「ふーん。砂漠でビナーっていう機械仕掛けの大蛇と戦ってたんだ。ここ数週間も。ずーっと。ふーん」
圧である。
「ふーーーん。信じられると思う? それ」
重圧である。
一通りの事情聴取を済ませた後───目元に影を落とし、眼を紫に輝かせ、誰がどう見ても不機嫌な少女の名は空崎ヒナ。私に二週間に渡って連絡を無視され、その怒りから現在重力魔術もかくやの重圧を放っている。
「いや……それは……本当なんだ……すまない……」
対して、空崎に激詰めされシナシナになっているのは私。とてもエルデの王とは思えない、情けない姿である。
「ふーん。まあそういう事にしてあげるけど。そうそう、ひとつ預かり物があるわ」
と、空崎は私に向かって手紙を結構な勢いで突き出した。
「……トリニティの百合園セイアさんからデートのお誘いよ、いいご身分ね。私の事はどうでも良かったんだ? 私の事はほったらかして、他の学校の人と仲良くなって。ふーん。 ……どれだけ、私が悲しい思いをしたか分かる? ねぇ?」
「……いや待て、誰だその百合園セイアとかいう奴は」
と言いつつも、私は突き出されるままに手紙を受け取った。
「とぼけないで。知らない訳ないでしょう? じゃあ何? 知らない人からいきなりこんな手紙が送られてくるとでも? ……確かに渡したから。じゃあね」
「……ああ」
彼女は肩を怒らせ、どこかへ歩き去って行ってしまった。
……どうしようか。彼女はこのキヴォトスで初めて友好的な関係を築いた人物。これからも関係は維持したかったのだが。何とかして関係を修復する手段を考えなければ。
……結びの教会の贖罪で何とかなるだろうか?
……それはそれとして、この手紙だ。
──────
『謎の手紙』
空崎から受け取った手紙
白い封筒にはしかし開封された形跡があり、ゲヘナの倫理観を物語っている
初めまして。ゲヘナ学園の星見君だね?
君と話したい事があるので、〇月の〇日、───時頃にD.U.自治区の───という店に一人で来てくれないかい?
無論、君に危害を加えたりはしないし、ちょっとした手土産も用意している。どうか頼む。
───百合園セイア
便箋にはそう綴られているが……
──────
しばらく記憶を辿っても、やはり百合園セイアという人物に心当たりが無い。トリニティの生徒と関わりを持った覚えも、当然無い。
何故こんなものが届いたのか、百合園セイアとは何者なのか、全てが謎だ。
……行ってみようか、誘われるままに。
それとも、これは罠だろうか? 行くのはやめておいた方が良いだろうか。
しかし、『話したい内容』とやらも『ちょっとした手土産』とやらも気になるし、文面から何か切実な気配を感じる。やはり行くべきか……?
まあ良い。仮に罠だったとしても、その時はその時だ。暴力なり何なりで解決出来るだろう。
という事で、私はこの誘いに乗ってみる事にした。
例の贖罪と謝罪をして、そして迎えた約束の当日。
電車に揺られD.U.自治区へとやって来た私は、窮地に陥りつつもスマートフォンの地図を頼りに目的地へと急いでいた。
窮地。
遅刻である。
電車の乗り換えを盛大に失敗したからだ。
……この世界の人間は、よくこんな物を使えるものだ。
あの複雑怪奇極まりない乗り換えを完璧にこなしている事もそうだが、あの狭い空間にギチギチに詰め込まれて数十分耐えるというのも驚異的だ。
一人でも気が狂った人間がいたらどうするつもりだろう? 例えば爆弾が起爆されれば大惨事だぞ……。
などと考えつつ、スマートフォンで現在時刻を確認。
……三十分、と言った所か。
約束の刻限までの時間ではない。
約束の刻限からの時間である。
盛大な遅刻が確定した。
……さて、どうしたものか。また結びの教会に行こうか……?
「……やあ、よく来てくれたね。待っていたよ」
店内には店主の他に、机にぐったりと身体を預けている小柄な生徒がいた。長い金髪に狐の様な耳を持つ、やけに顔色の悪い少女である。
「……本当に、良く来てくれたね。私が、トリニティ総合学園の百合園セイアだ。事情があるとは言え、本来はこちらからゲヘナへ向かうべき所を、わざわざこの場に御足労頂いた事───」
……事情、というのは恐らく、学園間の関係に関するものだろう。
彼女の通うトリニティ総合学園と、我々ゲヘナ学園。両校の関係は良好とは言えない。
故に、トリニティ生である彼女がゲヘナ学園の自治区に立ち入ってしまっては……という事だろう。
「すまない、こちらこそ謝罪させてくれ。時間に遅れて申し訳ない」
「ああ、構わないよ。……では、互いに謝罪も済んだ事だ。早速本題に入ろうか? ……ああ、もし興味があるなら、メニューは好きに頼んでもらって構わない。なに、今回の件の、礼の一環さ。私は……すまないが、遠慮させて頂くがね」
……そう言う彼女の顔色は、やはり明らかに健康を損ねていた。
目の下には隈がはっきりと現れ、瞼は重そうだ。声にもどこか覇気がない。大丈夫だろうか。
注文を済ませた私は、彼女にその事を聞いてみる事にした。
「……所で君、随分と顔色が優れない様だが?」
「……すまない、心配させてしまった様だね。これでも隠蔽を試みてはいたのだが……どうやら君にとって、私の秘め事を暴く事は造作もない事のようだね。言葉を飾らず言うのなら……快調とは、到底言えないね。元々身体はそこまで強くない方だ。全く、何処ぞの桃色髪の怪力の持ち主が羨まし───」
そこまで言った瞬間、一瞬目を見開いたかと思うと、彼女は顔を覆って何かをぶつぶつと呟き始めた。
「いや違う……この記憶は今のものではない、今のものではない……。今は今、今だ……未来にばかり目を向けるな……今を見ろ、見なければ……」
大丈夫だろうか。気でも狂ったのだろうか?*1
まあこの手合いは見慣れたものである。仕方がない、『回帰性原理』で正気に戻してや……れないんだ、そうだった。いい加減に魔法が使えない事を頭に叩き込まなければ。
つい先日も、風紀委員会の仕事中にうっかりその事を忘れて『ベールの暴虐』を放とうとした所、当然何も起こるはずがなく、この一件で散々笑い者にされたものだ。誰に、とは言わないが。
「……大丈夫か?」
「……ああ、突然すまない。最近……『夢見が悪くてね』。殆ど眠れていない。───そう、夢見が悪いんだよ。今回の話というのは、まさにこの件に纏わることだ」
「何の話だ?」
そう問いただすと、彼女は一瞬、意を決した様に息を吸って口を開いた。
「君は───君は、知っているだろうね? 何もかもを焼き尽くす、黄色いほの「お待たせ致しました、こちらご注文のチーズケーキセットになります」「ああ、それは私にくれ。ありがとう」ふむ、随分と早い提供じゃないか」
と、このタイミングで先程注文したものが提供された。
湯気を立てる黒い液体、コーヒーは深い香気を漂わせ、皿に載せられているのは以前から少し気になっていたチーズのケーキである。
チーズというのも、ケーキというのも、私は知っている。
チーズとは乳を原料とする、多くの場合塩辛い食品であり、ケーキとはこのキヴォトスで広く親しまれている甘い菓子である。
塩辛い、甘味。果たして、その味は。
フォークでケーキを切り分け、口に運ぶ。
えも言えない深い味わいが、私の舌を刺激した。これは良い。糖分が頭に行き渡る感じがする。しばらく頭が冴えそうだ。
そして頭が冴えた結果、私は今日ここにチーズケーキを食べに来たのではなく、百合園セイアに会いに来た事を思い出した。
視線を前に戻す。そこには話の腰を折られたからか、耳を伏せほんのり機嫌を損ねていそうな表情の百合園セイアの姿が。
「……満足したかい?」
「………………すまない、話が途中だったな」
「いや、構わないとも。君に非は全くない。注文を勧めたのは私だし、元来ここは喫茶店なのだから。議論を重ねる場などではなく、コーヒー、紅茶、菓子類を嗜み「お待たせいたしました、こちらご注文のピタパンです」「本当にすまない、百合園セイア」まさか既にふたつも注文を済ませていたとはね……」
と、耳を伏せた彼女は少しじとっとした目で私を見つめた。
何をしているのだ、過去の自分よ。
「全く、随分と話を遮るのが好きなようだね、あの店員は。まあ、仕方がないね。耳栓をしたままでは察せるものも察せないだろうから」
「耳栓……?」
「ああ。……余り多くの人に聞かれたくない話をするからね。頼んで、つけて貰っているのだよ」
聞かれたくない話?
何だろうか。『貴様の断末魔の叫びを聞かれたく無いのだよーっ! くたばれ!』とでも言いながら襲いかかって来る訳では無いだろうな。
「……ああ、それと、この店は一日貸し切っている。私たち以外は、今日この場で行われる会話を知る事は叶わないだろう。安心してくれたまえ」
そう言う彼女は、極めて深刻そうな、暗い表情を浮かべている。
「改めて、本題に入ろうか。君は───
───君は、眼球から迸る黄色い炎を、知っているね?」
「……ああ、知っているとも。とても良く知っているさ」
問いにそう返した私は、椅子を蹴飛ばしながら立ち上がりつつ、テーブル越しに彼女の胸ぐらを掴み、抜き放った慈悲の短剣を、その眉間に突きつけた。
「答えろ。虚偽は許さん。貴様、それを何処で知っ「お待たせいたしました、こちらご注文の紅茶になります」おい店主、状況が分からないのか? もしや耳だけでなく眼も塞いではいないだろうな」「いや、そんなことは無いはずだがね……。ああ、それは私の注文だ。机上に置いてくれたまえ」
───
改めて胸ぐらを掴み、短剣を眉間に突きつけ、軽く咳払いをしてから、私は口を開いた。
「……話を戻すぞ。良いな」
「勿論だとも」
彼女の言う『眼球から迸る黄色い炎』と言うのは───恐らく、いや確実に『狂い火』の事だろう。
『狂い火』。
狭間の地で、最も忌み嫌われるものの一つ。
関わる全ての者に狂気をもたらすそれは、実体ある生物も、身体を持たぬ霊魂すらも焼き溶かし、───狂い火が全てを焼いた後の世には、最早生命の輝きは亡く、ただ世界の残骸が虚しく広がるのだ。
……まあ、大袈裟な事を言ったが、あくまでこれは『狂える三本指』と言う王都の地下深くに封印された存在から狂い火を受領した後のこと。私は三本指に会っていないのでそれを受領しておらず、間違っても世界全てを焼き溶かすなんて事態は発生しないので安心だ。……と思ったら大間違いだ。
なぜ、狂い火などという物を百合園セイアは知っているのか。話し方からして正確な知識は持ち合わせてはいない様にも思えるが……。
一つ、試してみようか。
私は、短剣で彼女の額を浅く斬った。赤い血が滲む。
「うぐっ!?」
……傷の浅さにしては些かオーバーなリアクションだったが、まあ良い。狂い火石───狂い火を宿す者の傷を癒し、そうでない者には狂気を与える力がある───を、足元に向かって投げた。黄色い光が、私と百合園セイアを照らす。……が。
傷は、癒えなかった。
という事は───彼女は、何らかの理由で狂い火を知ってしまっただけの、ただの人間であるという事。
「い、……痛っ……何のっ、つ、つもり、だい? 虚偽など、一つも……それどころか、は、発言、すら……」
「……手荒な真似をしてすまない、どうしても確かめたい事だった。すぐに治療をおわあああああーっ!?」
悠長にべらべらと喋っていたのが悪かったのか、私は狂い火石のせいで発狂してしまった。眼球に凄まじい激痛が走ると共に、黄色く焼け爛れた。
「っ……!? それ……君、それはっ……!?」
「はーっ、あ……安心しろ、はーっ……はーっ……た、ただの、はーっ、はーっ、はーっ、……ただの発狂だ、何も、問題は無い」
「どこをどう安心しろと言うんだい!?」
「……成程、一先ず状況を整理しよう」
「ああ。まず一つ。私が夢で見た黄色い炎は、『君の世界』で狂い火と呼ばれていたものである。
二つ。狂い火とは狂気をもたらす炎であり、……凡ゆる生命を、そして魂すら焼き溶かす。
三つ。『狂える三本指』なる存在と何らかの契約を結ぶ事で、狂い火を受領し、『狂い火の王』となる資格を得るが、君はそうしていない。
四つ。君は魔法使いだ。
五つ。そんな君は、眼から狂い火を出す魔法が使える」
一悶着の後、一先ず落ち着いた所で、互いの情報を交換した……のは良いのだが、何分話が話なので一旦状況を整理する事にした。
「では、こちらからも。一つ。君は、夢を通して未来を観測する事ができる」
『予知夢』。
そう呼ばれる力に、百合園セイアは目覚めたのだという。見た未来は変えることができず、予知夢を見るか見ないかを決定する事は出来ない。
どうやらこの力のせいで、現在彼女は軽い不眠状態に陥っている様だ。*2
「二つ。その未来で、私は狂い火を使用していた。建物は燃え、多くの人が苦しみ、そして私は『お前たちの全てを焼き付くしてやる』などと叫んでいた」
……少しおかしな話である。
未来の私に何があったのかは知らないが、少なくとも、今の私は狂い火の祈祷は基本的には使わないことにしているのである。
使うのは、心の底から苦手なものを発見してしまった時、それを焼き払う為───それくらいだ。例えばムカデなどが挙げられる。最後に使ったのはあのロミナを焼き払った時だ。
所で、一つ気になる事がある。
「すまないが、教えて欲しい事がある。件の夢で、狂い火に焼かれていた生徒たちが居たのだろう? 彼女たちは、どんな様子だった? どう苦しんでいた? 眼を抑えたり、眼が燃えたりしていなかったか?」
「いや、そんな事はなかったが……。何故、苦しみ方の仔細を聞くんだい?」
「……見ただろう? 先程の私の発狂を。眼は黄色く焼け爛れ、痛む両眼を抑えて叫ぶ。狂い火で発狂した物は、皆例外なくそうなる。……
「……いいや、見ていないね。……うん? それはおかしいね。狂い火とは狂気の炎、だと言うのに
そう、おかしいのである。
彼女が見た未来の災厄、その原因が狂い火であるなら、誰も発狂していないのはありえない。
狂い火に焼かれ、発狂しない未来の生徒達。狂い火石で発狂しなかった百合園セイア。ここから予測される事は───
「すまないが、百合園セイア。一つ試したい事がある。」
そう言いながら、私はとある槍を引き抜いた。
「……断る。君は一体何を考えて───」「すまない。本当に申し訳ないと思う」
拒否の発言を遮りつつ、穂先で彼女の身体を突っついた。*3
「どうだ? 眼に痛みはあるか?」
「……まあ眼は痛くは無いが、強いて言うなら心が痛いね。驚いた、その槍はどうやら精神を貫く槍のようだ」
「違うが……。いや、狂い火を宿す槍だからな、あながち間違いでもないか」
「皮肉のつもりだったのだが……」
……どうやら───少なくとも、キヴォトスの生徒たちに、狂い火の発狂効果は効かない様だ。
人を狂わせ、霊すら焼き払う炎。
狂い火で狂わず、死人がほぼ居ないので霊が存在しない*4この世界。
つまりこのキヴォトスでは、狂い火とはただの黄色い火なのである。
故に、彼女が夢で見た災厄とは───
「───ただの火事だな」
「おお」
今後の展開について
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①
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②
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③