死を司るツンデレポンコツ大天使マリカエル   作:maricaみかん

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マリカエル・アピアリング

 空から突然、天使が降ってきた。目の前に、とても勢いよく。

 土煙が舞い上がって、咳き込んでしまうくらい。その奥に、翼の生えた人のような影が見える。

 シルエットくらいしか分からないのに、僕は目を惹きつけられたんだ。

 

「けほっ、けほっ、まったく、地上に落とすなんて……。人間、何を見ているんですか」

 

 そんな天使は、僕と同じように咳き込んでいる。ただ、僕に気づいて冷たい目で見てきた。まるで、汚物でも見ているかのように。

 だけど、そんな冷徹さを感じさせながら、それでも僕は見とれてしまったんだ。長い黒髪や、透き通るような白い肌。清楚な印象が全身から伝わってくる。6つの翼を持っていて、だから大天使なんだろうね。

 

 きっと、今の僕は口を開いてしまっているんだと思う。それくらい、綺麗だったんだ。

 その天使は少し姿勢を正して、あらためて僕の方を見る。

 

「さて、人間。自己紹介といきましょうか。私は、汚れた地上に舞い降りた、汚泥に咲く一輪の大天使。そう――マリカエルです」

「舞い降りたって、落ちてきたように見えたけど」

「う、うるさいですね。……こほん。さあ、地上での初仕事といきましょうか」

 

 マリカエルさんの右手に、黒い大きな鎌が現れる。紫色のオーラに包みこまれている姿が、とても禍々しい。僕は、一歩下がってしまった。

 そんな僕に、鎌を突きつけてくるマリカエルさん。虫を見るような目で、僕を見ていた。

 

「さあ、汚れたあなたを浄化して差し上げましょう。光栄に思いなさい、人間」

 

 このままでは殺される。そう確信できるプレッシャーが、マリカエルさんから放たれた。

 全身が震える。汗が止まらない。過去の思い出すらよぎってくるくらい。間違いなく、何もしなかったら僕は死ぬ。

 嫌だ。まだ、死にたくない。だって、まだ何もできていない。生きた証なんて、どこにもない。そんな状態で終わるなんて。

 

 せめて少しでも時間を稼ぐために、震える声で問いかけた。

 

「どうして、僕を殺すんですか……?」

「浄化だと言っているでしょう。汚れた人間にとっては、私の手にかかることこそが救済なんです。生存罪で、死刑です」

 

 当たり前のことのように、淡々と語られる。マリカエルさんは、何も疑っていない。どこまでも、本気なんだ。むしろ、流れ作業なのかもしれない。

 でも、まだ終わりたくない。なにか、胸を張れる何かを残して死にたい。

 そんな衝動に突き動かされるまま、僕は勢いよく土下座をした。救済という言葉を、否定するために。

 

「お願いします! 僕は汚れていても良い。どれだけ苦しくても良い。だから、生きていたいんだ!」

 

 値踏みをするような視線で見られる。ただ、沈黙だけが流れていく。

 数秒ほどして、マリカエルさんは鎌を消す。力が抜けて、少し倒れ込んでしまった。

 そんな僕に、呆れたような目が向けられている。

 

「仕方ありませんね。人間。今回だけは、見逃して差し上げましょう」

「わ、分かったよ。マリカエルさん、ありがとう」

「そうだ。これからどんな風に貴方があがくのか。しっかりと見せてもらいましょうか」

「いくらでも、見ていって。僕は、絶対に諦めたりしないから」

「私が与える慈悲は、今回だけです。それを、よく覚えておくことですね」

 

 無表情に、僕を見ている。きっと、少し機嫌を損ねただけでも殺される。そんな無関心さが感じられた。

 でも、構わない。僕は生きることができる。何かを残すための道のりは、まだ終わっていない。

 いっそのこと、マリカエルさんに僕の生き様を見せられたのなら。そんな考えすらあった。ひとりで誰にも覚えられずに死ぬよりは、きっとマシだから。

 

「さて、これからどうしようかな。悩んじゃうな」

「やりたいこともないのに、死にたくないと言ったのですか。愚かなことですね」

「むしろ、何もないからかな。何ひとつとして、達成できていないから」

「そういうものですか。人間というものは、変わっていますね」

 

 マリカエルさんは、不思議そうに僕を見ていた。それに頷いて、僕は歩き出したんだ。生きた証を残せる何かを見つける旅へと。

 

 ひとまず、当初の予定通りに近場の街へと向かう。とにかく、当面の目標だけでも見つけるために。

 こうして考えてみると、僕には本当に何も無い。マリカエルさんが呆れるのも、分かってしまう。

 ただひとつだけ言えることがあって、隣に誰かの姿を感じるだけで、なんとなく足が弾んだんだ。さっきまで殺されかけていたのに、不思議なんだけどね。

 

 街にたどり着くと、田畑がたくさん見える。牛や豚の鳴き声もそこら中で聞こえる。農業や畜産業が盛んだというのは、すぐに分かった。

 マリカエルさんは、おのぼりさんみたいに周囲を見ている。目に映る全てが、珍しいみたいだ。

 ある程度お金はあるので、少しばかりは気ままな動きができるはず。よそ者でも受けられる仕事は、どこにでもある。例えば、下水道の掃除とか。

 

 余裕を持って街の奥に入っていくと、いい匂いがしてくる。そうしたら、お腹がなってしまった。ひとまず、隣に話しかける。許可を取らなきゃ、始まらないからね。

 

「マリカエルさん、何か食べたいものはある? お腹が空いたから、店にでも入ろうよ」

「貴方が献上したいのであれば、お好きにどうぞ。私には必要ありませんが、たまには悪くないでしょう」

「それなら、シャリアピンステーキを食べに行こうよ。見えるでしょ、あれ」

「分かりました。地上の汚れた食べ物がどの程度か、味わってみましょう」

 

 目の前に、看板があった。肉の焼けるいい匂いが届いてきたから、気になっていたんだよね。マリカエルさんも頷いてくれたから、さっそく入っていく。

 シャリアピンステーキは、とっても柔らかくてジューシーだった。隣のマリカエルさんは、ひとくち食べただけで固まっていたんだ。

 そうして、箸を止める。結局、僕が代わりに食べることになった。

 

 店から出たマリカエルさんは、激しく足音を立てながら歩いていたんだ。

 

「なんですか、あの玉ねぎという食べ物は! あんな最低な食べ物、知りませんでしたよ!」

「ごめん、マリカエルさん……玉ねぎが嫌いなんて、知らなくて……」

「仕方のないことです。私も、今の今まで知りませんでしたから。あんな汚れた食べ物があるなんてこと」

 

 頬を軽く膨らませながら、むくれていた。その姿のおかげで、僕はマリカエルさんに親しみを覚えられたのかもしれない。きっと、今の僕は少しだけ笑っているから。

 僕を殺そうとした姿も、確かに一面ではある。でも、今みたいな人間味のある姿もマリカエルさんなんだなって。

 

 言ってしまえば、可愛かったんだと思う。それだけで絆されるなんて、僕も単純だったのかもね。

 それからは、旅に違う目的ができたんだ。マリカエルさんの好みを探っていくということ。ころころ顔を変えていて、いろんな一面を見られたよ。

 

「ふむ、この味噌田楽という食べ物、悪くないですね……」

 

 豆腐を口に運んで、落ち着いた顔で息をついていたり。ホッとしたような顔に、僕も心が穏やかになった。

 

「魚は良いですね。海に生きているからか、人の汚れをまったく感じません」

 

 少し口元を緩めながら、煮魚を食べていたり。素直じゃない言葉を言いながら、少しだけ羽をパタパタさせていたんだよね。

 

「ねぎ……許せません。玉ねぎといい、ねぎといい、ネギという言葉は嫌いです」

 

 ねぎが入っている料理を食べて、全力で顔をしかめていたり。マリカエルさんに平謝りしたのも、良い思い出かな。

 

「ネギトロ? 食べる気など……ねぎが入っていないものも、あるのですか? なら……」

 

 ねぎを抜いてもらったネギトロに、恐る恐る箸を伸ばしてみたり。食べた瞬間に顔がほころんで、紹介して良かったって思えたよ。

 

「誰ですか、ポテトサラダに玉ねぎを入れようと言い出した愚か者は! 前のには入っていなかったのに!」

 

 ごきげんにポテトサラダを食べた後、地団駄を踏みながら叫んでいたり。その時には、下手に出てとりなしてみたりね。

 

「ねぎと玉ねぎさえ入っていなければ、味噌汁は落ち着きますね……」

 

 穏やかな顔で、ゆっくりと味噌汁を飲んでいたり。僕も一緒に、同じものを飲んでいたんだ。

 

「なんですか、ハンバーグという冒涜的な食べ物は! せっかくの肉を、全て台無しにする暴挙ですよ!」

 

 この時の怒りの顔は、忘れられそうにない。下手をしたら、僕を殺そうとしていた時よりも怖かったかもしれない。

 だけど、僕は笑顔だったはずだよ。間違いなく、楽しい思い出になる。心から確信できるような時間だったから。

 

 マリカエルさんは、食事の中でいろんな顔を見せてくれた。僕が一番好きなのは、美味しいものを食べている時の顔だった。満たされたような微笑みが、僕の心まで満たしてくれたから。

 

 だから、思ったんだ。僕自身の手で、マリカエルさんを笑顔にできたらって。その手段は、きっと料理だって。

 

 そんな決意と時を同じくして、僕たちは港町へとたどり着いた。潮風がただよってきて、少し髪がパサつきそうな感じ。ところどころ錆びているのが、目についたかな。

 マリカエルさんは、少しだけ足を弾ませていたよ。魚が好きなのは、僕にだって分かる。だから、気分が良いんだろうね。

 だったら、僕も魚料理を作ることができれば。そんな考えが、浮かんだんだ。

 

 もちろん、店の方が僕より腕がいい。だからこそ、僕は工夫をしなくちゃいけない。

 方向性は分かりきっている。マリカエルさんの好みに合わせること。魚の他にも、好きなものは知っている。たぶん、味噌。

 だから、サバの味噌煮を作ろうって決めたんだ。細かい部分も、好みの味付けにできるように。

 

 そうと決まれば、話は早い。僕は、食材を買い揃えていったんだ。そんな僕を見て、マリカエルさんは首を傾げていたよ。

 

「人間。料理に目覚めでもしましたか? 普段は、店で食べるというのに」

「そうかもね。ちょっと、試してみたいことがあるんだ。今は、内緒だけど」

「大天使たる私に隠し事をするなんて、愚かなことです。ですが、見逃して差し上げましょう」

「ありがとう、マリカエルさん。やっぱり、優しいね」

「優しい? 貴方を殺そうとした私が? 奇特なことを言うものですね」

 

 皮肉げに、顔を歪めていたよ。だから、マリカエルさんは人間に近づいたのかもって。もしかしたら、最初から人を殺す悲しみを知っていたのかもしれないけれど。

 どちらにせよ、僕はマリカエルさんを信じるだけだよ。これまでの日々は、絶対に嘘なんかじゃないんだから。

 

 僕はただ、サバの味噌煮を作り続けるだけ。何度も失敗したよ。うまく捌けないところから始まって、火を通しすぎて焦がしてしまったり、煮詰めすぎて味が濃くなりすぎたり。

 何度も何度も、毎日毎日練習し続けた。それでようやく納得できるものができたんだ。

 

 そして、運命の日。僕は、マリカエルさんに話を持ちかけていく。

 

「ねえ、マリカエルさん。僕の作った料理、食べてくれないかな?」

「ふむ。私に献上するために、研鑽を積んだと。悪くありませんね」

 

 マリカエルさんは、箸を使って身をほぐしていく。口に運ぶ瞬間までずっと、僕は祈りながら見ていたよ。

 口に入ると、マリカエルさんは目を閉じる。味わうように、噛み締めている。そして、顔がほころんでいったんだ。とても満たされているみたいに、今までで一番綺麗な顔で。

 僕がこれまで見たどんな美人よりも、どんな素晴らしい絵画よりも、今の姿が一番。迷いなく、そう思えたんだ。

 

「これは……素晴らしいですね。人間、褒めて差し上げましょう。これから、また料理を作ってもよいのですよ」

「そうだね。マリカエルさんが喜んでくれるなら、いくらでも」

「喜んでいるわけではありません! まったく、愚かな人間ですね」

 

 マリカエルさんは、そっぽを向いていたよ。少しだけ赤い頬が、答えを教えてくれていたんだけどね。

 だから僕は、港町に滞在することにした。もっともっと、美味しいサバの味噌煮を食べてもらうために。

 

 僕は、料理の研究を続けていく。調味料のバランスや、火入れの加減。色々なことを考えながら、少しでも美味しくするために頑張っていた。

 

 そんな中で、ある日。急に、知らない人が僕たちの家にやってきたんだ。しわがれた老人が。

 

「貴方様は、大天使マリカエル様だそうですね。でしたら、捧げたいものがあるのです」

「ふむ、献上品ですか。確認くらいは、してあげましょう。人間、ついてきなさい」

「そちらの方は……?」

 

 老人は、訝しげに僕の方を見てくる。マリカエルさんは、ただ冷たい目を向けていたよ。

 

「私が人生を観察しているだけの人間です。貴方が気にする必要はありませんよ」

「そうですか。では、着いてきてくだされ」

 

 マリカエルさんは、興味もなさそうに頷く。そして、一緒についていく。たどり着いた先の教会らしき場所に入って、とんでもない光景を目にした。

 

 子供がはりつけにされていて、ボロボロになっている。その周囲を、変なローブを被った大人たちが囲んでいた。妙な儀式だということは、言われずとも分かった。

 あまりの気持ち悪さに、目を逸らしそうになってしまう。マリカエルさんは、どこまでも冷え冷えとした目を老人に向けていた。

 

「ふむ。これは、何の儀式ですか? 説明する栄誉を与えましょう」

「死を司るマリカエル様に、生贄を捧げる儀式です。この命を対価に、我らに加護を!」

「そうですか。なら、浄化して差し上げましょう」

 

 頷いたマリカエルさんは、右手に鎌を出す。紫色のオーラが、相変わらず禍々しい。だけど、以前見た時ほど怖くはなかった。なんというか、暖かさを感じるような気がしたんだ。

 でも、きっと今から僕は、目にしたくないものを見るのだろう。そんな予感も、あったかな。

 

「おお、その鎌で、我らに加護を頂け……ぐはっ!」

 

 まずは老人が、マリカエルさんの鎌で切り裂かれる。血も出ないのに、あっけなく倒れていく。たぶん、命か何かが切り裂かれたんだろう。肉体に干渉することなく。

 だからなのだろうか。僕は、ただ冷静に事を見守ることができていた。

 

「な、なぜ……。我々は、貴方様に生贄を捧げたのに……」

「そんなこと、決まっています。生存罪で、死刑を執行した。それだけのことです」

「生存罪……? なら、そこの男は、なぜ生きているのです……」

「人間ごときに、裁きに口出しする資格があるとでも? 裁くかどうかは、私が決めること。さあ、穢れを祓って差し上げましょう」

 

 マリカエルさんは、一瞬だけ目を細めて僕を見ていた。それだけで、気持ちが伝わってくるような気がしたんだ。

 そのまま、鎌を手に駆け出していくマリカエルさん。どこか、神聖なものに見えたよ。

 

「た、助けてくれ……ひぎゃぁあああ!」

「俺は巻き込まれただけで……うあぁあああ!」

 

 儀式に参加していた者たちは、みんな鎌で切り裂かれていく。すり抜けて、誰も彼もが倒れていく。逃げ出そうとしても、目にも止まらぬ早さで移動したマリカエルさんには通じない。

 結局、すべての大人たちは事切れていったんだ。ボロボロになった子供を、マリカエルさんはゆっくりとおろしていく。

 でも、もう限界だということは見て取れた。呼吸すら、まともにできていなかったから。

 

 最後に見送るように、マリカエルさんは優しい笑顔を見せていたんだ。

 

「さあ、貴方にも救済を差し上げましょう。最後に言い残すことは、ありますか?」

「あり、が、と……」

 

 子供から、力が抜ける。マリカエルさんは、子供の目を優しく閉じて、少しだけ下を見る。僕は、目をつぶって祈りを込めたんだ。

 

 僕たちは、ただ家に向けて歩いていく。しばらくの間、どちらも何も言わない。ただ足音だけが響き続けていたよ。

 そして、家が見えてきた頃。マリカエルさんは、僕の方に振り向く。悲しそうな目をしながら。

 

「人間。これで、私がどんな存在か、理解できましたか? 貴方の思うような、慈愛にあふれた存在ではありませんよ」

「仮にそうだとしても、僕はマリカエルさんを信じるだけだよ。絶対に、曲げたりしないから」

「本当に、愚かなことです。ですが、許して差し上げましょう。貴方が生きるという罪を」

 

 そっと、微笑んでいた。あたたかい声が、届いた。だから僕は、マリカエルさんの心に触れられたような気がしたんだ。

 きっと、僕を大切に思ってくれているんだと思う。生存罪を口にしながら、僕を殺さない。何も言葉がなくたって、十分だよ。

 だから、少しも迷わなかった。ただずっと、マリカエルさんの隣にいたんだ。

 

 僕たちは、努めていつも通りの日常を演じていく。たぶん、お互いの関係が変わってしまわないように。

 

「人間。今日の料理はなんですか? まさかとは思いますけど、玉ねぎやねぎを入れたりしませんよね?」

「大丈夫だよ。嫌いと分かっているものを出したりしないよ。ちゃんと、喜んでほしいからね」

「なら、よいのです。今日も献上することを、貴方に許しましょう」

 

 頬が緩んでいる姿が見えて、だから僕も笑顔で返した。さっきまでの残酷な光景は、まだ頭に残っていたけれど。

 だけど、僕は全力で料理をしたよ。それが、僕たちの未来につながるはずだから。そして何より、あの子が生きられなかった分まで生きるのが弔いだって思えたから。

 

「エビチリですか。悪くありませんね。人間も、色々な料理ができるようになったものです」

「僕も、いろいろと練習したからね。少しは、上手になったでしょ?」

「サバの味噌煮がどれだけうまくなったのか、また見て差し上げましょう」

 

 ウズウズしているような姿に見えて、つい笑っちゃったんだ。その日の夕飯は、サバの味噌煮にした。マリカエルさんは、一口一口しっかりと味わいながら食べてくれたよ。

 

 僕たちは、ゆっくりと穏やかな日常に戻っていく。いつものようにマリカエルさんに料理を作って、食べてもらう。そんな日々に。

 いつしか、マリカエルさんの笑顔を当たり前に思うようになっていったよ。

 

 次の変化も、また来客があってから。今度は、街の偉い人。マリカエルさんに頭を下げて、頼み込んでいたよ。

 

「このあたりに、盗賊が出たのです。どうか、お力添えいただけませんか? 偉大なる大天使様」

「仕方ないですね。魚を食べられなくなると、困りますから。ちゃんと、私に献上する魚を用意しておくのですよ? それでは、人間、着いてきなさい」

「僕も? どう考えても、足手まといだと思うけど」

「私は、貴方の人生を観察すると決めました。私が居ないからと言って逃げられたら、困るんですよ」

 

 マリカエルさんに手を引かれて、僕たちは山を登っていく。それなりに木々も生えているけれど、人が踏み入っていることが分かる程度に道が整備されていた。

 道なりに登っていくと、砦じみた建物が見える。ボロボロではあるけれど、硬そうだ。

 見張りらしき人が中に入っていって、それから盗賊らしき人がたくさん出てきた。

 

「誰かと思えば、ずいぶんな上玉じゃねえか。俺達に可愛がられにきたのか?」

「さて、貴方達を浄化して差し上げましょう。問答など、時間の無駄です。生存罪で、死刑を執行します」

 

 マリカエルさんは、鎌を出す。そして、目にも止まらぬ早さで盗賊たちを斬り伏せていく。相変わらず血も出ないけど、切られた相手は倒れていった。

 動揺して逃げようとする敵もいた。それを、頭らしき人が叫んで止める。

 

「鎌しか使えねえなら、距離を取ってしまえばいいだけだ! 弓隊!」

「マリカエルさん!」

 

 声を上げてしまうと、マリカエルさんは目を合わせてきた。少しだけ、微笑みながら。いま戦いが起きているのが、嘘のように。

 マリカエルさんが手を伸ばすと、禍々しいオーラが盗賊たちへと向かっていく。それに包まれた敵は、ただ倒れていった。

 近くの敵は、相変わらず鎌で切り裂かれる。圧倒的な実力差が、僕にも分かった。

 

「愚かなことです。私の権能は、死。鎌は、その象徴でしかないというのに」

「ば、化け物……!」

「貴方がた人間からは、そう見えるのでしょうね。どちらにせよ、貴方達の運命は変わりませんが」

 

 その言葉通り、敵たちはみんな倒れていく。死体の山が、積み重なっていた。

 ひとまず、終わった様子。僕は、マリカエルさんの方に近寄っていったんだ。

 

「マリカエルさん、お疲れ様。これで、みんな安心して暮らせそうだね」

「知ったことではありません。魚さえ食べられれば、それで良いのです」

「なら、僕も頑張って料理するね」

「せいぜい、私に尽くすことです。貴方には、許して差し上げましょう」

 

 マリカエルさんの後ろで、死体の山が動いた気がする。その中から、刃物を持った敵が飛び出してきたんだ。

 

「マリカエルさん!」

 

 気づいた時には、僕はマリカエルさんをかばう場所にいた。どうしてかなんて、分からない。ただ、体が動いただけ。

 そして、僕には刃物が突き刺さる。焼けるような痛みが、胸に広がっていく。

 

 敵は、ただマリカエルさんに切り裂かれた。強い瞳で、にらみつけられながら。

 そして、僕の方に駆け寄ってくる。必死そうな顔で、肩に手を置かれたよ。

 

「人間! どうして、私をかばうような真似を……。私は、死ぬことなんてないのに……」

「どうしてだろうね。でも、マリカエルさんが無事なら、それで良いかな……」

「分かっているんですか? 貴方は、犬死にするんですよ?」

「泣かないで、マリカエルさん……。最後に見る顔は、笑顔がいいな……」

「愚かな人間ですね。私が泣くわけないでしょう」

 

 もっと、マリカエルさんに料理を作ってあげたかった。そんな感情を抱えて、最後に顔を見ようとする。かすれて、どんな顔かも分からなかった。ただ、意識が薄れていったんだ。

 

 暗闇の中で、マリカエルさんの声が聞こえたような気がする。そこに向けて手を伸ばそうとしても、動けない。ただ、光が広がっていくような感覚があった。

 光が完全に僕を包みこんだ時、目が覚める。目の前には、マリカエルさんがいたよ。

 

「人間、目覚めたのですね。まったく、私に手間をかけさせるなんて」

「どうして、僕は生きて……?」

「私の権能は死。分かるでしょう。貴方の死を、遠ざけただけです」

「助けてくれたんだ。ありがとう」

「誤解しないでください。貴方を観察する時間は、終わっていないというだけです」

 

 マリカエルさんの顔は赤く染まって見えて、だから僕の胸は暖かくなったんだ。

 死んだと思ったことで、僕の気持ちは分かった。マリカエルさんと、ずっと一緒にいたい。その気持ちを、生きているうちに伝えないと。

 

 息を吸って、吐いて。僕は、まっすぐにマリカエルさんを見たんだ。

 

「ねえ、マリカエルさん。僕と、ずっと一緒に居てくれないかな? そして、最後の瞬間は、貴方が殺してほしいんだ」

「ずいぶんと過分な望みですね。私が大天使だと、分かっているのですか?」

「どうしても嫌なら、今すぐ殺してくれてもいいから。マリカエルさんは、僕の生きる理由なんだ」

「そうですね……。人間。貴方も、所詮は汚れし地上の存在。醜い人間でしかありません」

 

 そう言いながら、マリカエルさんは僕の手を取る。そっと、優しく。僕は、きっと最高の笑顔を浮かべていたはずだよ。

 

「でも、貴方は汚れてなどいない……いや、違いますね。私は、貴方となら汚れていてもいい。苦しくてもいい。それが、私の答えです」

「それって……」

「何度も言わせないでください。愚かな人間ですね」

 

 マリカエルさんは、頬を染めながらそっぽを向いてしまった。僕は、情けない顔をしているかもしれない。

 

「ねえ、マリカエルさん。これからずっと、僕が死ぬまで、一緒にいようね」

「私なら、貴方を不死にもできる。そう気づいているんじゃないですか?」

「確かにね。でも、僕は貴方に負担をかけたくないんだ。それに、最後に貴方に殺されるのなら、それはきっと幸せだから」

「そうですか。気が変わったら、言ってください」

「きっと、変わらないけどね。でも、約束するよ」

 

 マリカエルさんは、満開の笑顔で頷いてくれた。それだけで、僕の人生が報われたような気がしたんだ。

 

「地上に落とされた時は、絶望したものです。ですが、貴方と出会えて良かった」

「僕も、あの時にマリカエルさんと出会えて良かった。お互い様だね」

「貴方が死んだなら、貴方の魂は私が取り込んであげます。それなら、ずっと一緒ですよね。光栄に思いなさい、人間」

 

 尊大そうに笑う姿に、僕は満面の笑みで頷いたよ。きっと、僕は最後の瞬間まで幸せでいられる。それどころか、もっと先も。

 死の瞬間だって、楽しみだ。それが、僕の気持ちだった。

 

 僕は、マリカエルさんの手をしっかりと握り直したんだ。同じように、返してくれた。

 マリカエルさんとの出会いは、最高だった。それはきっと、死ぬ瞬間も変わらないはずだよ。

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