ブルーリフレクション短編関連   作:やわらかな土

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ブルリフR二次創作。
中庭の少女と瑠夏についての短い話です。


23時58分

 午前6時30分。アラームが鳴る。待ち受けにハナニラ。アラームを止める。大丈夫、まだ覚えてる。

 

 父は転勤のおおい仕事だったので、母とわたしがそこに着いていくかたちになっていたから、転校は珍しいことではなかった。

 窓から見える景色、通学路、病院やコンビニまでの距離。生活の環境はかわっても習慣はかわらなかったし、ご飯はたいてい家族三人で食べた。

 転入初日は緊張するけれど、それだって前の転校のときとほとんど同じだった。どの学校も教室が似ていると母に言ったとき、窓が南を向くように設計されているからだと聞かされた。先生がいてクラスメイトがいて、黒板があって、席に隠れるようにして座っている生徒のそこだけ沈み込んでいるような弱々しさがあるのも一緒だった。

 このクラスでのわたしは緑化係だった。中庭の花壇に水をやる係ということだった。

 

 花壇にはハナニラが植えられていて、まだ蕾だった。ホースを引っ張ってきて散水してしまおうとも思ったけれど、ホースが見当たらなかったのでじょうろに水をくんだ。水を撒いていると、もう一人の緑化係がやってきて、遅れてごめんね、と言った。わたし、なんで謝られているのかわからなかったから、頷いて水やりを続けた。

「このハナニラには別の名前があるんだよ。知ってる?」

 彼女が言った。そこでようやく、この子が同じクラスの子だって気が付いた。

「ベツレヘムの星。キリストが生まれたことを告げた星なんだって」

 彼女が言って、わたしはそれを知らなかったから首を振った。じょうろの水がなくなってしまったから水道に向かった。

「生まれることってそんなにいいことなのかな。生まれたよって、大勢の人に知らされて、みんなにおめでとうって言われて、ありがとうって喜ばなきゃいけないのかな」

 わたしの後ろを歩きながら彼女が言った。蛇口をひねってじょうろの中で水がじゃぼじゃぼいっている間も、彼女はしゃべり続けていた。

「ねえ羽成さん、転校ってどういう感じなの? うらやましいなあ、転校」

 羽成さん、と呼ばれて、これは会話なんだって気が付いた。

「わたしは、両親に着いていってるだけだから」

「そうなんだ。自動的に環境がリセットされるなんて最高だね。あーあ、私も転校したいなあ」

 彼女はかばんからパックのジュースをふたつ取り出して、片方をわたしに差し出した。わたしはそれを受け取って、じょうろが重かったのでポケットにしまった。

「わたしはよく転校するから、よくわからないけど、リセットはそうかもしれない」

 リセットってうまい言葉だなと思った。彼女はパックにストローをさして、その先っぽをくわえたままじっとわたしのことを見ていた。

「実はもう次の転校が決まってるから、すぐにまたリセットになると思う」

「そうなんだ。いつ?」

「たぶん半年よりはやいと思う」

「そっか。さみしいね」

 さみしいのだろうか、わたしは考えた。今までどのくらい転校しただろう。もう誰の名前も覚えていなかった。顔だって忘れてしまっていた。だからわたし、ううん、覚えてないからさみしくないよって答えた。

「私のことも連れていってよ」彼女が言った。誰も知らないところにいきたい、と続けて言った。

「頼んでみたら、お父さんに」

 頼んで転校できるかわからなかったけれど、転校する方法のことをわたしは知らない。

「頼めないよ。頼めるわけない」

 そうだよね、と言ってわたしは代案を考えた。「クラス替えなら転校と同じじゃないかな」

 そうしたら彼女、変な顔して笑った。そして言った。

「羽成さんがさみしくないのは、きっと過去を捨ててるからなんだね。だからわからないんだ」

 彼女は手に持ったジュースを花壇の中に撒いて、ごめんね、先に帰るね、と言って校舎に戻っていった。わたしは、お花にジュースをあげるとどうなるんだろう、元気になるのかも、と思ったけど、土がちょっと濡れるくらいの量だったので、もう一回じょうろに水をくんで花壇に撒いた。

 

 その夜、お風呂からあがっても彼女の言った言葉がなんとなく引っかかっていた。過去を捨てているからさみしくない、というのがよくわからなかった。過去を捨ててなくてもさみしくない人だっていると思う。

 だからわたし、スマホをスタンドに立てて、日付をまたぐのを見てやろうと思った。2359が0000にリセットされても、きっとなにも変わらないから。

 でも、つい眠ってしまって、朝のアラームで目が覚めた。アラームを止めると午前6時30分だった。ゆうべ、時計が2358になったところまでは覚えていた。

 

 いつか、学校にはパトカーが停まっていたことがあって、警察官が何人か花壇の周りで作業していた。そのせいか、その日のホームルームはなんとなくざわざわしていた。学校が終わって、花壇に水をあげようとしたけれど、まだ警察官が作業していたので仕方なく家に帰った。

 ある日、学校に行くと、誰かの机の上に花瓶が立っていて、花が生けてあった。ハナニラの花だった。いつもと同じ教室だと思っていたけれど、いつもとは違っていて、なんだか変な心地がした。ハナニラは何日かすると萎れてしまって、ゴミ箱の中に入れられていた。このクラスに自殺した子がいると、そのときはじめて知った。彼女が緑化係の水やりに来ない理由がようやくわかった。

 放課後、帰り道で花壇の水やりを忘れていたことを思い出して、学校に戻った。ハナニラは水やりの甲斐あってか花壇いっぱいに花を咲かせていて、でも真ん中あたりの花がかたまりでなくなっているから窪んで見える。彼女はここに落ちたんだって思って、そういえばわたし彼女の名前を知らなくて、心の中でなにさんって呼べばいいのかわからなくなった。顔も思い出せなくて、これが彼女の言う過去を捨てることなのかなと思って悲しくなった。過去を捨てる、という彼女の言葉も、彼女の声が思い出せなくて、言葉はただの文字でしかなくて、そこに彼女はいないように思えて、さみしいって思った。

 わたし、花壇にスマホを向けた。フレームの中に折れてしまった花が見えたので、それだけ脇にどけてからもう一度スマホを向けた。撮った写真は待ち受けに設定した。どけたハナニラをどうしようかと思って、帰りに川とかゴミ箱とか、どこかに捨てればいいやと思ったまま家に着いてしまって、空き瓶に立てて机に置いといた。

 この夜、わたしは今度こそはと思ってスマホを立てた。彼女がいなくなった教室は彼女がいたときとあまり変化がなかった。わたしが転校した後の教室はどうなのだろう。残った人に聞いてみないとわからないけれど、誰に聞けばいいのかもわからない。画面の数字は2359になっていた。それが0000になるのを見届けて、わたしはベッドに入った。

 

 午前6時30分。アラームが鳴る。待ち受けにハナニラ。アラームを止める。メモ帳アプリを立ち上げて、大丈夫、まだ覚えてる、と記録した。

 

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