迷惑アーティストと芸術セクター   作:回者

1 / 3


「はあ、またやっちゃった……」

 

 買い物というのは発掘作業に似ている。無数にある品物をかき分けて、ここにしかない財宝を発見するのだ。日々商品は開発されて生産されるから、毎回店に訪れるときには店中が未知で溢れかえることになる。その光景は遺跡を探検するときのものと似通っている。だから、つい無駄遣いをしてしまうわたしの癖も、考古学由来の好奇心が原因と言えるのではないのだろうか。

 

「うん、そう考えてみると仕方がないことに思えてくるね」

 

 考古学者たるもの、失敗を気にしていては仕事ができない。補給所でついカメラを新調してしまったことも、そのせいで今日どころか、これから数日分の食費をすっからかんにしてしまったことだって、気にしなくたって――。

 

「やっぱり無理だー! 大体、カメラなんて一体どこで使うっていうの!?」

 

 わたしのような人形は、目に収めた映像は記録しておくことができる。だから、人形がカメラを使うときだなんて、もっぱら特撮映像でも作るときか気まぐれかに決まっている。現実にいたころは、目だけじゃ分からない化石とかの微細な特徴を見るために使ったものだけど、マグラシアに化石があるわけないし。

 じゃあ、どうして買ってしまったのか。もちろん、見た目が格好良かったからというのもあるが、一番の理由はあれだろう。

 

「せめて身の回りだけは現実気分を味わいたいだなんて、考えなければよかったかな……」

 

 仮想現実の世界では、古い物は痕跡も残さずあっという間に消滅してしまう。これでは、発掘なんかできるわけがない。こんなに考古学から離れて過ごすことなど初めてで、ストレスが溜まる一方だ。だからこそ、工具を集めることを最近の楽しみにしていたのだけれど、この趣味はお金がかかりすぎる。

 

「もう野草の見極めも上手くなってしまったよ」

 

 素体を維持するのに必要なのは、オペランドただ一つ。だから、石だろうと壁だろうと頑張れば栄養にできないこともない。ただ、吸収するのにとても時間がかかるし、吸収率も悪い。おまけにとってもまずい。

 それでも草ならまだ食べられなくはないので、本当に困ったときはこうして草を集めることがある。幸運なことに、わたしは植物の知識も豊富にあった。

 

「うーん、もうちょっと瑞々しいのが欲しいな――む、これって……」

 

 公園で草をかき分けていると、何か平べったい物を見かけた。少し厚みがあってしなやかで、コーヒーをこぼしたかのような茶色をしている。表面には、黒いインクで文字や図が綴られていた。思わず拾い上げる。

 

「この感触、多分羊皮紙だね。しかも、かなり上質な物だ。ただ、虫食いが酷いな」

 

 わたしも考古学者の一人だから、多少の書物の劣化ぐらいなら対応できるが、流石にこの状態だと読み解くのに時間がかかりそうだ。わたしは羊皮紙のしわを丁寧に伸ばすと、眺め始めた。

 

「よっぽどのことがないと、こんなぼろぼろにはならないはずだ。でも、マグラシアには野生動物もいないし地震も起こらない。じゃあ、経年劣化か。いや、マグラシアができたのは最近のはずだし……」

 

 雑草探しのことなど忘れて、わたしはすっかり羊皮紙に夢中になっていた。間違いなく、これはオアシスで作られた物ではない。ちょっとしたいたずらで作れるような物でもないし、そもそも追放者で紙を使っている人などほとんど見ない。それも高級紙となれば、まず一人だっていないだろう。

 

「おーい、無視するんじゃないサ!」

 

「もうちょっとで読めそうなんだけど……ええと、ピ、エ、リ――もしかして、ピエリデスセクターのことか?」

 

 ピエリデスセクターといえば、あのエントロピーの巣窟となっていたセクターのはずだ。といっても、今は色々あってセクター内のエントロピーは死滅しているそうだ。数日前帰ってきた調査部隊が、そう話していた。

 

「ピエリデスセクターにあったこれを見つけた一人がオアシスに持ち帰った。だけど、帰るときに誤って落としてしまって、風に運ばれてここにやってきた。今のところ、一番つじつまが会っているのはこれだけど――」

 

「ーい、お、お、い! 天才彫刻家が呼んでんだわサ! こっち向いてくれても良いんじゃない!」

 

 何か音が聞こえたから、紙から目を離した。その途端、誰かに体を揺すられていたことに気づく。少し集中しすぎていたようだ。揺すった相手に顔を向けると、あまりの派手さに驚いた。髪は鮮やかなピンクで、服はド派手な蛍光色ばかり使われている。しかも頭から動物の耳のような物が生えており、ごちゃ混ぜだ。

 

「やっと見た! あんた、あちきの作品にまったく興味を示さないなんていい度胸してるだわサ。しかも、その落書きに夢中ときた」

 

 目の前の人形は、確かパズルという芸術家だったはずだ。最近別のセクターからやってきたらしい。噂によると、かなり破天荒な性格であり、あちこちで彫像を勝手に造っているのだとか。

 

「あちきの彫像がその薄っぺらい紙に負けているだなんて……あんた、本当に――」

 

 よく分からないが、パズルを怒らせたかもしれない。パズルは手を握りしめて震えている。わたしは慌てて彫像を探す。だけど、見つかる前に腕を掴まれてしまった。

 

「イケてるんだわサ! あちきも、今日は調子悪いと思ってたんだよね~」

 

 想像に反して、パズルは好意的だった。わたしの手をグイグイと引き寄せ、続けざまに話す。

 

「前まではとっておきのアイデアを出す方法があったんだけど、ちょっとだけなりふり構わずやってたら面倒なことになっちゃった。そのせいでしばらく使えなくなったし、何か面白いことがないと、調子がでないんだわサ!」

 

 パズルは手に持っていた等身大の筆を降り下ろすと、地面に描き始めた。色彩も形もぐちゃぐちゃなそれは、なんだか凄そうなアートに思えるが、パズルは唸り声をあげて悩んでいるようだった。しばらく悩んだ後、パズルは赤色で大きなバツを描いた。どうやら思うようにいかなかったようだ。

 

「話はそれで終わり? 悪いけど、今取り組みたいことがあるから」

 

 こうやって文字の解読をするのは久しぶりだ。最近は電子コードと睨めっこしてばかりだったから。もちろん、羊皮紙を解読したところで、大昔の歴史とか忘れ去られた遺跡とかが明らかになることはないだろうが、暇つぶしにはちょうど良い。少なくとも、工具を収集するよりも気分は高揚していた。

 

「そう、それだわサ! その紙がなんたらセクターと関係してるとかいう面白そうな代物だって、あちきはちゃんと聞いてたのサ!」

 

「ピエリデスセクターだよ」

 

 パズルは羊皮紙を指さす。わたしの独り言が聞かれていたみたいで、少し恥ずかしい。ただ、興味があるのなら話してみても良いだろう。それに、考えを整理することにもつながる。

 

「今は誰もいないセクター、そこに何かがある。穴あきだらけで全部は読めないけど、どうやらそう書いてあるようなんだ。ほら、左にある地図にもバツ印が描かれてあるし、とりあえず何かが眠っているのは確かだね」

 

 廃墟に財宝が眠っている。実にロマンがある話だ。

 

「教授に渡せば、次回の調査のときに何かしら見つけてくれるんじゃないかな」

 

「ちっがーう!! そんな面白い物があるなら、あちきたちで見つけるのが一番だわサ!」

 

 パズルはわたしの声をかき消すような大声をあげると、勢いよく宣言した。正直なところ、わたしは乗り気じゃない。眠っている財宝は、きっと歴史的遺物ではないからだ。ぼろぼろの紙を見て、あれこれ想像する。それだけで十分だった。

 

「そうと決まったら、さっさと出発サ!」

 

 パズルはわたしの腕を掴む。だけど、動かないわたしを見て、パズルはため息をつく。

 

「まったく……あちきには紙の内容はさっぱりなのサ。あんたがいないと、あちきはそのピエリデスとやらでぶっ倒れることになるよ!」

 

 冗談を言っているようには聞こえない。わたしが行かなければ、パズルは本当に独りで向かうつもりだ。そして財宝を見つけるまでは帰らない。そんな意志を感じた。

 

「――わかった、行くよ」

 パズルの手を掴み返した。

 

「それと、あんたじゃなくて、フェーンだからね」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。