 普通の人間なら如何に速くても見失う事などない。

 だが、テケテケのステップは瞬間移動と見間違うほどの速さだった。

 さっきまで前に居たと思ったら、次の瞬間には右斜め後方に居る。

 そんな超常的なフットワークを見せながらテケテケに慢心はない。

 確実に勇次郎を仕留めることが出来る瞬間を見定めていた。

 

 

 そして、その時が訪れる。

 ほんの僅かだが、勇次郎の意識に空白が出来た。

 その瞬きよりも短い隙をテケテケは見逃さなかった。

 渾身の力を込めて突進を開始する。

 全身全霊を込めたラリアットが勇次郎の身体を捉える。

 会心の一撃によって勇次郎の身体は千切れ、上半身は跳ね飛ばされてしまった。

 

 周りで見ていたギャラリー達は恐怖に染まった顔を向けている。

 そうだ、これこそが自身に向けられるべきもの。

 恐怖の視線が心地よい。

 

 そうだ、お前こそが最恐だ。

 

 他の怪異達も称賛してくれている。

 こっくりさんが。

 怪人赤マントが。

 トイレの花子さんが。

 あのぬらりひょんさえも、

 

「いや、もうわしの時代じゃないな。

 これからはお主の時代じゃ」

 

 おかしい。

 こう言うのは決まって・・・夢。

 

 

 

 全力で握り締めた勇次郎の拳がテケテケの顔にめり込んでいた。

 

 あっ、やっぱり。

 

 勇次郎が見せた瞬きよりも短い隙、それは誘いだった。

 何時くるか分からない攻撃に対処するのは難しい。

 なら、自分がそのタイミングを決めれたら如何だろう?

 カウンターの難易度は格段に下がる。

 一方的な狩りばかりをしていたテケテケは駆け引きにおいて経験が足りなかったためにそれが敢えて見せた隙だと分からなかった。

 

 俺の、負けだ。

 

 テケテケは意識と共にその姿も消えていった。

 怪異は人に恐れられてこそ怪異。

 自らが人間に負けを認めた以上、その存在を維持することは出来なかった。

 

 

 勇次郎とテケテケの勝負は勇次郎に軍配が上がった。

 しかし、その勝利は持てる技術のみならず駆け引きまで駆使した薄氷の上でのものだ。

 かつて、これほど敗北の可能性を感じた戦いはなかった。

 勇次郎が望んでいた戦いが其処にはあった。

 

「他にどんな都市伝説があるのか調べなきゃいけないな」

 

 まだ見ぬ怪異を想い、勇次郎の心は満たされていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。